過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

Profile

September30

Author:September30

Visitors Counter

Search form

メリー・クリスマスを皆さんへ

snowman03-blog.jpg

雪だるま
By Greren Eyes


雪だるまを見ることがもうほとんど無くなった。
最近の子供はそんなことをするより、温かい室内でコンピューターのゲームでもして遊ぶことを好むのだろう。子供だけじゃなくて動物だって今は屋内の生活に慣れきって、昔なら「ゆーきやこんこん、あられやこんこん」の童謡のように「いーぬは喜び庭駆けまわる」はずの我が家の犬も冬はあまり外に出たがらない。

そして今年は雪のないクリスマスになりそうだ。
冬の寒さは苦手だけど雪を見るのは大好きだなどと言って、数年前のブログに
《雪のない冬なんて、金のない休暇のようなもの、醤油なしで食べる刺身のようなもの、雲のない空のようなもの、あるいはクライマックスのないセックスのようなものだ。》
なんて書いたことがあるけど、つい最近関東から日本一の豪雪地帯と言われる新潟の山奥に住居を移された川越さんのブログで、雪に埋もれたこのご夫妻の生活を見るにつけて、雪が好きだなんて甘っちょろいことを言っていた自分が恥ずかしくなった。



さて
クリスマスの夜に賑やかなパーティに出かける習慣を止めてからずいぶん経つけれど、そんな夜、温かい自分の部屋でひとりで静かに聴く音楽といえばこれはもうバッハの無伴奏チェロ組曲以外にはない。


バッハ 無伴奏チェロ組曲 第6番から (1991)
Mstislav Rostropovich







あれは1970年代始めのボストンのことだった。
町中がクリスマスに沸き立っている中を、シンフォニーホールのクリスマスコンサートにロストロポーヴィチの演奏を、一人で聴きに行ったことを思い出す。プログラムは3部に分かれていて、ボストンシンフォニー(指揮は小澤征爾)との共演の1部と3部は何のコンチェルトだったのかまったく記憶に無いが、そのあいだに挟まれた第2部で、ロストロポーヴィチが広いステージに一人でぽつんと座って、バッハの無伴奏チェロ組曲の中の数曲を弾いた時のことは終生忘れることはない。
彼の弓が弦に触れた瞬間に、3千人の聴衆が僕の周りからふっと消えてしまって、そのあとはロストロポーヴィチと僕との一対一の対話となった。あるいはあれはバッハとの対話だったのだろうか? いやあれは対話ではなくて懺悔であった。訳の分からない激しい感情に襲われていた。あとからあとから涙が溢れて出て、抑えようとしても嗚咽の声が周りに漏れたにちがいない。隣にいた見知らぬ老婦人が心配して僕の顔を覗きこみ、固く握りしめていた僕の拳(こぶし)の甲を何も言わずにそっとさすってくれたことにどれほど慰められたか。

その頃の僕は、そのためにアメリカへやって来た音楽の修行をついに断念したことや、10年間一緒にいた妻が男と一緒にどこかへ消えてしまったことや、学校をやめたあと学生ビザが切れていきなり不法滞在者になったことや、生活に困って周り中に借金をしていたことや、今さら日本には帰れず、といってどこへも行く先が無く、といって死ぬだけの勇気もなく、いろんなことが一挙に重なって僕の心はガラス細工のように脆(もろ)くなっていたのに違いなかった。
そんな自分に、ロストロポーヴィチの重厚なチェロの旋律が時に優しく、時に厳しく染みこんで来て、そのダブルノート(重音)がギリギリと僕の腹わたをえぐった。彼はそれとは知らず一人の日本人青年の壊れかけた魂を救ってくれたのだ。


その数日後、僕がウェイターとして働いていたニューバリー・ストリートの『源氏』に、ロストロポーヴィチと小澤征爾を入れた数人のグループが姿を見せた。自分の担当のテーブルではなかったので、そばを通った時に、顔見知りというより音楽学生だった頃にいろいろとお世話になった小澤さんに挨拶をしたが、小澤さんの隣で鮨を食べていたロストロポーヴィチに、ひとことだけ「ありがとう」と言いたい強い気持ちがあったのに僕は何も言えず、そのあとは遠巻きに彼らのテーブルを眺めているだけだった。もしあの時、僕が「ありがとう」を言えたとしても、この世界的なチェロの巨匠にそれがどんな深い意味をもっていたかをわかってもらえるはずもなかったのに。

この曲にはそんな思い入れがあるのである。



それはともかく

皆さん、メリー・クリスマス!

