過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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ストリップ小屋のピアノ弾き

Image0349-blog.jpg

Dinty Moore's
Boston, Massachusetts USA


ボストンのダウンタウンの端にコンバット・ゾーンと呼ばれる一画がある。 いわゆる Red-light District (赤線地帯)であった。チャイナタウンに隣接するこの地域には、無数の妖(あや)しげなストリップバーや、エロ映画館、ピープショー、アダルト玩具店などが並んでいて、24時間開業のカフェテリアには麻薬常習者やアルコール中毒の連中がいつもたむろしている。 夜中過ぎまで人通りの絶えることのないこのあたりをひとりで歩いていると、決まってセックスを売る女性が声をかけてくるし、路地のそこここでは明らかにヤクの取引が進行していた。 ふつうの人ならまず足を踏み入れることのない地帯だった。
僕がなぜこのあまり健康的でない、ときには危険な臭いのするこの一画を知っているかというと、実はこのあたりのストリップバーで僕はよく仕事として、ピアノやハモンドを弾いていたからだった。 だから深夜、このあたりを歩いていると、行きあう人の中に、顔見知りのストリッパーやそのヒモ達、バーやコーヒーショップのオーナーや、一見して堅気でないお兄さんなどがけっこうあって、恐いという気はあまり無かった。 それどころか、彼らは僕によく屋台のホットドッグを買ってくれたり、バーに誘って酒を奢ってくれたりした。 大都会のダークサイドに生きる彼らから見ると、ストリップ小屋のピアノ弾きは自分たちと同じ世界の仲間だったのだ。

このコンバットゾーンからちょっとはずれて、忘れられたような汚い路地の奥に、ポツンとこのレストランはあった。
《ディンティ・モーアズ》
周りのビルはすべて廃墟になっていて、レストランにはネオンの看板があるわけでもなく、そこへたどり着く路地には街灯さえなかった。
僕がいつも不思議に思っていたのは、こんな普通の人が近寄らないようなさびれた場所にありながら、夜になるとこのレストランに出入りするのは、みなエレガントに着飾った裕福そうな男女の一群だった。 表通りに停められたリムジンの中では運転手が待っていたりする。 舞踏会から抜け出てきたような一群の男女が、次々にこの暗い路地へ吸い込まれて行くのは、まるでフェリーニのフィルムを見ているような非現実的な情景だった。
「これはいったい何なんだろう?」
ガラスのドアの前まで行って中を覗いても内部は何も見えず、そこに写っているのは首からカメラを提げた自分自身の姿だけだった。
****

それから30数年経った。
僕はすでに何年も前にボストンを引払ってアメリカの中西部に移っていたが、4年ほど前にボストンに住む一女性からメールを受け取った。 インターネットの僕のウェブサイトで 《ディンティ・モーアズ》 を見た彼女が写真をぜひ売って欲しい、と書かれている。 そしてさらに彼女は言う。 このレストランのオーナーであった彼女のお父さんが、70年代の半ばにこの店を閉めるまで、幼かった彼女にとってここは思い出のいっぱい詰まった場所だったそうだ。 折り返しのメールで聞いてみると、僕がこの写真を撮った直後に 《ディンティ・モーアズ》 は閉まっていた。
彼女が送ってきた小切手と引き換えに、僕は自分でプリントした写真を彼女に送り出してしまうと、それでビジネスは終了してしまった。

ところが、それから2年後、一昨年のクリスマスの前に、彼女からまたメールが来たのである。
彼女の家の居間の壁にかかっている僕の 《ディンティ・モーアズ》 を見るたびに親類一族が同じ写真をいつも欲しがるので、クリスマスのプレゼントとして全員に贈ることにしたそうだ。 彼女は、23枚の 《ディンティ・モーアズ》 を注文していた。

そしてさらに今年の夏、つい数ヶ月前のことである。
カナダのケベックに住む一男性からメールを受け取る。 彼の経営するレストラン 《ディンティ・モーアズ》 の壁に僕の写真が飾られるるべきだ、と言ってまた写真を注文してきた。
不思議なインターネットの世界である。

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コメント:

* なんだか

写真はいつまでもその瞬間を写し時間を止めてしまうものなのだなっぁと実感します。
素敵なお話です。
2010/12/24 [inei-reisanURL #MlBCW7Zc [編集] 

