過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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September30

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小さな贅沢

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久しぶりにリンダの店へ顔を出す。
しばらく行かないうちに、ものの数が驚くほど増えていた。
一つ一つを手に取ったりして丹念に見ていくと、楽しくて時間がたつのを忘れてしまう。 まるでお伽の国だった。

もともとリンダの店は、骨董店といういかめしい古臭さがまったくなくて、洒落たクールな小物がぎゅうぎゅうに詰まった明るいブティックという感じ。 古いものがもちろん多い中に、現代のアーチストの作品もあれば、アメリカ、ヨーロッパ、南米、アジア、と世界中のものが、一見混沌としたカオスの中に綺麗に並べられている。 目の玉が飛び出るような高価なものはほとんど無く、たとえば100ドル札を手にしてここを訪れれば、いろんなものをいっぱい自分のものにすることができる。 実に楽しい贅沢である。

今日の僕の収穫は、前から探していたマテニーグラス。 大き過ぎず脚も長過ぎず、紙のように薄いガラスでできていて、一度過(あやま)って倒せばそのままコナゴナに壊れそうな繊細なもの。 おそらく1950年代のものだろう、とリンダは云う。 ほんとはペアで欲しかったんだけど、1個だけの片端ものだった。 値段は16ドル。 リンダがていねいに包装してくれたそのグラスを持って、小さな幸せを感じながら帰途につく。
さあ、このグラスで飲む最初の一杯は、どんな味がするだろう?






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リンダのポートレート




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コメント:

*

こういうお店はヤバいです。
(ヤバいは危険という意味ですが、
若い人は、素敵っ!と言う意味でも使います)

あれこれ欲しくなり、
その結果うちの中はガラクタだらけの様相を呈します。
アトリエみたいな雰囲気にはどう頑張ってもならない・・・

いちいちどけて掃除をする気力も最近はなくなりました。
それでも見回せばあるな~いろんなものが(笑)
2015/05/13 [ムー] URL #qiVfkayw [編集] 

*

で、マテニーグラスどこかにありますか?
おあずけしないで、見せて下さいな。
2015/05/13 [たま] URL #6moyDOY6 [編集] 

* Re: No title

ムーさん、

こういう小物を集めるのは、洋の東西を問わず、やっぱり圧倒的に女性に多いのだろうなあ。
男性はどうしても、大きな置物とか家具とかに目が行くんじゃないですか?

どちらにしてもアンティークは、店先で鑑賞するだけではなくて
それを自分のものにする可能性がある、というところが一番の魅力です。
それがなければ、骨董屋めぐりや蚤の市めぐりなど、なんとつまらないことか。
2015/05/14 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

たまさん、

この記事は続編を載せるつもりでいるので、その中で、まだ私の所有になる前の
マテニー‐グラスを紹介しましょう。
2015/05/14 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* こういうものを

集めてる男と一緒に住んだんです。初めてその家に住んだとき、あまりの埃の多さに、掃除にうんざりし、途中で諦めました。私はものを持たない主義なので、ものをもつ人の気持ちを理解するにはなにかたりないようなのです。それ以来、全てをガラクタと名称したのを覚えています。どうして捨てれないかの理由を聞くと、永遠に話がおわらないのですから。あ、septermberさんのがガラクタとは一切いってませんよ!一緒に住むとなったらっていうたとえ話です。
2015/05/14 [inrei-reisan] URL #pNQOf01M [編集] 

* Re: こういうものを

inrei-reisan さん、

私も、ものを捨てない主義のひとと長年暮らしているので、とにかく「捨てる」という作業は私の仕事となっています。
もちろん、彼女の骨董のコレクションを捨てることはないけれど
それ以外のものはどんどん捨てます。
それでもものが増えていっているのは、困りものです。
2015/05/14 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

