過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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海辺のワークショップ (2/2)

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Camden, Maine USA



メイン州の海岸線はジグザグパズルの小片のように入り組んでいて、無数の入江や岬が続いている。 ロックポートはその海岸線からすこし内陸に入ったところにある鄙びた美しい町だった。 すぐ隣にはハーバーを持つキャムデンという名の町があって、 そこは休暇を楽しむ人々がボートやヨットで寄港するので、ちょっとしゃれ たレストランや商店などが並んでいた。 この2つの町は歩けば40分ほどの距離だったが、もちろん僕のように歩く人はまずいない。 街道沿いに歩いている僕を見て車を止めると 「乗る?」 と訊いてくれるドライバーが多かった。

講師のジョン・ロンガードに会った。 どんな人なのだろうと興味しんしんだったが、会ってみると、言葉の少ない頭髪のもじゃも じゃした気さくな小男で、写真家というより近所の八百屋の親父さん、という感じである。 彼は僕のポートフォリオを時間をかけて一ページづつていねいに見 ていたが、批評めいた言葉は一度も彼の口から出なかった。

ワークショップが始まる。
毎日が、午後4時までの写真撮影と、それ以後の暗室作業の2部に分かれていて、すぐに分かったのは毎日がかなり過激なスケジュールになるということだった。
泊まっている木賃宿のようなホテルを、朝7時に起床してカメラバッグをつかんで外に飛び出すと、一日中ロックポートとキャムデンのあいだを歩きまわって写真を撮る。 午後4時には暗室のあるワークショップまで帰ってくる。 それからその日に撮影し たばかりのフィルムを自分で現像して、ネガが乾きしだいにコンタクトシートを焼く。 そのコンタクトシートを、ルーペで丹念にチェックしながらジョンと1対1のディスカッションになる。 そして最終的に、プリント可能なフレームを決定するのである。 それから再び暗室に入って、10台備えられた最新のプロ用の引き伸ばし機 (そのために10人しか生徒をとらないのだと分かった) を操作してプリントの作製に入る。 何枚も何枚も紙を無駄にした結果、ようやく自分に納得のいくもの が仕上がると、それをジョンに見せにいく。 ジョンはその場でOKすることはまず無かった。 いかにしてネガの持つ隠れたポテンシャルを最大限に引き出すかを、暗室の中で実際に自分でやって見せてくれる。 引き伸ばし機のレンズの下で両手をひらひらと動かしながら、burning や dodging を見事に実演するジョンは、ステージでトランプを扱う手品師を思わせた。 プリントの最初からコントラストの強い紙を使うことや、フィクサーの段階での toning なども僕が初めて学ぶテクニックだった。
そうしたさまざまの処理を経て、また何枚も何枚も紙を無駄にした結果、ようやく最終の1枚のプリントが完成する。 ほっとして外に出ると時刻はいつも夜中を過ぎていた。 それから、もう立っていられないほど疲れ果てた僕はホテルに帰ると、スコッチを1、2杯煽ったあと服を脱ぎ捨ててベッドにもぐりこむ。 死んだように眠る。 朝7時の目覚ましに起こされるまで。 

そういう毎日が1週間続くうちに、僕は精神的にも体力的にもへとへとになっていた。 こんなに厳しい修業のために無い金を使い、これが何かの役に立つのだろうかという疑問が湧いてきていた。 先生のジョンは最初に見せたポートフォリオも、作成中の僕の作品も、好意的な批評をしてくれたことは一度も無い。 しょせん自分の才能なんて見る人が見れば、シロウトの趣味以上のものでは無いのか。 それを納得するためにだけここに来ているのかも知れない。 などと悲観的な思いに取り憑かれていた。
ワークショップ最後の夜は全員が一室に集まって、各自の組写真を壁に貼りつけ、ビールとワインを飲みながらの合同批評会になった。 僕の一連の作品に対しては概してポジティブな批評が多く、中には強く賞賛してくれた人もいたが、それにもかかわらず僕の落ち込んだ気持ちは晴れることがなかったようだ。
わいわいがやがやと雑多な批評が飛び交った後、それまで黙って皆のディスカッションを聴いていたジョンが、締めくくりに一人一人の批評を順にして回った。 どういう訳か (それが偶然なのか、ジョンの意図なのか分からない) いちばん最後に僕の番が来たとき、彼は言った。

