過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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靴屋のサム

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サムとパイプ
Boston, Massachusetts USA


サムの店は穴倉のような小さなところだったけどなかなか繁盛しているようだった。
ボストンのダウンタウンのど真ん中にあって、まわりには大小の企業がひしめいている地域だから靴の修理を頼みに来る客には事欠かないのだろう。 良い腕を持つ職人なのかもしれないが、安物の靴をいつも履き捨てにしていた僕なんかは、靴の修理などしてもらったことがないから、それはわからない。 その僕がある日この店の前を通りかかった時に、開かれたままのドアを抜けて中へ入っていったのは、肩から吊るしていた古いカメラバッグの皮の肩紐がほとんど切れそうになっていたからだった。

暗くて狭い店内に入ると皮の匂いが満ちていて、片隅に置かれた小型のステレオから60年代のモダンジャズが流れている。 その中でひとりの男が文字通り靴に埋もれて仕事をしていた。 彼は僕の差し出したものを手に取るとチラッと見ただけで何も云わず、切れそうになっている肩紐の両端をハサミでちょん切ると、僕の見ている前でミシンを使って手早く縫い合わせてくれた。
「チャーリー・パーカーが好きなの?」 と僕が訊くと、おや?  という顔をして僕を見直すとやはり無言のまま手招きをして見せてくれたのは、十数枚のバップ時代のレコードでそのほとんどがチャーリー・パーカーだった。
「これを聴いてるから毎日が仕事になるんだ」 と強いボストン訛りで云ったので、そこで初めてこの男は唖じゃなくて無口なだけなんだ、とわかる。
「ところで修理代はいくら?」 と尋ねる僕に、かれは 「よせよ」 とでも言うように手を振るような仕草をしたので、
「じゃあ、コーヒーでも買ってこようか?」 と僕が云うと
「うん、いいね」 と答えた。

買ってきたダンキン・ドーナツの大カップのコーヒーと数個のドーナツを受け取ると、彼はコーヒーを自分のマグに注いで、それを啜りながらパイプを取り出してうまそうに吸い始めた。 仕事は休憩ということなのだろう。 そこで初めてお互いに自己紹介をする。 彼の名はサムといった。 ポツリポツリと話す彼の話では、十年ほど前までこの店をやっていた彼の父親が亡くなった時に、会社勤めをしていた彼はこの仕事を受け継ぐことにしたという。 ボスにこき使われるのにとことん嫌気がさしていたのだそうだ。 子供の頃から父親に靴の修理を手伝わされていたというから、職人としての下地はできていたのだろう。 やってみると思ったよりずっと客がついて、高いレントを払ったあとの収入が会社にいた頃とあまり変わらないし、第一気楽この上もないから気に入っているのだと云った。

そのことがあってから、僕はダウンタウンに出かけるたびにコーヒーを持って彼の店に寄るという習慣ができた。 話をするというのではなかった。 そこに腰掛けてチャーリー・パーカーを聴きながら、開け放した入り口の外を絶えず通り過ぎる雑多な人の群を飽きることなく眺めたり、サムがコツコツ靴の修理をするのを黙って見ているだけで、閉ざされていた僕の心がすこしずつ溶けていくような安らぎを覚えていた。

この写真が残っていなければ、この一徹な靴職人のサムのことはとっくの昔に忘れてしまっていただろうな、と思う。



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コメント:

*

好きだな〜こういう話。
2013/02/13 [上海狂人] URL #ks8IdFps [編集] 

*

私も好き。こういう話。
女には絶対ないシチュエーションですし。

2013/02/13 [ムー] URL #qiVfkayw [編集] 

* Re: No title

上海狂人さん、

こういう話とはどういう話だろうと考えてみましたが、
人間同士のさりげない邂逅、というようなことだと思いました。
2013/02/13 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

ムーさん、

男同士だからこそ起こる話だと決め付けるのはどうかな?
女同士でも、男女間でもありそうな気がします。
むしろ
日本人同士では起こらないだろうシチェーションだというべきか、
と私は思ったのですが・・・
2013/02/13 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

集中力も根気もない私には無理な話しですが、自分にこういう手に職をつける事ができたら良かったと思う事があります。
それにしてもいろいろな出逢いがあるのですね。
2013/02/13 [川越URL #uvrEXygI [編集] 

*

そっか、日本人同士では起きないこと。そうかもしれない。
大して知らない同士がお互い黙ったまま居心地がいい関係って想像はできるけど、
多分気詰まりになると思う。
そこが好きな話だなって思ったんです。
2013/02/14 [ムー] URL #qiVfkayw [編集] 

* Re: No title

川越さん、

どんな文明でも太古の昔から職人と商人は存在したと思うんだけど
そして私自身は商人として後年の生活を支えてきたんだけど
つくづく自分は職人の方が合っていたんじゃないかと思っています。
2013/02/14 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

ムーさん、

日本人って相手の気持ちを読もうとしすぎるから
会話をしていても話しが途切れてぎこちない沈黙がくるのを極端に恐れるんでしょうね。
でも日本人と限らず
お互いの沈黙を楽しむことのできる相手はそうどこにでもあるものではありません。
2013/02/14 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* 職人として・・・

>September30さま
私にはSeptember30さんの創造性は想像するしかありませんが、たぶん職人としてご自分の個性を発揮されるタイプというのは、とても納得できるものがあります。
2013/02/15 [川越URL #uvrEXygI [編集] 

* Re: 職人として・・・

川越さん、

アメリカでも日本でも
商人があまりにも多くて幅を利かせすぎている、
と思いませんか?
私はそう思います。
2013/02/15 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

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