過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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ふるさとは遠きにありて思うもの

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ふるさとの道
米子市 旗ヶ崎


昨年の10月に郷里の町で中学の同窓会があった。
例によってコータローが全面的に世話をした催しで、この歳になって初めて、そしてたぶん最後になるだろうと思われる画期的な同窓会だったが、ちょうどその頃身辺がゴタゴタしていた僕は、帰国をすることができず涙をのんで見送った。
三年ほど前にこれもコータローが音頭を取った高校の50年の同窓会に僕は初めて出席していて、その時に何十年ぶりに見た顔ぶれと今回の中学の同級生とは重なる顔が多いのでまあいいだろう、と自分で自分を慰めた。 

そのあとしばらくして、コータローが親切にも中学の同級生の名簿といっしょに送ってくれた会当日の記念写真を、虫眼鏡でその60余人の一人一人の顔を丹念に見ていたら、懐かしい顔があとからあとから出てくる。
布団屋のよしこちゃん、うどん屋のミチ、日本海新聞のみっちゃん、琴のはるみちゃん、タンス屋のリっちゃん、時計屋のキヨちゃん、アッパのヨーコちゃん、とすぐに分かったのはなぜか全部女性で、男性陣はほとんど識別できなかった。 添付の人名を見てようやく、はーっとため息をついて思い出していた。

堪らない懐かしさが込み上げてきてコータローに国際電話を入れた。 彼が云うには、会うなりいきなりちゃん付けで呼んだりして、やはり高校の同窓会とはかなり雰囲気が違うものだったらしい。 なにしろ、市の内外から汽車通学などで集まってきていた高校と違って、中学の友達はそのほとんどが小学校からそのままいっしょに進学した仲で、しかも幼稚園以来ずっと一緒、というのが多い。 いわば近所同士の幼なじみだから学校が退けたあと日が暮れるまで毎日いっしょに遊んだり喧嘩をしたり、懐かしい思い出がいっぱいに詰まっている。
そして中学卒業後に高校へ進まなかった人達はそのままばらばらに分かれてしまったので、今回の同窓会では初めての顔合わせが多かったという。
そんな話を聞いていたら、ああ無理をしてでも行けばよかったとつくづく後悔した。

それで思い出したのは、僕が50歳を過ぎた頃、アメリカへ渡って以来初めて24年ぶりに郷里へ帰った時のことだった。
ちょうど高校の同窓会がその数カ月前にあったのにもかかわらず、数十人がまた集まってくれた。 それだけではなくて、健在だったE子先生を囲んで幼稚園の同級生が数人会いに来てくれた。
そうだった。 あの時は郷里へ帰る前に、僕はアメリカからまず東京へ着いて24年ぶりで見る日本に、異邦の地へ帰ってきた浦島太郎のような違和感と孤独感を感じて途方に暮れてしまっていた。
「俺は帰るべきじゃなかったのではないか」 と思い始めていた。 そんな中で目の回るような東京での一週間のあとこの山陰の郷里へ帰ってきた時に、僕はどんなに心からほっとしたことか!
そこにもここにも、いたる所に子供の頃の思い出が隠れていた。 お前よく帰ってきたな、と優しく語りかけてくれるのを感じると、僕は年甲斐もなく涙ぐんだ。

そのふるさとへ、今年はどんなことがあっても帰りたい、と思っている。



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コメント:

* ぜひぜひ

また日本を味わいにいらしてください。
September氏の日本の写真を見ても、ほかの場所と違って「しっとり」していて湿度と温度を感じますね。
2014/01/27 [micio] URL #O/XG6wUc [編集] 

*

september さん、こんにちは。
郷里というのは本当に不思議な有り様です。年旧るごとにその甘さが
濃度を増していきます。
幼稚園では澤田先生でした。旦那さんはあの早く亡くなってしまった
数学の先生です。幾つになっても幼児扱いされました。それが嬉しかった
ものです。
明道校は裁判所になってしまいましたが、6年3組のクラス会を担任の先生
健在中は、何年か置きに続けていました。その連中に会うと私にも本当に
不思議な感慨があります。皆《ちゃん》付けで呼んでいました。
2014/01/27 [pescecrudoURL #j9tLw1Y2 [編集] 

