過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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三十年目の和解 (2/2)

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記憶 (1972年)
North End, Boston USA


それからYが身体を壊してしまったのだ。
はっきりと記憶にはないけれど、たしか結核だったと思う。 あの病気にとって長い厳しい冬を持つボストンほど最悪の環境はなく、その上ベースを弾くことも医者に止められた。 転地を勧められたYがヒロちゃんと二人でブラジルへ引っ越していったのはそれからしばらくしてからである。 なぜブラジルだったのか、僕は当然知っていたはずなのにそれが思い出せない。 それだけではない。 彼らがボストンを去る時に僕は彼らにさよならさえ言っていないのだ。 というのは、その直前にYと僕は仲違(たが)いをしてしまっていた。 原因になったのは今から思えばそんなに大したことではなかったと思う。 その詳細さえもう覚えていないくらいだから。 一口に言えば、あの頃の僕に残されていた小さな最後の誇りのようなものを、Yによって無残に傷つけられた(と当時は思っていた) ある事件のせいだった。 彼がヒロちゃんや妻を通して謝ってきたのにもかかわらず、僕は彼を許そうとしなかった。 たぶん、そんな風に僕を傷つけた相手が、他の誰でもないYだったということが、どうしても許せなかったのだろうと思っている。

そんなことがあって彼らがボストンを去って行ったあと、それまで太い綱で繋がっていたYと僕との関係はまるで鉈(なた)でぶち切るように終わりになってしまった。
僕は僕でそのあとは、唯一の身内だった日本の父が亡くなったり、妻が家を出て七年間の結婚に完全な終止符が打たれたり、それといっしょに音楽を含めてあらゆることを諦めてしまったり、というようなことが次から次へと重なっていた。 そのあとは僕が長いあいだ思い出すことさえ避けていた無頼の七年間が続くことになるのだが、その時期のことはもう何度も以前に書いているので繰り返すのはよそう。

それから三十年が過ぎて、今から十二年前のことである。
Yがいきなり電話を掛けてきた。 ハワイからだった。
ボストンで別れたあのあと三十年のあいだ、僕らは電話どころか手紙一本、葉書一枚も交換したことはなかったのだ。
電話の話の中で僕が知ったのは、Yはいつのまにか日本では名を知られた心理学者になっていて、かなりの数の翻訳書や著述集が日本で出版されていた。 そしてハワイに住みながら常時日本へ帰っては講演やセミナーに飛び回っているという。 そんないろいろな過去の成功を自慢の匂いを隠そうとしないで話してくれているYに、僕は昔のままのYを見て 「おまえ、昔と変わんないな」 と笑って云った。 そしてその瞬間に長年のあの 「わだかまり」 のようなものがきれいに消えてしまっているのに気がついた。
俺たちはいつか日本で会えるだろう、とお互いに約束をして長い電話を終わりにした。

電話を切ったあと、僕は長い間ぼんやりとしていた。 そうか、と初めてわかったような気がした。
学生だった昔からYが僕に対して抱いていた子供らしい 「甘え」 と 「ライバル意識」 のようなものを、あいつは今まで持ち続けていたのだと。
三十年前、ボストンでの僕は自分自身が置かれていた切羽詰まった状況のために、それを理解してやる余裕がなかったのだ。 Yの悪意のない無邪気な言動や行為をそのまま受け止めてやればよかったのに。
しかしそこに気がつくまでに三十年という歳月を掛けなければならなかったとは・・・

***

その三十年ぶりの邂逅の話を、仕事場で秘書のk子さんにYの名を出さないでちょっと漏らした時に、彼女の顔色が変わった。
「その人ってYさんでしょう? 私よく知っています。 学生の頃バイトでYさんの東京の事務所に一年ほど勤めていました。 だから毎日顔を合わせていたんです」
彼女と僕はもう何年もいっしょに仕事をしながら、僕らのお互いの接点がそんな昔にできていたのだとは今まで知らなかった。 僕は改めて 「因縁」 ということを実感していた。

