過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

Profile

September30

Author:September30

Visitors Counter

Search form

モナとその周辺 (1/4)

broken window-blog

破壊願望
Cambridge, Massachusetts USA



1976年ごろのボストンの話である。
そのころ僕はニューバリー・ストリートに、知り合いの写真家と共同で写真のスタジオを持っていた。 というといかにも聞こえがいいが、実際には4階建ての古い石造りのビルの地下にあった2室続きのアパートを借りて、1室はバックドロップや照明器具を運び入れて撮影スタジオに、もう1室は暗室にしてフィルムの現像やプリントができるようにしただけの小さな仕事場だった。 すぐ上の階はレストランになっていて、そこが僕たちのオフィスになり、食堂になり、人と会う時の応接間にもなった。

スタジオのレントを僕と分けあっていたのはRという40代はじめのロシア人で、何事にも深くものを考るということをしない単純な性格だったが気の良い快活な男だった。 われわれはなんとなくおたがいに気があっていたようだ。 彼の英語はロシア語訛りが強くて彼としばらくしゃべっていると、自分の英語にまでロシア語の訛りがうつってしまったような気がした。 彼の仕事は主に雑誌や新聞などのファッションの広告がほとんどで、それも一流雑誌のヴォーグとかマドモアゼルのように何人もの助手や複雑なセットを使ったりする流行写真家には程遠く、穴倉のような地下のスタジオで駆け出しの安いモデルやモデル志望の女の子を使って、地方の雑誌や新聞の日曜版のチラシに載せる衣服や下着の広告などを撮影して生計をたてていた。 それでスタジオの方はRが、暗室は僕が使うという取り決めをわれわれは最初からしていた。

独身で精力旺盛なRは自分のモデルと寝ることも仕事に含まれていると考えていたようで、20歳前後の若いチックから50代の成熟したマダムまで、彼のまわりには女気が絶えることがなかった。
「アメリカの男性はセックスが下手なんだよ。 だからみんな俺と寝たがるんだ」 と彼はうそぶいていたが、僕が 「そうじゃないんじゃないかな。 あんたと寝ればまた次の仕事をもらえるからだと思うけど」 と言ったら、しばらく僕の顔をジッと見ていたが、そうだったのかとがっくりとした表情で何か汚い言葉をロシア語で吐いて、手に持っていたウォッカのグラスをグイとあおった。 しかしそれで彼の女癖が治まるということはなかったようだ。

僕はといえばほとんどの時間を、ほの暗いアンバー色のセーフ・ライトが灯り、定着液の酸が強く鼻をつく暗室の中で過ごした。 夜遅くなって地下鉄がなくなると、そのままスタジオの床に毛布を敷いて寝た。 そのまま自分のアパートへ何日も帰らないこともあった。
相棒のRは僕よりもずっと年上だったから、若いくせにうじうじと孤独に生きている僕を見かねて、彼のモデルたちを僕にひき合わせようとした。 その中にはとても感じのいい女性もいて、いっしょに食事や映画に行ったりしたけれど、僕はそれ以上に交際を発展させようとはしなかった。 彼女たちから見れば僕は変な男と映(うつ)っていたに違いない。
かなり以前に壊れてしまった結婚の後遺症をいまだに引きずって生きていた僕には、女という存在が得体(えたい)のしれない化け物のように感じられ、彼女たちに再び僕を傷つけるチャンスを与えるのをひどく恐れた。

そうしたモデルたちの中に、僕に最初から強い興味を隠さなかった白人と黒人の混血の女の子がいて、それがモナだった。

(続)

にほんブログ村 写真ブログ モノクロ写真へ
スポンサーサイト

コメント:

*

こんばんは~。
先日はコメントいただき有難うございました。
早速、私もお邪魔させていただきました。

写真も文章も素晴らしいですね!
私の適当なブログとは大違い(笑)。
ほんと興味深く拝見させていただきました!!
2010/11/23 [jomuURL #- 

* Re: No title

Jomuさん、こんばんは。
コメントありがとうございます。
これからもどうぞよろしく。
2010/11/24 [September30URL #MAyMKToE [編集] 

コメントの投稿

:
:
:
:
:

:
: ブログ管理者以外には非公開コメント