過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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花信 その二

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帰ってきた枝垂れ桜



咲いた。
僕の楊貴妃は、ちゃんと帰ってきてくれた。
もし浮気をして離れていった愛人が、ある日おずおずと帰ってきたら、その女を迎えた僕はきっとこんな気持ちになるのだろう。
よしよし、もういい、何も言うな、 と、そっと抱きしめてやりたいような、そんな優しい優しい気持ちである。

一本の木に対して、こんな感情を持つことが可能だなんて、自分でも驚く。
草木や花を愛する人は世間には多いけれど、自分は生まれつきそういう人たちの中には入らない、ということを僕は知っていた。 それは今でもそうだ。 その僕が、1本の木を、しかも我が家の所有でもない隣家の枝垂れ桜を、これほど気にかけるのは不思議だった。

「情が移る」 とはこのことかもしれない。
1年365日。 その毎日毎日の起きている時間の大半を、僕は仕事部屋の机で過ごす。 その机のそばの窓のすぐ外に、この隣家の桜の木はあった。 机上のモニターから疲れた目をそらすたびに、その目は自然とこの桜の木へと行っている。 自分の心が平静な時も、怒りや悲しみで揺れている時も、無意識のうちにこの木を眺めていた。 別にそれで慰められるというわけでもない。 目はその木に向いていても、実際は何も見ていず、思考は内へ内へと飛翔しているのがふつうだった。
それにもかかわらず、桜の木の残像が僕の虚ろな目を通して、心象としてしっかり焼き付いてしまい、長いあいだには自分でも予想しないままに、密かな愛情へと変わったのかもしれなかった。

そして毎日、夜10時頃になると、隣家の庭の灯がまず消え、それから家中の灯が次々と消えてお隣は眠りにつく。 窓の外が闇となった時、そこで僕は初めて窓のシェードを下ろす。 とたんに自分の部屋が、小さな孤独の空間へと変貌して、現実の世界からとり残されてしまったような寂しさを感じるのはその時だ。

そして明くる朝、目が覚めて仕事部屋へ行くと、まず最初にやるのは、窓のシェードを上げるのが習慣だ。 いきなり朝の光が溢れ、その光の中に、今日も楊貴妃の姿がある。
さあ、新しい1日の始まりだ。




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繚乱




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コメント:

* 桜咲きましたね。

こんにちは。
桜咲きましたね。

桜はただ生きて桜の咲く日を桜と一緒に迎えた
というだけで嬉しくなる花です。

私も昨日は開成山公園という所にある
我が街一番の桜の並木を潜って来ました。

またお伺いします。
2015/04/17 [いらくさURL #EvmDRqhQ [編集] 

* お見事です

一気に開花しましたね!
枝垂桜は大きくなるので見ごたえがあると思います。
実家の枝垂桜もあっという間に大きく高く育って、今では二階のベランダから枝に手が届きそうなくらいです。
こちらの楊貴妃はいったいなんという種類なんでしょうね。
2015/04/17 [nico] URL #- 

*

あでやかですね。
枝垂れ桜は色も濃い目なので染井吉野に比べて女度が高いです。
風に揺れるところも風雅で、私を見て見てと言います。

木に魂が宿りそうな種類ってやはり桜なんでしょうか。
たとえば椿にそういう感情を持つことはありません。

私にとってはバラも特別な花木ですが、
それは手塩にかけているという事情です。

生まれ変わったら大きな大きな木になりたいと言った人がいたけど、
それは随分寂しいんじゃないか?と思いました。
そういう心境もわからないではないけど。
2015/04/17 [ムー] URL #qiVfkayw [編集] 

* Re: 桜咲きましたね。

いらくささん、こんにちは。

桜は、日本人の心に生きる花だというのは
毎年この季節になると、日本人の書くブログがいきなり桜のことばかりになるのでもわかります。
昭和を知らない若い人達でさえそうです。
そんな世界を遠く離れて外国に生きてきた自分が、偶然にも隣家の枝垂れ桜との出会いがあって
ここまで思い入れてしまうのは、私もやはり日本人なのだ、という証拠でしょうか。

2015/04/17 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: お見事です

nico さん、

なんという種類か、なんて
私にはもちろん無理な質問だけど、隣家のアメリカ人にはもっとムリでしょう。(笑)
花も男と同じで、愛してしまえばアメリカ産でも日本産でも変わりない。
でも女だけはやっぱり日本産が世界で最高です。
2015/04/17 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

