過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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大いなる西部

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天と地と会うところ
Interstates 70, Utah USA


「車で大陸横断をやりませんか?」
と言われ時に僕はすぐその気になってしまった。もう10年以上前の話である。長年アメリカに住みながらいつかはやってみたいと思っていたことだった。誘ってくれたのはケンタッキー州で日系企業を営む若社長のKさんだった。ずっと以前に雑談の中で、いつか車でクロス カントリーをやってみたいと僕が言ったのをちゃんと覚えていてくれたのだ。彼が言うには、ケンタッキーの彼の工場で使っている小型トラックを、第2工場のあるアリゾナ州まで運んで行く必要が出てきたそうだ。普通ならもちろん業者に陸送を頼めば済むことなんだけれど、大陸横断をしてみたいという気持ちがKさん自身にもあったから、それで僕のことを思い出したらしい。

出発地点はケンタッキー州の Bardstown。最終到着地点はアリゾナ州の Kingman という町だった。全行程の走行距離は約3000キロになる。日本でいえばちょうど本州の青森市と下関市のあいだを1往復する距離である。ただし僕はその最終地点に着く少し手前のネヴァダ州のラス・ヴェガスで彼と別れることになっていた。実は僕にとってこの旅行のもう一つの目的は、ヴェガスに住んでいる幼なじみのY子さんに会うことだったのだ。彼女の家で数日を過ごしたあと、飛行機でオハイオ州まで帰ってくる、というのが計画だった。

北米の地図を見るとすぐわかるが、ケンタッキーからアリゾナまではどこまでもどこまでも西へ西へと進んで行くことになる。朝早く Bardstown を出発して最初の2日間は食事と宿泊以外は休むことなく走り続けた。ハイウェイを制限速度を少し越える程度のスピードで飛ばしていたが、周りは別に取りたてて珍しくも面白くもない風景が延々と続いてすぐに飽きてしまった。それで当然のようにKさんと僕の間でいろいろな話題が出た。人とお互いによく知り合うには長距離の自動車旅行ほどうってつけのものはない。2日目の終わりまでには、われわれ二人はお互いの幼少年時代のことから家族のこと、音楽の趣味や食べ物の好みまですっかり話し合って、まるで旧知のような気のおけない間柄になっていた。 

3日目になってコロラド州に入るころに、見飽きた風景が少しずつ変わり始めて、ユタ州に入るとまるで芝居の舞台を反転したような違った世界が目の前に開けてきた。今まで見たことのない、息を呑むような雄大なパノラマにわれわれは会話を中断して見とれた。アメリカという国の広大さをいまさら実感しないわけにはいかなかった。

ラス・ヴェガスのY子さんの家を訪ねて懐かしい顔を見た時、僕は言う言葉が無かった。中学を出てから初めて会うので実に40年ぶりの再会である。昔のようにお互いをチャンづけで呼びながら子供にかえって、40年の空白をゆっくりと埋めていった。御主人のジョンさんも仕事を休んでまで数日を付き合ってくれて、僕は下にも置かれないもてなしをうけた。 
ジョンさんはシーザース・パレスのカジノのディーラーとしてもう30年も勤めている。今の彼の担当はバカラと呼ばれるカードゲームだ。このバカラというゲームは日本のオイチョカブに似たごく簡単なギャンブルだが、大金が動くのではカジノのゲームの中でもトップにくる。だからどこのカジノでもバカラのためにまるで貴賓室のような特別室があって、そこは誰にでも入れるところではない。カードを配るディーラーもジョンさんのようなベテランだけが任される。ジョンさんが言っていたが、日本から毎月1度定期的に訪れるミスター・サイトウは、来るたびに1千万円単位で勝ったり負けたりしていくそうだ。  

そういう僕は50セントのスロットマシーンでうじうじと遊んでいたらいきなり機械が動かなくなって赤白青の光が点滅し始めた。これは故障だ、と思って当惑していたら周りに人が集まってくるし、係員が飛んでくるし、それでジャックポットを出したのだとようやく理解した。免許証を見せて税金の書類に記入したあと現金が100ドル札で20枚、つまり2000ドル入ってきた。その夜は、Y子さん夫妻にとびきりのディナーをご馳走しようと試みたが、結局彼らは僕に1セントも払わせてくれなかった。 
旅に出る前よりも金持ちになって帰ってきたのは生まれて初めてである。


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コメント:

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私は小心者なので、マカオでポーカーをやって(席に着いている人の後ろに立って一緒に賭けるというやり方でしたが)、交通費及び宿泊代分勝ったらとっとと退散しました…。
2012/04/02 [micio] URL #O/XG6wUc [編集] 

* Re: No title

micioさん、私はこのあと何度もラスヴェガスに行きましたが、そのたびにジャックポットを出したのですよ。
一時はプロに転向しようかと考えたこともあります。
『さすらいのギャンブラー、September30』 
かっこいいでしょう?

2012/04/02 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

これぞTHE USAな一枚ですね。
ジャックポットで出したお金でたんまりワインを呑みに行きましょう!
まだ残っていたらの話ですが・・・

前回の記事、Hotel du Villeは2001年の撮影でしたか。
色々、楽しみにしておきますので宜しくお願いします。
2012/04/02 [fotocychedelicoURL #fZQeSxjk [編集] 

* Re: No title

fotocychedelicoさん、私は酒は質よりも量、食べ物は量よりも質(安くてうまいもの)という哲学を持っています。 どちらにしてもあまり金がかからないようにできているのです。

2001年のヨーロッパから帰ってきて数ヶ月してあの9/11のテロがあったのです。 そのあと世界が変わりました。
2012/04/03 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

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アメリカには行ったことがありません。
写真を見ながら読んでいたら自分が行った気になり、ジャックポットも自分がヒットしたような気になりました。 それにしてもこの写真、迫力!
海の水が道路より高く上がっているように見えます。  
2012/04/04 [アンリ] URL #0.M2lW/c [編集] 

* Re: No title

アンリさん、ジャックポットといえば私は沖縄でジャックポットを出したことがあるのですよ。
60年代、まだに日本へ返還されるまえの沖縄のアメリカ軍の基地の中のクラブでジャズを演奏していた時に、スロットマシーンで遊んでいてジャックポットを出してしまったのです。米人以外は遊んではいけないという軍の規制があったのにもかかわらず、クラブのマネージャーがそこにいた若いGIに頼んで彼がジャックポットを出したことにしてもらい、彼にもお金をあげて、私は賞金をものにしました。

忘れられない思い出です。
2012/04/05 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

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