過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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ハロウィーンのころ (1/2)



僕の住むオークウッドという町はそのサイズからいえばとても小さくて、端から端まで探訪しても、車ならそんなに時間もかからない。町の大部分を占めるのは1900年代の初めに建てられた古いレンガ造りの家が多く、木々の緑もふんだんに散らばった美しい町である。小さいながら商店街もある。そこにはレストランやブティークやスターバックスや銀行や郵便局や薬局などがあって、日常の生活は徒歩か自転車ですべて用が足りてしまうような、便利で住み心地の良いコミュニティだった。
この町には高校が一つ、中学 (ジュニアハイ) が一つ、小学校が二つあり、高校と中学はひとつの建物の中に同居している。全体の生徒数は少なくて、たとえば高校の毎年の卒業生が130人ぐらいしかいない。

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この町にはスクールバスというものが1台もなく、子供たちは全員が徒歩か、自転車か、父兄が車で朝は落っことして午後は歩いて帰宅する、かのどれかだった。学校には食堂があるけれど、ランチを食べに家まで帰る子供たちもたくさんいた。僕の二人の子供たちもここで小学校から高校まで通った。

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高校と中学が同居しているので、一度中学に入ってしまうとあと6年間(中学2年間に高校4年間) を同じ校舎で同じ生徒達と過ごす事になる。 だからこの町の子供たちは、同級生だけではなく、年上や年下の生徒まで含めて全員を知っている、といっていいだろう。

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ハロウィーンになると、子供たちが所属するクラブやグループに別れて町中に飾りつけをするコンテストがあった。週末の午後などその一つ一つを順に巡りながら、家族連れで散歩をする人々をあちこちに見かけるのはこのころだった。

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僕らがここに住み始めたのは、プライベート校に子供を送る余裕なんてなかった僕らが、公立の学校でありながらこの町の学校の教育のレベルが州のトップに近いということが大きな理由だった。
その子供たちも成人になって家を出て行ってしまった今では、使わない部屋が幾つもあるような家に住んでいる理由がない。もっと小さな家へ引っ越そうかという話が妻と僕とのあいだに過去に何回出てきたことだろう。
ところが僕も妻も引っ越しというものが大嫌いときているから、その話はいつも立ち消えになってしまった。
今度この家を出るのは、その時はアメリカを離れる時だろう、という気がしている。

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コメント:

* 私も

日本の片田舎で育ち父親は建設業で転勤もなにもなかったので引っ越しには憧れていました。選んだ伴侶が米人と言うことでイイトシになってから決意してアメリカへやってきてその後亭主の転勤で日米と動き回り数えてみればアメリカ在住からは10回も引っ越しをしています。引っ越し屋さんに勤務していたこともあって手際は手前味噌でも良いと思いますがもう秋になり雪を思うと引っ越したくなくなりますね。。。。
2010/10/29 [kaori] URL #LDha.2Cc [編集] 

*

Kaoriさん、私はオハイオ州に来てから20年になりますがその間、引越しは二度だけです。
しかも二度目の引越しは道をはさんだ筋向いだったのですよ。
その前のボストンではこれも20年のあいだに5,6回引っ越したかなあ。
そう、アメリカに来てから40年が過ぎました。(なぜか深いため息)
2010/10/29 [September30URL #MAyMKToE [編集] 

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