過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

Profile

September30

Author:September30

Visitors Counter

Search form

犬の餌を食べるアメリカ人

T02el meson01-blog

El Meson
Dayton, Ohio USA


アメリカでは、どんな高級なレストランで食べてもあまった料理を容器に入れて持たせてくれる。
だから多めに料理を注文しても食べきれなくて無駄をしたという感じがな い。 アメリカ人はそれをドギーバッグ(Doggie Bag)と呼んで 「うちの犬にあげるから持って帰りたいんだけど」 という事にしてるのだけれど、何のことはない、食べるのは自分たちなのだ。
それにくらべると日本やヨーロッパではそんな習慣 はないようだった。 たぶん保健衛生の観点から禁じられているのだろうと思う。

だから僕らは数人で中華料理を食べに行くと皆がそれぞれ食べたいも のをどんどん注文する、そしてさんざん食べたあと、別々に容器に入れてくれる余り物をそれぞれの好みによって分けて持って帰る。 それはそのまま明くる日のランチとか酒のつまみになるわけである。 また、料理のボリュームがうんざりするほど多いアメリカのレストランでは、出てきたものを全部きれいに平らげるなんてことは僕には不可能なので、これもドギーバッグにしてもらって後日温めて食べる。 アメリカでは誰でもやっていることだ。 だからレストランへ食べに行くということは、僕にとっては二食分の食事を確保できるわけだ。 これをみみっちいとか意地汚いと考えるのは、世界中が羨む豊かな生活を営む日本人的な感覚かもしれない。 その日の食事さえ口にできない人たちがいるのに、余り物を惜しげも無く廃棄してしまう方がよっぽど道義に反していると思う。
最近の日本映画で、料理屋の店員がその日売れなかった食品を、深夜に裏口へこっそり訪ねてくるホームレスの人たちに与えていたのが見つかって、クビになってしまうというシーンを見た。 彼こそ現代の救世主なのに。

***

この極彩色の外観を持つ建物はメキシコでもスペインでも中南米でもなく、実は僕の住む町の、家からすぐの所にある地中海料理を食べさせるレストランである。 僕の大好物であるタパスを食べられるのは、この町ではここだけなのだ。 昔のような大食漢ではなくなって、今では美味しいものを少し食べるだけで満足する僕にとっては、スペイン料理のタパスや中華のディムサムなど、無数の小皿で料理が出てくるのは理想的な食事だった。 ヴェネツィアではたしかチッケッティと呼ばれていたが、これはどうもイタリアというよりはヴェネツィアだけの呼称のようである。 日本料理屋に行ってもメインの料理の代わりに幾つものアペタイザーを取れば、いろいろなものが賞味できるしそれだけで十分ディナーになってしまう。

このレストランはメキシコ人の家族で経営しているのだけど、予告もなしにしょっちゅう店を閉めるのは困ったものだった。
親類中の誰かが亡くなった時など、一週間も店を閉めてメキシコに帰ったり、そうでなくても 「本日閉店」 の張り紙を今まで何度見たことだろう。 だからここへ行くときには前もって必ず電話を入れる、という習慣がついてしまっている。


ブログランキング にほんブログ村 写真ブログ 一眼レフカメラへ
スポンサーサイト

コメント:

* 懐かしい思い出

こんにちは。
昔、テキサスに1年住んでいました。
最初、レストランで出される量の多さに驚きました。
当然、全部食べきれずよくドギーバッグを頼みました。
でも、暮らしているうちに全部食べられるようになり
ドギーバックとはお別れしました(笑)
今回のこのエッセイを読ませていただいて
発泡スチロールの容器を持ち帰る時は、なんだか得した気分で
ちょっぴり嬉しかったことを思い出しました。
2013/06/09 [Mika] URL #GmSQBN1s [編集] 