私は「ものを捨てられない」「片付けができない」「掃除ができない」という、かなり困ったタイプです。おまけにそんな意識はないのに細かなものを集めてしまうタイプでもあります。こういうのは男としては珍しいほうなのかも。なので、こんなお店には足を向けないようにしています。でも魅力的な品揃えですね。
2015/05/15 [川越] URL #uvrEXygI [編集] 

* Re: No title

川越さん、

1 ものを捨てられない
2 片付けができない
3 掃除ができない
4 そのうえ細かなものを集める

これは男として、というより人間として最低の部類に入ります。(笑)
きっと奥様は菩薩様のような優しい方なのでしょう。

私は2と3は同じでも、少なくとも、1と4は免れています。
2015/05/15 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

>September30さま
わはは、つい笑ってしまいますが、否定はしません。

幸いというか、不幸なことにというべきなのか、うちの相棒が片付けと掃除が趣味のような性格なので、日々怒られていて、ときに別れの引き金になる一歩手前まで行きます。それでもなかなか治らないのが困ったところです。
2015/05/15 [川越] URL #uvrEXygI [編集] 

* 最低の部類...

1 ものを捨てられない
2 片付けができない
3 掃除ができない
4 そのうえ細かなものを集める

私、これ全部あてはまっています。(人間関係に関しては、たまに大胆な片付けをしますが)おまけに川越さんとちがってありがたい相棒もいない。

衛生観念だけは発達しているので、食べ物と水回りは無事ですが、あとは、いい加減。でもね、家は病気にならない程度に清潔で、ほっとできる程度に散らかってるのがいいんだってば。きっと誰か偉い人がそういうことを言ってるはずです。

というのはともかくとして、今回の記事は写真の組み合わせも面白いです。全部一度に撮影なさったのかどうかわかりませんが、ブツに合わせて見上げたり見下ろしたり寄ったり引いたり被写界深度を変えたりしながらぱしゃぱしゃとシャッターを切るという幸せな時間が詰まってるように見えます。
2015/05/15 [うらら堂] URL #PTRa1D3I [編集] 

* Re: No title

川越さん、

奥様が片付けと掃除が趣味というのは、心から羨ましい。
うちの場合、片付けはふだんは無しで
時たま1日かけてものすごい勢いでやるようです。
掃除も私がやらないので、しかたなく彼女がやりますが
それも必要最小限というところです。
2015/05/16 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: 最低の部類...

うららさん、

おっしゃるとおり
写真を撮るという行為は、私にはとても幸せな時間です。
この一群の写真と次回の写真は、数回に分けて撮影したものです。
朝だったり午後だったり、暑かったり涼しかったりしたので、ショットによって光の質が大きく違うのはそのためですね。

このシリーズは自分でとても楽しんだのだけど、一つだけ気になったのは
写真を見る限りでは、それぞれのモノのサイズがハッキリとわからない
ということかな。
たとえば、
2は高さ6cmほどのもの
4はそばにティーカップがあるから、サイズのレフェレンスになってるとして
8は身長30cm
9も実は小さな小さなミニチュア
10は実際に顔にかぶるサイズの大きさ

というぐあいに…

あ、それから店主のリンダが売り込みをしていますよ。
「好きなものがあれば、日本でもどこでも送るから、買ってえ~」
2015/05/16 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

>うらら堂さま
うちのは掃除と片付けが趣味のような性格ですが、面白いことに自分なりのルールがあるようで「これはいいのかい?」ってことがよくあります。たとえば台所のテーブルの下に無造作にビニール袋に入れたヒールが投げてあったり。

ということで、なにからなにまで片付いていて落ち着かないというほどでもないんです。ただねぇ、その無造作と整理の境のルールが掴めないのが問題なんですよねぇ。

ともあれ、同じような底辺の仲間がいることには、精神的にも安堵感があります。
2015/05/16 [川越] URL #uvrEXygI [編集] 