「キミよりも技術的に優れた人はここには何人もいるし、キミよりももっと広い視野に立ってもっと明確な方向に進みながら写真を撮っている人たちもいる。 キミは確かに自分の周りの世界を見ることのできる優秀な 「眼」 を持っているにちがいない。 しかしそれを言うなら、ここにいるみんなもそれぞれそういう 「眼」 は持っているんだ。
そこで、ここにいる誰に比べても明確にキミだけが持っている、と僕が強く感じるのは 『自分のスタイル』 という事なんだ。
これは非常にラッ キーな事だと思わなければいけない。 写真に限らず、どんな芸術でも自分独自のスタイルをつくりあげる事ほど難かしいことはないからね。 一生そんなものに縁の無 いアーティストはたくさんいるんだ。
ひとつのテーマのもとに写真で物語を創り上げるようにと僕は最初に言った。 このワークショップは 《Photo Essay》 だからね。 ところが先ほど誰かから異議が出たように、キミの一連の作品には一見してそういう意味でのデーマは無いように見える。 ところが 「スタイル」 ということ自体がちゃんとひとつのテーマになっているんだよ。 もっとずっと深いところでね。
最後にひとつだけキミに言いたいのは、プリントのテクニックを学ぶことでキミのその貴重なスタイルがもっと明確に表現できるようになるだろう、ということだね」

(終)

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コメント:

*

そうなんです。だからプリントはやってみたいんです。
あとはコストとやる気だけ。
その前に収集癖を抑えないと。
2010/12/18 [上海狂人] URL #wuZV7DPc [編集] 

* ジョン・ロンガード

僕も
写真と文章から
septemberさんのスタイル
または人間性を
凄く感じます。

余談ですが
ちょうど最近
ジョン・ロンガード
の本を買ったところです!(ジョージア・オキーフとの写真集)
シンクロニティを感じました(笑)
2010/12/18 [kenURL #- 

*

初めてこのお話を読ませて頂いたときの印象と、今回読み終わったときの印象はちょっと違いますが、それはSeptember30さんの気持ちの変化なのでしょうね。ともあれこのお話はSeptember30のお話の中でも記憶に強く残っています。
2010/12/18 [川越URL #uvrEXygI [編集] 

* Re: No title

上海狂人さん、

カメラの収集(抑えられことは考えられない!) にくらべれば暗室のコストはたいしたことはないと思いますよ。
カメラと同じで良いレンズをenlargerに着けてやるだけ。
だから、あとはやる気ですね。

2010/12/18 [September30URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: ジョン・ロンガード

Kenさん、嬉しいコメントをありがとう。
ジョン・ロンガードの本を手に入れられたとは、何と言う偶然でしょう!
彼は日本でもアメリカでも知名度が高くないので、名前を言っても知らない人が多いのです。
写真の学校とかに行ったことのない私にとって、あの夏のワークショップほどその後の自分に大きな意味をもった経験はありませんでした。

2010/12/18 [September30URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

川越さん、同じ記事を何度も読んでいただいて恐縮しています。
私としては写真を入れ替えて文章を推敲しただけのつもりでしたが、違う印象を与えたとしたらそれはたぶんこの二年間に私自身の心の中で動いているものがやはりあるのだろう、と思います。
2010/12/18 [September30URL #MAyMKToE [編集] 

* 写真

がよくわからなくなっているのですが、このお話を読んだとき物をつくるという事の意味を思いだしました。
そしてこの意味を持ち続けるのは、なにも分からない情熱が必要なのだと思い込んでいたのですが、、
うまく日本語にならなくてすいません。
でもまた自分の中の迷いが何かわかった気がします。

