過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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夫婦のあいだの深い溝ということ

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ペットに囲まれて
by Green Eyes


一匹の動物を愛せるようになるまでは
人間の魂のある一部分は永久に目覚めることはない。
- アナトール・フランス -



ヒューメイン・ソサイアティ (動物愛護協会) の活動的なメンバーとしての我が Green Eyes は、支部の集会や年に数回のオークションでは大活躍をする。彼女の描いたペットのポートレートや動物愛護の促進ポスターなどがけっこう売れるからだ。売れた収入はすべて協会への寄付となるから彼女としては大いに動物愛護の運動に貢献している事になる。

動物が好きなことでは僕も人に負けないけれど、彼女の場合は僕と違ってただ好きというレベルをはるかに超えていて、絶滅途上にある動物の擁護とか動物虐待への反対運動とか、家畜の飼育状況の批判とか、政治的な分野にまで広がっているから日常の生活の中で時として僕もついて行けないこともある。
たとえば、ミンクやシープの毛皮を着用する人に対してはその事実だけでその人の人格にマイナスの1点を加える傾向があるのは僕には納得がいかないし、クジラだけではなく生存数の減少している魚類の捕獲に強く反対する彼女に対して日本人である僕はなんとなく居心地が悪いのも事実だ。
またふだんの食生活で彼女が肉類を食べなくなったのは自分の健康上の問題よりも、牛、豚、鶏、などの虐待的な飼育方法や残忍な屠殺方法に賛成しないというのが大きな理由のようだった。僕に言わせれば、太古の昔から人間が動物を食べてきたのは生存するために必要だったからだ。その犠牲になる動物は可哀相だけれどそれが自然のサイクルであり、動物の運命なのだと僕が反抗を試みると、昔はともかく現代では動物を食さなくても人間は生きて行けるようになっている、という答えが返ってくる。それじゃあ、人の嗜好というのはどうなるの? 美味しいものを食べたいという人間の本能は許されないの? と僕が言うと、人の嗜好は認めてるからこそあなたに肉食を止めなさいなんて言ったことはないでしょ? と反問されて僕は何も言えなくなってしまう。 しかも彼女は付け加える。
「あなたの食べてる肉類だって私が買うのは動物たちが虐待されることなく自由で健全な状態で飼育されて、苦しまないで一舜に屠殺されたものだけよ」

というわけで、僕らの議論はいつも堂々巡りをするだけである。

映画のシーンなどで豪華な食卓に仔豚の丸焼きなどが供されるのを見て、「ああー かわいそう」 と憤慨する我が Green Eyes とその横で、「うーん、旨そうだなあ!」 と心密かに舌なめずりをする僕とのあいだには、埋めることのできない深い溝があるのを感じないではいられない。その溝は、たかが食べ物のことだとはいえ 「食べる」 ことが人の生活の中でもっとも重要なものの一つだとすれば、軽く見逃せる溝ではないような気もする。




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コメント:

* 賢い動物

最近友人の一人が、以前飼っていたラブラドールが仮病を使った
と話していたので、まさか!と思いネットで調べたら、同じ内容の
記事が出てきました、犬は随分賢いようです。
(だいぶ話がそれている気もしますがーー)
2014/11/17 [H.NISHIDA] URL #iOX.yJ.Q [編集] 