* チケッティ

september さん、こんにちは。
ご存知のようにヴェネツィアにはバールと違うバーカロ(bacaro)という居酒屋があって、
朝からワインを飲ましてくれます。バールと違うところは、基本的にカッフェはありません。
座れる店はあまりありません。そんな店がヴェネツィア中にあります。
立ってオンブラを飲みながら、チケーティ(cicheti―伊語化してcichettiとなる)を
摘みながら、ひたすらオンブラの白を飲みます。海産物のチケーティが多いのでどうしても
白になります。
あるバーカロで飲んでいると隣の老婦人はひたすらチケーティを食べています。今夜の夕食は
これで終わりと言います。こんな安上りの夕食法もあるようです。朝食も白のオンブラと
チケーティという人も多いようです。
2013/06/09 [pescecrudo] URL #G9q2E5W. [編集] 

*

素敵な写真ありがとうございます。
海外旅行が大好きな私としてはSeptember30さんのこの環境羨ましすぎます。

更新楽しみにしておりますので、また訪問させてください。
今後共宜しくお願い致します^^
2013/06/09 [デジタルカメラライフハックURL #ZMnQA7pQ [編集] 

* Re: 懐かしい思い出

Mika さん、こんにちは。

実は私は逆だったのです。
アメリカに来た頃はまだハツラツとした青年でしたから
レストランで出るものはなんでも平らげたものが、
最近では半分を食べるのがやっとです。

もっともたまに日本に帰ると
普段食べない朝食もいれて今でも美味しい日本食をモリモリと食べられるのです。
たぶんアメリカの大雑把な味に飽きてしまったのでしょうね。

これからもよろしくお願いします。
2013/06/10 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: チケッティ

ペさん、こんにちは。

ヴェネツィアのチケーティのことは以前に書いたことがあります。

http://blog1942.blog132.fc2.com/blog-entry-210.html

この店はぺさんの説明によるとバールということになるのでしょうか。
小さなカウンターがあるだけで、あとはテーブル席でした。(それもほんの数席)
客は全員が常連なのはもう誰が見ても明らかで、
2度めからは私達も常連の仲間に入れてもらえたような、歓迎を受けました。
店の名前も覚えていないのですが、
もう1度行けといわれたらたぶん行けると思います。
2013/06/10 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

デジタルカメラライフハックさん、はじめまして。

ご訪問ありがとう。
私にとっての海外旅行は日本へ行くことです。(笑)

これからもよろしくお願いします。
2013/06/10 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

こんにちは! 私みたいにカリカリのドライフードを食べちゃう人の話かと思ってしまいました。(ワンコに上げる前にはじめてのフードは味見するんのです)

沖縄では私たちは食べ残したら絶対持ち帰ります。でもホテルや結婚披露宴の残り物は持ち帰れないので披露宴のときに「食べ物がもったいないじゃないかっ」ってブーブー言い出す人がいて私もうなずいていました。披露宴の終わりに、沖縄のおばちゃんたちはテーブルの生花を髪に飾りダンサーの様な素敵な姿で帰っていくし、乾杯前でも席に着いたら即、飲み物飲んでます(笑) 私もそういう中で育ったので同じことしていますので日本本土では非常識って言われそうですね。
2013/06/10 [アンリ] URL #0.M2lW/c [編集] 

* 残り物と言えば、誰も知らない、そしてタンポポのシーン

Septemberさん、
ホームレスの人々に残り物を与えクビになる店員が出てくる日本映画は、残念ながら見逃していますが、他の映画のシーンを思い出しました。

是枝監督の「誰も知らない(Nobody knows)」の中で、コンビニの若い店員が母に置いてきぼりにされた四人の子供たち(兄姉弟妹)のために賞味期限切れの弁当を取っておいてあげるシーン、ううっ(涙)。

と、伊丹監督の「タンポポ」の中で、ホームレスの人々(実は相当なグルメ)が捨てられた高級レストランの残り物をを深夜に堪能するシーン。なぜか、アメリカではこの映画はやたらと人気があるみたいで、アメリカ人と映画の話をしていていると、不思議と「タンポポ」のことをよく聞かれます。

で、数年前にコロンバス市内の図書館の小ホールで週一やっているビデオ上映会で、日本映画の代表として「タンポポ」を上映されるってニュースレターに書いてあったので、久しぶりに見るかのこのこ出かけてみると、ジブリのアニメに変更されていたのです。スタッフの方に訪ねると、DVDに損傷がないか念のため上映前に見直してたら、Hなシーンが入っており、子供も見にくるだろうからこれはダメだとディレクターが判断したとか。

