過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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September30

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ペッシェクルードさんへ

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都会の夜の澱(おり)に
Ginza, Tokyo


夜明け前の新宿。
ジャズ喫茶 「きーよ」 の二階の窓際のテーブルに陣取ったKさんと僕は、向いあって座っていながらもう一時間以上もお互いに口をきかないでそれぞれ本を読んでいた。 Kさんが手にしているのは何の本なのか知らなかったが、僕が読んでいるのは今日の昼間、紀伊国屋から買ってきたばかりの植草甚一のジャズのエッセイだった。 ここは天井が低いうえに、室自体がいびつな形をしているのは、この店が二本の道路が交わるその角にあるせいである。 狭い店内のテーブルの半分ほどを客が占めていて、かかっているレコードはグラント・グリーンの "Alone Together" だった。 グラント・グリーンが三味線を爪弾くような感覚でギターを弾いているそのサウンドは、真夜中過ぎ、というより、もう夜明けに近い新宿の盛り場の疲労しきった、けだるい雰囲気にぴったりと合っていた。 Kさんは読んでいた本から眼を離すと、思い出したように目の前のテーブルの上から「みどり」を取り上げて一本を抜き取り、その両切りの煙草をいつもそうするようにとんとんと煙草の箱に打ち付けたあと口にくわえる。 なんとなく僕と眼が合ったその時に、「あれが聴きたいな」 とKさんが云った。 「あれですか? リクエストしてきます」 と僕は云って立ち上がると狭い階段を階下ヘと降りていった。

階下のバーに腰かけてマスターと話しているのはこれも常連の東大生で、シャキッとした学ランにグレーの替えズボンというクールな格好はいつもと変わらない。 その襟には金色の丸い銀杏(いちょう)がさりげなく、しかし見逃されることを拒否するように光っていて、磨かれた黒靴はいつ見てもゴミひとつ付いていない。 田舎から出てきたばかりの泥臭い受験浪人である僕は、この東大生の、うっとりするようなきれいな東京弁や垢抜けた仕草に、反発を感じながらいつも好感と羨望の気持ちを抑えることができないのだった。 彼は立ち上がって僕に向って手をあげると、足元に置いたダッフルバッグを取り上げて扉を開けて外へ出て行った。 そして彼がダッフルバッグを大きく空中に振り上げて通りすがりのタクシーを止めるのを、僕は窓越しに眺めながら、なんというカッコの良さだろうと思っていた。

僕はマスターに、あのベニー・ゴルソンとカーチス・フラー競演のレコードで "Five Spot After Dark" の入っているサイドをリクエストすると、身動きの取れないほど狭いトイレで用を足し、それからまた二階まで戻る。
「この曲をリクエストするたびにいつも思うんだけど "Five Spot After Dark" のファイブスポットって何のことなんでしょうね?」と僕はKさんにたずねる。
「うーん、何だろう? でもなんとなく詩的というか謎めいた響きがするね」

ファイブスポットがニューヨークの有名なジャズクラブのことだと分かったのは、ずっとあとになって自分自身がその同じ曲をステージで演奏するようになってからだった。


Five Spot After Dark




「きーよ」 に連れてきてくれたのも、東京のあちこちを引き回してくれたのも、郷里で僕より数年先輩のKさんだった。 そしてこの曲を初めてKさんに聴かされたとき、「ほら4小節目から5小節目の頭にかけてピアノのトミー・フラナガンが左手の低音でクロマチック (半音階的) に下降するフレーズをオカズに入れているだろう? あれが堪らなくセンスがいいんだよねえ」 とK さんが云ったのを忘れない。 彼は自分でもベースを弾いていたくらいだから、普通のジャズキチとちがって感性的な面だけではなく、テクニカルにもこんな的確な言及をいつもしていた。 そして、そういう時のKさんの優しい目つきや、大きく張った頬骨のあたりを指でカリカリと掻きながら、いくぶん早口でしゃべるその顔を、僕は今でも瞬時に思い出すことができる。

ありがとう、Kさん。
Kさんのお陰で僕は暗い受験地獄に落ちることもなしに東京というジャングルで生き延びたのだと思っています。
あれから永い永い時が流れてゆきました。 でも今でも僕が東京に帰るたびにKさんに会えることをどんなに楽しみにしていることか、こんな形でしか言い表すことができません。


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コメント:

* キーヨ

september さん、こんにちは。
思い出しました、多分あの日は今は無き風月堂でバッハを聞いてキーヨに行ったんでしょうね、《Kさん》の頭は相当錆が発生しているようですが。
クリフォード・ブラウン好きで、I Rimember Cliffordを作曲したベニー・ゴルソンの曲、ボントロ、ナーテ、ヤノピのインプロが素晴らしい《暮れてからのファイブ・スポット》は、即、何十年を一挙に飛翔します。
最近はヘンデルのトリオ・ソナタ等を聞く機会が増えています。
いつも感じるのですが、フレデリック・ブラウン等のショートショートを読む以上のような感激を覚えました。東京での再開を祈願しています。

2013/02/10 [ペッシェクルード] URL #j9tLw1Y2 [編集] 

* Re: キーヨ

ペさん、こんにちは。

つい先日、東京の友人と話をしていて新宿の風月堂の話が出たばかりです。
あの店は当時の東京で、というより当時の日本では
もっともコスモポリタンな場所だったといってもいいんじゃないですか?

