過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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失われた家族

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天津の頃



僕の父は地方の豪農の長男として生まれながら、百姓は自分が一生の仕事とするものではないと決心して若い時に東京に出た。 そして昔の師範学校を苦学をして出たあと貿易会社に入社した。 それから東京で最初の結婚をしたあと僕の兄になるべき男の子が生まれる。 妻であったひとは病気か何かで亡くなってしまったらしいが、父がその人のことを僕に話してくれたことは一度もなかった。 我が家の仏壇に小さな位牌が立っていたのを子供の僕が見た記憶があるだけだ。
父は仕事の上では優秀な社員だったに違いない。 やがて北京の支店長として中国に赴任した時に、父はまだ少年である兄を一緒に連れて行った。 そしてあいだに入る人がいて僕の母との再婚の話が決まった。 一度帰国した父は郷里のY市で結婚式を挙げると、新しい妻を連れてまた中国に戻った。

だから僕は北京で生まれた。 戦争の終わる直前である。
生まれてから数ヶ月して一家は天津(てんしん)に引越している。 僕にとっては北京の家はもちろん、幼児として数年を過ごした天津の家のことも記憶にはほとんど残っていない。 ただ、古い数枚の写真から推測するだけである。
中国での父の事業は非常にうまくいっていたらしい。 天津では大きな屋敷に中国人の女中や料理をする女性がいて、赤ん坊の僕にも乳母が付ききりで世話をするような裕福な暮らしだった。 その頃の中国大陸での輸出入業という商売は、かなり豪奢で華やかなものだったようだ。 遠く蒙古やロシアの南部辺りまで出掛けて行き、行く先々でまるで殿様のように歓待されたという話を僕にしてくれたのは、もっとずっとあとになってからである。

そして終戦。
財産のすべてを没収されて抑留されることになった父を残して、母と兄と僕の三人はもう最後の頃の引揚げ船に乗って舞鶴港に到着する。
そして一年後にようやく帰国を許されて、山陰の郷里に住む家族のもとへ帰ってきた父には仕事がなかった。 戦後の米軍の占領下で混乱した時期である。 ようやく地元の公立学校の教師と事務官を兼ねた職に就くことができて、そのまま後年になって退職をするまで続けることになるのだが、その仕事は父の本意からは遠く離れたものだったに違いない。 広大な中国大陸で若い事業家として奔放に活躍していた時代のスリルと冒険に満ちた生活は、父にとってはどうしても忘れることのできないものだったのは容易に想像できる。
毎夜、狭い借家の居間にあぐらを組んで、じっと黙ってひとりで酒を飲む父の姿は、子供の僕の心に古い写真のように焼きついている。 薄暗い電灯の下で酒を煽りながら、「辛いなあ・・」 とぽつんとつぶやいた父の言葉をはっきりと思い出す。
父は日本へ還って来た時に自分の舞台には幕が下りたのだ、と思ったとしたら、そのあとの父の生涯は何だったのだろう?
留まるところを知らなかった男の野心が戦争によって無残に砕かれてしまったあとは、家族のためにその後の一生を捧げた父を思う時、僕の胸は痛んだ。 それは親子としてではなく、死んだ父よりもすでに歳を経てしてしまっている自分が、初めて持つことのできた男同士の感慨だった。

若くして兄が逝き、母が逝き、父も今はない。
家族の最後のひとりになっってしまった僕に、中国での記録として残されたのはよれよれになって色褪せた数枚の写真だった。 僕はそれをフォトショップに取り込んで修正をしていた。 目の前の画面に大きく拡大された母の顔と向き合って無数のゴミや傷を消している時、いきなりハッと胸をつかれた。 その時僕は、まるで母の顔に死に化粧をしてあげているような錯覚に襲われたからだった。

***

僕が生まれた北京の家とは、後年、再会することになった。
原点を見つけた




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コメント:

* 原点

リンクされた記事を再び読んで、Septemberさんの友だちも流石だなと感心しました。私の生家は今は取り壊されてきれい立て直されました。でも子供心に生まれ育った家をしっかり覚えています。とくに夜中に閉じ込められた奥の座敷は今でもトラウマです。工事のときにはがした畳の下から囲炉裏の跡らしきものが出てきました。そしてその土地にまた新しく家を建て直したのです。家が新しくなっても、私にはその土地の念が気になってしょうがありません。残念ながらいい念ではないのですが。。。そう思うと原点に帰るのが、私は怖いのだと思います。
2013/10/14 [ineireisan] URL #pNQOf01M [編集] 

