過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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アメリカ人と日本人

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二輪車の男
Dayton, Ohio, USA


このところ僕のブログでは 「アメリカ人気質」 のようなものが話題になっている。
日本人の我々から見るとまるで考えられないようなこと、いやたとえ考えてもそれを実行するなど死んでもできないようなことを、アメリカ人は堂々とやってしまう。 既成の概念に囚われない彼らの発想が自由でユニークなのは、もともと既成の概念などというものをアメリカ人は持ち合わせていないからだ。 そのへんが日本人やヨーロッパ人と大きく違うところだろう。

アメリカ人の発想のユニークさを僕が身を持って経験したのは、僕がボストンの音楽学校へ来てからすぐのことだった。 その頃のバークリー音楽院はまだ大学になる前の小さなジャズ学校のようなもので、日本人は数人しかいなかったけど、ヨーロッパから来たミュージシャンが多かった。
それは作曲のクラスだったが、少人数のそのクラスで毎回違うテーマによる作曲の講義があり、そのあとそのテーマに沿って宿題が出された。 宿題の作曲はピアノ曲の形式で書かれる事になっていて、次週のクラスで全員の作曲が発表される。 ピアノ専攻ではない学生の方が多かったから、その彼らのためにピアノを弾いてやるのは、初見に強いと見なされて教授から指名されていた僕の役目だった。

その中にボブという若いアメリカ人のトロンボーン奏者がいた。 彼が作曲したピアノ曲を僕が最初に演奏した時のことを忘れない。 「なんじゃこれは!」 と一瞬あっけにとられてしまったのである。 メロディとは呼べない音の羅列にルールを無視したメチャクチャな和音が付けられていて、小節ごとに拍子や調子が変わるという、なんとも奇妙キテレツな音楽だった。
弾き終わったあとにはクラス中に沈黙が流れ、しばらくして教授が困ったようにしぼり出すように一言 「うーん、これは実に奇妙な音楽だ・・・」 と僕が思ったと同じことを言った時にクラスには失笑が起こった。 当の本人であるボブは恥ずかしそうに頭をかいている。

そしてその後、この場面はクラスで毎週繰り返されることになったのだけど、そのうちに不思議な現象が僕の中で起こった。 僕は彼の作曲を演奏することをいつの間にか心待ちにするようになっていたのだ。 今日はボブがどんな面白いものを見せてくれるのか楽しみにしている自分がいた。 しかしクラス全体がそうだったとは言えない。 教授は相変わらず難しい顔を見せるし、学生たちからの批評はほとんど無く無視をされたようだ。 それにもかかわらず、僕は彼の曲を弾くのが好きになった。
クラスの学生たちの誰のよりも強烈な印象を与える音楽だと僕は思っていたが、それに比べれば日本人の自分が書く作曲など、ソツがなく無難で優等生の作る音楽にしか過ぎないことを僕ははっきりと分かっていたようだ。

学期末試験の数日後にカフェテリアでボブと同じテーブルに座ったことがある。 ボブは 「あの教授、俺にDを付けやがった。 あはは」 と笑っていた。
優等生の僕はもちろんA+をもらっていた。

ボブはその後どうしたのかなあ。




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