過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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September30

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処刑の日

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わが家の松の樹


裏庭の松の樹が伐られることになった。
年齢不詳のその松はいつからそこに立っていたのか知らないが、二階建てのわが家の屋根よりもはるかに高いところまで伸びていて、十数年前にこの家へ引っ越してきて以来、われわれ家族が毎日見慣れてきた松の樹だった。
ただ、その生えている場所が悪かった。 隣家のドライブウェイとうちの裏庭を仕切る板塀の、すぐ内側なのだ。 そのため、上空で大きく広げた枝々の西側の半分は隣家のテリトリーに突き出しているので、隣人が所有する数台の車はガラージに入れる以外はその枝の下に駐車することになる。 おびただしい数の松葉がその上に振りかかるし、何よりも困るのは車に落ちる松脂(まつやに) だった。 これは僕自身も経験があるが、車にこびりついた松脂は取るのがほとんど不可能だった。 下手をすると車のペイントまで剥がれてしまう。

この松の樹に対する隣家の苦情はわれわれも知っていて、費用はむこうで持つから伐らせてもらえないか、という話がすでに何度か出ていたが、女房の猛烈な反対に会ってそのままになっていた。 この隣家というのは、僕が部屋の窓から毎日眺めている、あの枝垂れ桜のある家で、しょっっちゅう親しく行き来をするような間ではないにしろ、顔を合わせる度に雑談をしたり、庭の手入れの器具を借りたり、休暇の時期にはお互いに留守の家に目を光らせたりして、友好的な関係が保たれている。 彼らは一方的に要求を主張をするような人達でも、話の分からない人達でもなかった。 僕の女房が動物や草木に対して、人並み以上の愛着を持つ人だということも、彼らはよく承知していた。

最近になってまたその話が持ち上がった。
隣家の娘さんの仕事が変わって実家に戻って来ることになり、それで車の数が更に増えるので、どうしても松の樹の下に駐車しないわけにはいかない、と言う。 路上駐車ならできなくはないけどそれでは不便だ、というのも僕にはよく理解ができた。
これはもう決着を付ける時期だと思った。 隣人の長年の苦情には十分な理由がある、と僕は判断したからだ。 そこで、例によってにべもなく頭から拒否する女房を説き伏せるという、調停者の役割を僕が受け持つことになった。 そこで、隣家側の枝だけを部分的に伐り取るという折衷案を出してみた。 まず女房が反対した。 そんな片輪(かたわ)になった可哀想な樹なんか見たくない、と言う。 隣人も、それだと町の美観を損ねるということで、市の方から何か言われるかもしれない、と これも反対した。 その結果、樹を根本から切ってしまう、という結論に女房はしぶしぶ同意しないわけにはいかなくなったのである。 反対を見越して提案した僕の折衷案がうまく 効を奏したようだった。







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処刑の朝


松の樹の処刑が決定した日から、女房の機嫌が目に見えて悪くなる。
調停者としては、なだめようとあれこれ試みた。
「悪いことばかりじゃないよ。 あの樹の下にある屋根の樋(とい) にはいつも松葉がぎっしりと落ちただろう。 ガラージの樋は俺か太郎がハシゴに登っていつも掃除してたけど、二階の屋根の方は職人を雇わなければできなかった。 その必要がなくなるんだ。 それに昼間でも暗かったキッチンと二階の俺の部屋が、ずっと明るくなるのを考えてごらん」。
などと言ってみたが、そんな慰めの言葉も彼女の耳には入らなかったようだ。

伐採の日の前夜、女房は電話で妹とそのことを話しながら号泣した。 そんな彼女を僕は見たことがなかった。 父親が亡くなった時も、愛犬のベラが死んだ時も、静かに涙を流しただけの彼女が、樹が一本切られることにこれだけ激昂(げきこう)するとは驚きだった。 ワインを少し飲み過ぎたことも手伝ったようだが…

当日になると、職人たちが来る前に、女房はパイシーを連れて朝早くから母親のいる施設へ出かけて行った。
すべてが終わったら電話して、と言い残して。




やがてやって来た死刑執行チームは、4人の男と1人の女からなりたっていた。
隊長らしい屈強な男が松の樹のはるか上まで登ると、恐れげもなく枝の上に立って、長い竿の先に付いたチェーンソーを操った。 松の枝には、電柱から近所の家々へと数本の電線が抜けていたが、その電線を破損すること無しにどうやって枝を落とすのかと、僕は興味があった。 見ていると、枝を切る前にその枝にロープを掛けて幹に巻きつける。 切られた枝が落ちて電線に触れる直前の地点にぶら下がるようになっていた。 地面に立つ男たちがこれも長い竿を操って、その枝を電線に触れないように注意深く地面まで下ろしていた。 地上に横たわった大きな枝はその場で1か所に集められる。 そこへバックで入ってきた巨大なトラックの粉砕機の中へ枝が投げ込まれた。 そのあと地面に撒き散ったおびただしい小枝や松葉を、熊手と箒で掃除するのは女性の役目だった。

