過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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思い出はダブルデッカーに乗って (3/3)

boston48-blog.jpg

ボストンの春 (1973年頃)
Government Center, Boston


ボストンの冬は長い。
その長い冬に、ある日突然に訪れるという感じで春がやってくる。 樹々にいきなり花が吹き出して、人々は待ちきれなかったように上着を脱いで外へ出てくる。
そしてその春は短くてすぐに灼熱の夏へと移っていくのだが、そうなる前にクララと僕はいつか会うことがなくなってしまっていた。 お互いに傷つくこともわだかまりもなく、悪い思い出の何も無い別れだったという点では、遠くに住む人との一時は頻繁だった文通がいつしか途絶えてしまうのに似ていた。 二人であれほど多くの時間を共有しながら、僕はついに彼女の奥深くに達することが無かった。 ベッドの中で数えきれない回数で肌を合わせながら、僕らは一つになったことが一度も無かったのだ。

ブラジルはもともと厳格なローマンカトリックの国だ。 若い女性は結婚する時にバージンであることを要求される。 どんなに男友達の多い女性でも最後の線だけは超えない、ということがクララの年代の女性では常識になっているらしかった。 だからこそバージンのままで一度結婚してしまったあと、外で他の男とのセックスを楽しむ女性が少なくないのだ、ということはクララがベッドの中で話してくれたことだった。 あれほど可愛がっていたクララとどうしても交わることができないということが、それほど僕の気にならなかったのは、前に書いたように僕は彼女に恋をしていたわけではなかったからだろう。 それに、クララはそれ以外のやり方で男を満足させる方法を十分に知っていた。 アナルセックスまで許してくれようとしたが、経験のなかった僕はその気になれなかった。 あれは男色家同士のものだ、という小学生程度の知識しかその頃の僕にはなかったのだ。

こうして僕らは別れ話を持ち出すこともないままに、お互いに会うことがなくなってしまった。




映画ならここで 『十年後.....』 という字幕が出るところ。


僕はすでに結婚をして、あるフォトラボの暗室技師として働いていた。 生まれた子供はもう2歳になっていた。 僕はサマーヴィルのアパートから毎朝、ヘッドホーンを耳にしてジャズを聴きながらポータースクェアの地下鉄の駅まで15分ほど歩いて、ボストンの仕事場へ通うのが日課になっていた。

そんなある朝、
ポータースクェアの商店街を歩いていて、衣料品屋の前でドアを開けて出てきた女性とぶつかりそうになって、お互いに顔を見てアッと双方で声が出た。 クララだった。
僕らはすぐ隣りのコーヒーショップへ入って話をした。 昔付き合った女性と十年後にいきなり顔を合わせて、複雑な違和感やぎこちなさを覚えること無しに古い友達同士のように話が弾んだ。 それだけ僕らの関係は淡いものだったのだろう。 そこには懐かしさだけがあった。 
彼女の英語はもう僕よりもずっとうまくなっていた。 数年前にアメリカ人と結婚して、今お腹の中に子供がいるという。 最初見た時になんとなく女らしさが加わってぽっちゃりとしたな、という印象を受けたのはそのせいだったのだろう。 あれこれと昔話の中で、僕と乗ったダブルデッカーのことは、アメリカへ来て最初のデートだったからとても特別な思い出になっていて忘れない、と言ってくれた。

別れる時にクララが笑顔で、"See you!" と言った。
僕は "Take care" と答えて彼女の頬にキスをした。
僕らは電話番号を交換しなかった。 

(終)



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コメント:

*

「ああ、良かった」・・・と、言っていいのかわかりませんが、「ほっと胸を撫で下ろした」といった気分です。
若かりし頃の淡い記憶が、ほんの一瞬蘇り、また夢のように消えて行ったのでしょうか。
2014/02/06 [川越URL #uvrEXygI [編集] 

* Re: No title

川越さん、

激しい恋の記憶なら一生のあいだ消えることがないだろうけど
クララとのような、昔の無数の淡い情交は何かに呼び起こされない限り戻ってくることはないでしょうね。
2014/02/06 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

最後の「電話番号を交換しなかった」がグッと来ますね。
2014/02/07 [Via Valdossola] URL #P6wRKz4w [編集] 

* Re: No title

Via Valdossola さん、

あの文末の一行は読者がどのような反応をしてくれるだろうか?
もし読者が僕ならどんな風にして別れたのだろうか?
と思いながら書きました。

あの時の僕の心の動きは、
たとえ電話番号を交換してもたぶん僕の方から掛けることはないだろう、
それに
二人は同じ地域に住んでるのだから縁があればまた会うことになるだろうし
それならそれでいい。
というようなものだったと思います。
彼女が希望すればもちろんお互いの連絡先を教えあったと思うので
それを彼女が希望しなかったのはきっと同じように思っていたのでしょう。

そして、その後二度と会うことはないままに私はボストンを去ってしまいました。


2014/02/07 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

そう、「縁」ですよね。
私も使います。全てを調和させてしまう、説明できてしまう不思議な力をもった言葉だと思います。
2014/02/09 [Via Valdossola] URL #P6wRKz4w [編集] 

* Re: No title

Via Valdossola さん、

悪い思い出があるわけでも、その人のことを嫌いでもないのに
そしてまた会おうと思えばそれができるのに
お互いにそれをしなかった、ということは考えると哀しいことです。
でも、それが縁というものなのでしょう。




2014/02/10 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

相変わらずロマンティックなお話ですね。本当にいつも下半身が反応してしまう話ばかりです。ワタシには芥川賞の小説より遥にいいです。
2014/02/10 [上海狂人] URL #/0CEY90c [編集] 

* Re: No title

上海狂人さん、

芥川賞よりもさらに狭き門と世に言われる上海狂人賞の候補にあがったとすれば
こんなうれしいことはありません。
ありがとうござます。

2014/02/11 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

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