過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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September30

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風の中の母

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海からの風
Revere, Massachusetts, USA


子供の頃のはなし。
一週間に一度か二度、母は小学生の僕を連れてバスに乗ると海辺の町までやって来て、そこに湧く温泉につかることを習慣にしていたころがあった。それは肌のあちこちに不思議な発疹が出る僕のための湯治だった。そしてあの温(ぬる)くて少し嫌な臭いのするお湯にたっぷり浸ったあと、母とふたりで海岸まで歩いて海を見ていたことを、きのうのようにはっきりと思い出すことができる。砂浜にあお向けに寝そべると、となりに座る母の膝に頭を乗せて、温泉で火照(ほて)った体に海からの風を気持ちよく感じながら、僕はしばらくの間ついうとうとしてしまう。
それから母と僕は靴を脱いで裸足になると、波打ち際をゆっくりと歩く。母のうしろから、濡れた砂の上に残る母の足跡に自分の足を重ねるゲームを続けながら、眼の前で潮風にひらひらと舞う母のスカートが眩(まぶ)し過ぎて、僕は目をそらさずにはいられない。それは午後の陽ざしの強さのせいではなかった。


***


幾時代かが過ぎて・・・・

先日、古いネガを整理していたらこんな写真が出てきた。自分の子供と子供の母親。
見ているうちに僕はいつのまにか写真の中の子供になって、あの砂浜に母といっしょに佇(たたず)んでいた。
どうも歴史は繰り返すらしい。

この子が眺めているのは大西洋で、僕が見ていたのは日本海だったという違いに、長い旅をして来たことを今さらに感じる。




浜辺の歌
由紀さおり 安田祥子



安田祥子の声が昔の母の声に驚くほど似ている。
夕暮れのひと時、母はピアノを弾きながらこの歌をよく歌った。この歌や 『出船』 や 『早春賦』 などの懐かしい歌を歌う時の母を、僕は子供心に美しいと思った。
声楽家になりたかった母の夢が、戦争、結婚、出産、そして中国からの引き揚げ、で破れてしまったあと、歌いながら母の胸を過(よぎ)っていたものは何だったのだろうか?




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コメント:

* 母の記憶

小さかった頃の母の記憶を思い出すことのきっかけが写真だったり、歌だったりするんですね。
幸いにも母がまだ健在で、今年の夏に久しぶりに会えるのが嬉しくてたまらないようです。
口ではつよがりばかり言っているのですが。
もっと親孝行すべきだったと、今後悔してます。
2014/05/25 [ineireisan] URL #pNQOf01M [編集] 

* >「繊細であるということ」

今日のブログは特に素晴らしい!

September氏の"Sensibility"が際立っています。
先日の書き込み「繊細であること」を思い出しました。
翻訳を遣るようになってから、文章が増々上手くなっているようです。

Songwritingに興味を持っている僕にはいい短篇になりました。
2014/05/25 [henri8] URL #av6ed.vY [編集] 

* 管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
2014/05/25 []  # 

* Re: 母の記憶

ineireisan さん、

子供がどこで何をしていようと
元気でさえいてくれればそれが親にとっては
一番の親孝行なのです。

過去のことは考えないで
今のお母様に優しくしてあげてください。

なんて
まるで占い師か人生カウンセラーの口調になってしまいましたが
実は私にもそんなことを言える資格はないのです。
2014/05/25 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: >「繊細であるということ」

henri さん、

ありがとう。

たしかに翻訳をやるようになって
一つ一つの言葉に対して前よりも気を使うようになったのは確かです。
要は、言いたいこと、言わなければならないこと、が100%言えているかどうか
そしてそれが、読む人に間違いなく伝わるような言葉になっているか
ということですね。

こうやって褒めてもらえるのは嬉しい事です。
2014/05/25 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

鍵コメさん、

そうなんです。
よく人に沖縄出身か、と訊かれるのですよ。
その沖縄に自分の娘が嫁入りしたのも何かの因縁でしょう。(笑)
2014/05/25 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* 潮騒を抱いて行こう

泣きました。
なんて美しい時間。

昨日このお話にふれてからずっと、頭のうしろで潮騒が、
遠く、近く、鳴りつづけています。

…そのひとは、この男の子をどんなに愛していたか。
…そうしてこの子は、今もどれほどそのひとを恋い慕っているか。

長い旅、ですね。
たしかに、ね。

でも、永遠、ですよ、波も削っていくことのできない、これは永遠の時間です。

母との、こんな美しい思い出が欲しかったと、ずっと焦がれてきた自分がいて。
どうやらそれは、叶えられないめぐりあわせだったようで。
それは消えないさびしさなのだけれど、
けれど、自分がそのひとになって、童女のような母の手を引く時間は、まだ許されているようで。

母の記憶には何一つ残らないのです、それはもう決まってしまっているのです。
だけど母を抱きしめて、旅路の果ての砂浜をいっしょに歩いてあげよう。
一歩ずつ。
この夏は、そんなふうに過ぎて行きそうです。

ありがとうございます。
気持ちが定まりました。
えへへ。
 
2014/05/26 [belrosa] URL #eJbgdmWg [編集] 