*

こんばんは~。
不思議なインターネットの世界ですし、
私自身、写真の魅力を改めて実感した素敵なお話です。
2010/12/24 [jomuURL #6kj1WDX6 [編集] 

* Re: なんだか

inei-reisan さん、こんにちは。
ふだんは何気なくパチパチ撮っている写真ですが、無意識にうちに歴史を止めているのですね。
昔の私は長いあいだそれをプライベートなものとして自分ひとりで保存をいていたのが、インターネットのおかげで多くの人とシェアすることが可能になり、共感をしてくださる人があちこちにいる、という発見は大きな喜びです。
最近は『陰翳礼賛』を読ませていただいています。
2010/12/25 [September30URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

Jomu さん、こんにちは。
インターネットの世界はほんとうに不思議ですね。
いろいろな出会いがいたる所で待っている。
考えただけでもしあわせな気持ちになります。
2010/12/25 [September30URL #MAyMKToE [編集] 

*

とても素敵なお話ですね。
自分の記憶を留めておく写真が、時には人の記憶までをも留める事になるのですから。。。

ネットは嫌な事もありますが、こうしてSeptember30さんのお写真を拝見させて頂いてコメントをさせて頂けるのもネットの恩恵ですね。
いつもお写真を拝見してイメージトレーニングさせて貰ってます(^艸^)
ありがとうございます。
2010/12/25 [キキURL #PDFQKA4U [編集] 

* Re: No title

キキさん、おはよう。こちらはクリスマスの朝です。
「ネットは嫌な事もありますが・・」と書かれてるのがちょっと気になりました。
そういう経験の無い私はラッキーだったのでしょうか?
2010/12/25 [September30URL #MAyMKToE [編集] 

*

September30さんの心が、写真にもしっかり写り込んでいるのでしょう。
だから、見る人たちを魅了するのですね、そう思います。

写真と文章と音楽と、『ひと粒で三度おいしい。』
2010/12/26 [fumie] URL #LGP0CJfA [編集] 

* Re: No title

Fumie さん、すてきなコメントをありがとう。
とても嬉しいです。これからもがんばります。
2010/12/26 [September30URL #MAyMKToE [編集] 

*

いつも深いお話でため息が出てきます。。。
この記事のリアルな世界のお話もさることながら、ネットの力は凄いですね。
しかしそれはなにより写真の良さあってのことだと思います。

ボクもこのどんづまり感に惹かれてしまいました。
店を知る人にはたまらないでしょうね。。。
2010/12/27 [とらURL #CxmuEvOE [編集] 

* Re: No title

とらさん、コメントをありがとうございます。
実はこれに似たことが数回起こりました。
前に書いた「無常と言うこと」(2010/9/30)もそのひとつですし、一度など私の写真の中の老人の息子さんが、亡きお父さんの写真を欲しいといってきたこともあります。
不思議なのは絆(きずな)ということですね。
2010/12/28 [September30URL #MAyMKToE [編集] 

* この記事は案外に注目されているのかも----

9月様
 先ほど所用あって、このブログを検索した所、上から4番目くらいに、この「路地奥に佇む、場末の酒場に纏わる記事」が登場。案外にこの写真と記事は、多数の人々から密かに注目されているのやも知れません。

 板橋区の商店街宣伝動画が、存外にも御好評だっだ様なので、勝手に調子に乗り、この種の「秘密めいたクラブに相応しいクリップ」を選んでみました。
 以下の動画は、演奏者自身が上梓掲載しているので、その存在が公開されても大丈夫とは思いますが、念のため、別便にて送信します。酒場の中で演奏されたもので、客席からの下卑た野次や、バーテンダーがグラスを手際よく片付ける音まで盛大に録り込まれており、楽しめます。確か、2008年12月ころの録音です。
 お楽しみ下さい。
 
2017/06/27 [Yozakura] URL #Y2lB8pKc [編集] 

* 管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
2017/06/27 []  # 

* Re: この記事は案外に注目されているのかも----

Yozakura さん

よくもまあ古い写真と記事を掘り出しましたね。(笑)
ご紹介いただいた動画、さっそく見てみましょう。
2017/06/27 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

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