* Re: No title

川越さん、

完璧じゃなくてどこか緩んだところがある、
しかも本人だけにしかわからない、無造作と整理の境目のルールをもっている、
それが個性と呼ぶべきものですよ。

うちの女房も奇癖と呼んでもいいような、どうしても理解のできない癖があって、それは
キッチンでも浴室でも、壁のキャビネットのドアを開いて、ものを取り出したあと、絶対に閉めない。
それを閉めてまわるのは私の仕事です。
部屋のドアとか玄関とかはそんなことをしないのに
キャビネットだけは必ず開け放しなんです。

そしておもしろいのは、
人の家へ行くと、それが無いんですよね。
2015/05/18 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

>September30さま
個性といえば個性なんでしょうけど、それでイライラされるほうとしては、どうにも合点が行かない話しでもあります。

ところで開けっ放しの話しは思わず「ふぅ〜ん」と声が出ました。キャビネットとは違いますが、実は私もドアを閉めるのはなぜか嫌いなんですが、部屋のドアや玄関のドア、トイレのドアは閉めますし、ちゃんと閉まっていないドアを見るのは、自分のことは棚に上げどうも気になります。

たまに「なぜかな?」と自問したことがあるのですが、おぼろげに感じるのはたぶん音を出すのが嫌なんだと思います。でもプライバシーや世間体、安全面は気になるので、部屋や玄関、もちろん他所におじゃましたときにも閉めます。

音もなく締まるしっかりしたドアばかりならいいのですが、軋んだり勢い余ってバタン!となるのは苦手です。なのでいつしか閉めないようになった気がしますが、それと同時に少し開いているのを見ても、あまり気にならなくなったような気もします。

音に関してはトラウマなのか、鉄橋の下など轟音が来るのがわかっているところでも、轟音が轟くと気持ちが竦んでしまうようなところがあるので、精神的なところでなにかしら些細な問題があるのかもしれまんが、原因を想像するのは少し難しいです。でも同じような人がいるのは面白いなぁと感じました。
2015/05/19 [川越] URL #uvrEXygI [編集] 

* 底辺の仲間

川越さん、

(うららには「様」をつけてくださっているのにすみません。常識的には返信には同じように「様」をつけるべきところなのですが、別の常識が、Septemberさんはじめ他のみなさんに「様」使っていないぞとざわざわと騒ぐのです。この件で何日も小さな胸を痛めてしまったので、それに免じてお許しください)

さて本題です。辞書クラブ(書籍送付部?)とは違って、底辺の仲間は増えませんねえ。でも、名乗り出ないだけといういう人は結構いると思います。みんなで心のなかで手をつないでおきましょう。

2015/05/19 [うらら堂] URL #6facQlv. [編集] 

* Re: No title

川越さん、

「無くて七癖」 といいますが、自分の癖は人に言われるまでは気がつかない事が多いようです。
私の息子なども、トイレから出る時に絶対に灯りを消さないという癖が子供の頃からあって、うるさく言っていたのは、
電力の節約というよりも、常識的なマナーとしての意味があったのですが
いっこうに効き目がありませんでした。
それが最近、いっしょに親類の家へ行った時にちゃんと明かりを消して出てきたのを見て、
なんだ、よその家に行けばできるんだ、と苦笑しました。
ところがその息子が我が家へ来てトイレから出てくると、やっぱり灯りはつけっぱなしです。

川越さんのドアを閉める(閉めない)話はおもしろいです。
息子の例もそうですが、社会的に他人に関係しない、自分だけとか、家族内とかでは
癖というのが思う存分出てくるのでしょうか?
2015/05/20 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

>うらら堂 さま

気を遣って頂いて、ありがとうございます。いや、「気を遣わせてしまい、申し訳ありません」のほうが適切なのかな?

