過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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群集劇のおもしろさ・・・写真のレシピ(6)

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プールパーティ
Dayton, Ohio USA


群集劇: 主役中心ではなく、不特定の多人数でストーリーを展開していく劇

僕は群集劇が大好きだ。 映画ではよく使われる手法だけどスチル写真の群集劇は、複数の人物のいろいろな物語が一枚の絵に凝縮されて永久に停止してしまうところがたまらない。
群集劇の舞台にはこれといった主役がいない。 全員が主役といえるし全員が脇役ともいえる。 

人がたくさん集まるところならどこだっていい。 お祭り、パーティ(結婚式、葬式、ピクニック、宴会)、街中の雑踏など、とくに都会に住む人ならそのチャンスは無限にあるはずだ。 
写真における群集劇は映画や舞台とちがって演出をすることができないから、幸運の女神に頼るしかない。 芸術の創作を偶然に頼るなんて何ともいい加減だと言う人がいるだろうけど、絵の具をキャンバスにぶちまけたものが抽象絵画として通用する現代では、僕らがやっていることははるかに意味があると思う。
先ほど言ったように写真の群集劇は偶然に頼ることが多い。 そのためには可能な限りの多くのショットをものにするのが第一条件となる。 なにも考えずに次から次へとバシャバシャと撮ること。 いちいちカメラを構えなくてもいい、ビリー・ザ・キッドのように腰だめにして撃ちまくってもいい。 (下手な鉄砲も数打ちゃあたる) 画面が傾いたり人の足だけ写ってしまったりしてもまったくかまわない。 かえってそれで臨場感が増して面白い映像になることもある。 とにかくカメラのバッテリーが続く限り、貯蔵カードがいっぱいになるまで撮りまくることだ。 街角のカフェに座ってワインでも飲みながら、眼の前で刻々と変わる人生の舞台を記録し続ける、なんて僕のもっとも愛するシチュエーションである。

さてここまでは誰でもできる。 
そのあと撮った写真をPCに取り込んでフォトショップで開いてからが問題である。
それからやおら階下に下りていってドリンクを作る。 というステップはいつもと同じ。

そして宝探しが始まる。 

あなたが探しているのは主役のいない舞台だ。 これは友人や家族のポートレートではないから、横に並んでカメラに向かってVサインを出しているようなショットは真っ先にボツとなる。 そして画面内の人数は多ければ多いほど興味深い。  
大切なのは
・ それぞれの役者たちが舞台上で決定的な立ち位置にあること。 (つまり絵として構図になっている、ということ)
・ それぞれの役者たちがお互いに無関係なことをしていること。

無数の宝が隠されていることを期待してはいけない。 50枚のショットの中に1枚見つけたとしたら、そこでニヤリとして乾杯だ。
忘れてはいけないのは、あなたには以前のレシピで述べた伝家の宝刀の「クロップ」という武器がある、ということだ。 クロップをすることで構図がまとまり、それぞれの役者が生き生きとしてくるようなら躊躇しないで切り取ろう。
以前の祭りや旅行の写真などもう一度取り出して見てごらん。 思いがけない宝物を見落としていたのかもしれないよ。

以下はこのブログの以前のページから適当な例を抜いてみました。

帽子
500分の1秒
ピクニック
最後の朝
若者たちの世界


写真のレシピ(1)』 『写真のレシピ(2)』 『写真のレシピ(3)』 『写真のレシピ(4)』 『写真のレシピ(5)


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コメント:

* 重喜劇

なんという重層的なドラマでしょう。

僕は今村昌平の重喜劇と評される映画群が好きなのですが、september30さんの「群衆劇」写真にも
同じような魅力を感じています。 映画よりすごいと感じるのは、この一瞬(一枚)のなかに人間の
喜怒哀楽が濃く淡く描写されている点です。 後列の役者さんたちの名演技もさることながら、手前の
おばちゃんの演技をし終えたような無表情がいいですね。 ワタシ、モウカエル、8時スギタシ、とでも
つぶやきながら上手へ退場・・・。

一聴講生の分際で写真を毎回楽しんでいます。 しかし聴講生として、この講座(「写真のレシピ」)に
参加して自分のやりたい写真の方向が見えてきたことはとても幸運に感じています。 長くつづけて
いただけることを願っています。 これからもよろしくお願いします。




2012/07/23 [centerfield] URL #8bsxoj2c [編集] 

* Re: 重喜劇

centerfieldさん、

ありがとうございます。
レシピ・シリーズは私の貧弱な知識が枯れるまでは続けるつもりです。
何かテーマにして欲しいようなことがあれば
アドバイスをしてくだされば今後の指針にしたいと思います。
2012/07/23 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* お言葉に甘えて

アドバイスなんておこがましいです。
でもseptember30さんのブログを読んできて、いまでも胸に残っている謎の言葉がひとつあります。

それは写真の「スタイル」という言葉です。お若い頃、現像(?)のWSに参加されて、
先生からこの言葉を賜ったというお話しでした。

今回それを読み直そうとしてさがしたのですが、途中「モナとその周辺」や、エヴァ、アンナといった
魅力的な女性たちに河岸の枯れ枝のようにひっかかってしまい、ついに到達叶いませんでした(苦笑)。

たしかにseptember30さんの写真にはスタイルを感じます。
でも、それは(作者の)意図的なものなのか?それともspontaneousなものなのか?

レシピ的なテーマではないかもしれませんが、september30さんご自身、
この言葉をどうお考えなのか教えてください。
2012/07/24 [centerfield] URL #8bsxoj2c [編集] 

* Re: お言葉に甘えて

centerfieldさん、

「写真のレシピ」はどちらかというと日常生活の中での技術的な面をカバーしてみよう
という意図で始めたもので
centerfieldさんのおしゃる内容はちょっとそれから外れてくると思いました。
それでこの場を借りて私が感じることをお伝えします。

私は写真を撮る時に自分のスタイル(そんなものをもし私が持っているとすればですが)などまったく意識していません。 他の人達からそう言われて、「へえ、そうなのかなあ」 と思うだけです。
あの『海辺のワークショップ』でも講師のジョン・ロンガードに指摘された時も
彼はそのスタイルを説明してくれたわけでもなく、
自分ではわかったようなわからないような、
そんな気持ちでした。

その後、私の所属する写真家のサイトで、
何度か同じことを言われ、
中には的確な言葉で表現してくれた写真家もいましたが、
私としてはやはり、「へえ、そうなのかなあ」と思うだけです。

もちろん、自分の写真を見ていて
ああこれがそのスタイルとやらに属する画像だな、と感じることはありますが、
そんな写真は数からいえばはるかに少ないし、
いまだにハッキリと理解をしていない、というのが真情です。
しかもそのスタイルとやらは
たぶん歳を経るうちにさらに強いものになったり
あるいはまったく変わってしまうものではないでしょうか。

思うに、
スタイルとは見る人が感じることではないかと思うのです。
ネットで若い写真家の作品を見ると(とくに日本ではそうですが)
森山大道さんなどの有名写真家のスタイルを表面だけ真似ただけの作品があまりにも多く、
やがて先になってそこから抜け出して
自分のものを掴むのだろう、と期待します。
(我々のような凡人にとっては)どんな芸術でも最初は「真似」から始まるわけですから。

ご質問の答えになっていれば幸いです。


2012/07/24 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

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