過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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つわもの共が夢の跡

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センチュリーバー
Dayton, Ohio USA


久しぶりにダウンタウンに足を向けてみて、そのあまりの寂れように驚く。
僕の棲む家から車で15分のところにありながら、ここへ来ることはまずなくなってしまっていた。 以前は勤め先の会社のビルもここにあったから、僕は何年ものあいだ毎日ここへ通っていたのだ。 それが、ビルのレントの高騰に悲鳴を上げた多くの会社がダウンタウンを抜けだして他へ移ったあとは、二つあった大きなデパートの一つが出て行き、もう一つは潰れ、周りにあったほとんどの商店が市外のショッピングセンターへ引っ越してしまうと、僕にはもうここへ来る理由は何も無くなってしまっていた。

この、センチュリーという名のバーには、僕は三日に一度は来ていたものだ。 それも仕事の終わったあとの夜ではなくて、ほとんどいつもランチだった。 料理のメニューは数は多くなかったが何を食べても美味しいものを出していたし、何よりも常連客の好みをすべて熟知している老年のバーテンダーが作るマテニーは天下一品だった。 そう、腕時計を見ながら時間を気にしてそそくさとランチをパクつき、ダイエットコークを飲むような若い連中はここには来なかった。 ここの客たちはビールやマテニーをゆっくりと飲みながら時間をかけて食事をした。 顔見知りの他社の社員と隣合わせに座ったりすれば、そこでまた話はビジネスでもそうでなくてもどんどんと弾んでいったものだ。 商工会議所の会頭に話しかけられて、新たに日本からやってくる企業の世話を任されたのもここだったし、日本へ支社を出すという会社に東京の代理店を紹介してやったのもこのバーだった。

繁雑な目抜き通りの角にあったこのバーは、以前なら道を渡るのに、鼻先を切れ目なく走り抜ける車のそばで長い信号を待たなければならなかったのに、今日来てみると交通はほとんど無くて、赤信号を無視してゆっくりと渡れた。
それでもセンチュリーバーは昔ながらにそこにあった。 以前なら立ち止まって写真を撮るなど、人の流れを止めるような行為は難しかったのに、今カメラを構える僕の周りを通り過ぎる者は誰もいなかった。

朝の10時という時間には店はまだ開いていなくて、ウィンドウには酒のボトルがまるで亡霊のようにそこに並んでいた。






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コメント:

*

なぜか頭の中に当時のお店の中の様子が、映画のシーンのように浮かんできます。
(行ったこともないのに。)
今度ぜひお店が開いている時間に行って、中の様子を取材してきてくださいませんか。
以前の写真があったらそれもぜひ。
September30さんと同い年のバー、渋いですね。
そして、貴重ですね。
いろんなことが、ここであったのでしょうね。
2013/11/26 [けろっぴ] URL #ok7oinrE [編集] 

* Re: No title

けろっぴさん、

テレビドラマ "Mad Man" の世界が
その地方版として残っている(いた?)ところがやはりアメリカですよね。
そこには一人の日本人が登場していたのでした。(笑)

こんどぜひ行ってみよう、とは私も思っています。
できたら中の写真も撮ってくるつもりです。
2013/11/26 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* 往時のデイトン市の繁栄を偲ばせる写真を発見

9月様
 報告!報告です!
 往時、隆盛を誇ったデイトン市の産業を偲ばせる写真を発見しました。それも、日本の都市遺跡を探訪するブログに掲載されていました。

【下町風来坊~小僧の温故知新】

本郷 東大の近くは関東大震災や戦災も受けなかったのよ

http://kozoh55.blog.fc2.com/category45-1.html#entry143

 こちらに掲示された「旧ナショナル金銭登録機」の製品表示プレートに、しっかりと

【北米合衆國オハヨー州デートン市】と書いてあります。

 其処から、日本や上海などに向けて出荷されていたんですね。当時の値段まで書いてあります。昭和9年と云えば、1934年です。80年も前の話です。80年!

 やがては、東南アジアの某国や某都市にて、日本製の冷房機器などが、こうして現地人のブログに、物珍しさから希少価値のある遺物・遺構として掲示され記事にされる時代がやって来るのかもしれません。お元気で。
2013/12/16 [Yozakura] URL #Y2lB8pKc [編集] 

* Re: 往時のデイトン市の繁栄を偲ばせる写真を発見

Yozakura さん、

見ましたよ、リンク!
オハヨー州には思わず笑ってしまいました。
以前にご紹介した博物館にはNCR社の長い歴史とともに数十台のレジスターが並んでいましたが、
中にはあっけにとられるような凄いのもあります。
思うに
往時はレジスターに凝ることが商売の一つのプライドでもあったようです。