来年もどうぞよろしく…

September30





ブログランキング にほんブログ村 写真ブログ 一眼レフカメラへ
スポンサーサイト

コメント:

* こちらこそ

来年もどうぞよろしくお願い致します。
是非、日本にいらしてください。

私もとりあえず、来年までは生きていようと思います。
2014/12/24 [micio] URL #O/XG6wUc [編集] 

* Re: こちらこそ

micio さん、

来年は絶対に日本へ行きますよ。
今年は帰国できなかったんだけど
振り返ってみるとこれは異例なことなんです。
2014/12/24 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* 一曲に

それだけの思い入れがるとなると、正座をして聞かなければなりません。笑
2014/12/24 [inei-reisanURL #pNQOf01M [編集] 

*

この世の音楽を一つだけと言われたらこの組曲を迷いなく選びます。
理由は、わからない。
カザルス、フルニエ、ポービッチ、ヨーヨーマ、藤原真理。
手元には全曲録音のCDが増えていきました。

ポービッチはDVDを持っていて、この動画がその一部です。
1991年にパリから200キロ離れた村で録音されたものです。
ポービッチが語りかけます。
「私は今63歳です。レコーデイングを前に楽譜を検討し解釈は大きく変わりました」
画面ではポービッチが座る部屋の遠くに山が見え、
テーブルランプがいくつか灯り外は雨です。
ショパンの即興曲を軽く弾き黄金分割の説明。
タンゴを弾いて属和音から主和音に戻ったときの時の解放感の素晴らしさの説明。
平均律プレリュードを例に挙げて上昇と下降をピアノで説明。
そんなふうにお話を挟んで6つの組曲が教会で演奏されます。
二番のプレリュードで私の胸の水はいっぱいになります。

September30さんの魂を救った演奏。
凄く納得します。
このDVDを来る日も来る日も見ていた日々が私にもありますから。

今夜はTVの両脇のスピーカーをオンにして、
1時間半ロストロ・ポービッチと対話をしながら6つの組曲を聞こうと思います。











2014/12/24 [ムー] URL #qiVfkayw [編集] 

* Re: 一曲に

inei-reisan さん、

バッハを始めビバルディやスカルラッティ(最近の私が入れ込んでいる)などのバロック音楽は
正座して聴いても良し、料理をしながら、本を読みながら聴いても良し、で
ロマン派の音楽と違って私には理想的なBGMです。


2014/12/25 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

ムーさん、

バッハの無伴奏チェロ組曲がなぜそこまでムーさんに取り憑いたのか興味があります。
でも本人のムーさんにもわからない理由が私にわかるはずはないんだけど、勝手な想像を許してもらえれるとすれば
それは一種の信仰のようなものじゃないかなあ。

無神論者の自分でも神の存在を信じる一瞬があるのはパリのサント・チャペルで経験しましたが
http://blog1942.blog132.fc2.com/blog-entry-92.html
それと同じものをバッハの無伴奏チェロ組曲に感じるのは私だけじゃないと思うんだけど。

私の所有するロストロポーヴィチのCDは同じ時の演奏です。
ムーさんのコメントを読んで、これはDVDを手に入れなくちゃ、とすぐアマゾンへ注文しました。
「タンゴの属和音から主和音に戻ったときの時の解放感の素晴らしさ」 なんて聞いたら
昔から自分もそう感じていただけに(フラメンコもそうだけど)、これはどうしても見なくちゃ。

今夜はクリスマスイブ。
十年ぶりくらいで教会の真夜中のミサに行くつもりです。
ここのコーラスはなかなか素晴らしい。
2014/12/25 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* 管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
2014/12/25 []  # 

* バッハ

ピアノを習っていた時にはバッハは本当に難しくて、暗譜していたはずなのにうっかりどこかでミスをすると、同じ場所から抜け出せなくなる恐ろしい曲ばかりでした(苦笑)
ペダルもふまず、淡々と引き続けるのみのバッハよりもショパンやリストの激しさや技巧の方が解りやすかったのは、私が若くて単純だったからでしょう。
ピアノをやめ、いろんな事に挫折したころに聴いたマイスキーの無伴奏チェロ組曲にびっくりしました。そこでバッハの素晴らしさに開眼し、今でも飽きずに聴いています。入院した時にもバッハのCDばかり聴いていて、若い看護師さんに「何を聴いているんですか」と訊かれた時に「バッハ」と答えて会話をぶった切ってしまったことも… 若い人はバッハどころかクラシックも敬遠しますので、話の接ぎ穂がなかったのでしょう(^^;

弦楽器は時に心に直接響いてきます。心の奥深くの襞の間に、ひっそりとしまいこんでいた感情や、蓋をして目を背け続けてきた感情に、いきなりアクセスしてくる感じがします。若きSeptember30さんの心をいきなり裸にしてしまったのも、弦楽器のなせる技かもしれないと思っています。
クラシックギターによる無伴奏チェロ組曲も素敵ですよ。BGMにするならギターの方が私にはしっくりきます。チェロだと心をえぐられてしまう瞬間があるので…