こちらのブログでは他人行儀な「様」よりも、友人同士のようにより親しみを感じる「さん」のほうが適切かもしれませんが、どうも人見知りの性格もあるのか、こちらからの一方的な好感だけで宛名に「さん」を使ってしまうのが、どうも落ち着きません。

そのぶん漢字の「様」ではなく、個人的には多少柔らかな印象になる気がする「さま」を使わせて頂いてますし、文中では「さん」を使わせて頂いている場合もあります。ともあれ、数日間も気を遣わせてしまい、申し訳ありませんでした。

うろ覚えですが、以前September30さんも、「いつまでも他人行儀な日本人・・・云々」という感じのことを書いていたように思いますが、わかっていてもなかなかうまくやれません。こういう「場の雰囲気を掴んで回りに合わせる」ことが自分には苦手なのかもしれません。

私のほうは全く気にしていませんので、呼び捨てでもなんでもけっこうです。今後とも底辺仲間・・・というのはどうもあまりいいイメージではありませんが、よろしくお願い致します (^^)/
2015/05/20 [川越URL #uvrEXygI [編集] 

*

>September30さま

「無くて七癖、有って四十八癖」なんて言葉は自分の回りではさっぱり耳にしなくなりましたが、こちらのブログでは古の言葉を目にすることが多いような気がします。案外日本を離れているほうが、無意識のうちにもかつての日本を大事に持っているのかもしれないですね。

しかし息子さんの例もそうですが、外ではいろいろな条件によって抑えられていたものが、自分の家に帰ると開放され、ありのままの自分の感性がでてくることは想像できますね。

だから、いくら好きな人と一緒に暮らすと言っても、最初はどうも落ち着かないなんてことがあるんでしょうね。こんなことは当たり前のことのようにも思えますが、考えたことがなくて興味深くもあります。
2015/05/20 [川越URL #uvrEXygI [編集] 

* Re: 底辺の仲間

うらら様、

相手が誰だろうが気安く「さん付け」で呼んでしまうのは昔からの私の(悪い)習慣です。
そのためにうらら様のか細い胸を痛めさせてしまったのは、ほんとうにごめんなさい。

つい数年前まで現役で仕事をしていた時も、
正式文書はともかく、メールでは相手がクライエントであろうが、何々様と書いたことはついぞありません。
だって、面と向かえばお互いに様と呼ぶことはないのに、なんでメールでは?
と思うのは、もちろん長年日本を離れて生きてきた私には、そういう大人の常識がまったく抜けているのですよ。

その証拠に、私には大学時代の仲間が10人ほどいて、(もっといたんだけど、近年二人死んじゃった)
今でもしょっちゅうメールのやりとりが続いているんだけど、
皆さん相手をさん付けで呼んだり、自分の事を「私」と書くのですね。
どういう訳か私だけが、相手の名は昔のように呼び捨て、自分のことを「俺」と書きます。
貴兄なんて書きません。
お前です。

そのためにお互いの関係がおかしくなったという事もないようなので、
これはこのまま続きそうです。




2015/05/20 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

川越さん、

日本を離れているほうが、かつての日本を大事に持っている、なんて言われると
なんかカッコよくて嬉しくなり、そのあとで照れてしまうのですが
実際のところを暴露してしまうと
私の中には昔の日本しかもう残っていない、という方が真実に近いようです。

それで思い出したのは
ずっと以前に日本の郷里から友人が3人、アメリカのわが家まで遊びに来た時に、
私の父の実家があったある田舎の村の話が出て、その村は駅からどのくらい遠いの?
と訊かれて
「えーと、そうだなあー。 たぶん三里ぐらいはあったなあ」 と答えたとたんに
全員が、飲んでいた酒を吹き出した事がありました。
この話は今でも繰り返されます。
2015/05/20 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

>September30さま

(^^) これは大ヒットですね!

