過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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ハービーのこと 4/4

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チフーリ展のハービー
Dayton Art Institute


あれは2001年の冬だった。 ハービーが前立腺癌で入院したのは。
コーチを辞めたあとの彼とは前のようにしょっちゅう顔を見ることもなくなって、電話で話すこともほんの稀にしかなかったから、彼の入院で逆に彼と話す度数がずっと増えたといってよかった。 病室で寝たきりの彼は退屈しのぎに時々電話をかけてきた。 彼の病院は僕の家からはすぐのところだったから、僕もよく訪ねて行ったが、見る影もなく痩せたハービーを見るのは辛かった。 テニスのことをとりとめもなく喋る時のハービーは身体を蝕(むしば)む鋭い痛みに顔をしかめているか、モルヒネが効いている時の彼は言葉少なく、言うことにつじつまが合わないかのどちらかだった。
僕はその年の6月から7月にかけて、家族を連れてヨーローッパを旅行する計画を立てていて、ソルボンヌでの留学を終えることになっている娘のマヤとパリで落ち合って、そのあと3週間をかけてフランス、スイス、イタリア、スペインを汽車で廻る予定をたてていた。 その話を知ったハービーは 「パリはちょうどフレンチオープンの時期じゃないか、絶対に見てこいよ。 俺も1度は行ってみたかった」 と何度も念を押した。


その年の独立記念日の祝日を僕らの家族は南フランスのニースで迎えた。
そのヨーロッパの旅行から帰ってきた日に、僕は留守電話に残された何十というメッセージを聴いていた。 そのほとんどは保険やクレジットカードの勧誘だとか払い忘れた電気代の請求だとか写真の注文だとか実務的なものばかりだったが、その中にハービーの声があった。
「おーい、俺だよ、ハービーだ。 まだヨーローッパを旅行中かな。 帰る日を聞いたと思うけど忘れちまったんだ。 フレンチオープンを見たのかどうか、見たのなら話を聞きたくてね。 俺も毎日テレビでは見ていた。 帰ってきたら電話をしてくれ。 じゃあまた」
旅行直前に会った時よりさらにか細くなったその声を耳にしながら、フレンチオープンは時間が取れなくて行けなかったと云ったらガッカリするだろうなと思っていた。
長期旅行から帰ってきたあとは、いろいろとやらなければならないことが溜まっていて、僕がハービーの病院へ出かけて行ったのは2日後だった。 お土産に買ったフレンチオープンのTシャツとキャップと、エッフェル塔のキーチェーンを持って、勝手を知った病院の10階まで上がり、看護婦の詰所を通った時に顔見知りの看護婦の一人に呼び止められた。
「あら、ハービーさんならいませんよ。 先週亡くなられました。 えーとあれは土曜日だったかな」
僕は一瞬ポカンとしてしまって、「そんなはずはない、だってついおととい電話で話したばかりなのに」 と云いそうになった。

看護婦の話では、アラバマから来ていた妹という人が遺体を灰にしてアラバマの実家に持ち帰ったそうだ。 ハービーの私生活は、ずっと昔離婚したままで子供もなく、この町には誰も身内がいないことは僕も知っていた。 そういえばわが家の去年の年越しパーティに、彼は珍しく女性を同伴していた。 小学校の音楽の先生をしているというかなり年下の魅力的な黒人女性だった。 女性を見る目が厳しかったハービーにもやっと気に入るようなひとが現われたようだった。 仲睦まじそうな二人を前にして僕が 「ハービー、このひとはあんたにはもったいないくらいだよ。 どんな手を使って騙したんだい?」 とからかった時に、彼女が笑いながら 「私は一緒になってもいい、と思ってるのにどうしてもこのひと、うんと云ってくれないのよ」 と云った言葉を思い出す。 ひょっとしたら、彼は自分が癌に侵されていることを知っていたのではないのだろうか?
沈んでゆく心を抱えて病院を出る時に念のため彼の携帯電話に掛けてみたのは、もしか妹さんでも出るかもしれないと思ったからだったが、もう不通になっていた。 そして僕は恋人の音楽教師の連絡先を知らなかった。

家に帰ってあらためてハービーの留守電話をチェックしてみると、彼が電話をかけてきたのは金曜日、亡くなる前日だったのだ。 僕は彼のメッセージを何度も繰り返して聞きながら、もうこの世に存在しない人の声を電話の向こうに聴いている、ということがなぜか起こってはならない不条理な現象であるように思えてしょうがなかった。 そこには彼の頼りなさそうな息づかいまでハッキリと聞こえていた。

それからしばらくのあいだは、電話が鳴るたびに思わずハッとして、受話器を取ったとたんに、「おーい、俺だよ。 ハービーだ」 というあの声が耳に入ってくるような気がした。 しかしそんなことは一度も起こらず、やがていつのまにか電話の音にも驚かないようになってしまった。

そしてあれからもう12年が経つ。

(終)


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コメント:

*

もう居ない人の電話の声が耳に残るのはせつないです。
私もまだ懐かしい人の声が聞こえます。
でも少しづつ鮮明ではなくなってくる。
忘れないように毎日再現していたのに・・・

2013/04/03 [ムー] URL #qiVfkayw [編集] 

* Re: No title

ムーさん、

ああこれは以前にお話を伺ったひとの声でしょう。
愛したひとの声なら、友人の声以上にずっとずっとせつないでしょう。
よくわかります。

電話という、人間が考えた道具は時には残酷なことをします。
でもこれは恩寵かもしれません。
2013/04/04 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

友人を亡くすと、自分の身を囲って守ってくれていた温かな壁の一部が崩れ落ちたような感覚になり、心がうそうそと寒くなります。
肺がんで1月に大切な友人を亡くしました。
11月末に彼女から届いたメールが最後のメールになってしまい、今持っているスマートフォンをやめたくてもやめられません。
彼女とのメールでのやりとりや撮った写真がすべてそこに入っているから、どうしたらいいのかわからないんです。
ハービーさんの写真をちゃんとしたカメラで撮影なさっていてよかったですね。病気で衰弱して亡くなられる方は、きっと、元気で生き生きと暮らしていた姿で自分のことを記憶していて欲しいんじゃないかな、と思うから余計にです。特に親しい人やとても楽しい時期を一緒に過ごした相手には。
2013/04/06 [nicoURL #KqigePfw [編集] 

* Re: No title

nico さん、

そうでしたか、
心からお悔やみします。

私は時々息子とテニスをするのですが、プレー中にとんでもない失策をした時に
ハービーの叱咤の声が背後から飛んで来るような、そんな気が今でもします。

ところで、私はスマートフォンは使っていませんが、
携帯電話のメールや画像はPCに取り入れるのは問題ないと思うのでぜひ試してください。
老婆心から・・・
2013/04/07 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

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