過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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ロシアへの旅

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寒い国から来た女たち
Boston, Massachusetts USA


真夜中過ぎに、僕の乗る汽車はモンゴルとロシアの国境を越えていた。 汽車が北京を出発したのがもう何日も前だったような気がするくらい、長い長い旅だった。 それなのに終着駅のモスクワまでは、まだやっと三分の一しか来ていないのである。
最初あれだけ混んでいた客室は、ウランバートル(モンゴルの首都)でモンゴル人と中国人の乗客がほとんど降りてゆき、汽車がイルクーツクを過ぎるころには、まわりにはロシア人だけが残った。 そしてそのほとんどが男達で女性や子供は数えるほどしかいない。 男達は大声で喚きながら酒を回し飲みしていた。 
僕の前の座席には北京を出てからずっと労働者風の五十代の男が座っていて、髭づらの気難しい顔でにらみつけるようにして僕を凝視し続けている。 その視線を外すようにして窓の外に眼をやると、そこには雪に覆われた明け方のシベリア平原が果てしなく続いていた。
その男はやがて座席の下からゴソゴソと何かを取り出した。 見るとウォッカの瓶と小さな二つのグラスで、彼はそのグラスにウォッカをなみなみと注ぎ、それを怒ったように僕に向かって突き出した。 僕は黙ってそれを受け取ると、周りの男達がそうしているように、上を向いて一気に煽った。 それを見た男が初めて表情を崩してにやっと笑った。 笑った男の口の中は歯が何本か欠けていた。
そこで僕は目が覚める。
夢だったのだ。
僕の父は終戦までの数年間を北京の日本商社で働いていて、モンゴルから南ロシアの辺りまで仕事でよく来たらしい。 北京で生まれた僕は、若い父が見た風景をいつか自分の眼で見てみたい、という願望が昨夜の夢になったのかもしれなかった。

***

四十年近くも昔のこと、ある日ボストンの街角を歩いていて劇場の前を通りかかると、いきなり中から一団の人たちがどっと街路に溢れ出てきた。 年配の女性が圧倒的に多くて、明らかに東欧系の顔つきをした人たちばかりである。 たまたまそこへ居あわせた僕は彼女たちに取り囲まれるような形になってしまった。 まわりで盛んに飛び交っているのはたぶんロシア語だろうが、それを聞いている僕は一瞬モスクワかどこかの街角に立っているような錯覚を覚えていた。
劇場で公演しているのは当時のソビエト連邦から来たロシア舞踏団だったが、数日前の初日にそのことが大きく新聞やテレビでニュースになったのは、鉄のカーテンの向こうから初めてアメリカに送られてきた民族舞踏団のためだけではなかった。 公演に抗議するユダヤ人の一団が劇場の前でデモをやったからである。 

この写真を撮った数日後には僕も切符を買って観客としてこの劇場に来ていた。 目を見張るような民族衣装の美しさはもちろんだったが、哀愁と歓喜と力強さが交互に表れる歌と踊りに圧倒された。 

僕は子供のころからなぜかロシア民謡に強く惹かれて、曲集を買ってきてピアノで弾いたりしていた。 ロシア民謡のメロディは少年の僕には、それ以前に親しんだアイルランドやイタリアなどの民謡とずいぶん違って、大胆でリズミックで、そして哀しかった。 今でもよく覚えているのは、「カリンカ」、「黒い瞳」、「川岸のベンチ」、「小さいグミの木」、「仕事の歌」、といくらでも出てくる。 どの歌も耳を傾けているだけで、コサックの足踏みやバラライカの響き、ウォッカに酔った農民たちの怒声や笑い声が聴こえてくるような気がする。


1960年代のはじめに世界中で大ヒットしたこの曲は聴けばすぐわかるけど、ロシア民謡の『モスクワ郊外の夕べ』だった。 

"Midnight In Moscow" (1961)
Kenny Ball & His Jazzmen






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コメント:

* "Midnight In Moscow"

典型的な White系の Dixieland Jazz, ヒットしたのは大学1年の時だったと思います。懐かしい!
Hip(粋な人)というよりはSquare(野暮な人)に属する僕は、この種の曲が素直に好きでした。
Hipな September30氏が取り上げてくれるとは想いませんでした。有難う。
2012/06/26 [henri8] URL #av6ed.vY [編集] 

* Re: "Midnight In Moscow"

henri8さん、
確かこの曲はあの年のビルボード誌で延々と第1位でした。 
ロシア民謡独特のメロディが人々の心を掴んだのでしょう。 
ロシア民謡をジャズでやったら、というアイデアは私は高校生のころから持っていたので、残念、先を越されました。
学生時代のhenri8氏は野暮どころか、きりっとサイドベンツの背広を着こなして、マスクも日本人離れしていたし、なかなか粋なものでしたよ。
2012/06/26 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* このメロディ覚えてます