ずっと、広報していたのに、直前で変更するとは度量の小さいこと!メインの話とは関係なく突然始まる食べ物にまつわる小さなエピソードの数々(Hなのもその一つ)が「タンポポ」の魅力なのに。ジブリもかなり好きなのですが、トンコツラーメン食べに行ったら、突然クレープを出されたような気分がして、見ずにとっとこ帰りました。
2013/06/10 [November 17] URL #- 

* Re: No title

アンリさん、こんにちは。

ドッグフードを味見をするというのはアメリカ人でもしないんじゃないですか。(笑)
身体に悪いものではないことだけは確かですよね。

沖縄はいろいろな点が日本本土に同化していない、という印象を持つのは
私だけでしょうか。
アメリカの習慣が日常のあちこちに残っているような気がします。
こちらではどんなパーティでも乾杯は飲んでいる最中にやります。
2013/06/10 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: 残り物と言えば、誰も知らない、そしてタンポポのシーン

November さん、

「誰も知らない」も「タンポポ」も印象に強く残る良い映画でしたね。
「タンポポ」を見たのも実はあのデイトンのネオン劇場でした。
子供に見せたくないセックスシーンがあったとは思い出せませんが、
ひょっとしたら、生卵を口移しに愛人に飲ませるあのシーンではないか、という気がしました。
劇場で前に座っていた中年の婦人があのシーンで
"Oh,no! It's terrible" と声に出して言ったのを思い出します。
2013/06/10 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: Re: 残り物と言えば、誰も知らない、そしてタンポポのシーン

Septemberさん、

上のコメントは、Septemberさんもこの二つの映画を見ているだろうという勝手な前提で書いてしまいましたが、やはりそうでした。

ネオン劇場に来るぐらいの映画ファンなら、生卵のシーンは受け入れてほしいところですが、まあ人それぞれですかね。僕もそこが子供たちに見せたくないシーンだったかなと思いますが、それにしてもあの映画にはちょっと毒も含んだユーモアが散らばっていて今でも楽しめます。

でも意外と「タンポポ」で問題になったのは、(確かエンディングの)幸せそうな授乳シーンかもしれません。アメリカでは、母乳を与える行為をほほえましいと思うどころか、生理的に嫌悪する人が結構いる(たまにこのネタはコメディで使われる)ようです。

で、思い出すのは、アメリカ文学の最高峰の一つ、スタインベックの「怒りの葡萄」。読者に圧倒的感動、そして希望を与えるのは、自分の子供が死産したばかりの娘さんが、半死の男(他人)に母乳を与える場面だとよく論ぜられるようです。しかし、フォード監督の映画化では、この人間の尊厳を描いた場面ははずされたと記憶します。フォード監督が、子供たちに見せるにはちょっとねえと言ったかどうかはしりませんが。

「タンポポ」上映中止令を出した図書館のディレクターもそんなやからだったのかもしれません、ちゃっちゃくちゃら。
2013/06/11 [November 17] URL #- 

* Re: Re: Re: 残り物と言えば、誰も知らない、そしてタンポポのシーン

November さん、

「タンポポ」の生卵シーンに対する女性の「まあ!呆れた!」という言及は
生卵を食さないアメリカ人の反応で
たぶんあれはエロではなくてグロに対する嫌悪感じゃなかったか、
と私は解釈します。

公衆の場での母親の授乳には
アメリカ人は一種のタプー的な感覚があるようで、私は目撃したことはありません。
それに赤ん坊に母乳を与えない主義の母親も多いのです。
昔の日本では電車の中などでよく見かけたものですが
現在ではどうなんでしょう?

