過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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日本春画考

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歌まくら
喜多川歌麿



ロンドンの大英博物館で日本の春画の特別展 「日本美術における性と喜び」 が開催中だ。
同館の所蔵品の他、日本、英国、オランダ、デンマーク、米国から借り出したものを合わせて300点以上の作品の展示は、春画の展覧会としては世界でも今までで最大のものだそうだ。
そして世界各都市でその巡回展が予定されているが、日本ではそれをやるかやらないか、やるとしたらどこでやるか、で揉めているというニュースを聞いて苦笑してしまった。 世界中で賞賛される日本美術の一般公開を、その御本家である日本が難色を示しているというのはどう考えてもまったくおかしな話だと思った。 開催が難航している理由は 「子供への悪影響を考えて」 とニュースでは伝えているようだが、それは嘘だと思っている。 未成年への影響を心配するなら入場に年齢制限をつければ済むことだ。 大英博物館も子供への影響は気にしているようで、16歳未満は成人同伴であることという、この大博物館がその260年の歴史のなかで初めての規制を設定している。 入場禁止としないで大人といっしょなら入場できる、というのはさすがだと思った。 日本ではありえないことだろう。 もっとも両親が子どもたちを連れて家族連れで春画を見に行く、なんて図はどこの国でも想像できないから、実際には16歳未満の若者の入場はまずないと思う。 それでいいじゃないか。 だから日本での開催が難航している理由は子供のことではないだろう。 彼らの頭の中に何があるのか、僕は推測してみたかった。

それは日本人が持つ 「猥褻 (わいせつ)」 の意識ではないか、と僕は考える。
いやらしいことは隠れてこっそりするもので、人前ですべきじゃない、という発想は慎ましやかな日本人としては当然なことだ。
爛熟した日本文化の中で、男女は昔から薄暗い行燈(あんどん)の妖しげな光りのもとで交わったり、人目の無いところでこっそり春本や春画を楽しんだ。 谷崎潤一郎が書いた 「陰影礼賛」 の世界がそこにはあったに違いない。 それは源氏物語の昔から綿々と日本人に伝わってきたものだろう。 その密(ひそ)やかな性の喜びが白日のもとで人目にに晒(さら)されてしまうと、日本人はそれに卑猥というレッテルを貼って眉をひそめる。

それで思い出したのはあの昭和の昔の 「チャタレー裁判」 だった。 判決が下されて、翻訳者の伊藤整と出版元の小山書店社長が有罪になった時(1952年)に僕はまだ小学生だったと思う。 ずっと後になって僕はその判決文を読んだことがある。 そこには、
「猥褻とは、いたずらに性欲を興奮または刺激させ、かつ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的同義観念に反するものをいう」
と定義されていた。 そしてさらに驚いたのは、その五年後に最高裁が被告側の上告を却下した時の判決だった。 つまり、
「猥褻かどうかの判断には、作品の芸術性は関係ない」 とはっきり言い切っている。 現在の日本で春画展が難航している裏には、上記の二点がそのまま適用されているような気がする。 要するに春画のような猥褻なものを公然と人前に晒すのは日本人としては大いに抵抗があるのだ。 国としてはそんなものを格式のある博物館や美術館で大々的に一般人に見せるわけにはいかないのである。

(ところで小説 「チャタレー夫人の恋人」 は本国のイギリスでもやはり起訴されたが(1960年)、作者の D・H・ローレンスは12人の陪審員たちの全員一致で無罪になっている)。


***


その昔、春画は店頭で他の浮世絵と並べられることなく、裏でこっそりと売られたに違いないと思う。 春本も同じだ。 普通の人の目に触れることのないものを密かに手に入れて見たり読んだりすることで、その楽しみは倍加する。 それを本などにして国中に見せてしまったから、「チャタレー夫人」 (訳者、伊藤整) も永井荷風の 「四畳半襖の下張」 (編集長、野坂昭如) も犯罪人のレッテルを張られることになった。 (チャタレーはもちろん春本ではないが、裁判長はそう判断した)
ところが春画の場合は、描いた作者がもういなくなっているからそうはならなかった代わりに、外国の芸術家たちに賞賛されてあまりにも有名になってしまったあげく、稀有な美術作品として日本に帰還して来た。 日本の良識者たちはそれを誇りに思いながらも、見られたくなかったものを見られてしまった時の恥ずかしさのようなものを感じているのではないのだろうか。
どうすべきか当惑して頭を抱えている彼らの姿が僕には見える。



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蛸と海女
葛飾北斎



ヌードは、それがいかに抽象的なものであっても
見る者にある種のエロティックな感情を呼び起こすものでなければならない。
たとえそれがまるで影のようにうっすらと淡い感情であったとしても、である。
それが無いものは芸術として失敗作品であるばかりでなく
偽りの道徳を表現しているに過ぎない。

ケネス・クラーク
(イギリスの著述家、美術館長、ブロードキャスター、同世代で最も著名な美術史学者の一人)





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コメント:

*

友人がピカソの裏絵(エッチングです)を持っています。
ちょっとエロチックですがユーモラスで卑猥とは遠いものです。
春画だって見方によってはユーモラスなんだけど、
それにしても日本だけのものなんだろうか?

