過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

Profile

September30

Author:September30

Visitors Counter

Search form

日本語に飢えていた日々

artist-blog.jpg

ストリート アーティスト (1980年代)
Harvard Square, Cambridge, Massachusetts, USA



ボストンの頃、新しく知り合いになった日本女性がいて、「ボストンで何をしてるんですか?」 と訊いたら、
「ハーバードへ行っています」 と何気ない調子で答えてくれたことがあった。 僕は、へえーそれはすごいなあと一瞬尊敬してしまったのだけれど、あとでわかったのはハーバード大学の構内で夜間の成人教室の英語のクラスに通っているのだと知って、なるほどと思ってしまったことがあった。
その辺の町の塾と変わらない誰でも入れる成人教室と言わないでハーバードと言うところに、彼女の無邪気な顕示欲が表れているけれど、それを聞いて無条件に尊敬してしまう僕自身も、それに劣らない俗物だと、反省した。 日本なら、東大の学生食堂で働く人が 「東大へ通っています」 というのと同じようなものかもしれない。 しかしハーバード大学というだけでそれが人に与える印象が強烈なのは、アメリカだけではなくて世界中でそのようだから、東大の比ではないのかも知れない。

その彼女と同じような言い方をすると、実は僕もそのハーバード大学へ通っていた時期があった。

ハーバード大学は確か6つか7つの図書館を持っていて、そのメインの大図書館はアメリカで最古であるだけでなく、私立大学としては世界で最大の蔵書とシステムを持っているそうだ。
僕が頻繁に通ったのはそのメインの図書館ではなくて、ヤンチェンライブラリーと呼ばれる、中国と日本の書物だけを集めたユニークな図書館だった。 ある中国人の篤志家が設立したその図書館は、建物もずっと近代的で古い巨大な石の建物が並ぶこの大学の構内で、見る者に何となく不釣り合いな感じさえ与えた。
ヤンチェンライブラリーの一階はガラス張りの壁を持つ明るくて大きな閲覧室になっていたが、階段を登って二階へ行くと、そこはずっと薄暗く照明を落とした書庫になっていた。 書庫は真ん中の仕切りで二つに分けられていてその両側に中国と日本の文献がそれぞれ隙間なく棚に並んでいた。 嬉しかったのはその大部分が文学書で、科学関係や経済書はずっと数が少なかったことだった。 数種類の文学全集や個人全集が揃っているだけではなく、明治大正昭和を通して出版された個々の小説や詩集が並んでいた。 古い 『アララギ』 や 『文學界』 などの雑誌類もキチンと年代順に整理されている。 そのほとんどが出版社や著者からの謹呈なのは明らかで、コレクターがヨダレを垂らしそうな初版本が無造作に並べられているのには息を呑んでしまった。 これらの貴重な本がハーバード大学には黙っていてもどんどん送られてきたのだろう。 中には、萩原朔太郎の 『青猫』 や夏目漱石の 『草枕』 などの、布で装丁され桐の箱に収められた豪華本などもあったりして、すべての本が新品同様の状態で、誰か手にとった人がかつていたのかしらん、と思われるほどだった。

この図書館はハーバードの学生や関係者だけではなくて、一般にも公開されていて誰でも気軽に入ることができた。 貸出の冊数はたしか一度に5冊までと決められていたが、中国人か日本人であることを証明すれば他の面倒な手続きは一切なかった。
長い間日本語の活字に飢えていた僕にとって、この薄暗くていつ行ってもほとんど人気の無い書庫は、おびただしい宝物に溢れる秘密の洞窟だったのである。

十代の頃文学に溺れてあれほど本を読み漁りながら、二十代では完全に本から離れていた僕が、三十代前に異国の地へ永住して、長い間日本とも日本語とも離れていたあと、再びまたあの美しい日本の言葉に触れることができたのは、実に幸運なことであった、と思っている。



良い本だった、とわかるのは
最後のページを終えた時に
まるで友を失くしたような気がちょっぴりする
そんな時だよ。
Paul Sweeney





ブログランキング にほんブログ村 写真ブログ 一眼レフカメラへ
スポンサーサイト

コメント:

*

十代のころに読み漁ったからなんですね。
長く日本を離れていて何でこんなに綺麗な日本語が出てくるのか不思議でした。
単語だけじゃなく文章の流れが美しい。
そうじゃなくてどうして毎日ここへ通うでしょう。

2014/04/01 [ムー] URL #qiVfkayw [編集] 

* Re: No title

ムーさん、

ありがとう。
ありがとう。
ありがとう。

嬉しくて鼻歌を歌いながら
春の日が照って20度近い気温の中をこれから食材の買い出しです。
2014/04/02 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

昨日、今日は温かいですね(私はSeptember30さんの隣町(?)の住民となりました。ふふふ…)
私も大学院に通っていた頃、自分の専攻とは全く関係のないアジア関係の図書館にこもって、日本文学の全集などをかたっぱしから借りだしたのを思い出しました。
タイトルは限られるとはいえ、今では電子書籍を通じて、こんな小さな町にいても全く関係なく日本語の本が読めるとは、ありがたい時代になったものだと思います。
2014/04/02 [わに] URL #- 

*

中国人の書いた小説を英語で読んで、地名とか人の名前とか固有名詞がちんぷんかんぷんだったのですが(失敗したなあと思いました)、随分後に日本語訳を読んで漢字ってなんて素晴らしい文字なんだろうと感動しました。
ダイレクトに脳にイメージが入ってきますよね。
平仮名も何とも言えないセクシーさがありますね。

って書いていると文字フェチのひとみたいで気持ちが悪いですが。

でもローマ字ってセクシーじゃないんだよなあ。
2014/04/02 [micio] URL #O/XG6wUc [編集] 