ムーさん、

そうか、枝垂れ桜は女度が高いか。
たしかに…
軽やかな微風にさえ、頼りなく揺れてしなを作るところなど、他の桜には見られず
いやいや、と言いながらも、いつか身を任せていく女の風情がじゅうぶんです。

と、私の花への印象はせいぜいそんな卑しいところに尽きてしまうようで
いつかじっくりとムーさんの花談義を伺いたいものです。


生まれ変わったら大きな大きな木になりたい、なんて
私にしたらとんでもない。そんな心境わかりません。
そんな木を「唐変木」と言うんじゃないかなあ。(ごめ~ん! これは冗談)

私は生まれ変わるとしたら
千年も万年もどっしりと動かない石になりたい。
2015/04/17 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

あの年のあの日
父の病室から見下ろした景色は全て桜色に染まっていました。

察しの良い父は、はっきりと病名を答えない私に、もう病名を聞くことをやめて、穏やかにベッドに横たわっていました。

怒る姿を見たことがない父は、狼狽えることもありませんでした。

窓の外を眺めながら世間話をして、でも、私は全く別のことを考えていました。

先程、ドクターから余命を宣告されて、
父は来年のこの桜は見られないのだ。
これが最後の桜なのだと。
なぜか涙は出て来ず、静かな静かな気持ちでした。

それから1ヶ月程して、父は旅立って行きました。

遠くに港が煙る忘れられない桜の思い出です。

すみません。
せっかくの春爛漫に。




















2015/04/17 [たま] URL #6moyDOY6 [編集] 

* せっかくの春爛漫に、だなんて

そんなご心配はご無用と思います。

刺さるような想い出があってもなくても、満開の桜に圧倒されると、この世とあの世の境目のような気配を感じてしまう方は多いのではないでしょうか。特にこのサロンは平均年齢が高めですし。

散る桜 残る桜も散る桜  うろ覚えだったので検索してみたら良寛和尚の御作でした。
2015/04/18 [うらら堂] URL #6facQlv. [編集] 

* Re: No title

たまさん、

最後の桜…
ああ、なんという思い出でしょう。
たまさんが以前に切れ切れに話してくれたお父様のことや
あなたのブログに載せられた、お父様が若いころの、幾つかのすばらしい随筆を読んだことがある私には
知らない人のように思えません。

自分の運命を静かに受けとめて逝かれたお父様に
人間の誇りと尊厳のようなものを感じます。

たまさんは毎年この桜の時期になると、満開の桜の樹の下で、春だ花見だと浮かれる群衆に混じって
きっとあの日のことを、ひっそりと思い出しているのでしょう。
そして酒を飲んでいることでしょう。(笑)

私も今、隣家の枝垂れ桜を目の前にしながら、
お父様のために乾杯します。
2015/04/18 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: せっかくの春爛漫に、だなんて

うららさん、(ふくろうサロン 短歌部御中)

櫻の樹の下には屍体が埋まっている。
と書いた梶井基次郎ほど、あの花の美しさやおそろしさを表現した者は他にないようなが気がします。

あの短い文章を今また読むと、死を予感している梶井の、研ぎ澄まされた感性が凝縮されている…
それに触発された、というわけでもないけど、一首。

死を思う目に繚乱の桜かな
日本のことは
夢のまた夢
2015/04/18 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* 春の夢

春の宵夢の底より舞い上がる花吹雪の中ふくろうが飛ぶ

もちろん行先は日本です。
2015/04/19 [ふくろうサロン短歌部] URL #6facQlv. [編集] 

*


今は亡き叔母か父を詠んだ歌を三句


水光る河幾筋か越えて行く病む弟の顔を見むとて

ぎしぎしと列車が河を渡る音今日は嘆きのごとく身を揺る

わが短歌は哀訴に似るとあわれみし弟の骨の白きを拾う



2015/04/19 [たま] URL #6moyDOY6 [編集] 

* Re: 春の夢

ふくろうサロン短歌部さん、

力づけてくださって、ありがとう。

ふくろうの翼とどかず
ふるさとは
いま爛漫の春にやあらむ
2015/04/20 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

たまさん、

歌人であった伯母様の作品の紹介、ありがとう。
哀訴のようだと評したお父様もまた、生きることの悲しみを噛みしめていたのだと
私は思います。

2015/04/20 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

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