過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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パリのチャイナクラブ

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マダムとマドモアゼル
"China Club" Paris  2001


旅先のヨーロッパで食べた日本料理や中華料理で、美味しかったという記憶がほとんど無い。
とくに日本料理に関しては絶望的で、行く度に後悔するという経験を何回も繰り返したあと、いつの間にか行くのを完全にやめてしまった。 そこへ行くと中華料理の方はまだ少しましで、この15年のあいだに忘れられない料理を出ししてくれた店が幾つかあった。

たとえばフランスでは、ヴォクリューズ地方の小さな町、ベゾン・ラ・ロメインで入った中華とベトナム料理のレストランがその一つだった。 大衆食堂のような素っ気ない店だったがメニューを見てあっと驚いたのは、僕の好物の鴨料理が8種類も並んでいるじゃないか! 興奮してあれこれ質問する僕に、ベトナム人の若いウエイトレスが親切に説明をしてくれたあと、ようやくその中の一つに決定した。 そしてそれがまた実に美味しかったのである。 味をしめた僕はあくる日の夜も同じ店へやって来て違う鴨料理を食べなければならなかった。 後にも先にもあれだけ豊富な鴨料理のメニューにお目にかかったことは一度もない。

しかしなんといっても忘れられないのはパリの 『チャイナクラブ』 だろう。
あれは2001年の初夏だった。 あの旅行が忘れられない理由というのは、家族4人がそろって行った初めてのパリだったということや、あの旅行からアメリカへ帰国した数カ月後にニューヨークで歴史的な 9/11 が起こったということもある。

あの頃の僕は旅行へ出かける度に日本とアメリカ両方の旅行案内書を読み比べていて、こと旅先での食事に関する限り僕は日本人の情報を一方的に信頼していた。 その本の中で見かけたのがこのチャイナクラブだった。 それで僕らはある日、夜の8時に予約を入れておいたこのレストランを訪ねて行った。 メトロのバスチーユ駅で降りるとオペラ座を左手に見ながら細い路に入った所にこの店があった。 アールデコ風の凝った内装を持つ洒落た店である。 内部が驚くほど暗くてその中にキャンドルを灯したテーブルが並んでいるのは、昔60年代の東京のサパークラブを思い出させた。 その雰囲気とワインに酔い痴(し)れた我が Green Eyes が僕のタバコを1本抜き取ると火を付けて、マダムの貫禄を見せた。 彼女にとってはたぶん20年振りの喫煙だったろう。 彼女をそうさせるようなパリの夜のムードがここにはあった。

いわゆるニューチャイニーズの凝った料理から僕はまたまた鴨の料理を選んだが (ほんとによく飽きもせずに食べれると自分でも呆れる)、結果から言えばこれ以上に美味な鴨料理に13年後の現在まで出会ったことがない。 あの味が今でも舌に残っている。
好奇心から先日このレストランを検索してみてわかったのは、チャイナクラブはその後一度店を閉めたあと今度は "Le China" と名を変えて再開していた。 ウェブサイトで写真を見ると、内部はあの時のように暗くはないだけでまったく変わっていないように見える。

こんどパリへ行ったらぜひまた行ってみたい場所の一つだ。

"Le China"






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コメント:

* マダム

なんと色っぽい。

私は煙草が嫌いで、最近では吸っているひとに近よるのもダメになってしまったのですが、この、ほんのりと頽廃的な雰囲気はいいなあ。うららちゃんの妄想は、上海の阿片窟にまでさまよっていきそうです。

少し戸惑っておられるようなマドモアゼルののさわやかな若さとのコントラストもすばらしー
2014/08/08 [うらら堂] URL #PTRa1D3I [編集] 

* Re: マダム

うららさん、

カフェやレストランで煙草をふかすシーンはもう
古い映画でしか見ることのできないノスタルジアの世界になってしまいました。
日本ではまだまだ店によって喫煙席を用意しているところが多いですが
アメリカでは法律が徹底していてもう見られません。

スモーカーの多くが、朝目が覚めたらまず煙草に手が行く、とか酒を飲むと煙草、
情事のあとにベッドで煙草、などと言っていますが私はそういうことはないかわりに
美味しい食事の後の一服をゆっくり楽しむ、という習慣は止めることができません。
止める必要もないと思っています。(笑)