*

以前もこのお話拝見したと思いますが、お父様の情念がワタシに乗り移ったのか、お気持ちが自分のことのように感じます。
2013/10/14 [上海狂人] URL #wuZV7DPc [編集] 

* Re: 原点

ineireisan さん、

私のように生まれただけの家、と
あなたのように生まれて育った家とはずいぶん違うのだろうと思いました。
もし私が、数年を過ごした天津の家に帰ることができれば
それは衝撃的な事件になると思いますが、
そのすべはもうまったくありません。

父が勤めていた会社の名前でもわかれば探索のしようがあるかもしれませんが、
そんな話ができるような状態になる前に父は亡くなってしまいました。
2013/10/14 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

上海狂人さん、

あの広大な中国大陸で生きることの意味を
実感として理解できる日本人は現代では非常に少ないと思います。
上海狂人さんはその中の一人でしょう。
2013/10/14 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

September さん、こんにちは。
よなご幼稚園で時々お見かけしたT先生の面影を思い出しました。
また「おふくろの下の世話を小まめにするなんて、親父みたいには
出来ないな」とか父君の姿に賛嘆していたSeptemberさんの父上の
お姿、初めてお目に掛かりました。
2013/10/14 [pescecrudoURL #j9tLw1Y2 [編集] 

*

お父様のご無念については言葉がありませんが、お父様のDNAがこうして豊かな旅を続けておられるのは、読者にとっても救いです。

お母様といえば、いつかピアノのお稽古の想い出について書いておられましたね。私は子供のころピアノの先生が怖くてピアノを好きになれなかったのですが、あの記事がきっかけで厳しかった先生のありがたみに思い至って、40数年ぶりに習いなおしています。

さて、そろそろそちらも14日。Septemberさんのことだから、何があっても大丈夫でしょうけれど、うまくいきますように。
2013/10/14 [うらら堂] URL #6facQlv. [編集] 

*

みんな前を向いているのに一人だけよそ見をしてる。
私がこの坊やを占いましょう。
一筋縄ではいかない男になるでしょう。
生命力、悪運、ともに強い人です。
女難の相あり。
2013/10/15 [ムー] URL #qiVfkayw [編集] 

* Re: No title

ペさん、こんにちは。

幼稚園生のペさんを想像して、
というよりどうしても想像できなくて笑ってしまいました。

病院での母は便が出にくくて、山羊の糞のようなポロポロしたものを
看護人が手でかき出してやるのですが母はそれを恥ずかしがって
父以外には絶対やらせなかった。
そんなことをあの頃ぺさんに話したことさえ忘れていました。

それにしても凄い記憶力です。

2013/10/15 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

うららさん、

まず心配して頂いた手術の報告。(他の読者の方にも兼ねて)
先ほど病院から帰宅しました。
手術自体は20分もかからなかったのに、6時間も拘束されました。
最初、手術衣の着方がわからなくて寝間着のように前で合わせて紐を結んでいたら
入ってきた看護婦が笑って 「あらあ、それ逆ですよ」
正しい着方は割烹着のように後ろで合わせて結ぶべきだったらしい。
「あなた、あまりこんな經驗がないのでしょう。それってとてもすばらしいことよ」
しかし、その着方ではうっかりすると廊下を歩くときに可愛いお尻が丸見えになって・・・
喉の手術なのになぜ下着も全部脱いで手術衣を着るのか
ちょっと抵抗してみたけどダメでした。


麻酔から覚めて最初に看護婦と話したら
もうその場で前よりもずっと声が出やすくなっていたので嬉しかったです。
もちろん検査の結果はどう出るのかはしばらくのあいだわかりません。
帰宅して最初にしたのは冷たい白ワインをゴクゴク飲みました。
何しろほとんど24時間絶食(水もダメだった)させられていたので
たちまち酔っ払って今はメロメロです。



