過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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異星人とカメラ

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Pittsburgh, Pennsylvania, USA


知らない町の知らない雑踏の中で、至るところで恐れげもなくバチバチと写真を撮っている僕を見て同行の娘のマヤが感心したように言った。
「よくそんなに大胆になれるなあ。 私なんか怖くてとてもできない。せいぜい携帯電話でこっそりと撮るのが精一杯よ」
たしかに、普段の僕はかなり人見知りをする方で、人なかで目立つような行為などとてもできない性格だということをマヤはよく知っているから、その僕がカメラを手にしたとたんにまるで人が変わったように怖いものなしになって、見知らぬ人達に気軽に話しかけたり、周囲の注意を引くのをまったく気にしないで写真を撮り続けているのを見て不思議に思ったようだ。

娘にそう言われて気がついた。
僕はどこの国へ行っても、いや母国である日本に居てさえも、常に自分が異星人なのだと強く意識させられてきた。 その異星人の僕が、カメラというツールを使って無意識のうちに周りの世界とのコミュニケーションを取ろうとしているのかも知れないと思う。





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カメラという武器を身に付けている限り 「怖い」 とか 「恥ずかしい」 という普段の感覚が僕の中からきれいに消えてしまうようだ。 どこに居ても周りの世界とうまくやっていけると信じてしまう。 その武器は人を傷つけるためのものではなくて自分を守るためものであったが、それは同時に、ふだんは閉ざしている自分の心を切り裂いて、外へ露出するためのナイフのようなものでもあった。
写真を撮るという行為を通して、僕は人々と言葉を交わすこと無しにテレバシーのようなもので交信をしているのだと考える。





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地球人たちは概して優しい。 僕が開いて見せる心にこんな風にそのまま飛び込んでくれることがある。
しかしお互いに行きずりにすぎない僕らには分け合う時間に限りがあった。 さよならを言う僕の手を握り頬にキスをしてくれた彼女たち。 この彼女たちがやがて年老いていつかこの世からいなくなる時には、僕の存在もとっくに消えてしまっているに違いないのに、この写真は永久に亡くなることはないと考えるのはすばらしいことだった。




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カメラが30分の1秒で刻(きざ)んだ人々の人生の一瞬は、次の瞬間にはもう永久に失われて過去に流れ過ぎて行く。
カメラが切り取る四角の世界が一つの舞台だとすれば、その舞台を創りあげる写真家はさしずめ脚本家であり演出家だ、ということになるのだろう。

『人生は舞台。 男と女とりどりに、すべて役者に過ぎぬのだ』

と言ったのはシェークスピアだったか日本の女優、山岸諒子さんだったか? 


写真を撮るという行為には突き詰めれば二つの要素しかない。
「どこで?」 つまりどの立ち位置に自分を置いて、カメラを構え
「いつ?」 どの瞬間にシャッターを切るか。
この二つが写真の極地なのだと僕は信じる。

「どこで?」 「いつ?」 の二つを自由に選択しながら写真を撮り舞台を創造するという行為は誰にでもできることながら、その選択に千差万別の違いがある、というところが堪らなくおもしろい。




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カメラという魔法の小箱の凄いところは、それを使って交信のできる相手が人間や生き物だけとはかぎらない。 ふと頭上を見上げるとそこには鉄とコンクリートとガラスで造られた地球人たちの砦(とりで)が見えていた。 そんな無機質で一見感情を持たないモノでさえ、時には饒舌に僕に向かって語りかけてくる。

そしてその砦のさらに向こうには、かつて僕が異星から降りてきた空が広がっていた。




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コメント:

* !

すてきなことばでありました
カメラはおもしろし
どうぐであり
ことばでありますね
2014/07/16 [Nekosuta] URL #8l8tEjwk [編集] 

*

Nekosuta さん、

最近読んだ本でマグナムのデイヴィッド・ハーンとビル・ジェイの二人の写真家の対談集
"On Being a Photographer" の中で両者が口を揃えて言っているのは
報道写真家には性格的に内気で引っ込み思案の人が多いそうです。
それが彼らにとってはカメラというツールのお陰で内部に何かが起こり
その結果、常人には考えられないような超人的な仕事が成し遂げられるのだと言っていました。
2014/07/16 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

写真3の女性達の笑顔が美しいですね。
通りすがりのひとにこんな素敵な笑顔を向けられるなんて、いいなあ。っていうか、これはSeptember氏だから引き出せたのかも。
こういう女性になりたいです。
2014/07/16 [micio] URL #O/XG6wUc [編集] 

* Re: No title

micio さん、

長い間に気がついたのは、テレパシーでの交信がし易い相手とそうでない相手に
自然と順位があるということです。もちろん例外はありますが・・・
し易い順に挙げると
① 犬
② 女性
③ 子供
④ 男性

かなあ。
2014/07/16 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

そっかー、
人見知りの人ってカメラと相性がいいのかもしれない。
趣味で機関車とか撮るのが好きな人いるでしょ、無口っぽい人多い気がする。
でもSeptember30さんがそこまで人見知りには思えないんだけどなー。
すぐに打ち解けれらる人って印象があるんだけどなー。
私は緊張タイプだけどすごく楽だったしなー。
2014/07/18 [ムー] URL #qiVfkayw [編集] 

* Re: No title

ムーさん、

それはやっぱし年の功というものです。
だって憧れの女性を目の前ににして子供みたいに黙ってうつむいていちゃ
まるで図にならないじゃないですか。
でもドキドキでした。
もう1度チャンスを与えていただければ
そしてもっと時間が取れれば
今度の時はもう少しうまくやります。(笑)
2014/07/19 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

また会いましょ(笑)
2014/07/19 [ムー] URL #qiVfkayw [編集] 

* Re: No title

ムーさん、

うんうん、またね。
2014/07/19 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* 人生は舞台

毎度ながら、かたつむり並みにコメントがのろいうららです。

シェイクスピアとしては、マクベスのこれ↓でしょうか。

Life's but a walking shadow, a poor player
That struts and frets his hour upon the stage
And then is heard no more.