フォークナーの描写は男女間の性愛とはもちろん何の関係もなく
女としての尊厳な人間愛の表現なのでしょうが
映画ではそれをエロととる観客がいるだろうことを恐れたのでしょうか。
2013/06/11 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

なぜタブーなのかわかりません。

私は、電車でもバスでも授乳しました。
胸を公衆の面前に晒したわけではなく、息子の頭をTシャツの中に突っ込んでですが。
とても幸せでした。
世界中が花畑になったような、なんだかすべてが叶えられたようなそんな時代でした。

母乳を与える場面に嫌悪感とはどういうことなのでしょうか?
2013/06/12 [みん] URL #6moyDOY6 [編集] 

* Re: Re: Re: Re: 残り物と言えば、誰も知らない、そしてタンポポのシーン

Septemberさん、

まず、表題が長すぎて、失礼。

実は、映画「怒りの葡萄」でそのシーンがカットされていることに気づいたのは、先に舞台(オハイオで)で見ていたからです。若い女優さんが乳房を出し、飢えと栄養失調で死にかけた男の役の俳優の頭を支えながら、口に近づけてあげるところで照明が落ちます(観客は、総立ちで拍手)。で、記事と原作を読み、映画も見たという次第です。

みんさん、「母乳を与える場面に嫌悪感」という僕の表現はちょっときつすぎました、すみません。

一例として、アメリカの90年代のテレビ・コメディ「Seinfeld」(”The Stand-in”)で、主人公ジェリー・サインフェルドが知人と病院の廊下で会うシーン。廊下で授乳している女性に気づいたジェリーは、「あれは一番見たくないものだ、いや二番目かな」と顔をしかめて言います。

でも今、一呼吸置いて、このシーンを振り返ると、その女性の行為を笑いのネタにしたのではなく、潔癖症が過ぎてちょっとしたことにすぐ嫌悪してしまう主人公の性格がおかしいと解釈できます。

話しは少し変わりますが、アメリカの男性用トイレ(公共)って、赤ん坊のオムツを替えるための台(必要な際、壁から引きおろす構造)がよく設置してありますが、日本でもありましたっけ(これは、女性のみんさんやみなさんにあてた質問ではありません)?

2013/06/12 [November 17] URL #- 

* Re: No title

みんさん、

子を産んだ母親の幸福感が短いコメントから感じられて
感動しました。

公衆場面での子供の授乳がアメリカでは見られないのは、
タブーというような強い意味があるのではなくて
人前ですることではない、というエチケット上の感覚からきているのでは、と思いました。

それなら人の目をあれほど気にする日本人がなぜ?
となると私にもよくわからないのですが、
古くからそうしてきた風習が残る日本ということかもしれないし、あるいはもっと深く掘り下げれば
日本人は国民すべて一家族(種族)的な連帯感、信頼感、があるので
授乳という行為も恥ずかしさのようなものが薄いのではないのか、
などと思いました。

この、国民すべて一家族(種族)という感覚は、外国に出たことのない日本人には理解できないかもしれません。
私のように外交に住んでいてたまに日本へ帰ってくると
強く強く感じます。
ホモジニアスではないアメリカでは、愛国心はあっても、
私が日本で日本人に感じるような、生物的な連帯感、所属感、はないと思いました。




2013/06/12 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: Re: Re: Re: Re: 残り物と言えば、誰も知らない、そしてタンポポのシーン

November さん、

アメリカ人男性の授乳シーンに対する感覚は
一種のhang up(コンップレックス)かもしれません。
何に対するハングアップ? と訊かれても私には答えようがないのですが・・・

Novemberさんのコメントを読みながら、はたと気がつきました。
スタインベックの「怒りの葡萄」の葡萄とは、女の乳房をも象徴したのだ、と。
2013/06/12 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

日本では、現代でも男女同権ではない事が其処此処に見受けられますが、こと母親の授乳に限っては、女性の地位から外れて崇高なものとされているからではないでしょうか。
もし、胸が見えて色っぽいと思う方がいるとしたら、そう観てしまう側がいけないような。
母になって急に祭り上げられて、その後、また引き摺り下ろされる女性側からするとちょっと納得がいきませんが。
私の場合は、飲ませないと胸がビショビショになってしまって、壊れた水道の栓みたいでしたので、笑!経済的でした。
日本の産科の指導は、母乳が絶対という指導で、母乳の出ない母親は辛い思いもしたと思いますが、アメリカは違うのでしょうか?

