過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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ニースからバルセロナへ

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ルイ・ヴィトン
Les Champs-Élysées, Paris


ある時、日本人の駐在員の人たち数人と会食をしていて、話が財布のことになった。 ズボンのヒップのポケットにいつも財布を入れている僕が、何度買い換えても新しい財布が1年も経たないうちによれよれになってしまう、と不満を漏らしたら、その場にいた誰もが同じ経験をしていることがわかった。 その中にひとりだけ、「自分も長い間そうだったけれど、ある時贈り物でもらったこの財布を使うようになってから、その問題は解消しましたよ」 と言って、ヒップのポケットから取り出してみんなに見せてくれたのが、ルイ・ヴィトンの札入れだった。
皆がかわるがわるに手に取って見ると、もう3年も使っているというその札入れはシャキッとして形にもまったく崩れがなく、まるで最近購入された新品のように見えたので、僕はうーんとうなって感心してしまった。 僕の、買って1年もたっていない札入れはそれにくらべると、まちがって洗濯機を通したあとの前衛芸術のオブジェのように見えた。

日本人は他の国民に比べてブランド志向が何倍も強い、とよく言われる。 衣料品や装飾品の高級ブランドを手に入れるための理由で外国を旅行する人も多いらしい。
ところが僕自身は完全に反ブランド主義を今まで通してきた。
しかしよく考えてみると、高級ブランド崇拝が一種のスノビズム (俗物主義) だとすると、僕のような反ブランド志向はそれに負けないスノビズムに違いなかった。 つまり、それがブランドであろうとなかろうと本当に自分の好きなものを手に入れるのが自然だとすると、ブランドだからといって買うのと、僕のようにブランドであるという理由で買わないのとは、同じようなスノビズムだろう。

そういうわけで僕にしては珍しくこの有名ブランドの財布に興味を持った。 いや、興味を持ったどころかどうしても欲しくてたまらなくなったのである。 さっそく調べて見ると、この財布をアメリカで手に入れるには250ドルも払わなければならないと判明した。 僕は考えてしまった。 どんなにすばらしくとも、たかが財布じゃないか。 着物や宝石のように人前でいつも見せるものならともかく、財布とは金を払うときの数分間だけ取り出すだけで、いつもは上着の内ポケットや尻のポケットにひっそりと隠れているものなのだ。 しかも僕にとっては高級ブランド品を所有しているという喜びのようなものはまったく無いわけだし。 それならアメリカで35ドルで買える財布(そのほとんどが中国製) を今までどおりに使い捨てにすればいいじゃないか、と思い直してしまった。
それでまた僕は35ドルを出して新しく、中国製の札入れを買ったのだった。

その明くる年。
家族4人でヨーロッパ旅行をしたときのことである。 フランスはニースのホテルで昼寝をしていたら、外から帰ってきた娘のマヤが、「お父さん、ルイ・ヴィトンのお店があるわよ。 男物の札入れ、パスポートを見せると100ドルちょっとで買えるみたい」 と情報を流した。 以前からルイ・ヴィトン、ルイ・ヴィトンと僕が言っていたのを彼女は覚えていてくれたのだ。 そこで、うん、100ドル ならと僕はその気になった。
というわけで、長いあいだの憧れのルイ・ヴィトンの札入れは、南仏のニースでめでたく僕の所有となった。 僕はくたびれてよれよれになった古い財布からクレジットカードやグリーンカードや運転免許証や数百ドルの札を取り出すと。手触りもなんとなく高級そうで、シャキッとクールに決まっているルイ・ヴィトンの札入れに、鼻歌なぞ歌いながらその中身を収納した。 そしてその札入れはめでたく僕のズボンのヒップのポケットにおちついたのだった。
とうとう、長い年月をかけて納まるべきところに納まるべきものが納まった、というしあわせな満足感を僕は味わっていた。

ニースのあとはスペインだった。 われわれはバルセロナで3日間を過ごしたあと、パリまでいったん戻る予定になっていた。 そのバルセロナの2日目に、Las Ramblas の雑踏の中でスリに会い、僕の新しい札入れは跡形もなく消えてしまった。
ニースで購入してから36時間しか経っていなかった。



人生は望遠で見れば悲劇
広角で見れば喜劇
チャーリー・チャップリン





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コメント:

*

やっとの決断で手に入れたモノ。
得てして手中に収まらずといった風景に思いを馳せるような
素敵なお話です(オサイフには申し訳ありませんが)
2010/11/10 [KAORI] URL #- 

* Re: No title

KAORIさん、この話は思い出すたびに自分でも笑ってしまうのですが、その時は失くした現金やクレジットカードはともかく、グリーンカードの事後処理ははたいへんでした。なにしろあれがないとアメリカに入って来れないので。
しかしパスポートを失くすほうがもっと大変だと大使館のひとに慰められました。
2010/11/10 [September30URL #MAyMKToE [編集] 

*

私も反ブランド志向なので共感しながらじっくり読ませていただきました。
意を決して手に入れたお財布と
たった36時間でお別れなんて…。
結局本来あるべき姿に戻ったということなのでしょうか。
2010/11/11 [tony☆URL #mQop/nM. [編集] 

* Re: No title

Tonyさん、
反ブランド志向のtonyさんがパリに住んでるなんて、日本人から見たら羨ましくてしようがないでしょうね。(笑)
実はこの記事には後日談があるのですが。それはまたの機会に・・・
2010/11/12 [September30URL #MAyMKToE [編集] 

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