過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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マドンナに逢った旅

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聖母子像
レオナルド・ダ・ヴィンチ


アメリカだろうとヨーロッパだろうと、美術館と名のつくところで古典のセクションを巡っていると、必ず目につくのが聖母子像だ。
つまり母親のマリアと息子のイエスの肖像画や彫刻なんだけど、ほんのたまにだけ、マリアの旦那のヨセフさんが顔を出していることもある。 処女懐胎などといってマリアは男に抱かれることもなく処女のままで妊娠してしまい(?!?)、それではどうも格好がつかない、世間体もあるしということで、大工のヨセフさんを夫として迎えることになる。 だから生まれてきたイエスはヨセフさんとは血のつながりがなく、戸籍の上での父子ということになるわけだ。

僕は聖母子像を見るたびにそこにいないヨセフさんのことを考える。 美しい妻とどのような暮らしをしたのだろうか? 彼とマリアは愛しあったのだろうか? イエスのあとに子供ができなかったということは、二人の間には愛の交わりはなかったのだろうか?
あの、世界で最も愛読され続けている長編小説 『新約聖書』 のどこにも、これらの問いに答えてくれる個所はない。 マリアはその後 「マドンナ」 というハンドルネームを付けられたりして偉大なアイドルとして有名になって、巨匠たちがこぞって彼女を描いたのに比べると、大工のヨセフさんは自分の妻の影にあまりにもヒッソリと隠れている。 

僕はこんないろいろの疑問をまわりのカトリック信者(実にたくさんいる)にぶつけてみたが、マドンナの夫婦生活ということになると彼らはとたんに寡黙になり、満足な答えをしてくれる者はいなかった。 それは当然のことで、聖母マリアは一生を通して男に汚されることのなかった聖なる処女であった、としておきたいカトリック教会としては、マリアとヨセフにセックスなどをしてもらっては困るわけだ。 それにくらべると、プロテスタントの世界ではこの夫婦はイエスのあとに6人の子供を作っているから、こちらのほうがずっと人間らしい話になっている。



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ヴェネツィアのマドンナ
Venice, Italy

ヴェネツィアの運河を行く混んだヴァポレットの中で、僕はイエスを抱いた21世紀のマドンナに遭うことになる。
赤と青の衣服のコントラストまでダ・ヴィンチのマドンナに似ているのに感動した。 母子像の背後には優しく彼らを見守るハンサムなヨセフさんがいて、その横にはイエスの兄にあたる男の子もいた。 この聖家族は処女懐胎の結果ではないような気がする。 これは愛とエロスの結晶に違いなかった。


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聖母子像群
Musée National du Moyen Age, Paris, France

パリの中世博物館の一室は聖母子像のオンパレードだった。 赤子を抱いていない像もあれば、抱いているイエスがオジさんみたいな顔をしていたり、マドンナもなぜか美人が少ない。 そこには何か宗教上の、あるいは宗派上の意図が働いているのだろうか、と思うほどだった。




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