2014/08/08 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* 煙草

男とはふいに煙草をとりだして火をつけるものこういうときに
                    俵万智

この煙草あくまであなたが吸ったのねそのとき口紅つけていたのね
                    佐藤万由美
2014/08/08 [梟サロン短歌部] URL #PTRa1D3I [編集] 

*

梟サロン短歌部さん、こんにちは。

1年前(8月29日)のコメントといい、今日の投稿といい
いつも女性の密やかなつぶやきを紹介して頂いているところを見ると
どうやら梟サロン短歌部さんの正体も女性ではないか、という気がしてきました。

今日の短歌も実にいいですねえ。
両方の歌に身につまされるものを感じます。
というより、実際に私の遠い過去に起こったことでした。

ところが男が歌う煙草はガラッと雰囲気が変わるようです。
男にとっては色恋がすべてではないのですよ。(笑)
男の歌う煙草といえば私が昔好きだった歌

マッチ擦るつかのま海に霧ふかし
身捨つるほどの祖国はありや (寺山修司)
2014/08/08 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

男のタバコはそうか、こんなかんじなのか。
スケールは確かに大きい。
人生を詠んでるもんね。
でもやっぱり俵万智さんのほうがぴったりくるな。

タバコは小娘の時にしゃれで吸い始めたのが運のつき。
そのご好きだった人が「煙草をやめられる奴は信用しない」と言ったから、
「それが私のタバコ記念日」(笑)
嫌われ者のタバコだからもう家以外では吸うこともない。
でも吸う人といるとほっとするのも事実。
だってくつろぐんだもーん(笑)




2014/08/09 [ムー] URL #qiVfkayw [編集] 

*

ムーさん、

昔見た映画の中でふだんは煙草を吸わない外科医が
患者の生死に関わるような難しい大手術に数時間をかけて成功すると
そっと病院から抜け出して外で独りで1本の煙草を吸っていた場面。
実にクールで印象的でした。

そんな煙草の吸い方ができる男になりたい、と憧れたものですが
現実の自分は・・・
2014/08/10 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* 煙草など

煙草などを一所懸命止めようとする人は、反って煙たがられます。
愛されません。日本においては特にそうだと思います。

「henri8さんは尊敬できるけど、好きになれない」、
まだ若い頃、職場のある女性が言った言葉です。名言です。

真面目でストイックな雰囲気があるようです。
2014/08/10 [henri8] URL #av6ed.vY [編集] 

* Re: 煙草など

henri8 さん、

煙草を止めようとする人は反って煙たがられる
なかなか良い洒落ですよ。
うららさんに聞かせたいぐらい・・・ (笑)

しかし昔のボストンの頃の話ですが
ずっと憧れていたあるクラシックのコンサートピアニストを
やっと誘惑するのに成功したと思ったら1回で振られました。
あとで彼女が友人に言った言葉
「あのひと、煙草さえ吸わなければ私はふらふらっとなってたと思うわ」
これもうららさんに聞かせたい。
スモーカーの中にもいい男はいるんですよ、と。

2014/08/10 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* 青年よ大尻を抱け(寺山)、青年よ大盛りを食らえ(11月)

みなさんのご意見を読んでいくと、煙草をやめたどころか、それ以前に全然たしなんだこともない者(中学生時代試しに吸ってみたのが最後)としては、なんとも分が悪く、男性的魅力に欠けたつまらない中年男の気分(会計士って職業も拍車をかけ)になってきました。

大昔、北海道別海町の酪農家に住み込みで働いていた頃も、部落の飲み会に呼ばれると、煙草と焼酎をたしなまないのは男じゃないような雰囲気で、これだから内地の男はつまらんべやといじめられてました(焼酎はその後飲めるようになった)。

Green Eyesさんにならって、試しに一本吸ってみるのはどうかな、でも、いつだったか、スモーカーの上司(9月30日生まれ)とノースカロライナへ車で出張に行った際、往復で、一生分くらいの煙を吸わされてことを思い出すと、とても仲間に入れそうにありません。

で、デイトンのマチェックさんから寺山のこの歌が出てくると、コロンバスのドンチャックとしては安保闘争時代の学生歌人の岸上大作の歌も紹介したくなります。寺山も割と若くして亡くなりましたが、この歌人は、21歳で自殺したそうで。