ところで
昔やったピアノをまた始めたなんてすばらしい!
それにイタリア語も、若いハンサムなイタリア人の先生についてやっているわけでしょう。
うららさんはこれからどんどん花が開いていくのでしょうね。
私も負けませんよ。(笑)


2013/10/15 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

ムーさん、

この坊やの成れの果てを知っているムーさんだから
いまさら、占いなんて
ズルイ!
当たるに決まってるじゃない。

それなら、少女の頃あまり身体が丈夫じゃなくて
純情そのものだったというムーさんの
昔の写真を見せて下さい。
将来、女としてどんなに変わるか
ピッタリと占ってあげますよ。
2013/10/15 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

手術無事完了。ほっと安心しました。
可愛い(?)お尻を見せながら廊下を歩いていく大男が目に浮かんで笑いました。

お互いなれの果てを知ってるんじゃ占いはダメか。
昔の写真はパソコンには入っておりません。
あしからず。
2013/10/15 [ムー] URL #qiVfkayw [編集] 

*

Septemberさん、おかえりなさい。

手術お疲れさまでした。
運命の10月14日、どうされたのかと密かに気になっていました。
気になりながらコメントもせずにすみません。。。

まずは声が出やすくなり、よかったですね。

私もそろそろいつ入院してもおかしくないので
お尻丸出しの件、とても他人事とは思えません。(笑)

検査の結果が問題ありませんよう、お祈りしています。
2013/10/15 [tony] URL #mQop/nM. [編集] 

*

無事に手術が済んだようで安心しました。帰宅直後にワイン一気飲み・・・さすがです。

病院のガウンは細身の私たち日本人には有り余る布のサイズですが、肥満なアメリカ人だったら布が足りなくてお尻見えちゃいますよね。それに比べたらSeptemberさんのお尻なんてきっとかわいいもんですよ。(敢えて想像はしていません。)
2013/10/16 [Endless] URL #d2yN2EXI [編集] 

* そうですね、追記。

手術お疲れ様でした。
なんだかお家に帰れたことを聞いて私もほっとしてしまいました。
ご家族が一番心配されてたでしょうね。。
2013/10/16 [inei/reisan] URL #pNQOf01M [編集] 

* Re: No title

ムーさん、

心配かけました。

私は男性女性にかぎらず
知人友人の子供の頃の写真を見るのが異常に好きなのです。
写真の子供がどんな人生を送って今目の前にいる人になったのか
そこに物語を作ってしまうという、困った癖があります。
今度会う時はぜひ見せて下さい。
2013/10/16 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

tony さん、ただいま。

気にしてくださっていたようでありがとう。
2,3日して検査結果が出るそうですが
あまり心配はしていません。

病院のガウンのことは上のコメントにも書かれていますが
日本人女性ならまず問題ないでしょう。
実は、私の手術の時も向かいの部屋にものすごい鯨のように巨大な女性がいて
彼女はガウンを前からと後ろからと二枚着ていました。
あのガウンというのは大、中、小のサイズなどなくて全部一律なのです。
2013/10/16 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

Endless さん、

ありがとう。
ワインを飲んだあとで、プリントして渡された「手術後の注意」を読んだら
2,3日はアルコールは控えるように、と書いてありました。

病院のガウンですが、細身の日本人とはいえ
出産直前の妊娠女性ならけっこう困るんじゃないか、と
そんなことはありませんでしたか?
2013/10/16 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: そうですね、追記。

inei/reisan さん、

ありがとう。
久しぶりに行った大病院ですが、(ふだんは掛かり付けの医院に行くだけ)
やはり気分の良いものではありません。
病院で死ぬのは嫌だ、とつくづく思いました。(笑)
2013/10/16 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* 手術は成功ですね、お目出度う御座います

September30様

 記事と書き込み投稿を拝見。本文の記述よりも、投稿欄での遣り取りの方が面白い。対話や対談にこそ、9月氏の気質や性向が活性化するのでしょう。
 図らずも医師の指示を完全に無視し、術後にワインをガブ飲み出来たそうですから、多分、手術は成功したのでしょう。お目出度う御座います。
 「運命の日」を無事に通過した後は、検査の詳細な結果待ちですから、もう少しスリルが楽しめますね。お元気で。
2013/10/16 [Yozakura] URL #Y2lB8pKc [編集] 