300点の春画展、日本じゃ実現しないのかな。
図録の売り上げが史上最高だったりして。
2013/10/10 [ムー] URL #qiVfkayw [編集] 

* Re: No title

ムーさん、

ヨーロッパの美術館で巨匠の特別展を見ると
たいてい習作の目的で描かれた鉛筆のスケッチを並べていますが、
その中にはエロティックなものがけっこうありますね。
それなどもちろん子供でも誰でも見ています。

春画は日本だけではないようです。
ビクトリア朝のヨーロッパにはありました。

日本で開催されたら
友人の葬儀には出席しなかった私も
これは行かなくちゃ。(笑)
巡回展はアメリカでも開くだろうけど
やっぱり日本で見ることに意義があります。

2013/10/10 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

”しゅんが”と読むのですね。
エロさでドキドキしますが、300点も見れば見慣れるのでしょうね。「蛸と海女」の背景の文字が気になっていますが意味がわかりません。文章もエロくて笑えるのでしょうかね。こんなに面白いものを日本で展示しないなんてモッタイナイ残念です。       
2013/10/11 [アンリ] URL #0.M2lW/c [編集] 

*

もしこれが日本で開催されたら、私も絶対に見に行きたいです。
これが多色刷りの版画ってすごいなぁ。
ムーさんの「図録の売り上げが史上最高」ってのは、いかにもありそうですが、私も間違いなく貢献すると思います。
それにしても「見る者にある種のエロティックな感情を呼び起こすものでなければならない。」って言葉には納得しちゃいます。
2013/10/11 [川越URL #uvrEXygI [編集] 

* Re: No title

アンリさん、

春画は「しゅんが」、春本は「しゅんぽん」 と昔から読んでいるようですね。
「蛸と海女」 は海女が2匹のタコにいいようにされている図ですが
背景の文字はかなり苦労しながらなんとかアンリさんのために解読してみました。
現代語に直さないでそのまま書きました。
そのほうが絵とあいまって味があります。
不明瞭な箇所は質問してください。
詳細に説明させていただきます。(笑)


大蛸ー
いつぞハいつぞハとねらいすましてゐたかいがあつて、けふといふけふ、とうとうとらまへたア。てもむつくりとしたいいぼぼだ。いもよりハなをこうぶつだ。サアサア、すつてすつてすいつくして、たんのふさせてから、いつそりうぐうへつれていつてかこつておこうか。

海女ー
アレにくいたこだのう。エエ、いつそ、アレアレ、おくのこつぼのくちをすハれるので、いきがはずんで、アエエモイツク、いぼで、エエウウ、いぼで、アウアウ、そらわれをいろいろと、アレアレ、こりやどうするのだ。ヨウヨウアレアレ、いい、いい。いままでわたしをば人が、アアフフウアアフウ、たこだたこだといったがの、もうもうどふして、どふして、エエ、この、ずずず

大蛸ー
ぐちやぐちやズウズウ、なんと八ほんのあしのからミあんばいハどうだどうだ。あれあれ、なかがふくれあがつて、ゆのやうないんすいぬらぬらどくどく

女ー
アアモウくすぐつたくなつて、ぞろぞろとこしにおぼへがなくなつて、きりもさかひもなく、のそのそといきつづけだな。アア、アア

小蛸ー
おやかたがしまふと、またおれがこのいぼでさねがしらからけもとのあなまでこすつてこすつてきをやらせたうへですいだしてやる


2013/10/11 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

川越さん、

ほんと、300点以上の原画を見たら圧倒されることは間違いないでしょう。
圧倒されるのは色彩だけではなくてサイズもそうだと思うので
劣等感にさいなまれるのも確かです。(笑)

ケネス・クラークの引用文は、チャタレー裁判の判決文の真逆を言っているのですね。

2013/10/11 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

September30さん
ありがとうございました。ペコリ
おかげさまで大筋わかりました。
女の「こしにおぼえがなくなつて、」あたりで一旦休憩しました。
小蛸の存在がセリフが「これでもかっ」って感じ。
とことんエロイとすがすがしいような感じ。
2013/10/11 [アンリ] URL #hxVVvPlI [編集] 

* Re: No title

アンリさん、

高校の国語の時間にこんな教材があれば
生徒たちも必死で勉強したでしょうにね。
今の漫画の起源はひょっとしたら春画にあるのでは?
なんて思いました。
2013/10/11 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

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