それで今思い出したのは
ある日ぺさんと私が風月堂にいた時に知り合った女の子が(その子の顔まで覚えてる)
なかなかの映画通でペさんと話がすっかりあってしまい
ふたりでいっしょに上映中の映画を見に行ったことです。
私はなぜ行かなかったのか?
それは覚えていません。
彼女は渋谷のオスカーで働いていると言っていましたね。

実に50年以上昔の話です。
2013/02/10 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* オスカー

septemberさん、再びです。
この映画に行ったという話は初耳(脳細胞は錆だらけ)ですが、こういうアドリブが隣に座っている人と起こり得る雰囲気が風月堂にはありました。
オスカーは正面に大きなスピーカーがあり、座席は全てそれに向かって劇場のように配置されていて、私には落ち着かない(コスモポリタンでない)茶店でした。渋谷でジャズを聴く時は、狭いドュエットが多く、東京でモダンを聞いた椅子はここが最長だったと思います。当然のように、この店も今はありません。
新宿にある「バーカロ」というヴェネツィア料理の店は、ワインの立ち飲みが出来る空間があり、見知らぬ隣の人と気楽にお喋りをしてしまいます。帰国の節はまたそこに行きましょう。
前回の「再開」は再会の間違いです。今気付きました。
2013/02/11 [ペッシェクルード] URL #j9tLw1Y2 [編集] 

*

風月堂が出てきたので混ぜてもらいます(笑)
私は将来の絵描きの卵を気取っている18歳でしたが、
風月堂へは友人に誘われて何度か行きました。
タバコの煙がすごい真ん中が吹き抜けになってる店でしたっけ?
あんなふうな、人を選ぶ店に行くことでちょっと不良になったようで嬉しかった。
御茶ノ水にはコペンハーゲンという一軒そのまま店というのもありました。
なつかしいなー。


2013/02/11 [ムー] URL #qiVfkayw [編集] 

* Re: オスカー

ペさん、

前回ペさんとコータローと3人で行ったバーカロでのワインとチケッティ、
それから懐かしいアカシアでの食事、
そのあとはあの「萱」での酒、
と忘れられない思い出を作っていただきました。

立ち飲みのできるバーというのはヨロッパではどこにでもあるのに、
アメリカではもう見ることはできません。
あれこそコスモポリタンの場所なのにね。
2013/02/11 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

ムーさん、

そうそう、風月堂は吹き抜けになっていて
2階の席に座ると店全体が見下ろせましたね。
タバコを吸わない人は入っちゃいけないような雰囲気でした。(笑)

あの店はいつ頃まであったのでしょう?
コペンハーゲンというのは私は覚えがありません。
2013/02/11 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

私が何度か行った風月堂はスノッブな空気があったけど、
じきにヒッピー風(あくまでも日本の)の人達の溜まり場になったようで、最後を見ていません。
コペンハーゲンはアテネフランスのそばにあって、
二階の個室にはアップライトのピアノもあって、
5~6人で遊ぶにはいい場所でした。
Septenber30さんがいたらBGM弾いてもらえて楽しかっただろうな。
2013/02/12 [ムー] URL #qiVfkayw [編集] 

* Re: No title

ムーさん、

風月堂は知的な雰囲気もあったけど
スノッブな空気もたしかにありましたね。
しかし今となっては懐かしい・・・

コペンハーゲンですが
ペッシェクルードさんの親友だったSさんが
アテネフランセに通っていて私も何度か行ったので
そのそばなら場所はよく知っています。
いや待てよ、
そのSさんがバイトをしていた御茶の水の喫茶店がコペンハーゲンだったとしたら
そこには何度か行っているはずです。
これはペッシェクルードさんに訊いてみないとわかりません。
2013/02/12 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* レモン

september さん、再度お邪魔します。
御茶ノ水にレモンという画材屋さんが今でも健在で、喫茶店も経営していました。S氏はそこで
バイトをやっていました。アテネフランセに降りて行く明大脇の通りにはレモンのイタリアン
の店もあります。
私自身はコペンハーゲンという店は知りませんが、《コスモポリタン》な店ということでは、
私にとってアカシアはその最たるものでした。あの頃あそこで知り合って今でも付き合って
いる友人がいるというのは稀有なことです。
2013/02/13 [ペッシェクルード] URL #j9tLw1Y2 [編集] 

* Re: レモン

ペサン、

ああ、そういえば思い出しました。
「レモン」 でした。
小さなテーブルに椅子、
それに床は木であったように覚えていますが確かではありません。

画材屋さんなら、若い絵描きであったムーさんもこの店をご存知かな?
2013/02/17 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* 渋いですね。

はじめまして
グラントグリーンの下りはとても渋い表現ですね。
シングルトーンの彼が確かに三味線のようでもありますね。
ほとんど人のブログにコメントしないのですが、思わずしてしまいました。
2013/02/19 [まことURL #- 

* Re: 渋いですね。

まことさん、

はじめまして。
コメントをしないまことさんから貴重なコメントをいただけたのは
グラント・グリーンのお陰ですね。(笑)
2013/02/20 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

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