Novemberさん、お気になさらず。

そういえば、電車で授乳している母親を私もみかけたことはないですね、ここ近年。
でも、私のことも気付いた人は多分いないと思います。
2013/06/12 [みん] URL #6moyDOY6 [編集] 

* Re: No title

みんさん、

母親が子供に母乳を与えない比率はアメリカでは日本よりはるかに多いと思います。
その理由は「時間がない」というのが理由のようで
アメリカでは働く女性の多くが産後すぐに仕事に帰るので家に子守を雇います。
また、企業の中には社内に育児室を設けて専門の看護婦を採用するところも増えています。

母乳を与えない育児には賛否両論あるようで、
これは日本では考えられないことかもしれませんね。
2013/06/13 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

案外粉ミルク会社の陰謀かもわかりませんよ。
ちょっと検索してみたところ、
アメリカでは1950~1970年に粉ミルク会社が販売促進のため産婦人科内で試供品を配布する習慣が浸透した、とありました。

なんだか、日本のバレンタインデーを思い出しました。
日本のバレンタインデーはチョコレート会社の陰謀です。

日本では、働く母親で子守が雇えるのは、芸能人か医者か富豪くらいですね。
働く嫁は苦労して搾乳して会社と保育園を行き来します。

昔は、そうでした、うちにも姉やという、田舎の女の子がいましたっけ。(私は何歳なのでしょう?笑)

日本では、初産の母のための母乳外来というものがあり、おっぱいの出ない初産婦さんのおっぱいを
怖い助産婦さん(うそです。ごめんなさい)がグイグイ揉みほぐすのです。
結構な激痛です。
ここで諦めたらもう母乳は出ないのよ、がんばってね、と言われました。


昔よく聞いたのはは、グラマーな胸は見掛け倒しで、よく出るおっぱいは中くらいか小さめだと言われました。


このサイトにいらっしゃる色っぽい男性方からも女性方からもブーイングが出ないうちにでそろそろこのへんでおしまいにいたします。
では。
2013/06/14 [みん] URL #6moyDOY6 [編集] 

*

久しぶりのコメントです
私も母乳で育てました、但し途中、抗生物質の服用に迫られて中断したら、
その間ぐいぐいもまれたのにも関わらず、出なくなりました。
乳児の吸う力がこんなに大きいのかと思い知りました。

アメリカ人と結婚して当地に住む日本人と親密に付き合っていたのですが、
彼女は私より数年早く2児の出産を終えていて、
私の母乳に対して、彼女が≪動物的だ≫と言ったのをはっきり覚えています。

「アメリカ人男性の授乳シーンに対する感覚は一種のhang up(コンップレックス)」
「人前ですることではない、というエチケット上の感覚」
そういう生易しい感覚ではなく、嫌悪感を持っているのだと受け取りました。
彼女個人のものか、アメリカ人的なものかその時にはわかりませんでした。

ドイツは今でも母乳が多い気がします。
職場のドイツ人は休憩時間に殺菌したビニール袋(輸血チューブ状)に絞りいれて
冷凍保存していました。
勿論私の時代には見たことがありませんでしたが。
2013/06/14 [のほほん] URL #60nqeuCY [編集] 

* Re: No title

みんさん、

私の妻(アメリカ人)も二人の子供を母乳で育てました。
子供が生まれたあとは二度と仕事に帰ることはなく、ずっとあとになって子どもたちが大きくなってからは
パートの仕事を現在も続けていますが、それも仕事というより自分の趣味の延長のようなものです。

母乳で育った子供はそうでない子供に比べて平均的により健康でより頭が良い
というのは医学的に事実とされているようですね。

私の両親も、乳の出にくい母の乳房を
父がいつも揉みほぐした、という話を後年父自身から聞かされました。
「変な話だけど・・」と前置きがついたその話を聞きながら
終戦前の激変の中国大陸に生きた、若い日本人夫婦の姿が浮かんできます。
思春期の私は、不思議とその話にエロチックな匂いをまったく感じなかったのを覚えています。
2013/06/14 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

のほほんさん、

母親同士のそういう会話には私は加わった経験がないので
男性の私と違ったいろいろな経験が女性にはあるのでしょう。
「動物的だ」という発想がアメリカ人女性に共通なものなのだどうかは私にはわかりません。
妻にも尋ねてみましたが、「自分は聞いたことがない」 という答えが返ってきました。

私に言わせれば、人間もまた動物には間違いないのですが。(笑)
そしてそれは恥ずべきことではない、と思います。
2013/06/14 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: Re: Re: Re: 残り物と言えば、誰も知らない、タンポポのシーン、で、最後はオッパイ賛歌

