過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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閉ざされた窓
Venice, Italy


知らない国の知らない町をさまよう。
歩いていて新しい道にぶつかる度に、そこを曲がるかそのまままっすぐ進んで行くか迷う。 その決定はいつも直感的なもので理由はなかった。 新しい道を行くことに決めた時は、もしその先に何もなければまたここへ帰って来ればいいと思う。 しかし、元の場所へ帰って来ることは、偶然でそうなってしまった以外はほとんどなかった。 何となくわれわれの人生に似ている。

迷路のようなベネツィアの町はそんな歩き方をするのにはうってつけの場所だった。 僕は昼間の大群衆がまだ眠っている時間にうんと早起きしをして、夜明け前の町を彷徨する。 そこには自分だけのヴェネツィアがあった。
そうしていつの間にかこんな所へ来てしまっていた。 ちょうど夜が明けたばかりで、人々が起き出してくるにはまだ早い。 どの窓もぴったりと黒い雨戸が閉じられていて、窓の内側ではいったいどんな生活が営まれているのか想像もつかない。 よく見ると一つだけ開けられた窓があって、引かれた白いカーテンが朝風に揺れていた。 それを見てなんとなくほっとする。 そこに暮らす見知らぬ人となんとなく心が通じたような気がしていた。  

ひとの心も同じだ。
お互いに心の窓を少しずつ開きながら新しいつきあいが始まっていく。 ひとにもいろいろあって、固く心を閉ざしてめったに窓を開けない人もいれば、少しずつゆっくりと時間をかけて開けてくれる人もいる。 そして僕のように、わりと簡単に開け放してしまう人間もいる。 それがいったん心が通じ合えば、そのつきあいがどこまで深くつながっていくかは人それぞれに違うとしても、僕にとってはそのどれもが大切な人たちとなっていく。
そういう人たちとの付き合いも、長い間変わらずに続いているのもあれば、いつのまにか宙に留まったまま自然と疎遠になってしまったものもある。 「去るものは追わず、来るものは拒まず」 とは長い間に僕の人生の理念となってしまったようだ。

それが時々失敗をする。
あの時、 「去るもの」 をもっと追って行けば良かった、追うべきだったと後悔したこともあったし(これはけっこうあった)、違う時には 「来るもの」 を拒んでいればあんなことにはならなかった、と反省したこともある。(これはずっと少ない)

古いアドレス帳を見ながら、そんなことを考えた。



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コメント:

*

september さん、こんにちは。
sept.さんは、この風景を何度かアングルを変えて撮っていますね。
これには左端にサンタ・マリーア・マッダレーナ教会の円柱が一部
見えていますが、そうでないのも今まであったように記憶します。
ヴェネツィア行の時、妻が真似た写真を撮りました。

以前NHK・TVの伊語講座の舞台になったバーカロ、アッラ・
ヴェーチャ・カルボネーラが真向いのサンタントーニオ橋袂に
あって、カンナレージョ運河傍にアパートを借りて語学校に
通学した時、何度か寄りました。
2013/08/13 [pescecrudoURL #j9tLw1Y2 [編集] 

* Re: No title

ペさん、こんにちは。

この写真実は一枚しかないので、以前にぺさんが見たものと同じはずです。
トリミングを少し変えていたかも。
それにしても人の写真をそこまで覚えているなんて舌を巻くような記憶力ですね。

これは私が最初にヴェネツィアへ行った時のもので
この場所はその後二度と見ていません。
だから、ペさんに場所を指摘されてもピント来ないのですが、
それだけにまるで夢の中の風景として記憶に残っているのです。
2013/08/13 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

この写真、『やられた~!』 という感じです。早朝に撮影されたせいなのでしょうか、実物よりも美しいですね。というよりも、September30さんの、『ヴェネツィアよ、かくあれ。』 という思いが伝わってきます。

ヴェネツィアは、まさに迷路のようですね。おとぎの国に迷い込んだような錯覚を何度も覚えました。とても素敵な場所でした。昼間確認したはずの場所にたどり着くことができず、音楽会ひとつミスってしまいました。大の大人が三人もいたのに、ぐるぐるとまわってしまったのです。それに、毎日通っていたはずの道沿いにある、『小さな橋のたもとのこのレストランに必ず寄ろうね』、と決めていたところ、行きたい時になったら行かれなくなってしまったり...。 四日間もいたのに、結局最終日に、りアルト橋の袂にあるVodafoneで、iPhoneをアクティベイトしてもらい、それから先の旅はGPSの機能を使ってとても助かりました(汗)。

September30さんの窓が全開ならば、私の窓はどれほど開いているのでしょう。 やはり白いレースのカーテンがかかってよく見えないかも。
2013/08/14 [けろっぴ] URL #ok7oinrE [編集] 

*

私の窓はかなり広く開いています。
でもドアの鍵を渡すのは限られた人だけ。
一度渡した鍵を取り上げたことはありません。

去る者は追いませんが来るものはこばみます(笑)
これで後悔したことはまったくありません。
この迷いのなさが世界を狭くしていることは知っています。

2013/08/14 [ムー] URL #qiVfkayw [編集] 

* Re: No title

けろっぴさん、

私のすべての写真は、「かくあれ」 の結果だと思っているのですよ。

4日間とは贅沢なヴェネツィア滞在でしたね。
フィレンツェのような大きな町と違っていろいろな場所へ行けたでしょう。
大の大人が3人でということですが、
てっきり私はけろっぴさんの秘かな愛の逃避行だと見当をつけていたので
ちょっぴりがっかりしました。(笑)

そう、けろっぴさんの窓はずっと開いていました。
ずかずかと踏み込むようなことをしたのでなければ
と願っています。
2013/08/14 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

ムーさん、

窓を開けてから限られた人だけに鍵を渡すそのプロセスに
ムーさんの特質が表れるのでしょう。
きっととてもユニークな審査だという確信があります。
そして来るものを拒む、というのは怖いです。

あ、そうだ
一度も渡した鍵を取り上げたことがない、というのは
それって
「熟女の深情け」 と言うんですよ。(笑)
2013/08/14 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

September30さん、

『September30さんのすべての写真は、「かくあれ」 の結果』。
そのとおりですね。 
魂を込めて撮影していらっしゃる方に失礼なことを申し上げました。
ごめんなさい。

『秘かな愛の逃避行』 だなんて、赤面してしまいますが、
たしかにそういうのにうってつけの舞台設定の場所ですよね。
ああ、私も次回はそんな風にしてヴェネツィアに行ってみたい。
少なくとも、愛する人と(なんて、また赤面)。

私の窓は開いていたのですが、中が暗くてよく見えなかったでしょう?
だって、September30さんは、まだ、全体の四分の一くらいしか見ていらっしゃらないのですから。
この窓の中を見るのには、リズムとメロディーが必要なのです(笑)。
2013/08/15 [けろっぴ] URL #ok7oinrE [編集] 

* Re: No title

けろっぴさん、

カメラに納めた写真をもとにしてそこから自分の心象をつくりあげる
とでもいうのでしょうか。
その過程を一番楽しんでいます。
ひょっとしたら写真を撮るという行為以上に。

けろっぴさんの窓は開いていて中は見えるのに
その奥にまたドアがあって、
それがようやく開かれたと思ったら、すぐまた次のドアが・・・
あまり厳重にすると、きっと恋盗人が困りますよ。(笑)
2013/08/15 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

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