過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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ユーモア 写真のレシピ (10)

Image0290-blog.jpg

凝視
Location Unknown


日本人にとって苦手なものの一つにユーモアがある。
日本人はユーモアを解さない、というのではなくてユーモアを表現することが下手なのだと思う。 西欧では政治家が公衆を前にして演説をする時など必ずユーモアや軽いジョークが入って、聴衆を笑わせるのに、日本の政治家はどうだろう? そんなことは不謹慎だ、とんでもない、とするのが日本人のようだ。

写真も同じ。
カルティエ・ブレッソンやエリオット・アーウィットの写真集を見てごらん。 「うーん、憎いなあ」 と思わず声が出るようなユーモアが随所に見られる。 ところが日本人の写真家たちの作品を見てもそんな写真に出くわした記憶が全くないのは、あれは、人を笑わせるような写真は芸術的価値が落ちる、とでも思ってるのかしらん。

そういう僕自身も、自分の写真にユーモアという領域はまだまだ開拓が必要だと思っている。 もっと 「遊び心」 を身につけることができれば、写真を取るのがさらに楽しくなるに違いない。 ユーモアだけをテーマにした写真集なんかを出したら、ぜったい売れると思うんだけど、日本じゃダメかなあ。
ところで上の写真の失敗は、男性の裸像にピントを合わせないで、それを熱心に見ている女性群にピントを合わせてしまったこと。 僕としてはそちらの方に興味があったからしょうがないといえばしょうがないんだけど。 (右端の男性も興味の対象は僕と同じだったようだ)。





bostonbw0038-blog.jpg

鼻のない顔
Cape Cod, Massachusetts, USA


人の顔に見えてしまうものって、けっこうどこにでもあるものだ。 それに気がつくかつかないかはあなたの知覚の問題で、顔を探して散歩に出るというのも楽しそうだよね。







exit-bw-blog.jpg

出口?
Pittsburgh, Pennsylvania USA


こんなショットもただ漫然と歩いているとつい見逃してしまいそう。 前にどこかで見た誰かの写真で、墓場の横に立てられた道路標識に 《Dead End 》 と書かれていたのは、あれはユーモアの傑作だと思う。






T01paris10b-bwblog2.jpg

凝視(2)
Paris, France


これはヨーロッパでしか見られないような大胆な広告なんだけど、それを無心に眺める男は実は我々の同行のひとり、アメリカ人のKさんだったのだ。 そのことは以前 『パリのメトロ』 に書いている。


写真のレシピ(1)』 カラーかモノクロか
写真のレシピ(2)』 ポイントを決めよう
写真のレシピ(3)』 陰影礼賛
写真のレシピ(4)』 クロップの勧め
写真のレシピ(5)』 続・クロップの勧め
写真のレシピ(6) 群集劇のおもしろさ
写真のレシピ(7)』 ミニマリズム
写真のレシピ(8)』  警告!
写真のレシピ(9)』 芸術写真?


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コメント:

*

確かに、日本では「ユーモア」は芸術のカテゴリーではない、という風潮があるかも知れませんね。
堅いんでしょうかねぇ・・・
伝統とかそういうのを重んじる妙な風土があるのかも知れません。

ワタクシ・・・パッと見たとき、裸像を見る髪の長い方は直感的に「男性」と思って見てました。
「さすが、アメリカだなぁ・・・」と(笑)
2012/12/04 [nakkyURL #vR7eB8rI [編集] 

* じわじわ

このシリーズはいつも楽しみにしています。
それにしても1枚目の写真、見ているとジワジワといろいろな思いが沸き上がって来ますねぇ。
2012/12/04 [川越] URL #uvrEXygI [編集] 

*

一枚目の写真、
私だったら一点を凝視され続ける立像の苦行に笑いを感じます。
2012/12/04 [ムー] URL #qiVfkayw [編集] 

* Re: No title

nakky さん、

そういう風潮というのは新しい年代の日本人のあいだでは
変わりつつあるのかどうなのか、
長く日本を留守にしている私にはわかりません。
2012/12/04 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: じわじわ

川越さん

色々な思い?
どんな思いでしょうね。
2012/12/04 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

ムーさんの短いコメントに、私は長く考えてしまいました。

私は男性の股間を凝視している女性に笑いを感じたので、
ムーさんのように、凝視されるものの側に笑いを感じるということを
まったく考えていなかったのですね。
これって同じ場面でも人によってというより、この場合男性と女性では
笑いの見つけ場所がちがうということでしょう?
おもしろい!

この例のように男女間の知覚の違いというものは笑いにかぎらず、
日常生活でいろんなところに存在するのだろうなあ、
と考えこんでしまいました。
夫婦や恋人の間のいさかいなど、
その違いから来ていることが思ったよりも多いのかもしれませんね。
ムー先生、よい勉強になりました。(笑)
2012/12/04 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* いろいろ

>September30さま
いろいろな思いとは言い過ぎでした。たとえば左の髪の長い女性は「顔は上を向いているのに、目線は下だなぁ」とか、「ストレートに見るのは気が引けるのか?」とか、右の男性はの奥様が左にいて、「なにを見てんだよ!」って思っているのかな?とか、ちょっと距離を置いて股間に目をやっている(勝手にそう思ってます)女性2人は同じ世代の若い友なのかな?って感じです。

それに私がここにいたら「脇腹の肉がはみ出てるぞ」とか、「上半身のわりに下半身は鍛えられていないなぁ」とか、「どうして筋肉隆々のこういう像のモノは、いつもやっと見つけられるほどに縮こまっているんだろう?」とか、・・・けっこうありますね。(^^; この写真を見ていたらそんなことが次々と頭に浮かんできました。


2012/12/04 [川越] URL #uvrEXygI [編集] 

* はじめまして

私が、芸術のようなものを知り始めたのは、初めてのイタリアでした。60過ぎてからですが、街に立つ【はだかんぼう】さんに、はじめは目を伏せました(笑)
説明を受けるようになって、その意味がやっとわかるようになりました。超晩さきです(笑)
2012/12/05 [URL #mtYTAWfU [編集] 

* 管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
2012/12/05 []  # 

* Re: いろいろ

川越さん、

なるほで、そこまで念を入れて見てくれる人がいるということは
撮影者としてしあわせです。
前回の『芸術写真?』に書いた、人のスナップショットを見る時の私の態度がまさにそれなんですね。

モノのサイズについての私の考察は
1. 当時は宗教的な倫理規制があった。
2. 鑑賞する男性に劣等感を与えないという作者の思いやり。
3. 鑑賞者(とくに女性)が、1部分にとらわれないで全体の像を見て欲しいという芸術的な意図。
4. 突起物が将来欠けてしまう可能性をできるだけ避けようという彫刻家としての常識。

などがあるでしょうが、美術史に疎い私には真相はわかりません。
2012/12/05 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: はじめまして

和さん、はじめまして。

60を過ぎた女性が目を伏せるということに頬笑みました。
彼女の育てられた環境やご自身の性格が忍ばれるような素敵なエピソードです。

子供の頃、母に連れられて見に行った洋画の中で (たしか、エヴァ・ガードナーの『裸足の伯爵夫人』?)
キスシーンが出てくるとモジモジと横を向いたりして、非常に居心地が悪かったのを思い出しました。
あの純情さは今はどこへ行ってしまったのでしょう? (笑)
2012/12/05 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

鍵コメさん、

質問には私信でお答えします。
2012/12/05 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

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