過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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在りし日の歌

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石の街にて
Haute-ville, Vaison la Romaine, France



                          骨


                   ホラホラ、これが僕の骨だ、
                   生きてゐた時の苦労にみちた
                   あのけがらはしい肉を破つて、
                   しらじらと雨に洗はれ、
                   ヌックと出た、骨の尖(さき)。

                   それは光沢もない、
                   ただいたづらにしらじらと、
                   雨を吸収する、
                   風に吹かれる、
                   幾分空を反映する。

                   生きてゐた時に、
                   これが食堂の雑踏の中に、
                   坐つてゐたこともある、
                   みつばのおしたしを食つたこともある、
                   と思へばなんとも可笑(をか)しい。

                   ホラホラ、これが僕の骨――
                   見てゐるのは僕? 可笑しなことだ。
                   霊魂はあとに残つて、
                   また骨の処にやつて来て、
                   見てゐるのかしら?

                   故郷(ふるさと)の小川のへりに、
                   半ばは枯れた草に立つて、
                   見てゐるのは、――僕?
                   恰度(ちやうど)立札ほどの高さに、
                   骨はしらじらととんがつてゐる。
                           
                                   ―――― 中原 中也




以前に書いた 未来からかかってきた電話 はこの石の街の前編とでも言えるものです。


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コメント:

*

骨の上で寝ているような苦しい夢を見たのです。
(昔のことです)
ふっくら煮えた鱈になって背骨から剥がれたい。
骨から剥がれて楽になりたい。
(昔のことです)

久しぶりに思い出しました。
今の私は干物になってしまったのかもしれない(笑)

2013/08/30 [ムー] URL #qiVfkayw [編集] 

* Re: No title

ムーさん、

『ふっくら煮えた鱈になって背骨から剥がれたい。
骨から剥がれて楽になりたい』

なぜかこの感覚ってわかります。
すごくよくわかるんです。

「骨」で私の記憶にこびりついているのは
イタリアのドッツアという町で見た
骨になった男女が交わっている壁画です。

http://blog1942.blog132.fc2.com/blog-entry-223.html

このページの2番めの写真。
ユーモアと取る人が多いようですが
骨になってまで性の本能を執拗に求める人間の悲しさを感じてしまうのは
私だけでしょうか?
2013/08/30 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

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