*

恋しさって遠さと正比例するんでしょうか。
距離の遠さと時間の遠さ。

お地蔵さんみたく生まれた場所にじっといる私の場合、
小学校のクラス会は全然ありません。
赤坂という場所柄で3校統合し今や檜町小学校という懐かしい名前も消えました。

懐かしいと言えば30年ぶりに仕事仲間が集まったのがお葬式。
男の人はすっかり別人になり誰が誰やら全然わからないけど、
嬉しいことに声は変わらない。
あっという間に昔になって胸がジーンとします。
もうあの頃には戻れない。

恋しい場所や人が煙のように消えてしまうのが東京なのかもしれない。





2014/01/27 [ムー] URL #qiVfkayw [編集] 

*

良いお話ですね、今年はぜひ帰って下さいね。
私は昨日榾という季題が出たので、昔の囲炉裏を思い出して句を作りました。正しい作法ではありませんけれども(笑)。
シクラメンの歌は今日の毎日歌壇に掲載されました。
2014/01/27 [いらくさURL #EvmDRqhQ [編集] 

* Re: ぜひぜひ

micio さん、

ずっと以前に、このブログを始めた頃 
「僕をめぐる三人の女」 http://blog1942.blog132.fc2.com/blog-entry-21.html
で書いたように、私にとってはアメリカは女房、ヨーロッパは愛人
そして日本は母だと思っているのです。

女房も愛人もしょせんは他人に過ぎないけど
母は肉親でそのつながりは運命的なものですね。
2014/01/27 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

ペさん、こんにちは。

郷里は、年旧るごとにその甘さが濃度を増していくのは
ほんとうにその通りです。
澤田先生はもちろんよく覚えているし、ご主人は高校で私の数学担当でした。
寺町の葬式に級友といっしょに参列したのをハッキリ思い出しました。

もはや存在しないあの木造の明道校はすべての懐かしさの根源です。
2014/01/27 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

ムーさん、

『恋しさって遠さと正比例するんでしょうか。
距離の遠さと時間の遠さ』

名言です。

恋しい場所や人が煙のように消えてしまうのは
東京だけではないようです。
ただ田舎は東京ほど極端ではない、というだけでしょうね。

30年前の仲間が集まるのが葬式しかない、
というのは悲しいことです。
そうならないためにも、仕掛け屋のコータローのような存在は貴重で、
我々全員が彼に感謝しています。
2014/01/27 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

いらくささん、

毎日歌壇の掲載、おめでとう。
言葉というのはそれぞれが重みや軽みを持つのだと思いますが
「線量計」 という語に複雑な重みを感じました。
2014/01/27 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* 管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
2014/01/30 []  # 

* Re: ふるさとの空

鍵コメさん、

胸に沁みました。
他の読者とシェアできないのが残念です。

人には忘れたいと思う過去がたくさんある中で
こんな美しい、そして辛かった愛の思い出をいつも持ち続けてきたあなたに
女の強さと哀しさを感じます。

ありがとう。
2014/01/30 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* なんか

こんな素敵なコメント軍団に何か書いていいものか、悩みます。。。
同窓会というものに、一生縁がないと思っているので、こういうチャンスがあるSpetember30さんがうらやましく感じます。
小学校も、中学校もいじめられまくったので、私の記憶にはないのですが、かすかに残っているのはいつも学校の校舎。だから、帰国したときに母校にもし訪れることがあったら、それはそれは幸せなことだと思います。高校の仲間はいるんですけどね。久しぶりに連絡をとってみようかな・・・・
2014/01/31 [inei-resan] URL #pNQOf01M [編集] 

* Re: なんか

inei-resan さん、

ふだんは話すことのない昔の仲間と久しぶりに話をすると、いつも懐かしさに溢れてしまうのはもちろんですが、
それと同時に心の片隅にいつもかすかに感じているのは、焦りとも言えない悲しみとも言えない、
腹ただしいようなやりきれないような、不思議な感覚です。

相手が話をしている自分は50年前の自分であって今の自分じゃない。
この50年間に私に何があったか、相手の人は何も知らない。
といって、私は無邪気に50年前の自分を演じることはもうできない所まで来ている。
そんなところからこの不思議な感覚は生まれて来るのではないのかな。

それはもちろん相手にとっても同じことなのだけどね。

好みや生活の状態や、ものに対する反応の仕方などが変わることはあっても
人間というのは本質的に変わる、ということは可能なのでしょうか?
2014/01/31 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

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