1961年といえばまだ小学校低学年でしたが、この曲は確かにどこかで聴いた記憶があります。
そして初めての曲なのに、とてもなつかしい感情が湧いてきたことも記憶の底にあります。

僕は典型的な北方ツングース系の顔立ちなのだけれど、lこどもの頃から
哀調あふれるロシアのメロディが好きでした。実の親は戦後、樺太に上陸してきたソ連軍に追われ
命からがら逃げ出してきたらしいのに・・・。そういえばこども時分、オジサンと呼んでいた
実の父親はロシア人のことをやや侮蔑を込めてロスケと低くつぶやいていたなぁ・・・。

親の心子知らずで、その後子はどんどんロシア系音楽を好きになり(苦笑)、
ワシントン広場の夜は更けて♪ 霧のロザリア♪ カチューシャ♪ カリンカ♪ ボルガの舟歌♪ 
悲しき天使(Those were the days)♪ すこし大人になってからはロシア移民が主人公の反戦映画
ディアハンターとその主題曲にはまりました。因みにオリンピックでよく聴くロシア国家の高揚感も好きです。

いま好きな曲を書き出して思うのは、どうしてバラライカやマンドリンといった弦楽器のイントロに
僕が弱いのかということ。あのつまびきが始まり、二~三小節目くらいで
泣きそうになることがいまでもときどきあります。

2012/06/28 [centerfield] URL #8bsxoj2c [編集] 

* Re: このメロディ覚えてます

centerfieldさん、
ロシアの音楽だけではなく、ロシアの文学もそうですが
ゆったりとした大陸的な人情がその底に流れているような気がします。
ちっぽけな島国に住む我々日本人には、
無意識にそれが魅力になっているのかも知れませんね。

私の顔も少し日本人離れしていて、
アメリカン・インディアンとかエスキモーとか蒙古人とよくまちがえられます。
近所の中華料理店のバーテンは蒙古人なのですが、
私なら蒙古に行っても立派に現地人として通用する、
と太鼓判を押しました。
2012/06/28 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* カリンカ

子どものころ、家にあった歌本にロシア民謡の楽譜がいっぱい載っていて、
買ってもらったばかりのオルガンでちょっとずつ弾いてみたら、
あまりのうつくしいメロディラインにびっくりして、
次は?次は?と夢中になって覚えていったことを憶い出しました。

‘黒い瞳’‘山の娘ロザリア’‘ともしび’明るいところでは‘泉のほとり’それから‘赤いサラファン’
大好きでした。

昨秋、『罪と罰』をモチーフにした芝居を上演したのですが、
ロシア民謡に強いことを知った演出から指令を受けて、採用になったのが t.A.T.uのテクノ調‘カリンカ’
ダンスシーンで使いたかったのでこのセレクトになったんですけど、これが…凄いことに。(笑)
http://ameblo.jp/rosegardenbel/entry-11083184281.html 『ウワサのおんなのこ』

2012/06/29 [belrosaURL #- 

* ウワサのおんなのこ

belroseさんのブログを拝見しました。

イマ風のカリンカ♪で踊るステージは、いろいろな意味で迫力満点だったことでしょう。
ほとんど演劇を見ない人間ですが、劇評を読み、ステージを見たいと感じました。これからもがんばってください。

女優さんとロシア民謡って、どこか親和性が高い気がします。 その昔、新宿ゴールデン街で飲んでいたら
そこのマダムが新劇の元女優さんで、誰かのリクエストに応えてカチューシャ♪を唄ってくれたことがあります。

松井須磨子もかくや、と虚空を見つめながら乙女チックに唄うその横顔は童女のようでした・・・。
当時すでに喜寿に近かったと思います。 女優さんはいつまでも(引退しても歳を召しても)女優さんなんだなと、
唄よりそのことに心動かされました。 もう25年近く前のことです。







2012/06/29 [centerfield] URL #8bsxoj2c [編集] 

* Re: カリンカ

belrosaさん、
子供のころ「山の娘ロザリア」を愛したいたいけな女の子が
後年TATUの「カリンカ」に溺れるとは!!

あなたが舞台で使ったこの曲を聴いていたらたまたま家に来ていた息子が顔を出して
「父さん、だいじょうぶ?」
息子は趣味でDJをやるのですが、テクノの信奉者なのです。
私が気が狂ったのかと心配したらしい。(笑)
2012/06/29 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: ウワサのおんなのこ

centerfieldさん、
私もbelrosaさんのところへおじゃましました。

女優とロシア民謡ということで思い出しました。
大学の文学部というのは変わった人間の集まるところだったのですが
それぞれの学部がかなりはっきりした性格を持っていて、
たとえば英文、独文はもっともまともな学生、
露文、演劇、はまあ変人奇人狂人の集まりでしたが、魅力的な人が多かったです。
私がいた仏文はその両極端の中間というところでしょうか。
2012/06/29 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* せめて淡雪とけぬ間と

centerfieldさん、まあ!ありがとうございます。

お運びいただいたうえに、こちらで言及までしてくださって…うれしいです。
あたたかいお言葉、とてもな励みをいただきました。
日本にお住まいでしたら、いずれお目にかかれたらイイですね。