* 愛護か愛誤か

日本でも過剰な「動物愛護」に辟易させられる人は多くて、「愛誤」と揶揄されることもあります。動物一般が苦手だったり怖かったり、アレルギーがあったり無関心だったりと、人にはそれぞれ動物との関わり方のスタンスがありますが、ゆきすぎた動物本位主義者はそれを認めず、自らこそ正義として動物の代弁者であるかのごとく振る舞うので、面倒くさがられ嫌われてしまうんでしょうね。
もっとも、私も、毛皮をファッションで纏う人に対しては態度が厳しくなります。氷点下20度以下になるような国でなければ毛皮は必要ありません。ましてバッグや髪飾り、キーホルダー等に毛皮を使う必然がありません。バッグや鍵は寒がりませんから、動物の皮を生きたまま剥いでまで作る意味は見いだせないからです。
ネット上で拡散される動物虐待とされるショッキングな画像には作為も当然ありますし、そもそもの真偽自体があやしいものもあるので、一般人が書いた記事や、動物愛護団体のバイアスが強烈にかかった報道や資料、記事には注意しています。
特に人との関係の歴史が古い家畜:犬、羊、猫、馬については要注意です。羊は、羊毛をとるために改良されたメリノー種が有名ですが、私たちは羊牧場で育ったわけでもないので、シッポや臀部の肉を切り落とす必然がみえず、血を流す羊の画像とともに「残酷だ!」と批判する記事には同調しがちです。が、あの処置を怠ると、毛深すぎてお尻の手入れができないメリノー種はお尻に蛆がわいてしまいます。生きながら尻を蛆に食べられる、絶え間なく続く苦痛と、外科的に臀部の肉を落とす処置を一回受けるのとどちらがいいかという話です。
私は「あれは必要だからする処置」と考えますが、そもそも人が人にとって都合がいいように「改良」したためにおきた問題です。自然界ではこんなことはおきません。だからといって今更メリノー種の毛の量を減らす「改良」は産業上歓迎されないでしょうし、飼育禁止令などだせません。皮革産業や食肉産業でも同じことがいえるでしょう。生産業に関わる人たちの生活がかかっていますから。
そういう政治的、経済的な問題の解決策を考えずに感情だけに訴えるセンセーショナルな愛護活動には、私は懐疑的です。目の前に苦しむ動物がいたら助けたくなる。その感情は共有できます。その感情こそ、最も尊ぶべきものです。愛護活動が、誰かを憎み非難することのみで成り立つ活動であって欲しくはありません。愛情と尊敬と謙虚さとを忘れては、ぎすぎすする一方で人の心も離れてしまいます。あ、これは夫婦関係も同じですね。
2014/11/17 [nicoURL #- 

*

私なんかその点、犯罪者並だと思います。
毛皮は好きだし、カシミアも大好きだし、丸焼きのお肉も食べる。

でも、
狩猟民族が狩猟犬の尻尾をちょん切ったり、
(そもそも遊びのために鳥をを撃たなくてもいいと思うんだけど)
家具が傷つくからと飼い猫の爪を関節から手術して除去する、
(これは動物愛護の国アメリカでしか行われていません)
そういう神経はまったく理解できない。

それぞれの国の習慣や文化や食生活で意見は真っ二つですけど、
犬に洋服を着せる日本人も不思議です。


2014/11/17 [ムー] URL #qiVfkayw [編集] 

* Re: 賢い動物

NISHIDA さん、

犬は賢いといえば思い出したのは
以前住んでいた家の大家さんは何かの不治の疾病にかかった老犬を飼っていたのですが
彼等が海辺のサマーハウスで夏を過ごしていた時に
その犬は崖から海に飛び込んで自殺したそうです。
これはいまだに信じることができません。

2014/11/17 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: 愛護か愛誤か

nico さん、

日本での動物本位主義のことはまったく知りませんでした。
でも私も動物愛護を信奉する人といっしょに暮らしている以上
行き過ぎた動物愛護(つまり動物過保護)、ということは日常よく考えます。
どこまでが愛護でどこからが過保護と考えるかはそれこそ人によって違うので
それを問題にすると議論の種は尽きることはないでしょうね。
しかも両者の主張がどこまで客観的な事実に基づくかは明らかでない場合が多く
そのためにメリノー種の羊のようなケースが出てくるのでしょう。

私自身の動物への関わり方のスタンスは、すでに旧世代の考え方に属すると思いますが
人間が生きていく上に必要なら動物を犠牲にするのは仕方がない、ということです。
といっても、その「生きていく上に」というのが問題で、大昔のようにそれがないと我々が生存できない
ということはもう現代ではありえないことだから、その辺の境界線は私自身も明瞭ではありません。

贅沢のための毛皮だとか装飾品としての象の牙だとかまったく必要ではないとは思いますが
最近騒がれたアザラシの捕獲禁止などはそれを主要食料としているエスキモーなどの民族が存在することを考えると
一概に止めろとはいえないような気がします。

また、趣味としてのハンティングにも疑問を感じます。
今年の冬もまた我が家の近所には多くの鹿が出てくるでしょうが
夜中に銃声を聞くたびに、ああまた鹿が撃たれた、と心が暗くなります。
鹿のハンティングを合法とするアメリカだからです。


2014/11/18 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

ムーさん、

毛皮の着用には反対の私ですが、
そう言いながら寒くなるとカシミヤのマフラーを愛用する私は何という偽善者でしょう!
要は、確固とした主張など私には何も無いのだ、と改めて悟りました。

ええっ、犬に洋服を着せるのですか?
なぜ?
飼い主の満足感を満たすためなのだろうか?
もっとも
うちの犬も雨の日の散歩にはレインコートを着せますが・・
2014/11/18 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

