過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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笑顔の効用について

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笑い
ボストン マラソン(197?年)


日本へ行っていつも感じるのは、日本は笑顔が少ない国だということだ。
なにか可笑しいことがあれば顔を崩して笑うのは世界共通だけど、僕がここでいうのは日常生活の中でのさりげない笑顔ということだ。 それも家族や友人などの親しい人達に対してだけではなくて、他人に対しての笑顔、ということである。 日本人は古来、感情を顔に表さないように躾けられてきたから、ニヤニヤするのは下品だと決めつける傾向があるような気がする。 しかし、男性でも女性でも謹厳そうで恐い顔をした人が、時たま見せる優しい笑いはすごく魅力的だと僕は思う。

東京の街の雑踏を歩いていていつも経験するのは、あやうく人とぶつかりそうになった時など、お互いに顔も見ないで、というより意識的に眼をそらせながら無言ですれ違うのがほとんどだった。 ごくほんのたまに 「失礼」 と挨拶する人は決まって年配の人達だ。 そんな時アメリカ人なら、必ず相手の顔を見ながら 「エクスキューズミー」 と言って双方が微笑を見せるのが普通である。

アメリカで暮らし始めた頃、笑顔が至るところで見られるのに気がついたが、それに慣れていない日本人の僕はつい戸惑ってしまうことがあったようだ。 そしてしばらくするうちに、その笑顔はアメリカ人が誰とでもうまくやっていこうという処世術なのだと気がついた。 つまりメルティングポッドと呼ばれる雑多な人種のるつぼの中で、笑顔はお互いの摩擦を少なくするための潤滑油のようなものなのだ。
買い物をしたり食事をする時も、勘定を払う時に店員が 「ありがとうございます」 というのは当たり前だけど、客もそれに対して 「ありがとう」 と答えてにっと笑うことで、僕たちはお互いに助けあって共存していくんだよ、という気持ちを表しているように僕には思えた。

ずっと昔ボストンに住んでいた頃のことだけれど、僕は笑顔に救われた経験がある。
1970年代の半ば頃、レストランのウェイターとして働いていた時のことだった。 その頃の僕はいろんな事が起こったあとで失意のどん底に生きていた日々だったから、レストランで働く僕はいかにも不機嫌で無愛想なウエィターだったろうと思う。 それがある日、 二人連れの若い女性の客が入ってきて僕が受け持っていたテーブルの一つに席を取った。 最初から何となく感じの良い二人だなと思っていたが、わけてもその中の一人はウェイターの僕と言葉を交わす時にいつも笑顔を絶やさない。 ドリンクを持っていった時も料理をテーブルに置いた時も、グラスに水を注いで回るときにも、必ず話を中断すると下から僕の顔を見上げて笑顔で 「ありがとう」 と言った。 
体も心も疲れきっていた僕にはその笑顔がどんな優しい慰めになったことか。 そして笑顔というものは相手の心に反射するのにちがいない。 それまでトゲトゲしかった僕の態度が、急にまるく優しくなっていって、他のテーブルの客達にも同じように優しく接している自分に気がついた。 そしてその日は一日中何となくしあわせだった。

あの時の彼女の美しい笑顔がその後の僕の生活を変えてしまった、といっても言い過ぎではない。
それ以来のことだ。 どこにいても人に何かをしてもらった時には必ずその人の目を見て、微笑しながら 「ありがとう」 と言えるようになったのは。
僕は40年経った今でもそれは続けている。

***


この話には後日談がある。
レストランでその女性の笑顔に魅了された数日後に、ボストン美術館を訪れていた僕は、ギフトショップで彼女にばったりと出会ってしまったのである。 そこでパートで働いているという彼女は僕のことを覚えてくれていて、ちょうど休憩の時間だったのでいっしょに館内のカフェに行ってコーヒーを飲んだ。 ビバリーという名だった。 駆け出しの女優でシンガーだというビバリーの話を聞いたり、僕も自分のことを話しているうちに短い休憩時間はあっという間に終わってしまった。 
別れ際に思い切って、「今度改めてゆっくり会いたいんだけど?」 と勇気を出して言ったら、彼女はにっこりと笑って 「うん、会いたい」 と答えてくれたのだった。