‘カチューシャ’のマダム、素敵です~。
新劇女優からゴールデン街へ、人さまにロマンを抱かせ、自らもロマンを纏って生きる…
そのまま芝居ですね。
いい思い出をお持ちですね。

そう、カチューシャといえば、父に初めて与えられた本が『復活』だったんです。
でもあたし、小学2年生だったんですよ?! どーいうつもりで…(笑)
うんうん四苦八苦して読んだんですが、「誘惑」という言葉の意味がわからなくて、
母に訊いても答えてくれなくて。
イケナイ言葉なんだな、ってことだけは学習しました。(笑)

2012/06/30 [belrosaURL #- 

* 夢の影

「山の娘ロザリア」からTATUの「カリンカ」へ、
あたしだって、まさかそんな未来が待っていようとは思ってませんでしたよぅ。
ってSeptemberさん、溺れてませんて!(笑)

そうなんです、この前うっかり「ロシアなおんがく」のパーマリンクを付け忘れちゃったんですけど、
聴いてくださったんですネ。
Septemberさんのお部屋の中にいっとき自分の影が満ちたと思うと、ちょっとうれしい。
でもTATU。(- -;)
次回はもっとリリカルな曲をご紹介しますから。(笑)


…ほんとは、国境の夢の話に打たれてコメントしたくなったんです。
夢、だったのか。
驚いた。

でも、本当だったのかも。
夢じゃなくて、お父さまがその夜Septemberさんをいざなって、今はないロシアに旅したのかも。。。

ウォッカの男は実在していて、Septemberさんを待ってるんですよ、きっと。。。

2012/06/30 [belrosaURL #- 

*

では、文学部の哲学科はどのような人々がいました?
腹の足しにもならない哲学を学んでいたのは私です。
2012/06/30 [micio] URL #O/XG6wUc [編集] 

* Re: 夢の影

belrosaさん、
私の部屋にあのての音楽が流れたのは初めてじゃないかな。
でも気に入って何度か聴いたのはやっぱり曲が「カリンカ」だったからでしょう。
(女の子たちも可愛いし・・)

記事には書かなかったけど、
ロシア民謡はすべて好きですが、
「カリンカ」はその中でもトップにくるのです。
最初の手拍子を打ちたくなるようなリズミカルな(そして哀愁を含んだ)部分と
うって変わった牧歌的な優しいサビとのコントラストは実にいいですね。

ロシアへの旅
生きている間に実現しそうにない旅なので妄想の中で行くしかありません。
でも本当に行ったような気になるから面白いですね。
2012/06/30 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

micioさん、
あっ、そうでしたすっかり忘れてた。
ありましたよ、「東洋哲学」というすごい学部が。
バンドでベースを弾いていた奴がここの学部で、
その後ちゃんと哲学者になって多数の本を書いて、その方面では名前が通っているようです。
2012/06/30 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* R:せめて淡雪とけぬ間と

belroseさん

僕はしっかり日本に土着してます(苦笑)。

ゴールデン街のそのマダムは無垢で愛らしいおばあさんでしたが、同じものを
たのんでも請求が少し高い日もあたりして、夢見がちな風情ながらどうしてどうして
安心して酔えない緊張感がありました(苦笑)。

ま、でもそういうドンブリ勘定的ないいかげんさもひとまとめにして、そこに
集う人々はマダムに親しみを感じていたのでしょう。

客たちの会話が途絶えたほんの一瞬をとらえて、
カチューシャか~わあい~や~♪ と、まるでSP盤から聴こえてくるような
か細げな声で唄いだすビブラートの唄声が今も耳の底に残っています。

そこは彼女にとって小さな劇場だったのかもしれません。

2012/06/30 [centerfield] URL #8bsxoj2c [編集] 

* 淡雪

安心して酔えない緊張感・・・あっはっは!

思い出しました、むかし、
亡くした親友の店のカウンターにお遊びで入れてもらっていたことがあったんですけど、
「いいのいいの、中ちゃんは学割。その分は9(キュー)さんにつけとくから」
なんてのを(笑)よく聞きましたねぇ。

女ひとりでやってる、9人で満卓のちいさなバーで。
最期はあたしが店を閉めたんですけど、ああもう19年になりますね。
昨日のことのようです。
…でも9さんも、わかってユルしてたんだ。これ書いてて気づきました。

あ、お客の名前はこちら仕様のスペシャルな仮名ですから。(笑)
2012/07/01 [belrosaURL #- 

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