過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

Profile

September30

Author:September30

Visitors Counter

Search form

恐竜、化石、貝類図鑑

IMG015-blognew.jpg

蒼の恐竜
Carnegie Museum of Natural History
Pittsburgh, Pennsylvania USA



僕が生まれたのは今から6600万年前の、地球が白亜紀の終わりに近づいていたころだった。
恐竜の子供として生まれた僕は、よちよち歩きのころから母がその太く長い尻尾を、振り子のように左右に振り動かしながら歩くあとを、遅れまいと必死でついて行った記憶がある。 時々その母の尻尾に触れて、小さな僕はすってんころりんと転んでしまう。 痛さに泣き声をあげる僕を、母はゆっくりと振り返って大きな二つの目で 「どうしたの?」 と問うと、長くて柔らかい舌を出して僕の体を優しく舐めてくれる。 ひとりっ子の僕にとっては誰とも共有しなくてもいい僕だけの母だった。
それからしばらくして、僕らの一族は幼い僕を含めて残らず地上から絶滅してしまう。 そして6600万年後に僕は今度は人間として再び生まれてきたのだった。

人間の子供として生まれ変わった僕にこの話しをしてくれたのは、腹違いの兄である。 年齢が離れすぎていたので兄というよりも僕にとっては優しい叔父のような存在だった。 痩せて背が高く、右の頬骨のあたりに小さな痣(あざ)があった。
兄は松江の大学の理学部で地質学を専攻していて、家から汽車通学をしていた。 そのころの兄は、小学生の僕をよく山歩きに連れて行ってくれたものだ。 兄がハンマーで崩した岩の小片をルーベを眼に当てて丹念に調べたり、それを大事そうに紙に包んで肩から提げた布製のカバンに入れたりするのを、僕はすぐそばにしゃがんで飽きることなく見ていた。
兄が恐竜の話をしてくれたのはそんな時だったのだろう。

ある時、そんな兄が発掘した2種類の貝の化石が、新発見ということで中央の学会で承認され、新聞に載ったことがあった。 兄はその二つの貝に付ける学名を、ラテン語の辞書を片手にあれこれと頭をひねっていた場面がはっきりと記憶に残っている。 長ったらしいラテン語の学名の最後尾には発見者である兄の苗字が含まれていた。

それからしばらくして兄は九州大学の大学院に行ってしまい、ある日わが家の玄関口で 「さよなら」 と言ったのが、僕が兄を見た最後になってしまう。 学会や大学から大いに期待されていた兄が、博士論文を発表する数日前に死体となって博多湾に浮いていた。 原因や状況などがいっさい謎のままになっている。
ずっと後になって、僕は実際に貝類図鑑のページに載せられた、兄が発見したという2種類の化石の写真を見たことがある。 兄の名前はそこに永久に残されていた。

兄の墓があるのは、彼が通った旧制中学に隣接した寺だった。 そこの墓地からすぐ向かいに学校の木造建の校舎が見えた。 その場所へ墓が決められたのは、母校へ通う学生たちを毎日見ていれば兄も淋しくないだろう、という両親の配慮だった。
そしてもうそのころは新制の高校に変わっていたその同じ校舎に、僕は毎朝兄の墓の傍をとおって通学した。



もし私が死んで、おまえが私の墓のそばを通ることがあれば
深い地の底から
きっとお前の足音を聞いていると思うよ。
Benito Perez Galdos


にほんブログ村 写真ブログ モノクロ写真へ
スポンサーサイト

コメント:

*

一見だまし絵かのような絵、天窓からの光なのでしょうか、
青が深くて屋内というより、海の中のようですね。
私もあの墓の横の道を通って、バレーコートの横に出て、
それから理科実験室の横を通って通学したのを思い出しました。
いえ、ちょっとおぼろげなのですが。

明日の今頃はポーランド上空の辺り、刻々入ってくるメールに気が焦ります。
2010/12/08 [のほほん] URL #60nqeuCY [編集] 

*

お兄様。素敵な方だったのですね。
写真の迷宮に一瞬入り込んでしまいました。
2010/12/08 [kaori] URL #- 

* Re: No title

のほほんさん、バレーボールのコートのことはよっぽど記事の中に書こうかと思ったのです。
あのコートのすぐそばに兄の墓はあって、飛んだボールがよく兄の墓石に当たったりしたのです。(ああ、懐かしい!)
理科実験室は私の記憶からこぼれているのですが(たぶん時代が違うから?)
柔道部の練習場は覚えています。野球場のスタンドのすぐ裏手でしたよね。そのとなりが音楽室と書道教室でした。

ところで今回のご帰国はお一人ですか?
2010/12/08 [September30URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

Kaoriさん、兄は私にまったく似ず、静かな学究肌の青年でした。亡くなったときには婚約者もいたのですよ。研究室の助手をやっていた女性でした。彼女が兄の墓参りに九州からやって来たときに私も会っています。

この写真はもともとこんな色合いではないのですが、なぜか水の底に沈んでいるイメージがあって青を強調してみました。
2010/12/08 [September30URL #MAyMKToE [編集] 

*

September 30 さん、帰国は一人です。
片付けなど大分終わって明日はパッキングです。

柔道部の建物は覚えています。音楽室は新館にありました。
7、8年前に訪れた時はすっかり様変わりしていて、
当時音楽室があった新館の建物はもう無かったのですよ。
同窓会事務局まで出来ていました。
変わらないのは土足で建物に入ること、これがとても懐かしい。
2010/12/08 [のほほん] URL #60nqeuCY [編集] 

* はじめまして

久々に良いブログにめぐり合えました。写真と文章のコラボレーションブログは多く、私もそれを目指していますが、大半が文章をカッコつけ過ぎ、背伸びしている、そんな風に感じ、読んでいてお洒落だと思うだけ。

でもこちらの文章、数日前から幾つか拝見させて頂き、表現が悪いかもしれないですが、珈琲1杯のお伴に良いエッセイ、そう感じました。

今日の記事は学究肌のお兄様、文学肌のSeptember30さん、なんだかんだと仲が良かった、そんなように見受けられましたねぇ。


写真も青の洞窟ならぬ、青の恐竜、貝の化石のイメージから海底に沈んでいる恐竜、文章を読んでから写真を拝見するとそんな感覚になります。
2010/12/08 [BigDaddyURL #X.Av9vec [編集] 

* Re: No title

のほほんさん、もう今頃は日本への機中かな。
私が最後に訪れたのはたぶん十年以上前だったと思います。
校舎はほとんど建てかえられていて、正面にプールができていましたね。
でも校舎の裏手にある勝田山はほどんど変わらず、上まで登ってみました。
むかし、ここでタバコをすったり下級生をしごいたりしたものです。

では気をつけて行ってらっしゃい。
2010/12/08 [September30URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: はじめまして

BigDaddyさん、はじめまして。
コメントをありがとうございます。
先日はある読者の方に「酒の肴」と言われ、今日はBigDaddyさんに「珈琲のお伴」と呼ばれました。
光栄です。
なぜなら、私がゆっくりと寛ぐ時間には、いつも酒か珈琲のお供に、お気に入りの作家の本や写真集がありますから。
2010/12/08 [September30URL #MAyMKToE [編集] 

コメントの投稿

:
:
:
:
:

:
: ブログ管理者以外には非公開コメント