閑話休題。学生ビザといえば、先日発行された私のビザをチェックしていたら肝心のビザタイプが違っていて、慌てて米国領事館に連絡しました。再発行待ちです。どうやらすんなり出かけることは出来なさそうです。
2014/12/25 [nicoURL #- 

*

宗教が生死観だとするとどうも宗教ではないような気がします。
わけてもポービッチに魅かれるのは、
大河の流れのような寛容。
雄大な父親に抱かれるような安心感。
やはりキリストですねこれじゃ(笑)

nicoさんがおっしゃるように私の年とも関係があります。
若いころは同じようにショパン、リスト、チャイコフスキー、
激しくセンチメンタルな曲に胸を焦がしました。

けれど、いまバッハならなんでもいいわけでは全然なく、
無伴奏に限るのが自分でもわかりません。
ピアノならパルティ―タ。
アルゲリッチのパルティータは素晴らしい。
全曲のCDが無いようなのが残念です。

何はともあれ、
人生を長くやってきた果てにポービッチの無伴奏に出会えた。
単に音楽ではない何かに。

2014/12/25 [ムー] URL #qiVfkayw [編集] 

* Re: No title

鍵コメさん、

私信を送りました。
2014/12/26 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: バッハ

nico さん、

私も子供の頃、ピアノの先生にベートーベンやモーツアルトばかり弾かされてうんざりしていました。
(モーツアルトはずっとあとに成長してからは大好きになったけど、ベートーベンは今でもついに好きになれなかった)
それで初めて自分では大好きだったショパンを弾かされた時にも、先生は不満足そうでした。
たしか「あなたにはまだ早過ぎるのね」とか言われて子供心にすっかり失望したと思います。
それが、バッハの2声インベンションを初めて弾いた時に
それまでのどんな音楽とも違うユニークさ(対位法)にびっくりすると同時に非常に面白かった。
それまでは聴いてもまったく興味のなかったバッハが、自分で弾くことでいきなり私の中に飛び込んできたのです。
先生が大いに感激して、やっぱり男の子は違う、長い間ちゃらんぽらんに稽古をしてると思っっていたけど
ちゃんと先生の教えることがわかってたのね、とかなんとかすごく褒められました。
その時子供心に、バッハは聴く音楽じゃなくて自分で弾く音楽だ、なんてわかったような気がしていたものです。

おっしゃるように人間の体質に1番ピッタリくるのは弦楽器じゃないかな、と私も思います。
それを改めて痛感したのが仏映画の 《Tous Les Matins du Monde》 邦題は《めぐり逢う朝》 でした。
そのことは以前に書いているのですが、機会があればぜひ見てほしい映画です。
http://blog1942.blog132.fc2.com/blog-entry-224.html


あらあら、ここまで来てビザのトラブルとは、大変でしたね。
でも事前に気がついて良かった。
そうじゃなければどこかで引っかかって、もっと大変なことになったでしょう。
2014/12/26 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

ムーさん、

私が信仰と言ったのは宗教ではなくて、自分自身の中に強く信じるもの
というような意味合いだったのですが
突きつめると結局は宗教になるのかもしれませんね。
『ムー教』 とでも言うか? (笑)

ムーさんがロストロポーヴィチの無伴奏に出会えたのは
これはまちがいなく宗教で言う Revelation ですよ。



私はどちらかと言えばバッハならなんでもいいという方です。
ところがこれは私には珍しいことで、
音楽だけじゃなくて文学でも美術でも私は作家ではなくて作品単位という姿勢がいつも強くて
この人のものならとにかくなんでも好き、というのは
クラシックではショパンとバッハ、絵画ならレンブラント、文学では皆無じゃないかなあ。
ジャズピアニストではレッド・ガーランドならなんでも好き。
あ、それから
女性なら誰でも大好きです。(笑)




2014/12/26 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* 女性なら誰でも大好きです

これはいただけない
実際そうでも、表明するのは良くないわ

私のことだけ好き(たとえ嘘でも)に意味があるのです
2014/12/26 [のほほん] URL #60nqeuCY [編集] 

* Re: 女性なら誰でも大好きです

のほほんさん、

あはは、でも実際そうなんです。
私の女性への愛はたとえ悪女でも意地悪女でも
どんな女性へもあまねくそして惜しみなく降り注がれるのです。
2014/12/27 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

コメントの投稿

:
:
:
:
:

:
: ブログ管理者以外には非公開コメント

トラックバック:

>>>> http://blog1942.blog132.fc2.com/tb.php/798-eefb37e8
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)