2010/12/19 [inei-reisanURL #pNQOf01M [編集] 

* Re: 写真

inei-reisanさん、おっしゃっている意味が私にはよく分からないままにあえて言うのですが、
我々の行けない場所で特異な経験をつんでいらっしゃるinei-reisan は、子供のような「驚き」の眼でまわりを見直してみたらどうでしょう?
きっと、あなたに撮られるのを待っているものがたくさんありますよ。
2010/12/19 [September30URL #MAyMKToE [編集] 

*

私も前回読んだ時と、今回とは、印象が違います。
あと思ったのは、September30さんが、講師のジョン・ロンガードさんのようなセミナーもしくはワーク・ショップを開いたら、結構たくさんの生徒さんが集まるのでは?ということです。
2010/12/19 [けろっぴURL #ok7oinrE [編集] 

* 管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
2010/12/19 []  # 

* Re: No title

けろっぴさん、私などがワークショップを開いても来てくださるのはきっとけろっぴさんだけでしょう。

ところで、前回と印象が違うというのはどう違うのか、もし言葉になるようならぜひお聴きしたいですね。
自分ではそんな意識はないので、他の方にもコメントで同じことを言われて、とても興味があるのです。
2010/12/19 [September30URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

鍵コメさん、こんんちは。
そう言われて見直してみると、ほんとうにすぐそこまで上がっていらっしゃる。
とても嬉しかったです。カテゴリーを変えたりしないでこのままやって欲しいですね。

上のけろっぴさんにもセミナーのことは言われて、柄にもなく赤面しています。
忍耐力に欠ける私は、教えるということがあまりうまくないんです。とくに出来の悪い生徒には。(笑)
2010/12/19 [September30URL #MAyMKToE [編集] 

*

september30さんがWSを開いたら私も参加しますよ。
時間が作れれば私も撮影やプリントのWSに参加したいと思っています。
開講する際はよろしくお願いします。
2010/12/19 [kentilfordURL #- 

* Re: No title

kentilford さん、どうも私は人に教えるというようなことはできないような気がします。
それにほら、日本の古い川柳にありませんでした?
「先生と呼ばれるほどの馬鹿でなし」とか・・・(笑)
2010/12/20 [September30URL #MAyMKToE [編集] 

*

September30さん、私はSeptember30さんの生徒にはなれないということがよくわかっているのです。そのワークショップでは、私は、September30さんの秘書役と、皆さんのお世話役をさせていただきます。もし生徒にしていただくとしたら、Jazz Pianoを教えていただきたいのですけれど...。

前回と今回の印象の違いというのは、うまく表現できませんが、前回は、もっと悲愴感が漂っていたと思います。今回は、September30さんの原点のひとつなのだなぁ、という印象を受けましたよ。
2010/12/20 [けろっぴURL #ok7oinrE [編集] 

* Re: No title

けろっぴさん、誰も来ないワークショップの会場で顔を見つめ合っている私たちの姿が眼に浮かびます。

ブログの印象ですが、私にもわかるような気がしました。確かに以前のものには悲壮感のようなものがあって、やたらと感傷的であったかも知れません。とても貴重なご意見をありがとうございました。
これからもぜひまた、お願いします。
2010/12/21 [September30URL #MAyMKToE [編集] 

*

写真の技術的な知識は全くないのですが、September30さんの写真はいいなぁ、と思います。(もちろん文章も)

見ていると気持ちが安らかになって
写っている場面だけでなく、その向こう側にいる人や人生を想像させてくれます。

行ったことのない海外の地も、見ているとなんだかその場にいるような気持ちになります。

『自分のスタイル』がそう感じさせるのでしょうか?
2010/12/24 [白いねこ] URL #bCX/9bio [編集] 

* Re: No title

白いねこさん、すてきなコメントをありがとう。
もっともっといろいろな場所へ連れて行ってあげられるといいのですが・・・。
これからもどうぞよろしく。
2010/12/24 [September30URL #MAyMKToE [編集] 

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