ところがその後、ビバリーと僕のつながりはデートを二度しただけで終わりになってしまった。
ビバリーはすでに初めてのニューヨークのブロードウェイでミュージカルの稽古が始まることになっていたうえに、その公演のあとはボストンに一度帰ると、すぐにそのままハリウッドでデビューをするために西海岸へ越して行ってしまったからだ。

一年ほど経ってからいきなりウディ・アレンの映画 「アニー・ホール」 に端役で出ていた彼女を見たと思ったら、そのあとはテレビドラマや映画 「ヘアー」 の主役など次から次に絶えず彼女の顔を見ることになる。 そしてそれからイタリア人の貴族と結婚したと聞いた時は、イタリアの血を引く彼女ならなるほどと頷いた。 ところがその結婚のさなかに外に恋人をつくってその一人が自殺をしてしまったり、イタリア貴族との離婚後は俳優のアル・パチーノとのあいだに双子の子供を作ったり、僕なんかには想像もできないようなまったく別世界の人になってしまっていた。 それにもかかわらず、僕の覚えている24歳のビバリーは、あのレストランで笑顔を見せてくれた一人の優しい女の子として僕の心から消えることはなかった。
彼女の名は Beverly D'Angelo という。



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コメント:

*

相変わらずSeptemberさんのお話は浪漫的ですね。いつも夢の世界に連れて行ってくれます。ありがとうの話ですが、ワタシの家内は、必ずありがとう、と声をかける人です。東京ではあまりいないです。
2013/12/06 [上海狂人] URL #ks8IdFps [編集] 

* Re: No title

上海狂人さん、

必ずありがとうと声をかけるという奥さまはすばらしいとおもいます。
それだけでもう人柄が忍ばれます。
意地悪な人や心の狭い人には絶対にできることではありません。



2013/12/06 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

本当にSeptember30さんのロマンティックな逸話には、いつもうっとりと、ひととき現実を忘れます。ありがとう。

ありがとうといえば、10年ほど前、空港のセキュリティーチェックで、かばんをチェックしてくれた係の方に
「Thank YOU for making sure we can travel safely.」
と言ったら、強面のおじさんが一瞬ぐっと詰まって
「Thank you mom, you made my day.」
とおっしゃったことがあり、なんだか、こっちまでグッと来てしまったのですが、当時はセキュリティーが厳しくなった直後で、色々と文句を言われることが多いのだろうなと思いました。
2013/12/07 [わにURL #- 

* Re: No title

わにさん、

人間長い間生きていれば、まあいろいろな事があるものです。
しかもそのいろいろな事は現在進行形でもあるので
舞台の幕はまだまだ下りないようです。

空港でのお話は私の今日の記事の良い実証例となりました。
ちょっとした笑顔やありがとうの一言が誰かを幸せにしているのだと思うと
これは続けないではいられません。
2013/12/07 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* 管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
2013/12/09 []  # 

* Re: ありがとうございます

鍵コメさん、

コメントをありがとう。
そちらでは厳しい冬だけではなくていろいろと大変でしょう。
がんばってください。
これからもどうぞよろしく。
2013/12/11 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* 初めまして

September30さん、kozoh55と申します。
私のブログにいらしてくださりありがとうございます。
3つの記事を読ませていただきました。
どれも楽しませていただきましたが、この記事が
特に印象深くて、コメントさせていただきます。
確かにほんの少しの出会いでも、
その人に大きな影響を受けるって、ありますね。
そういう出会いを、感動を、こんなにも淡々と
語れるのは、どうしてなんでしょうって、
羨ましくなったりしました。
ちなみに私の嫁も「ありがとう」と素直に言える人で
よかったなあと思う、今日この頃です。
また、ぜひお邪魔させてください。
kozoh55
2013/12/20 [kozoh55URL #- 

* Re: 初めまして

kozoh55 さん、初めまして。

偶然に迷い込んだような形でおじゃましました。
アメリカに暮らしながら懐かしい日本を想う時に浮かぶ風景は
都会の着飾った表通りよりもなぜか古い下町の光景が多いのです。
そんな私にkozoh55さんの写真と記事がたまらない郷愁を呼び起こしてくれました。

私自身も学生時代を含めた10年を東京で過ごしたので
完全に忘れていた地名や街の佇まいが夢のように蘇りました。

ありがとう。
これからもおじゃまします。
2013/12/20 [September30] URL #- 

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