私のいま住んでいるところのジジババ達も、さすがに「三里」とはいわないです。一里がおよそ4キロと習ったように思いますが、感覚としては全くわかりません。

尺貫法も家の部分を測るときには便利なこともありますが、やっぱり感覚としては理解できないです。建築関係の人達は今でも使いますけどね。でもそれが感覚的に掴めるって、なんだかすごいです。一升一合くらいだと、感覚的にもわかるんですけど、これは酒飲みだからですね。
2015/05/20 [川越URL #uvrEXygI [編集] 

* Re: No title

川越さん、

「三里」 という言葉はその時わりとすんなり出てきたんだけど
もちろん私も日本にいたころそれを使っていたわけではありません。
ただ、川越さんの中の三里よりも、私の三里は、いくらか日常的に馴染みがあったのは確かでしょう。
あの時、距離を訊かれてとっさにマイルが出てきたんだけど、
日本人にはわからないと思い、といってキロは私の感覚がもうなくなっている。
そのうえ、昔の日本の田舎の話しをしていたので、なんとなく「三里」がぴったりのような気がして
それが出てきた、というわけです。
2015/05/20 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* か細い胸

Septemberさん、
川越さん、

おふたりからご丁寧コメントをいただいてしまって、恐縮です。この状況を両手に花とは言わないのかもしれないけど、とにかく...豪華です。わくわくです。か細い胸も膨らみます。

Septemberさんに「さん」をつけてきたので、今後ともどなたの場合もそのようにいたしますが、川越さんが書いておられるような、落ち着かない気持ちというのはなんとなくわかるような気がします。ことさらに相手に「敬意」を表するために、ではなくて、なんというか関係を大事に維持するのに適した(というか、ほどのよい)距離がよくわからないときは、少し丁寧にすることでクッションをつくるというのは、生きていくうえで必要な技術のように思います。それにしても、様ではなくてひらがなの「さま」...。そのお知恵にも頭がさがりますが、日本語って豊かだなあとあらためて思います。

自然にふるまってるだけのつもりだったのに地雷を踏んでしまって、なんかやらかした結果になってしまったら、いけね!と頭をかきながら馬にまたがって西部をめざす、なんていうのは、いつでもできることではないから、難しいですね。

私が最後に学生だったときは、すでにりっぱなおばさんだったおかげで、自分より若い先生やら親子ほど年のはなれた同級生がいたのですが、先生方が私に対して敬語を使っておられたので、年下したの同級生はもちろん私に敬語を使っていました。そうなると、私としてもえらそうにしたくないので、うんと若い同級生に対しても敬語。となると同年輩の同級生に対してそれよりぞんざいにもできず話し方はきわめて丁寧。というわけで言葉づかいに関してだけいえば、めちゃくちゃジョーヒンな学生時代をすごしました。

でも、少し変わった人として認識されることで一種の免罪符を獲得しておくと、ああ、あの人なら仕方ないと許してもらえるという場合もありますね。道化師なら王様のお言葉にちゃちゃを入れても首をはねられずにすむというのに少し似ている。私はそれを目指そうかな。
2015/05/21 [うらら堂] URL #PTRa1D3I [編集] 

* Re: か細い胸

うららさん、

そうそう、免罪符ですよ、免罪符。
私の一生は免罪符をいつも懐に入れて生きてきたようなものです。
アメリカではどんなかしこまった席で、f**kとかs**tとか発言しても
みんな驚愕しながら笑って許してくれたし
日本人の世界に帰れば帰ったで、どんな馬鹿なことを言ったりしたりしても
嗤われこそすれ、それでお付き合いを終わりにされることもなかったようだし
「あいつは異邦人だから仕方がない。好きにさせておこう」
という雰囲気が私の周りには、いつの間にかできているようです。

ところで
殿はそろそろ道化をそばに置きたいような境地に到達しているんだけど
うららさん、どうですか。
ちょっと落ち込んだ時など、「おい、道化はどこじゃ。道化を呼べ」
なんてカッコいいじゃないですか?
でも、か細い胸にはちゃんと詰め物をして出てきてくださいね。
2015/05/21 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

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