* Re: No title

わにさん、

日本にいるとあれほど氾濫する日本語に囲まれるのに(当たり前ですが)
外国に住むと街角でポスターや店の名に日本語を見るとギョッとしますよね。
町を歩いていて後ろから聞こえる日本語につい振り返ってしまったり
カフェで日本人らしき人を見ると何となく気になります。
会話を聞くとそれが中国語だったりして。

新しい仕事が落ち着いたら連絡を取り合ってお会いできればいいですね。
この地方の情報などお役に立てるかもしれません。
もっともわにさんの方では、会うなんてとんでもない
とお思いかもしれません。(笑)
2014/04/03 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

micio さん、

文字フェチなんて言葉があるんですか? (笑)
ビジュアル的な美しさという点では、漢字だけのおどろおどろしい中国語よりも
ひらかな、カタカナに漢字が適当に混じった日本語は実に素晴らしいと思います。
それ自体がアートですね。
もっとも、耳にする言葉としては音楽的に日本語は中国語に敵わないかなあ、とは思いますが。

ローマ字がセクシーでないというのには私も同感です。
2014/04/03 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* 書庫の静謐

文学に特化した博物館+図書館のような施設の職員だった時期があります。
人間関係や運営費用はぎすぎすしていて問題山積でしたが、辛い時には地下書庫へ逃げ込んで、カビと埃と古い印刷物特有の匂いと静謐とに包まれて息をついておりました。
今では出版業界は衰退の一途をたどっていますが、明治大正時代の出版物の豪華なことといったら!よくご存知とは思いますが、天金や、革張り、繻子の布張りの美麗な装幀、多色刷の挿絵、凝ったノンブル等々、いずれも素晴らしいの一言です。昔は活版印刷でしたから書体にもバリエーションがあり、今の明朝やゴシックだらけの書物とは異なりましたね。
ふっくらとやわらかな平仮名と、一つの文字に完結した価値観と文化背景が感じられる旧字体の漢字。その組み合わせはみているだけでうっとりします。時に文字が横になっていたりするのもご愛嬌で、そういう印刷をみつけるとにやりとしちゃいます。
太平洋戦争の時代になると出版物は急に品質が低下し、昭和20年代の書籍・雑誌の紙とインクはほんとうにひどい有様でした。劣化が激しく、保存を第一とする施設にいてそれらの雑誌の修復には骨を折ったものです。

自分の事ばかり書いてしまいました。いつものことですがすみません。
September30さんの文章のしっかりとした骨格は、若い頃にたくさんの文章に接したからこそだと私も思います。読んでいる者を、それと悟られぬように複雑な水路へとすいすい自在に誘ってゆく文章に、いつもひきこまれております。
極東の読者のためにも是非マイペースな執筆活動(?)をお続けください。
2014/04/03 [nico] URL #KqigePfw [編集] 

* Re: 書庫の静謐

nico さん、

そう言われてみて、あのヤンチェンライブラリーで見た明治大正の本の素晴らしさを思い出しました。
日本では手垢に汚れた古本以外は手にとったことがなかったから。
専門的なことはわからないけど、おっしゃるように
紙質の豊富さや、贅沢な布や皮を使った装丁のユニークさ、など
読まなくても所有しているだけで幸せになるような本がたくさんありました。

そういう豪華本や稀少本に貸出禁止のラベルも何も付いていなくて自由に借りられたのはたぶん、
図書館の管理や運営がかなり杜撰じゃなかったのか、と今になって思います。
貸出の際も紙片に書名、著者名などを手書きで記入するという原始的なシステムでした。
なにしろ30年も前のことなので今はもうそんなことはないでしょうが。

私はアメリカへ渡ってから10年以上日本や日本人と完全に隔絶していた時期があって
40代を過ぎて初めて日本へ回帰をすることができたのは
一つには子供が日本の補習校へ毎週行くようになって、
好むと好まざるとにかかわらずそこで日本人父兄との会話があったことと
もう一つはこのハーバードの図書館でした。

あげくの果て、日本語を書いてみたいという欲望に勝てず
ブログを始めてしまった、というわけです。

暖かい言葉を頂いてとても嬉しかったです。
ありがとう。
2014/04/04 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

September30山の写真で見た美術館やマンションがこの目で見られると、ワクワクしている私、是非ともお会いしたいものです!
2014/04/04 [わに] URL #- 

* Re: No title

わにさん、

仕事が落ち着いたら非公開コメントででも連絡先をください。
2014/04/06 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* 言葉にかんして

なんとなく自分が必要としている場面が最近多々あります。
日本語でも仕事をするようになったかもしれません。
他の人の日本を改めて、聞いてみると、耳から得る語学は
とても効果的なんだなあと思い知らせてました。
本を読むことは私も波があります。読みたい時って、ほんとうにいつまでも続くんですよね。
読んでいることで次への読むことへの、欲求を育てているんでしょうね。
2014/04/06 [inei-reisan] URL #pNQOf01M [編集] 

* Re: 言葉にかんして

inei-reisan さん、

母国語というものは、長いあいだ母国を離れて書くことができなくなっても
読むことと話すことは一生忘れることはない、と自分の經驗から確信したのですが、
これはどの言語でも同じなのか、それとも日本語だけの特性なのか
そのへんがよくわかりません。

ですから、書くという作業は私にとってはとても大切なことなのです。

2014/04/07 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

コメントの投稿

:
:
:
:
:

:
: ブログ管理者以外には非公開コメント

トラックバック:

>>>> http://blog1942.blog132.fc2.com/tb.php/688-ef6c8b5f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)