意志表示せまり声なきこえを背にただ掌の中にマッチ擦るのみ

さて、中華といえば、コロンバスの井之頭五郎としては(Septemberさん、何のことか分からないでしょうから、元ネタの「孤独のグルメ」、年内に会うことがあればお貸ししますよ)、ご紹介された二件の中でも、ヴォクリューズの大衆食堂のような、ホームページやフェイスブックも持たないMom & Popの店でうまいものとの出会いをさがす方が性に合っているようで。

そんなわけで突然ですが、同郷で、僕と同じで煙草が苦手なうらら堂さん、JR箱崎駅から九州大学の赤煉瓦に向かって歩いて約10分、「帰郷」って中華(餃子)行かれたことありましぇん?
2014/08/10 [November 17] URL #WV4V227M [編集] 

* Re: 煙草など

Henri8さん、

煙草などを一所懸命やめようとする人が嫌われるかどうかは、ご本人と周りの人の組み合わせ次第だと思います。私だったら、禁煙中の方は(原則として)絶賛の嵐で包んであげます。

この次に禁煙なさるときなんていうのがあったら、ぜひお声をかけてください。
2014/08/10 [うらら堂] URL #6facQlv. [編集] 

* Re:Re:煙草など

Septemberさん、

うららちゃんは、「スモーカーの中には、いい男はいない」なんて、言ってないもん。スモーカーの中にもいい男がいることは認めるし、いい男にすり寄りたいのはやまやまですが、煙草の煙に近寄れないのです。つまり、私と煙草は、蚊と香取線香みたいな関係にあるわけです。しくしく。刺しに行きたいよう。血をすすりに行きたいよう。しくしく。
2014/08/10 [うらら堂] URL #PTRa1D3I [編集] 

* 帰郷

Novemberさん、

お帰りなさい。お久しぶりーーー
私は地下鉄の箱崎九大前から松原門前を通って貝塚方面に伸びる道のあたりについては詳しいのですが(つまり、なーーーーんにもないってことについて詳しいわけですが)、残念ながら、正門前というかJR箱崎駅の方面にはほとんど縁がありませんでした。「帰郷」は知る人ぞ知るお店のようですね。

ところで煙草ですが、Septemberさんのまわりでは喫煙率が高いのでしょうか。日本でSeptemberさんを囲む会など開いたとしたら、食後のおくつろぎタイムが心配です。煙草がお好きなムーさんがうらやましー。あの我らが大女優もスモーカーです。私は別室でスクリーンに映る皆様の煙を眺めることになるかもしれません。なので、そのような折にはぜひ、Septemberさんとご一緒に帰郷なさってください。一緒にうらら部屋でスクリーンを見ましょう。

そうそう、Novemberさんに限らず煙が苦手な方は、どうぞうらら部屋へ~ 
2014/08/10 [うらら堂] URL #PTRa1D3I [編集] 

* 男性歌人

医者やめて一年になる煙草やめて十年 ふかく、ふかくむなしさ
                   岡井隆

岡井隆、2011『わが告白 コンフェシオン』(新潮社)もかなりディープ。
2014/08/10 [梟サロン短歌部] URL #PTRa1D3I [編集] 

* Re: 青年よ大尻を抱け(寺山)、青年よ大盛りを食らえ(11月)

November さん、

まず、その昔ノースカロライナへ行った時の運転中の喫煙は
本当に悪かったと心から謝ります。若気の至りということで勘弁して下さい。
今なら長時間の禁煙もちゃんとできるようになりました。
だから日本へ帰国の時の飛行機もまったくだいじょうぶなのです。

学生時代は私は安保闘争に明け暮れる連中を横目で見ながら
必死で女の子の尻を追い回していました。
命をかけるものが違っていただけで、その使命感やヒロイズムには何ら変わりはありません。

それから食べ物の事ですが、私もますます大衆食堂の良さにはまってしまい
着飾ってすました高級な場所へ行くことはほとんどなくなりました。
とくに日本へ帰った時はそうで、その点日本は天国ですね。
福岡の「帰郷」へはうららさんをさそっていつか行きましょう。
ヨーロッパのどこへ行っても鴨料理を食べたように
日本では餃子の食べ歩きは必ずしています。

また九州大学は26歳で逝った私の兄の学校なのに1度も行ったことがないのです。
1度は見ておきたい。(兄は大学院在学中に急死しました)
2014/08/10 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: Re:Re:煙草など