>September30さま
この話題は難しくてコメントできなかったのですが、犬の自殺という言葉を見て、「犬の自殺の名所(?)」というのを思い出しました。きっと他にもご存知の方がいると思いますが、深い谷に掛かる橋があって、その橋では何匹もの犬が谷底に投身自殺をしているんです。

ウサギやケモノを追ってつい橋の欄干を飛び越えたと考える人もいるようですが、この橋の両側は犬の視線では外が見えない作り(レンガだったかな?)で、犬のハンター振りから想像したこの意見は的外れのようでした。

その原因は、確かスカンクだったように思います。犬は特別スカンクの匂いに敏感で、谷底から風向きによって匂いが漂うと、後先考えずに追ってしまい、向こうが見えない欄干を飛び越えてしまうそうです。

これは実験をしていて、まさに反射的に壁を越えて飛び出して行く犬たちの姿が印象的でした。それ以来その橋にはリードを短く持って渡るように注意書きが張られたそうです。

すっかり動物愛護からは離れてしまいましたが(いや、元々は深い溝の話しでしたから、多少は関係ある?)、私はイルカの干物は食べるし、クジラは子供の頃から大好き、いつもとはいかないけどマグロも好物です。先日もイノシシを解体してお腹いっぱいになったし、クマやシカ、ウサギでもマムシでも食べてしまいます。そういえば「ヘビを食べるな」とは聞かないですね。頭の悪い生き物はいいのかな?

もちろんカシミアとはいかないけど、メリノウールのアンダーウエアは着るし、ウールのセーターも大事に着ているので、攻撃対象としては立派なものじゃないかと思います。なので議論には背中を向けて山の中に逃げ込みますが、そこには辺り一面、木の皮を食い荒らし、畑の作物を食べ散らかすシカが無数にいたりするんですよね。
2014/11/18 [川越URL #uvrEXygI [編集] 

* Re: No title

川越さん、

英語に "Open a can of worms" という日常よく使われる表現がありますが、
動物愛護の議論もうっかり虫のいっぱい詰まった缶を開けてしまうと、結論が出なくて行き場のなく
お互いに不愉快な論争に陥ってしまうのでそこそこにしておいた方が良さそうです。

ただ、私の場合は妻がアメリカ人で日本人の衣食生活の伝統を知らないという事実があるので
日本人の私とのあいだにどうしても溝ができてしまうのは仕方ないとしても、
先のnicoさんのコメントで日本国内でも動物愛護に行き過ぎの動きがあると知って驚いたわけです。

そこへいくと川越さん宅ではご夫婦揃ってゲテモノ食い(失礼)なのでそれだけでも
夫婦間の溝など無いというのは羨ましいことです。
同じ食べ物を二人でいっしょに楽しむという贅沢は私達にはほとんどありません。
2014/11/18 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

我が家も食べ物では垣根はないですね。ただ出身地の溝というのはあるようです。ことに親戚との距離感は。
2014/11/19 [上海狂人] URL #wuZV7DPc [編集] 

* Re: No title

上海狂人さん、

ご夫婦のあいだの出身地の溝、とは何だろう?
ことに親戚との距離感、とは?
溝と呼ぶからには快いことではなさそうなんだけど、
いくら考えてもわかりません。
私が鈍いのかなあ・・・


2014/11/19 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* 君子危うきに近寄らず

Open a can of worms とは、またなんと感覚にダイレクトに働きかける言葉でしょう(笑)虫が苦手なので「うわあああああ」と鳥肌がたってしまいました。ほんとうに、動物愛護の問題は夫婦や友人の間でも政治とスポーツの話と同様に避けるべき話題だと思います。


私の結婚が決まった時に、兄(その時既に離婚経験者)から「いいか。夫婦は所詮他人だ。俺とお前は兄妹だから、喧嘩をしてもちょっとすればなんとなくお互いに許せたり忘れたりできるけど、他人同士ではそれはできない。自分が悪いと思ったら必ず言葉にだして謝れ。なあなあにしておくと取り返しがつかなくなる。」と釘を刺されました。これは真実だと、結婚後半年も経たずに私は気づくことになります。
夫婦関係とは、お互いの努力でこつこつと築いてゆく城のようなものかと思いますが、メインテナンスばかりが大事なんではなくて、開かずの間に放り込んでおくべき話題の選別も大事ですね(^^;
2014/11/19 [nicoURL #- 