*

母と最後に過ごした何ヶ月か。
だんだんと近しい人の顔も思いだせなくなって、
会いに行くと、
私は必ず聞きました。
わたしはだあれ?
母はか細い声で、お母さん。
そして童女のようににっこりと笑い、安心したように眠るのです。

いろいろな事が思うように出来なくなって、私や周りに負担をかけていると感じている母の辛そうな顔を思い出すと胸が痛くなりますが、
この時の童女の笑顔は今でも私の救いです。

私が母の立場になる日がもし来るとしたら、あんなに綺麗な笑顔でいられたら、と思います。

皆さんそれぞれのかけがえのない思い出ですね。
2014/05/26 [たま] URL #6moyDOY6 [編集] 

*

お母様は凄く綺麗な声だったんですね。
2014/05/26 [micio] URL #O/XG6wUc [編集] 

* Re: 潮騒を抱いて行こう

belrosa さん、

お久しぶり!

今回の舞台は大成功だったという噂をあちこちから聞いてますよ!
ネットでも熱狂的な批評が飛び交っているのを見て
遠くアメリカから自分のことのように嬉しく思っていました。

今年の夏は仕事を離れて信州のお母様のそばに帰る予定のようですが
今を逃すとその機会はないかもしれない、という雰囲気がコメントから感じられて
その決定に私の小さな記事が一役かったとしたらとても嬉しい。
私もいっしょに親孝行をさせて頂いたような、そんな気分です。(笑)

それで思い出したのは
どこかで見た(たぶんあなたのブログかな?)1葉の写真でした。
幼いあなたと若いお母様が陽の当たる縁側にいて
それを写真好きのお父様が撮ったという....

あの美しいお母様が今は旅路の果てに近ずいて
童女に帰ってしまったその人を
あなたが今度は母になって看るということに
人の世の流転を感じます。
2014/05/26 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

たまさん、

お母様の話を読みながら眼が熱くなりました。
そして私も自分の母の最期の頃を思い出していました。

病院のベッドに寝て癌の痛みに苛まれながら
東京から帰省した私を見て苦しそうな息の下で最初に言ったのが
「そんなに髪が伸びて・・・ 床屋に行かなきゃだめでしょ」 でした。
2014/05/26 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

micio さん、

郷里の友人が最近、中学校時代の古い文集を掘り出してコピーを送ってくれたのですが
その中に見つけた自分の幼稚な短歌に触発されて
今回の記事となりました。

なつかしき昔のうたを口ずさむ
母うつくしき春の夕暮れ

名も分かぬ駅標ひとつしらじらと
夜汽車の窓を過ぎゆきにけり
2014/05/26 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* この短歌のこと

>なつかしき昔のうたを口ずさむ
>母うつくしき春の夕暮れ

>名も分かぬ駅標ひとつしらじらと
>夜汽車の窓を過ぎゆきにけり

中学時代に読んだ歌?(失礼ながら)本当?
優秀だなぁ。石川啄木の上を行くよ。

2014/05/27 [henri8] URL #av6ed.vY [編集] 

* 若き日の短歌とは、思い懸けずも振り込まれた「人生のボーナス」では?

September30様

 季節が春から初夏、そして梅雨へと遷移するこの時節に、昔の自作短歌に触発され過去の記憶が蘇生し、甘美な想い出に暫し浸ったとの由、味わい深い話ですね。御相伴に預かりました。

 勝手に忖度させて貰いますに、旧友から送付された「中学生時代の文集の複写」とは、予想だにして居なかった贈り物であり、正に、長生きした9月氏への「人生のボーナス」でしょう。

 そうした「蘇った幼時の記憶を造形し、陰影を施す趣向」に相応しい曲をネット上で見つけました。例に依って、別便にてお報せします。お待ち下さい。 
2014/05/27 [Yozakura] URL #Y2lB8pKc [編集] 

* 管理人のみ閲覧できます

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2014/05/27 []  # 

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2014/05/27 []  # 

* Re: この短歌のこと

henri さん、

中学一年の時に仲間数人が集まって
同人誌のようなものを作っていたのですよ。
といっても
謄写版刷りのペラペラなものでしたが
夜の学校の事務室を借りてインクだらけになりながら
それでも数刊続きました。
2014/05/27 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: 若き日の短歌とは、思い懸けずも振り込まれた「人生のボーナス」では?

Yozakura さん、

いつもありがとうございます。
楽しみにお待ちします。
2014/05/27 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

素敵な思い出ですね。
歴史は繰り返す、と私も実感する時が来るのでしょうか…。

この姉妹の歌声は、娘と一緒によく聴いています。
赤ちゃんを持つまで特に興味が湧かなかった童謡の世界。
不思議なもので今では歌ってあげています。(笑)

ピアノの指導に厳しかったSeptemberさんのお母さまは
声楽家になりたかったのですね。
2014/05/28 [tony] URL #mQop/nM. [編集] 

* Re: No title

tony さん、

この姉妹の歌声って?
この二人は姉妹だったのですか?
知らなかったです。(笑)
由紀さおりとは大昔に何度もいっしょに仕事をしていながら・・・

童謡というものは子供の心に一度沁み通れば
きっと一生忘れないと思います。
私など今でも即座に、歌詞もほとんどあやふやではなく
何十曲も思い出せますよ。
2014/05/28 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

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