うららちゃん、、

「体に悪いから」というごく常識的な理由じゃなくて
うららちゃんの場合は煙草の煙に体質的な悪反応があるようなので許してあげよう。
その気持はボクにもよく分かるんだ。
大嫌いな納豆を見るだけで身の毛がよだって吐き気がしてくるもん。
美味しそうに納豆をすすっている可愛い女の子なんて、まるで怪奇映画のシーンだよね。
2014/08/10 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: 男性歌人

梟サロン短歌部さん、

私を拉致していつの間にか現代短歌の世界へ連れ込んでしまいましたね。
易しい日常語で詠まれた短歌は日本人の生活へぐんと近寄っているようです。
もしかしたら私にもできるんじゃないか、
なんて思ってしまいます。
そのうちに私達の間で連歌でも起こりそう。
2014/08/10 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re 帰郷、餃子を食べながら、大地の子を思う

うらら堂さんに、「帰郷」は知る人ぞ知るお店のようだとご返答いただき、Septemberさんも井之頭五郎(大衆食堂好き)系と分かり、おかげで話が続けやすくなりました。

福岡のアジア映画祭(福岡市主催ではなく、自主上映の方)で知り合った方に、初めてこのお店に連れられたのは、20年くらい前のこと。店構えは民家風で、靴を脱ぎ、座敷にあがって飯台を囲むといった具合で、常連さんたちは、冷蔵庫から勝手に青島ビールを取り出し、つまみに餃子を注文してました。キッチンからは中国語が聞こえ、中国からの留学生らしきお客さんも多いようで、多国籍気分。それまでチェーン店の王将の餃子が一番うまいと思っていた僕でしたが、こりゃ本場もん、うまかあと思わず声に出したほどでした。

何度か通っているうちに、連れから、この店は日本に帰国した中国残留孤児の方がやっていると教えてもらいました。「へえ、中国大陸の味ばいね」と答えると、「うーん、詳しいことは知らんばってん、戦後大分たって家族が見つかって日本に戻ったのはいいけれど、いろいろ事情が変わった末、流れ着いた博多でこの店を始めたって話のごたあよ」とのこと。

その頃の僕は、家族と死に別れ・生き別れになった残留孤児(戦争孤児)の方々のことなどほとんど知らず、最終的に日本に戻れて、店も持ててよかったねとくらいにしか考えてなく、ただ餃子のうまさに舌鼓を打つだけでした。

その後オハイオに来て、中国や他のアジアからの留学生とも知り合い、彼らの主催する太平洋戦争を振り返るイベントに顔を出すようになり、当時の日本軍や日本人は「鬼」と呼ばれていたのを知りました。戦後、置き去りになった孤児たちがどういう扱いを受けたのかも考えるようになり、その一つの回答が何年か前に読んだ山崎豊子の「大地の子」でした。全員がそうだったわけではないでしょうか、描かれていたのは小日本鬼子と呼ばれ、日本軍や日本人への憎悪を幼い一身にひきうけた子供たちの苦しみの日々でした。

中国で、そして帰国してからの日本でも、苦難の道のりを歩き続けた戦争孤児の方が、流浪の末に博多で開いた店が帰郷。餃子には、いろいろな思いがこめられているのでしょう。

ホームシックを覚えた中国からの留学生には、故郷のマーマの味を思い出させ、慰めてくれる帰郷の餃子。僕にとっては、ふるさと博多の味の一つ。店構えは随分変わったようで、勝手に冷蔵庫を開けて青島ビールを飲むのははばかれるかもしれんばってん、ああ行きたかあ。

あっ、僕が中退したのは九大ではないので、Septemberさんにキャンパス内の案内はできましぇん。
2014/08/11 [November 17] URL #WV4V227M [編集] 

* Re: Re 帰郷、餃子を食べながら、大地の子を思う

November さん、

知っているように私は中国で生まれて4歳まで住んでいたから
本場の北京料理を食べていたはずだけどその記憶はまったくありません。
家族が日本へ引き揚げて米子に住むようになって私が小学校にあがる頃には
両親がよく連れて行ってくれたのが皆生温泉にあった、中国人のやる小さな料亭のような中華料理店でした。
本場の北京料理を食べられるのはここだけだよ、父が言っていたのを思い出します。
小さな座敷に通されて、子供の僕が覚えているのは味よりも何よりも
料理が一度に出てこなくて時間をかけて次々と出てくるので
次は何だろうとわくわくしていたことや、巨大な鯉の唐揚げにびっくりしたことぐらいです。