*

夫婦じゃなくても深い溝はひっそりと存在するんですよね。
以前の記事で言葉は全能じゃないっておっしゃってる。
あの時も「ああ本当にそうだなー」と思ったのですが、
じゃあ何をもって言葉を補助するか?
と思ってもそれが見つかりません。
たとえばスキンシップ?
夫婦や恋人ならこれは大事だし、
努力すれば長いこと可能なんでしょうね。
会話とスキンシップ・・・
会話のないような関係なら触るのも触られるのも嫌になり、
触れなくなると相手の気持ちに無関心になり会話も減る。
鶏と卵かー。

なんだか論点がそれちゃいました。
すみません。
2014/11/19 [ムー] URL #qiVfkayw [編集] 

* Re: 君子危うきに近寄らず

nico さん、

私の最初の結婚が壊れた一つの理由は
我々は会話を持ちすぎたのだ、と思っています。
結婚した相手が大学の同級生で二人の世代、環境、知性などが同レベルにあったということもあって
とにかくあらゆることを言葉に出して話しました。
その中にはお互いを傷つける事がどれほどあったことか!
お互いにもっと思いやりがあれば、おっしゃるように開かずの間に放り込んで置くべきことも多数あったのでしょうに。
2014/11/20 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

ムーさん、

男女のあいだとは限らず人間同士で大切なのが必ずしも会話でないとすれば、それは何だろう?
と考える時、compassion という言葉が胸に浮かびます。
直訳すれば、慈悲、憐憫、哀れみ、同情心、思いやり、ということでしょうが
キリスト教でよく使われるこの言葉に私は強く共感します。(私はもちろん無神論者)
相手に対するこの気持ちって会話やスキンシップ以上に大切なもので
それがあれば会話もスキンシップも必要ないとまで思えます。

スキンシップといえば・・・
大学1年の時フランス語の授業に使われた教材が
今では作者もタイトルも覚えていない小説だったのですが、その書き出しが
「ふたりが仲直りするのはいつもベッドの中でだった」
というのが忘れられません。
たしかに若い頃はそれで二人の溝が簡単に埋められたのは確かですが、
嫌な時は同じベッドにも入る気がしないようになるとそうはいかない。

いつかの記事にも書いたように
私の背中の皮膚をcompassionを込めて優しく指で掻いてくれる、
これが真の意味のスキンシップなのであります。(笑)

http://blog1942.blog132.fc2.com/blog-entry-644.html
2014/11/20 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* 溝

夫婦の溝がこういうことでも発生するなんてと思うと、ぞっとします。ただでさえギャップのある二人なのに。
この季節になると、丸々に太ったフォアグラが目に浮かびます。いつかのテレビで見たんです。ただ太らせれてそのままクリスマスの机の上に上るガチョウの姿を。でも、でもあのおいしさがやはりやめれなくて、年末にここドイツでも探してしまう。hopelessですね。。
2014/11/23 [inei-reisanURL #pNQOf01M [編集] 

* Re: 溝

inei-reisan さん、

フォアグラもまた動物愛護の観点からは議論の種となるものの一つですよね。
でも、本当に美味しいと思うもの、大好きなものは、人がなんと言おうとどんどん食べましょう。
食欲と性欲は人間の二大本能だから
それがなくなったら、何のために生きているのかわからない。
2014/11/23 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

>September30さま
日本には昔から「同じ釜の飯を食った仲間」という言葉がありますが、最近は釜どころか「彼女や母親が握ったおにぎりもいや」という人が少なからずいるとき聞きます。

他人の手が直接触れたものを口にしたくない気持ちが強いそうですが、こんな人達は彼氏、彼女と鍋をつつくなんて事はもちろん、焼き肉もダメらしいです。

思うに、同じものを一緒に食べてそれを同じように「美味しい」「これはイマイチ」と感じる感覚は、長く生活する上でとても大事なのかなと感じています。

もちろんうちではゲテモノの好みも一緒で問題ないのですが、面白いのは食べ物の好みは相棒はこってり系、私はさっぱり系と全く違うんですよ。それでも美味しいものの感覚は共有できるのがおもしろいなぁと思います。
2014/11/24 [川越URL #uvrEXygI [編集] 

* Re: No title

川越さん、

他人の手が直接触れたものは口にしたくない。
それじゃ日本が世界に誇る伝統の食べ物、鮨はどうなるのだろう?
最近のアメリカでは鮨屋に行くと、鮨職人がゴムの手袋をはめて握っていますが
あれはまことに味気なく食欲を削がれますが、州の規制だそうです。

ヨーロッパの名人シェフ達が料理を作るのをテレビで見ましたが、
パスタだって手でこねるし、盛り付けなど指でどんどん食材に触っていました。

あ、ところで
私は奥様と同じくこってり系ですから、その節はどうぞよろしく。(笑)
2014/11/24 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

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