* おかえりなさい

オペから二日目でしょうか、体調の方はいかがですか?
これからめきめきラクになりますからネ、
お医者さまのお言いつけを守ってあと一日ぐらいはイイ子に(笑)していてくださいネ。

おとうさまの軌跡のお話を伺って、ああ、September さんは本当にこのお二人の子供なんだなあと、
誰もが驚くバイタリティは御父様譲り、そして高い芸術性は御母様譲りなんだということに、
あらためて感じ入りました。
血というものは、やっぱり凄いものですねぇ。。
じゃあ果たして自分はどうなのかと思うと、
なんだかイヤな予感がして思わず思考停止をかけてしまいます。(笑)

マヤちゃんにも太郎ちゃんにも、その遺伝子は間違いなく伝わっているんですもの、
それが何よりの、おとうさまへのご供養なのではと思いました。
こんな素晴らしい血筋を持っていらっしゃるんですから、September さん、
秘かにもう一人ぐらい作っておいてもバチは当たりませんヨ。

2013/10/16 [belrosa] URL #eJbgdmWg [編集] 

* Re: 手術は成功ですね、お目出度う御座います

Yozakura さん、

ありがとうございます。
コメント欄が記事の本文と離れてどんどん発展していくのは
嬉しい事です。

しかし検査の結果が出るまでのスリルを楽しむほどの悟りは
まだひらけていないようです。
2013/10/16 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: おかえりなさい

belrosa さん、

体調は上々です。ありがとう。
小さな手術なのに皆さんに心配をかけたようで恐縮すると同時に
皆さんの暖かな気持ちを改めて強く感じました。

belrosa さんに指摘されて、自分が両親から受け継いだものはなんだろう
と考えてみました。
音楽を愛することを教えてくれたのはこれはもう母に違いありません。
父はそちらはまったくダメだったのです。
それに、母はあの頃としては珍しいほどの都会的な洗練された感覚の持ち主だったようです。
これは子供の私には分かるはずがなく後年、叔母からさんざん聞かされましたが
それは私が受け継いだかどうか・・

そのかわり、読書や俳句を愛した父からはそちらの影響を強く受けたようですね。
私が文学少年だったのはそのせいだと思います。
なぜか父の俳句を一句だけ忘れずにいるのです。私が高校生の頃でした。

稲づまや一瞬松の花ざかり

今読んでも、その鋭いビジュアル的な感覚がとても好きです。
それは私の撮る写真に生きているのかもしれない。
(父も写真をやっていて、天津の屋敷には自分の暗室を持っていました)
しかし今頃になって自分の句がブログ上で世間に公表されるなんて
父もびっくりしているでしょう。(笑)

あと、父から私が受け継いでいるとしたら
あなたがいみじくも言われたように
中国大陸を飛び回った父のあの馬賊的なバイタリティかもしれません。
(それからその野暮ったさも)

私自身の子供に対しては
母が私に教えたピアノは私から娘へ
父が教えてくれたテニスは私から息子へ
これは間違いなく伝わったようです。

ええっ?
秘かにもう一人ですって?
そんな・・・ (絶句)

ひとりでは作れません。
2013/10/16 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

「稲づまや一瞬松の花ざかり」という句には、たしかにseptemberさんのお写真に通じるものを感じます。
眼に入った光景の切り取り方が凄い。

ワインのアルコールで消毒なさった傷跡は順調に回復中とは思いますが、早く落ち着かれることを祈願して、おめでたいものをそろえましょう。松に桜を添えますね。

ひとひらのあと全山の花吹雪  野中亮介
2013/10/17 [梟サロン俳句部] URL #- 

* 管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
2013/10/17 []  # 

* Re: No title

梟サロン俳句部さん、

高校生の頃そっと覗いた父の句帳の中でこれしか覚えていないというのは
よほど強い印象を受けたのでしょうね。

ひとひらのあと全山の花吹雪

これもいいですね。
頬に風を感じます。
2013/10/17 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

鍵コメさん、

「密かにもう一人」 にボランティアして頂いて
とても嬉しいです。

真剣に考えましょう。(笑)
2013/10/17 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

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