過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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自分の直感を信じよう・・・写真のレシピ (16) 

T11japan625-blognew.jpg

オクトーバーフェスト
横浜市 赤煉瓦倉庫


またやってしまった。
「そいつ」 の言うことなどに耳を貸さないで、自分の直感を信じろ、などと人には言っておきながら今回もまた、撮ってから2年以上も放っておいた写真を見ていて気がついた。
この写真を撮った時のことはよく覚えている。 普通なら何かを見て 「これはおもしろい」 とか 「うん、これはいい!」 とか 「これは撮っておかなくちゃ」 とかの理由があってカメラを取り出すのだが、時々そうではなくて何の理由もなく、ただ反射的に撮ってしまうという事がある。 自分の中の何かがそうさせるようで、それが直感とても呼べるものかもしれない。 この時もそうだった。

この写真は、いつもオリジナルのカラーで見ていたから気が付かなかったのだ。 モノクロに変えてみた時にいきなり、アッと思った。 鮮やかな色彩に惑わされて見落としていた世界がそこに出現していた。
「パターン」 の海がそこにあった。
正面の壁のチェッカーやその前の横木だけではなく、地面のレンガもそうだし、右手前の女性の水玉模様や左端の男性のストライプもそう。そしてカウンター上に並ぶビールのタップも、頭上の看板のグラスもパターンを作っている。それだけではなくて、看板の最上部の波型の電線もそうだし前景のテーブルやベンチもそうだといえる。 地面中央の2本のコーンや看板の雲さえパターンと言えなくはない。

そんなパターンの存在を僕の直感が意識下に認知したのかどうかの自信は全くないけど、「なにか」 に惹かれてシャッターを切ったのは確かなことだから、その 「なにか」 をもっと追求するべきだっのだ。 ふだんなら、そしてモノクロならシンプルでインパクトの強い写真を好む僕も、このいろんなものが詰まって眼の回りそうにゴチャゴチャしたシーンがかなり気に入ってしまった。

自分が 「思う」 ことでも 「考える」 ことでもなく、「感じる」 ことがどれだけ貴重なことなのか改めてわかったような気がした。
「そいつ」 と僕との格闘は今でも続いているようだが、とにかく今日はこれで酒が旨く飲める!

そいつと僕

また、パターンについては 写真のレシピ(13)』 で前に取り上げた。



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コメント:

* ゲーテの言葉

「感覚は欺かない。判断が欺くのだ」

「視覚は最も高尚な感覚である。他の四つの感覚は接触の器官を
通じてのみ我々に教える。即ち、我々は接触によって聞き、味わい、
嗅ぎ、触れるのである。しかし、視覚は無限に高い位置にあり、
物質以上に純化され、精神の能力に近づいている」

ゲーテ『格言と反省』から

2013/12/02 [henri8] URL #av6ed.vY [編集] 

* Re: ゲーテの言葉

henri8 さん、

『感覚は欺かない。判断が欺くのだ』

実にこの言葉が私が言いたかったことのすべてを表現しています。
これもゲーテの言葉なのでしょうか?

人間の五感に関してですが
芸術に限って言えば、私には視覚よりも聴覚の方がより直接、脳に刺激を与えるようです。
だから、絵画や写真よりも音楽に純粋な感動を覚えることのほうが多いし
映画を見てもその中で使われている音楽が、いつも重要な部分を占めているような気がします。
2013/12/03 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* ゲーテの言葉(2)

『感覚は欺かない。判断が欺くのだ』

勿論、ゲーテの言葉です。

>芸術に限って言えば、私には視覚よりも聴覚の方がより直接、
 脳に刺激与えるようです。

September氏のこのお言葉、ゲーテはこの様にも言っています。

「芸術の品位は音楽においておそらく最も高貴に現れている。音楽は
全く形式と内容だけで、その表現する一切のものを高め、気高くする」

2013/12/03 [henri8] URL #av6ed.vY [編集] 

*

Septemberさん、henri8さん、

Walter Horatio Paterの"All art constantly aspires towards the condition of music"(「全ての芸術は音楽の状態に憧れる」が定訳でしょうか)の意味が、わかったようなわからんようなだったのですが、お二人のおかげでなんだかすっきりしました。すっきりした感じがするだけですが、それもまたよしという気分です。
2013/12/03 [うらら堂] URL #PTRa1D3I [編集] 

* Re: ゲーテの言葉(2)

henri8 さん、

『芸術の品位は音楽においておそらく最も高貴に現れている』

ゲーテのおじさん、なかなか良いことを言ってくれてます。
「おそらく」という語を入れたのはそうでない人もいる、ということでしょうが、
そして私の周りにもそういう人は沢山いますが、
幸運にも私はその高貴さを賞味できる一人だったことに感謝します。
幼い時にピアノを教えてくれた母のお陰です。
2013/12/04 [September30] URL #- 

* Re: No title

うららさん、

文学者のウォルター・ピーターの言葉を私なりに解釈すると (笑わないでね)
音楽は、旋律、ハーモニー、リズムの産物だと思うのですね。
それはそのまま文学に当てはまらないですか?
たとえばリズムというのは必ずしもジャズのようなビートというよりも
もっと内面的にうねるような、繰り返し打ち寄せる波のようなもので
村上春樹さんがどこかで書いていましたが
文章を書く時に一番気を使うのはリズムだそうです。
これって私には凄く共感できました。

旋律やハーモニーもうまく説明はできないけど何となくわかります。
韻文や日本の短歌や俳句は旋律以外の何ものでもないし、
優れた小説を読み終えた時の感動って、良いシンフォニーを聴いたあとの感動に似ています。

それでは美術は、というと
これは私にはわかったようなわからないような・・・
誰か教えてくれないかなあ。
写真に関してなら大いにうなずけるところがあるのですが。
2013/12/04 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

Septemberさん、

ありがとうございます。さらにすっきりしてご機嫌です。ご機嫌なついでに美術についても考えてみました。旋律についてはわかりませんが、ハーモニーやリズムって、美術作品を語るときにもよく使われていませんか。色や形の調和とか、構成の中のリズムとか。

それでは、逆に美術の言葉がヨソで使われることがあるかというと、たとえば、色彩は美術の世界の言葉ですが、文章についても音楽についても、表現がcolourfulだとかそうでないとか(日本語でも生彩を欠くとか)言いますね。だから、そういうことも、あるにはある。

とはいっても、調和やリズムといった音楽の言葉が圧倒的に優位ですよね。それはなぜかというと、先日おっしゃるように、音楽による働きかけ直接的だからではないかと思います。その点でほかの芸術は音楽にかなわない。だから、音楽に憧れるし、そのあこがれが言葉の使い方に表れているのでしょうね。
2013/12/04 [うらら堂] URL #6facQlv. [編集] 

* Re: No title

うららさん、

おっしゃるとおりだと思いました。
だからこそ他の芸術が音楽の魔力を引き入れようというところから
いわゆる総合芸術なるものが生まれたのでしょうね。

バレーはダンスと音楽の、オペラやミュージカルは演劇と音楽の結婚だといえます。
あと映画やあらゆるステージ芸術では必ず音楽が重要な役割を持つのではないですか?

そういう意味で実は私のブログもその果敢ない試みの表れでした。
2013/12/05 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

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