人の生涯は動きまわる影にすぎぬ。あわれな役者だ、ほんの自分の出番のときだけ、舞台の上で、みえを切ったり、喚いたり、そしてとどのつまりは消えてなくなる
(訳:福田恆存)

人生はただ影法師の歩みだ。
哀れな役者が短い持ち時間を舞台の上で派手に動いて声張り上げて、
あとは誰一人知る者もない。
(訳:木下順二)

実はシェイクスピアは小田嶋訳が一番好きなのですが、マクベスは未確認です。
2014/07/20 [うらら堂] URL #PTRa1D3I [編集] 

* Re: 人生は舞台

うららさん、こんにちは。

山岸諒子さんの作品 『貴方と嘘と夜と音楽』 は冒頭に出てくるあの言葉で始まり
そして終わりにもまた出てくるのですが
私はてっきり 『お気に召すまま』 からの台詞だと思い込んでいました。
シェークスピア先生もあれだけ多くの戯曲を書けば、似たような言葉は出てくるのは当然でしょうね。
これでまた一つ賢くなりました。
ありがとうございます。

ちなみに
『お気に召すまま』 の中の台詞

All the world's a stage
And all the men and women merely players.


私は高校生のころ夢中になってシェークスピアを読みましたが、
確かすべて福田恆存の訳だったと覚えています。
2014/07/20 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: Re: 人生は舞台

およよよん。これでまた一つ賢くなりましたとはお優しいコメントですが、それは私のセリフです。

「All the world's a stage....」の方は、まさにどんぴしゃではありませんか。くだんの「written by Shakespear」は「お気に召すまま」のことだったのでしょう。

ショックなのは、「お気に召すまま」のことをまったく思いつかなかったことです。「お気に召すまま」は、かつての私&仲良しの友達の大好物で、俳優座の公演を3回は見ているのです。(女性の役も全部俳優がやってしまうというとんでもない趣向でしたが、大当たりでした)

「仲良しの友達」なんて、劇場で録音してテープ起こしをして、冊子まで作ってくれていました。それを見てセリフを覚えてお気に召すままごっこをして遊んだのあのころから30数年が過ぎているとはいえ、ぜんぜん思いつきませんでした。怖いよう。私のおつむはどうなっているのだろう。

それから山岸諒子さんの 『貴方と嘘と夜と音楽』は、おかげさまで最近DVDをゲットしました。私が改めて書くようなことでもないけど、諒子さんって、たやすく言葉にできないくらいすごい方ですね。おまけに、女の私から見てもなんというか、かわいいしーー。Septembersさんのおかげで諒子さんのブログにたどり着いた私なのにSeptemberさんより先に2つもお芝居を拝見してご本人にお目にかかってしまって、ありがたいやら申し訳ないやらです。(殊勝なことを言ってるふりをしているだけで、ほとんど単なる自慢です)

Shakespearに話を戻せば、おっしゃるとおり、同じような内容のせりふが複数の脚本の中に出てくるのは、不思議なことではないように思います。自分であれこれ読み返して実際にそういうのを見つけるなんてことは、想像もできませんけど。
2014/07/20 [うらら堂] URL #PTRa1D3I [編集] 

* Re: Re: Re: 人生は舞台

うららさん、

そこまで入れ込んだ「お気に召すまま」をうっかり忘れちゃうなんて
うららさんのおつむは長い間にいろんなものを詰め込み過ぎてきっと飽和状態になっているのでしょう。
私なんか若い頃にあまり何も入れてなかったからその分、まだまだ余裕は十分に残っていますよ。
そのうえ記録の保持という点に関しては私には
写真というつええ味方があったのだあ。(とここで見得を切る)

見得を切ったところで思い出したのは
井原西鶴の『好色五人女』
実は話題の山岸諒子さんにこれに関する秀逸なエッセイがあるのです。
舞台で演じる女にとことんなりきるという諒子さんは、公演中は私生活でさえ役の女になってしまうそうですが
その彼女ならではの五人の女がここに描かれているのはシェークスピア大先生も脱帽モノです。

ひょっとしたらすでにご覧になったかもしれませんが。

http://www.libresen.com/rosehp/day/dayikite/5nin.html
2014/07/21 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* 『好色五人女』

これから拝読いたします。

私の頭は確かに飽和状態ですが、秀逸なエッセイに揺さぶられたら少し隙間ができて、演算停止状態から抜け出せるかもしれません。。

2014/07/21 [うらら堂] URL #PTRa1D3I [編集] 

* Re: 『好色五人女』

うららさん、

このところご本人のいないところでいろんな話が出てくるので
彼女は(もしこのブログを読んでいればですが)びっくりしてるかもね。
でもそれは女優という選ばれた仕事をする人にとっては避けられないことだと思うので
許してくれることを願っています。
2014/07/21 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

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