過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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ベラの余生

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Bella in 2002


今朝方のこと、僕と妻のあいだでちょっとした口論があった。
原因となったのは我が家の二匹の犬の片割れのベラだった。

17歳になるベラはこの1年ほどで急に老化が進んだようで、今ではもう階段の昇り降りもできなくなっていた。 それがしばらく前から歩くときに後ろの両脚を引きずるようになり、時々頼りなくよろめいて転びそうになることもあった。 獣医に診せたら、犬が痛みを感じているかどうかを知るには一つしか方法がないそうだ。 痛み止めの薬を与えてみて、それで犬が元気になるようだったら確かに苦痛を感じていたのだいう。 それで、調合してもらった薬をベラに数日飲ませたら、目に見えてシャキッとして、短い距離なら散歩にも行けるようになっていた。 それ以後はその薬を毎日飲んでいる。

このベラという犬は相棒のパイとちがって、仔犬の時から食べものに対する執着が異常だった。 眠っているとき以外は、常にがっついているのである。 妻に言わせると、それはベラの個性というより、この種の犬としての特性だそうだった。 そのため、食べ過ぎないように、太り過ぎないようにと、毎日の食餌を与える妻はことさら厳しくして気を使っていた。 そのおかけで、長いあいだベラは獣医も感心するほどの健康と体型を保ってきたのである。  

それで口論になったというのは・・・
「ベラはもう行く先が長くないのだから、食べものにあまり厳しくしないで、好きなものを少し多めに食べさせてやったら?」
と僕が言ったことに始まる。
「だめよ」 という妻の素っ気なく断固とした返事が即座に返ってきたので、僕は少し気分を悪くしてしまった。 相手の言っていることを一応考えもせずに、ただ長い間の習慣だからというだけで、それを変えることはない、というところが、僕の感情を逆撫でしたのである。 僕は声の音量を少しだけ上げて言った。
「そんな、ナチの女将校みたいな非情な言い方をしなくてもいいだろう。 長生きをして欲しいのは君も俺も同じだけど、せめて死ぬ前くらい好きなことをさせてやりたいと思ったんだ。 ベラにとって好きなことといったら食べることしかないじゃないか」
「長生きをして欲しいから厳しくしてるんじゃない。」 と冷静な応対。 一見筋が通った言い分だけど、僕の言いたいのはそんなことじゃないんだなあ。 どちらかというと気が短い部類に入る僕は、そこでかなりムカッとしてしまって、つい言わなくてもいい余計なことを言ってしまうことになる。 声のボリュームはさらにハイの方向へ近づいている。
「死にかけてる時に健康とか節制なんて意味ないじゃないか。 それに死刑囚だって執行の前には好きなものを食べさせてもらえるんだぜ。 俺がもし医者にあと三ヵ月の命だと宣告されたら、俺はその三ヵ月のあいだに毎日タバコを100本吸って、朝から酒を飲み続けて、行きたい所へ旅行をして地中海と日本海をもう一度だけ見て、天龍の餃子やぶたまんのラーメンを思いきり食べて、見たいバレーや芝居をいくつも見て、会いたい人には全員会って、それで最後に死ぬ時は、愛した女に優しく抱かれたまま、ああよかったと言って納得して死にたいよ」
これがいけなかった。
「あら、そんなひとがいらっしゃるの?」
あっというまに論点がまったく違う方向へ向いてしまって、しどろもどろになった僕はなんとか繕おうとすればするだけ、事態は悪化していくのであった。 

そのあと、僕は憤然としてその場を離れて二階へ上がってしまったのだけれど、しばらくしてからナチの女将校がとんとんと階段を上がってきて、口論なんかまるでなかったような顔をして嬉しそうに言った。
「ベラの大好きな缶詰のカボチャをたくさんあげたらすごく大喜びしてガツガツ食べてる。 これからはドッグフードに混ぜてあげることにした。」

大声で喧嘩することなしには相手の言ってることが浸透しない人っているんだよね。


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コメント:

* 兄の話

学校の卒業アルバム等を制作する美術印刷会社に長く勤めていた三兄、
September30氏の写真を送り、感想を求めた事があります。

岐阜・下呂温泉行きのおしるこ屋での同期の集合写真に付いて、
”人物の各個性が生き生きと写し出されている”、そして、
アメリカの新聞社の賞をお取りに成った山荘での写真に付いては、
”人が動いているようで、臨場感が溢れている”と言っていました。
又、”音楽や他の芸術を追求した人は独特のセンスを持っている”とも。

この場面も、お二人の個性が生き生きとし、且つ臨場感が溢れ、
失礼ながら思わず笑って仕舞いました。
2012/07/10 [henri8] URL #av6ed.vY [編集] 

* Re: 兄の話

henri8さん、
ありがとう。

夫婦というものはよそからみると滑稽なことをしてるように見えるものなのです。
本人たちにとってはちっとも滑稽じゃないんだけどね。
2012/07/10 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* 犬も喰わぬ

初めのコメントを送って直ぐ思い浮かびました。<夫婦喧嘩は犬も喰わぬ>という諺があるなぁ。
しかし、「ベラの大好きな缶詰のカボチャをたくさんあげたらすごく大喜びしてガツガツ食べてる」
という奥様の言葉で、何やらハッピー・エンドの様。

この話は滑稽なことではありません。ある大事な考え方が吐露されています。
2012/07/10 [henri8] URL #g2./y4pI [編集] 

* Re: 犬も喰わぬ

henri8さん、
ある大事な考えとは
女性は恐ろしい、
ということではないでしょうね。(笑)
2012/07/10 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

このお話、好きです。

あまりに緊迫した空気に
どうなってしまうのかとドキドキしましたが
最後はうまくまとまって、
やはり気のあったご夫婦なのだなと再確認しました。

ベラの写真はもう10年以上前のもののようですが
キリッとした端正なお顔をされていますね。
背景の赤い色合いのクッションやカーテンもまたステキです。

できるだけ長くカボチャの缶詰を楽しんで欲しいです☆
2012/07/15 [tony] URL #mQop/nM. [編集] 

* Re: No title

tonyさん、
17年もいっしょに暮らしたベラですから
もうまちがいなく家族の一員になりきっているのですが、
おもしろいのは
私がひとりで何週間も旅行をしている時など
むしょうに恋しくなるのは
妻でも自分の子供たちでもなく。
二匹の犬たちなんですよ。

2012/07/16 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

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