過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

Profile

September30

Author:September30

Visitors Counter

Search form

考える人、考えない人

T11japan565-blog2.jpg

考える人
上野 国立西洋美術館



人にはどうも二種類あるような気がする。 「考える人」 と 「あまり考えない人」 と。
「考える人」 は、自分に起こることや身の回りのことなどをいつも深く解釈しようとする人で、「あまり考えない人」 はそういうことにわりと無頓着で生きていくことができる人のようだ。 といって前者が思慮深くて頭の良い人で、後者が無知で浅薄な人、ということではない。 そして日常の細かなところまでいちいち良く気がつく人と、そうでない人、ということでもなさそうだ。 両者の違いはもっと深いところにあって、生まれながらの性格とか実生活での經驗に由来するようだ。

僕は自分では「考える人」 族に属すると思っている。 そのために時々それほど重要ではないことに頭を使い過ぎて疲れてしまい、やれやれと嫌になってしまうことがある。 そしてそういう時、「あまり考えない人」 が羨ましくなる。 いろいろなことを気にしないでスルっと流せたらどんなに楽だろうかなんて考えてしまう。 もの事に悩まない、という人は実際にいたるところに存在するのだ。
理想的なのは、この両者の資質を両方共備えていて、必要な時にスイッチ一つで切り替えることのできる人だと思うけど、それは僕から見るとすごく難しいことのように思える。 でもそれができる人というのはきっといるはずだとも思っている。

話は少し外れるけど、英語にインテリジェント (intelligent) とインテレクチュアル (intellectual) という二つの言葉がある。
日本語では双方とも 「知性的な」 という意味に使われるけど、この両者には微妙な違いがあるようだ。 この二語は英語を話す人たちの間でもよく議論の的となる言葉で、色んな意見が飛び交っているが大体のところを総括するとこういうことのようだ。
インテリジェントというのは、知識とか教養とかというより、生まれつきその人が持っている思考力とか判断力を指すという。 それに比べてインテレクチュアルは、努力して獲得した高い知的なレベルの資質だという。 日本語で言えば、前者を 「知性」、後者を 「教養」 とでも呼ぶのだろうか。

卑近な言い方をしてしまえば、学歴も何もないごく世俗的な人が実はとても知的(インテリジェント)な人だということは十分あり得るわけだ。 その一方、豊富な知識や常識を持っていてインテレクチュアルと見なされる人でも、インテリジェントではない人がいる、ということになるのだろう。
なるほど、と思ってしまった。
そうすると、最初に述べた 「考える人」 はまさにインテリジェントの範疇に入るようだ。 そして、世間で知識人と見なされていて高い学識や教養を持つ人の中にも 「あまり考えない人」 は存在する、ということになる。 

自分の周りの友人や知人を改めて思い出してみると、すごく親しくしている 「あまり考えない人」 もいれば、自分と同族の 「考える人」 なのにそれほど好きとはいえない人もいるようだ。 ということは、知性の有る無しと好き嫌いとは、これも関係がないような気がする。
ところで、人は僕のことをどう思っているのだろうか、と考えてしまった。



ブログランキング にほんブログ村 写真ブログ 一眼レフカメラへ
スポンサーサイト

コメント:

*

September30さんはインテリジェントの人だと感じます。
でも案外石橋を叩かないで渡るところがある?
違うかな(笑)
知性イコール考える。なのかどうかがよくわからないんです。
石橋を叩いて渡る、もしくは渡らない人は考える人だともいえるから。

私はどうなんだろう。
よくよく考えて最後は勘で決めてるような気がする。
友人からは「危ない橋を渡って安全ほうへ落ちる人」だといわれている。

2013/08/01 [ムー] URL #qiVfkayw [編集] 

* Re: No title

ムーさん、

元来の私は石橋を叩いて渡る人間だと自分では思っています。
それが時々、自分の中で強い情感に支配されると、とたんに理性が引っ込んでしまって
衝動にかられてしまう、ということがあるようです。

つまり、私は「考える人」と「あまり考えない人」との両方を備えていると思うのですが、
それは記事に書いたような、スイッチで切り替えが可能という知的なプロセスではないのですね。
だから、この歳になってもまだ大人になりきれていない。

「危ない橋を渡って安全ほうへ落ちる」ムーさんこそ
そのスイッチを持っている珍しい人のような気がします。
2013/08/01 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

殆どの人は、考える人だと思って悶々としながら生きているのではないでしょうか?
それが他人から見たら考えない人と映ることもあるかもしれませんが。
俺は考えない人だ!と言える人もいるかもしれませんが。
2013/08/03 [みん] URL #6moyDOY6 [編集] 

* Re: No title

みんさん、

人を外から見ただけではわからないのはもちろんです。
それがお互いにある程度心を開いて親しくなると
その人が「考える人」か「あまり考えない人」かが自然とわかってくるようです。

それから
親しい人ではなくても
その人の話を聴いているとわかる時があります。
たとえば政治家のスピーチなどがその例。
2013/08/04 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* September30さんは

どちらも持ち合わせているタイプではないかと思うのです。長い間考えつくして、その経緯もすべて飲み込んだ上で、もう考えないようにしているというか。私にはまだまだ先のレベルに達しているような気がします。
2013/08/05 [inei-reisan] URL #pNQOf01M [編集] 

* Re: September30さんは

inei-reisan さん、

そう言われてみると、
たしかに、もう考えたくないことは引き出しに入れて目の前から追い払う
という作業を無意識でやっているようです。
(それができるようになったのは、ごく最近です)

ところが、その引き出しに鍵を掛けるところまではまだいっていないらしくて、
その考えが小さな動物のように時々現れるのですよ。
2013/08/05 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

コメントの投稿

:
:
:
:
:

:
: ブログ管理者以外には非公開コメント

トラックバック:

>>>> http://blog1942.blog132.fc2.com/tb.php/429-2f8ce65c
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)