デイトンのNCRは私も仕事で関係があって正面玄関に万国旗が並ぶ巨大な本社へ何度も行ったものですが
そのNCRも今では誕生地のデイトンを数年前に去ってアトランタへ引っ越して行きました。
2013/12/17 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* NCR機器に続報あり

9月さま

 お早う御座います。その国民金銭登録機の旧型モデルの写真、お気に召した様で何よりです。「余計なお世話」を承知で、連絡差し上げた甲斐があったと云うものです。
 で本日は9月さん、その続報です。

 同じブログ【下町風来坊~小僧の温故知新】に、その後の状況報告が掲載されていました。

【本郷 坂と文人の街 8】

http://kozoh55.blog.fc2.com/blog-entry-554.html#comment_list

 あの国民金銭登録機の型番は"Class800"なんだそうです。暇に任せてネット上を遊覧しますと、次のような「構造設計解説書と修理部品価格表の写真」を発見。1929年の発行で、ネット上での販売価格は日本円で約2000円。

http://www.ebay.com/itm/NATIONAL-CASH-REGISTER-REPAIR-MANUAL-CLASS-400-800-NCR-/120805394093

 お説の通り、当時の米国では「レジスターに凝ることが、商売の一つのプライド」であったのでしょう。
 でも、それ以上に日本では、

「お客様!畏れながら当店では、舶来の、それも米国製の機械でお客様のお勘定を計算致しております。決して間違いは御座いません!」

 と云う演出効果が、売上回収の決め手になったのでは?

 自社より請求する勘定の正確性を顧客の目の前で立証し、併せて売上代金のスムーズな回収を演出する有力な道具立てが、この「舶来の国民金銭登録機」であったのでしょう。
 それ故に今日に至るまで、こうして現役で活躍して居るのでは?老舗喫茶店の劇場効果を更に高める「小憎らしい小道具」なのです。

 で、そのNCRもご紹介にある通り、生まれ故郷の「オハヨー州」を去って遠く南部へ引っ越し、現在は金銭登録機から撤退。決済・流通システムのソフト開発や関連機器の製造に注力して居るとの由、有為転変は世の常なんですねぇ。
 今年も健筆を期待しております。お元気で。 
2014/01/12 [Yozakura] URL #Y2lB8pKc [編集] 

* 承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです
2014/01/12 []  # 

*

松原ボタン店のレジスターもすごいですよ、博物館行きみたい

帰国したら必ず寄って縫い物、編み物の小物を買いますが
古いレジスターは機能しています
ただし、円以下はないですけどね

まだ私が子供の頃の店主の息子が、今は店主です
2014/01/13 [のほほん] URL #60nqeuCY [編集] 

* Re: No title

のほほんさん、

松原ボタン店というのは記憶に無いんですよね。
以前に帰った時に、あの商店街を歩いて開いている店や閉まった店など
何十軒と写真を撮ってきているのですが
今それを見てもこのボタン屋さんは撮っていません。

のほほんさんの実家はたしか西念寺の近くだと言っていませんでした?
その西念寺の門前の写真も撮りました。
たしか昔はあの細い門前通りに鰻屋があって、店頭の水槽に泳いでいた鰻を子供の頃に見たような記憶があります。

ご存知だと思うけど
あの西念寺の豅含雄氏は一時期、幼稚園の園長も兼ねていました。
2014/01/14 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

私が通園していた頃は頭がつるつるの優しい園長さんでした
名前は覚えていないのですよ

松原ボタン店は紺屋町です
前回の帰国時でも、色々たくさん買いました
小さなお店の中は山積みで、客にはどこに何があるのかわからない、
でも、商品名が不明でも希望の内容を言うと手品のように出て来るのです

Y 市で手仕事をする人は絶対に知っていますよ

あの鰻やずっと前からはありませんレジスターはレシートも出てこなくて、
単なる計算と金庫を兼ねているようですね

あの鰻やって西念寺の前の道の角にあったの?ずっと前からありません
2014/01/14 [のほほん] URL #- 

* 文が変です

下から3行目

あの鰻やずっと前からはありません

この文章を最後に移動したつもりが・・ううう 危ないわ!
2014/01/14 [のほほん] URL #60nqeuCY [編集] 

* Re: No title

のほほんさん、

頭つるつるの園長先生は誰でしょうね。
私にはわかりませんが、コータローにでも訊けばすぐに分かることなんだけど。

鰻屋は西念寺の門前の角の家だったと思います。
その写真と、それから懐かしいあの本屋さんの写真を
メールで送るので見てください。
2014/01/14 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* メールが届かない

のほほんさん、

メールアドレスが変わったのでしょう。
送った写真が届きませんでした。

2014/01/14 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* お手数かけます

あの本屋さん、かれ落ち葉のきみ、たしか柏木だったですね
いらっしゃいますよ 

メールアドレスは 下です
2014/01/14 [のほほん] URL #60nqeuCY [編集] 

* 管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
2014/01/14 []  # 

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