たぶん両親にとってはそこへ行くことで
戦争終結前の北京や天津での裕福だった生活なとを思い出していたに違いない。
料亭の亭主と父が中国語で何やら楽しそうに話していたのを思い出します。
そういえば子供の私に、餃子はチョーズと言うんだよと教えてくれたのも父でした。

そういえばあの店はどうなったのだろう?
2014/08/11 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* 煙草&九州大学など

Septemberさん、

煙嫌いのことをご理解くださってありがとうございます。加齢とともに進行してしまいました。ところで、私、生き血はすすれないけど、納豆はすすれます。結構好きです。

お兄様が九大に在学中に亡くなっておられたと伺ってびっくりしています。早世なさったことはずっと以前の記事に書いておられましたが、もしかしたらお父様よりも先だったのでしょうか。あれこれ考え合わせるとそうかもしれないと、ふと思ってしまいました。もしそうだったとしたら、お父様はどんなに力を落とされたことでしょう。

ところで「帰郷」でSeptemberさんを囲む会ができたら素敵すてき。実は、九大は、福岡市の郊外に新しいキャンパスを作って、徐々にそちらに移転しています。「帰郷」の近くの箱崎キャンパスにはまだ古い建物が残っているものの、お兄様が学生時代を過ごされた九大の面影はどんどん薄れていますから、早く実現なさってください。



2014/08/12 [うらら堂] URL #PTRa1D3I [編集] 

*

うららさん、

納豆がお好きだと聞いて絶句してしまいました。
百年の恋も一時に冷めるとはこのこと。
あの嘔吐物のような臭いとtextureを持つ奇怪なものを口に入れるなんて、
人間としての尊厳と誇りはどこへ行ったのでしょう?
とはもちろん冗談ですが、
とにかく急いで話題を変えなくちゃ・・・

そうです、兄が亡くなったのは私が小学生の時でした。
父がまだ健在の時です。
父は最初の妻を亡くし、その子供であった私の兄を亡くし、再婚した私の母を亡くしました。
私を亡くす前に父が逝ったのはせめてもの慰めだったと思っています。

ところで
チャンスがあったら1度「帰郷」へ下見に行ってみてくださいな。
味音痴ののび太の言うことだけではちょっと心配なのです。(笑)
2014/08/12 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* 煙がどうのこうの言っているのは誰?

「歩くミシュラン男(ミシュランマンのような体形だからではなく、ミシュランガイドの三ツ星全食べ歩きを今世紀中にほぼ達成しそうだから)」に対し、「味音痴ののび太」とは失礼な。

さて、Septemberさんをまわす会が、ふるさと博多でもやることが決まりそうなのは嬉しい限りです。ついでですが、僕にとっては、九大近くの「帰郷」の餃子が西横綱とすると、東横綱は焼き肉専門店「玄風館」。場所は九大からだと、地下鉄で三つ目の千代(福岡)県庁口駅から博多湾に向かってちちょっと歩いたところにあります。

「帰郷」のルーツが中国に対し、こちらはお隣韓国。僕が記憶する限り、メニューの類は一切置いてなく、値段も不明。店内では韓国語も飛びかってますが、博多弁でも、日本語でも通じます。連れがお店の人を「おばちゃん」と呼んだ時と、僕が最後まで「お姉さん」で通した時と、同じものを飲み食いしたのに最後の勘定が違っていたことがあり、やはり、それなりの気配りは大切です。

こうした、お金の支払いに関し混沌としたところは、会計士の苦手とする世界ですが、秘蔵タレ、テールスープ、麦ごはんの素晴らしさは、会計基準など超越したところにあります。

地下鉄の駅名を書きましたが、食後はまず公共の交通機関には乗れません。タレの風味たっぷりの煙が髪や服についてしまい、自らがバーベキューモンスター化していることを忘れていると、気の短い博多っ子の乗客からやかましゅう言われる(= 叱られる)かもしれません。Septemberさんは、「着飾っていく店には行かなくなった」と書かれていますが、玄風館は「すぐ洗濯できる服でしか行けない」のです。

一度、たらふく食ったのち、実家に戻って、ごろんと横になったら、飼い猫が走ってきて、口の周辺をざらざらした舌でなめはじめました。そのまままかせていたら、がぶっとかじられたかもしれません。