二年前の秋、大学の仲間が十一年ぶりに集まった時に僕はそのために帰国した。 その時Yもたまたまハワイから日本に来ていたにもかかわらず、彼は同期会に出席しなかった。 東北地方での講演の日程とぶつかってしまったからだ。 Yを抜いた十人が紀伊と京都で数日間遊んだ。
日本を発つ前に僕はYに電話を入れてみたが、忙しい彼を捕まえることができなかった。


そして今年の四月三十日。
Yはいきなり死んでしまった。
肝臓に癌を発見してから三週間しか経っていなかった。

(終)



男たちは友情をまるでフットボールのように蹴リ回すにもかかわらず
壊れることはないようだ。
女たちは友情をまるでガラス細工のように扱うのにもかかわらず
粉々に砕けてしまうことがある。
アン・モロー・リンドバーグ



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コメント:

*

september さん、
あなたに連れられてYさんの下宿に行った時、彼が聞かしてくれた
コントラバスの音のクリーンさとアドリブの絶妙に心打たれたのを
思い出します。今は合掌するのみです。
2013/09/28 [pescecrudoURL #j9tLw1Y2 [編集] 

* いつか

会えるべき人だったのでしょうが、でもなぜか会えない。そんな人が私にもいます。それにしてもあまりにも最後があっけなくて私は悲しいです。September30さんがYさんに関していつも心にきっと気になっていて、そんな再びつながった友情はきっと誰にも邪魔できないものだったのでしょうね。読みながら、September30の心の深さを感じました。
女同士の友情、男同士の友情。
常に分けられて表現されますが、私自身はどちらも関係を築ける自身はあります。
ただいつも見失いがちなのは男と女は友情を保てずに先まで進んでしまう可能性が否めないこと。そしてやっぱりだめだと素の関係に戻ってきてしまうこと。いずれにしても友情は私にとってかけがえのないものです。
2013/09/28 [inei-reisan] URL #pNQOf01M [編集] 

* Re: No title

ペさん、

ありがとう。
あの馬場下のYの下宿にぺさんと一緒に行ったなんて
完全に記憶からこぼれ落ちていました。

今朝(日本では土曜の夜)にハイソの8人が東京に集まって
昨年逝ったNとこのYの二人のための追悼会をしてるはずです。
(もうお開きになった時間かな)

それに間に合うようにと、この記事を仕上げました。
2013/09/28 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: いつか

inei-reisan さん、

いつかは逢えるだろうと思いながらありきたりの日々の生活を送っているうちに
そのいつかが終わりになってしまったのは初めてではありません。
終わりになってようやく気がつくのは
人間の人生には終結があるのだ、ということ。
まるで、自分自身にはその終結が来ないかのような錯覚をしている私です。

男と女のあいだの友情といえば、若いころよく思ったのは
お互いに好意を持って友だちになったあと
相手が女ならどうしても寝たくなるのに
相手が男だとそんな気が起こらないのは、これって不公平だ
ということで、真剣に悩んでいました。

すべての習慣やタブーから解き放された完全に自由な人間になるためには
バイセクシャルでなければならないのかなあ。


2013/09/29 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

この人は一生ものにしたい。
と思ったとき私は男女の関係にならないようにしました。
恋人とは別れが来るけど友人にはこないから。

一度寝た男と友達関係を作る。ただし一度だけ。
という友人もいたけど、それはなかなか難しそう。

年を取って男友達は貴重な存在だと痛感する。
でも圧倒的に数が少ない。
男女の友情なんて男には必要ないんでしょうか。

2013/09/29 [ムー] URL #qiVfkayw [編集] 

* Re: No title

ムーさん、

いろいろな人がいるもんですね。
でも
好きならば寝てしまうのが一番自然だと思います。
それは理屈ではありません。

その後どういうことになるかは
当人同士次第でしょう。
友だちになれたり敵同士になってしまったり
そんなことを繰り返して人は歳を取っていくのだと思っています。
2013/09/30 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

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2013/10/01 []  # 

* Re: 本日は誕生日ですよね

鍵コメさん、

よくもまあ、つれないブログの著者の誕生日まで覚えておられるとは、
ありがとうございます。

頂いたギフトは私の好物。
さっそく楽しませて頂きましょう。
2013/10/01 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

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2013/10/04 []  # 

*

鍵コメさん、

いつもいつもありがとうございました。
2013/10/04 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

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