Septemberさん、

さらに長くなった表題で失礼します(我慢していただき、電話されないよう)。今回のオッパイ論議(人前での授乳の是非うんぬん)は、「タンポポ」から始まってしまいましたが、みんさんその他の方々のご経験、ご意見が飛び交うと、エンディングシーンのメッセージ性もかなり高く思われ、伊丹監督もあの世で喜んでらっしゃるかもしれません。人の見方はどうあれ、あの母子の姿はうらやましいです。

で、動物といえば、北海道時代にお世話になった乳牛の方々を思い出します。ベコのオッパイは、最初に身ごもってから(赤ん坊に与えるという確かな目的を持って)大きくなります。初産後から搾り取られる乳は経営者(人間)の商品になり、市場に出されます。ベコは、毎年一回くらいのペースでお産を繰り返します(米子の種馬さん、じゃなかった種牛の登場はなく、人工授精のみ)。だんだん年老いて、乳量が減ってくると(まだ子供を産めるとしても)引退。広大な牧草地に放されて年金をもらい幸せな余生を過ごすってことはなく、専門業者に引き取られ、肉と皮は人間に使われます。

出産後まもなく、母子は引き離されるのですが、子牛はすぐに立ち上がろうとし、母の乳を求めます。母牛は長い舌(タン)を使って、よたよたしている子牛を支えようとします。いつまでも横になっていると、肉食動物に狙われるから、立ち上がらねばという本能が備わっているのでしょうが、四肢を踏ん張って立ち上がる子牛の姿は、カウントエイトで立ち上がる「ロッキー」より感動的です。

出産直後の乳(初乳)はクリームのように濃く栄養価が高いので、他のベコの乳とは、別けて搾られます。子牛は、初乳(必要に応じサプリメント入り)を大きなボトルから与えられるのですが、それは僕の仕事。最初に指を吸わせ、口をボトルの先の乳首に導いてあげます。うーん、19歳の僕が味わった母親の役割、その至福の時は今でも忘れられません。

ベコは一日二回、搾乳されるのですが、何らかの事情(例えば吹雪による停電)で、決まった搾乳時間がずれたりすると、うーん、もう一杯なのよ、そこのお兄さん、早く搾ってえっ、とモーモーなき始めたりします。器具を取り付けて搾る前には、雑巾でオッパイを「ぐいぐい」もみ洗い、最後に消毒水に浸したペイパーで、四つの乳首をぬぐってあげます。

僕がお世話になった牧場の経営者の奥さんは当時30歳くらい、四人目の子供が生まれたばかりで、僕がいる前でも、当然のようにオッパイを与えていました。出荷と別に大なべ一杯に取った牛乳を一旦沸かしてから、その一家はいただくのですが、「ベコー>人間の母親ー>人間の赤ちゃん」へと母乳が連鎖していく姿は、なんとも頼もしく、モーモー。乳の、じゃなかった父の日のこの週末、久しぶりに、Yellow Springsにでも出かけ、ベコを見ながら現地製造のアイスクリームでも食べようかなと思いながら、この辺で。長くなりました。
2013/06/15 [November 17] URL #- 

* Re: Re: Re: Re: Re: 残り物と言えば、誰も知らない、タンポポのシーン、で、最後はオッパイ賛歌

November さん、

詳細に渡る酪農生活の日常、ありがとう。
これを読めば私も明日からでもYellow Springs に出かけて行って牧童として働けそうな気がして来ました。
しかし、これは私のブログなのかNovemberさんのブログなのか、という疑問も湧いてきています。(笑)

ところであのヤングズ・デリはアイスクリームだけではなく、オムレツやパンケーキなどもなかなか美味しかったのですが、もう何年も行っていません。
Novemberさんと一緒に働いていた頃は、あの道はしょっちゅう通ったので、あのデリでストップしてランチを何十回と食べたものです。
2013/06/16 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

コメントの投稿

:
:
:
:
:

:
: ブログ管理者以外には非公開コメント

トラックバック:

>>>> http://blog1942.blog132.fc2.com/tb.php/585-4500b1f7
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)