博多の友人が。福岡国際マラソン参加の韓国代表チームの通訳をしたことがあるのですが、一行の夕食は毎晩玄風館だったそうです。代表団のコーチは、「これだけの味を出せる焼き肉店は本国にはほとんどなく、日本で開かれる他の国際大会より、福岡大会に出たがる選手が多いのは、この店で食べたいからニダ」と言っていたとか。ホントかなあ。

ここも、うらら堂さんを斥候に送るのでしたら、要注意。家に猫がいるのなら、うらら堂さん、やられますよ、がぶっと。では、アンニョンヒケセヨ。
2014/08/12 [November 17] URL #WV4V227M [編集] 

* Re: 煙がどうのこうの言っているのは誰?

November さん、

あははは、失礼失礼。うっかりしてうらら嬢とふたりだけで話してるような気になって
のび太がひとのメールをこっそり覗くような性格だったことを忘れてしまい、つい本音が出ました。

梟サロンの集いとしては「玄風館」は適切な場所かどうかについて疑問を感じます。
勘定の多少はまったく問題ではなく(というのは私は招待される側だから払うつもりは無い)
問題はサロンのメンバーには、衣服を汚してまで肉を食らいたいという下賎な人は誰かさん以外にはいないからです。

ここは一つ「帰郷」の奥座敷を借りて酒池肉林の饗宴、一大地獄絵図を展開することにしませう。
2014/08/13 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* やはり...

Septemberさん、

やはり、そうだったのですか。お父様とお兄様が逆縁だったと伺って、なんと書いたらいいものかわからなくなっていました。人生ってむごい。次男坊が素敵な奥様をはじめとしてこんなにたくさんの人に愛されながら楽しくお過ごしだということをお父様がご存じなら、なんてがらにもないことを考えてしまいます。

でも、そういういいことであっても、とにかく何も知らず何も考えず何もせずに眠り続けることができるというのが極楽なのかもしれません。ちょうど今日からお盆なので、うちでも提灯など飾っていますが、大勢の魂が本当に一堂に会したりしたら、結構オオゴトになりそうです。先祖がみな折り合いがよかったわけではなさそうですもん。

それから、玄風館。玄界灘の玄に風というさっぱりした名前は好きですが、いくらのび太さんのおすすめのお店でも、斥候として出かけるのはちょっと怖かったので、Septemberさんが「帰郷の奥座敷」とおっしゃってくださってほっとしています。帰郷に酒池肉林仕様の奥座敷を期待していいかどうかは疑問ですが、そのあたりも含めて確かめておきます。
2014/08/13 [うらら堂] URL #PTRa1D3I [編集] 

* 帰郷があるけん、箱崎たい。玄風館があるけん、博多たい。

デイトンのジャイアンさん、福岡のドラミちゃん

西の雄、餃子の帰郷がお二人の関心を引く一方、東の雄、焼き肉の玄風館はどうもおどろおどろしい印象を与えてしまったようですね。カルビ、ホルモン、テールスープの殺傷能力はかなり高いものがありますが、在日のおばちゃんが60年前に始めたというこの店もやはり家庭の味なのです。

昔一緒に深夜の博多を暴走して、今は北九州地区の白バイ隊員になっている友人によると、同じ名前の焼き肉屋さんがバンコクにもあってびっくりしたそうです。あの白い煙は風に乗って、国境も海も超えてどこまでも行くのでしょう。

白バイ君は、プライベート(非番)で博多の玄風館に食べに行く際は、駐車禁止の場所に路上駐車しているそうで、お客さんの場合、近くの交番が見て見ぬふりしてくれているのがわかっているからとか(マネしちゃだめですよ)。玄風館、大使館級の治外法権。

革ジャンに臭いがつくのが嫌なので、店内ではポリ袋に入れてもらい、たまにはタオルを肩にかけて上半身裸で食べるとか、ホンマかいな。そんな彼でも、不明瞭会計は苦手らしくて、最初に「お姉さん、これとこれとこれ、全部で***円分ちょうだい」と注文するそうです。で、食べている間は、携帯は必ず切ること。そうそう、彼が昔、店の人を「おばちゃん」と呼んで、同伴の僕までおおじょした(= 苦い思いをさせられた)連れでごわす。
2014/08/13 [November 17] URL #WV4V227M [編集] 

* Re: やはり...

