過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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思い出よ 逃げないで

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壊れゆく女
Boston, Massachusetts USA


その老婆はひと目で常人ではないと分かった。 1940年代の古い絹のドレスに、一輪の花が付いたつば広の帽子、先の丸まっこい中ヒールの黒い革靴など、他人の服装に無頓着(むとんちゃく)なアメリカの町でも彼女の服装はちょっとまわりのひと目を引いた。 いや、ひと目を引いたのはその服装だけではなく、彼女の挙動もそうだった。 ここパブリック・ガーデンの中の小道を、まるで教会のミサの時間に遅れまいとするかのような急いだ足取りで靴音をたてながら、すこし前屈みになって一心不乱に歩いて来る。 公園の芝生に寝転んでいる僕のそばを通るとき、ぶつぶつと訳のわからないことばを、呪文のように休みなくつぶやいているのが僕の耳に響いた。 まるで自分が今まで生きてきたことの釈明をしているように。
そしてそのまま、植込みの向こうに姿を消した。

その老婆がふたたび僕の目に入ってきたのは、それから20分ほどしてからである。
今度は公園の鉄柵の外のアーリントン・ストリートの歩道を、かっかっかっかっと靴音をたてて足早に歩いて来る。 僕のいる地点から道をはさんだ向かい側に古い映画館があって、上映中の "Woman under the Influence"  (壊れゆく女) の看板がかかっていた。
『壊れゆく女』――― 道具立てとしては完璧だ。 しかし僕には鉄柵まで近寄って行くだけの時間はない。 老婆はもうすぐそこまで来ているのだ。 僕はもどかしく135ミリの望遠を付け変えたカメラを顔に当てると、ろくにレンズの焦点も合わせないままに最初のシャッターを切っていた。 そしてそのまま目をファインダーから離さず、右手でシャッターと巻き込みレバーを手早く交互に繰りかえして操作しながら、それでも数枚のショットを得ていた。(その頃の僕のカメラは露出も焦点合わせもフィルム巻き上げもすべて手動だった)。
あとで見てみると5枚だけ撮れていて、その中の1枚がこの写真である。
レンズの焦点が老婆に合わないで、手前の鉄柵に合ってしまったのは不運だった。

すり抜けてゆく鳩に手をさし伸べて、老婆が掴もうとしているのは何だったのだろうか?


傷ついたのは、生きたからである。
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コメント:

*

この女性には申し訳ないけれど、パーフェクトな舞台設定ですね。
きっと、彼女の中では、時が止まってしまい、
そして、時の流れに乗れないまま、
毎日ハトに餌を与え続けるのでしょうか?
どんな人生になっても、それはその人らしいのかもしれませんね・・・。
2010/11/11 [bluemillefeuilleURL #Xlf.8pIU [編集] 

* Re: No title

Hanaさん、
この老婆の中で何かが壊れてしまったしまったのでしょう。
アメリカではそんな人を街頭でよく見かけますが日本では非常に少ない。
なぜだろうと考えてしまいました。
日本では施設のようなところに収容して外に出さないのか、それとも日本人は「壊れない」 のか?
2010/11/12 [September30URL #MAyMKToE [編集] 

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