うららさん、

そういえば日本はお盆ですね。
人にそう言われて初めて気が付くような外国生活を長く送って来たことを寂しく感じます。
子供の頃から20代の終わりまでは、自分の両親や兄だけではなく親類も含めて
私は葬式にばかり出ていたような記憶があります。
だからお盆の頃の寺院の光景は強く胸に焼き付いているのですよ。
読経を聴きながら提灯の列を眺めていたことを思い出すと、線香の匂いまでしてきます。

兄のことを数年前に書いたことがあります。

http://blog1942.blog132.fc2.com/blog-entry-84.html
2014/08/13 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: 帰郷があるけん、箱崎たい。玄風館があるけん、博多たい。

November さん、

福岡の町に偉大なる誇りを持つのび太くんに別にゴマをするつもりはありませんが
良いことを話してあげましょう。

その昔私が東京の大学のバンドでジャズをやっていた頃
毎年、春と夏に演奏旅行で日本中を廻ったものです。
のび太くんが酪農生活をした北海道だけは行く機会がなかったのですが(いまだに行ったことがない)
それ以外は青森から沖縄までほとんどの県へ行きました。

演奏会場は地方の中小都市の公会堂がほとんどで(中には学校の体育館もあったけれど)
そこへやってくる聴衆、とくに若い女性と会話をしたり彼女たちのファッションを見ると
その町の文化度がだいたいわかったものです。

それでいくと、東京以外でもっとも洗練された女性に会えた都市はというと、
私に言わせれば福岡でした。
いや、神戸だよ、というバンドの連中もいて二手に別れて論争があったのですが
私は神戸女性の強い関西弁にかなりの抵抗があって
福岡女性の柔らかな方言に大いなる安らぎを感じたものです。

だからこのブログ上で、のび太くんとうらら嬢のやりとりを聞くととても懐かしいような気になるのです。

2014/08/13 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* 銘菓、博多の女(ひと)

Septemberさん、

「福岡の町に偉大なる誇りを持つのび太くん」なのかどうかはわかりませんが、帰省する旅に博多の街が急速に変わっていくのを複雑な思いで見ているのが最近の僕です。

うらら堂さんに代表される、洗練された福岡の女性と言えば、子供のころよく見た「はだかの、じゃなくて博多の女(はかたのひと)」というバームクーヘンに餡子がはいったような土産菓子のコマーシャルを思い出してしまいます。

福岡のどっかの駅のプラットホーム、動き出した汽車にのっている学生の男を、和服の女性が追いかけていく。その女性の手には、なぜか「博多の女」の菓子箱が。バックには「博多の女」の歌が聞こえる。

古い映画「旅情」ラストシーンのパクリのような、陳腐だけど、かえって印象に残る15秒間。CMクリエータが偶然、地元の女性と一夜限りのアバンチュールを楽しんだらしき、東京かどっかから来た男子学生が列車に乗って去っていくのを、相手の女性を追っかけるのを見て思いついたと聞いたことあります。

もしかして、その学生さんってSeptemberさん?和服女性が手にしていたのは、菓子箱ではなく、キャバレーかクラブの店の請求書?心あたりありません?
2014/08/16 [November 17] URL #WV4V227M [編集] 

* Re: 銘菓、博多の女(ひと)

November さん、

残念ながら学生の頃の私には、和服を着たクラブの女性などはレパートリーにはなくて
(というのはそんなところへ行く金もなかったし)
もっぱら楚々とした良家の子女に専念していました。

博多で思い出したのは
演奏会当日の昼間、ランチ時間に銀行の制服を着た魅力的な女の子を博多の街で見かけて
すぐに花屋へ行って花束を買うとその子の銀行へ行ったことです。
そしてずかずかと銀行へ入ると、その子の座るデスクをめがけて突進して行き
びっくりしている彼女に、ものも言わずに花束を渡すと引き返しました。
花束には、今夜公会堂へぜひ来てくださいと書かれたカードが付けられていて・・・
今から思うとなんとも反吐の出るようにキザをことをやったものだと思います。

その晩、可愛いドレスを着てやってきてくれた彼女をロビーで見つけると
中に入れてあげたのは言うまでもありません。
演奏会後に中洲あたりのどこかで食事をして、そのあとはどうなったのか
記憶が急速に曖昧になります。
2014/08/17 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

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