数時間後には、あの豊かな枝を広げていた松の樹はその原型をどんどん失っていって、最後にトーテムポールのように一本の太い幹だけが空中に突き出していた。 幹には枝々の大小の切り口が痛々しく無惨に付けられていたが、その幹も1メートルくらいの間隔でどんどんぶつ切りにされていき、最後に短い切り株だけが地面に残された。
処刑が完了したのだ。








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手向け











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コメント:

*

切株を見ると驚くほどの大きさ!
樹齢何年だったんでしょうね。
シンボルツリーでしたか?
伐採の覚悟に数年かかったのもうなづけます。
奥様の嘆きもよっくわかります。

うちは桜を切り倒したんです。
狭い東京の庭に桜なんて元々無理があったんだけど、
その桜はダイニングバーの店内の演出に使われた木で、
鉢植えで天井まで届く大きな木。
花後は捨ててしまうと言うので可哀想で引き取ったんです。
でも、どういうわけか桜ちゃん隣の家に枝を伸ばす・・・
隣の庭に葉が散りまくる・・・
思案の結果切ることにしました。

桜切るバカというけど、植えたバカだったのね、私は。





2015/07/29 [ムー] URL #qiVfkayw [編集] 

*

うちのそばにもブナの木に倒れて絡まるように大きくなっているクリの木があります。たぶんまだ15mくらいなんですが、雪を飛ばすじゃまにもなるし、このままだとたぶん伐採もできなくなるので(切るとうちの家が潰れる)、早目に切るしかないけど、素人が手をだせるようなものでもなく、地主さんの判断待ちです。

山に入ってブナの大木などを見ていると、ただただすごいなぁという感情が湧くことはあるんですが、長年見慣れた木とはいえ、泣いたり怒ったりするほど気持ちが植木に向かうってすごいなぁ。

ところでこの手向け、奥様の気持ちには多少の効果があったのでしょうか。いまどきは日本でも「手向け」なんていっても通じないでしょう。
2015/07/29 [川越URL #uvrEXygI [編集] 

* Re: タイトルなし

ムーさん、

この松はシンボルツリーでもなんでもなく、裏庭の片隅にひっそりと立っていただけで
ふだんは誰も気にしていなかった。
ただ、二階の私の部屋の北側の窓の外に、青々とした枝を広げていました。
その木がなくなった今は、隣のユダヤ教会の殺風景な建物がすぐこそに見えています。
私の部屋は驚くほど明るくなって、
これなら絵や写真のスタジオとして使えそう。

実はこの伐られた松は夫婦松の片割れで
そっくりの松の樹がもう1本、わが家のドライブウェイのそばに立っているのですよ。
たぶん、同じ時に植えられたのだと思います。
相棒を失ったこの松の樹は、気のせいかしょんぼりとして見えました。
2015/07/29 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: タイトルなし

川越さん、

実は、地面に落ちた夥しい数の枝や、デンと横たわる幹を見て
川越さんなら喜んで持っていくのだろうに、なんて考えていたのですよ。(笑)
薪としては松は適当かどうかは知らないけどね。

女房によれば、木を伐るという行為は動物を殺すと同じく残酷な殺戮で
人間の利己主義と無知と愚鈍の表れだそうです。
それをいうなら、たとえば川越さんの地域の人達のように
狩猟や伐採が生活の一部になっている人間はどうするんだ?
と言いたくなりますが、それを言うとまたまた結論の出ない深い議論の沼に落ち込んでしまうので
私は何も言いません。
2015/07/29 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

>September30さま
松の木は脂が多すぎて薪としてはあまり良くないらしいです。熱が上がり過ぎてストーブを痛めるらしいです。でもうちのストーブはただの鉄板なんで問題なし。もし近くならすぐにでももらいに行ってしまいます。

奥様の言葉、自分には良くわかりませんが、むやみやたらと切ったり殺したりするのはアホだと思います。だけど、食べることと同じように必要なことだとは思うのです。でもこの話しはこれで終わりにしましょう。
2015/07/30 [川越URL #uvrEXygI [編集] 

* Re: タイトルなし

川越さん、

わが家にもちゃんと暖炉があって屋根の上には立派なレンガの煙突が付いているのに
使ったことは数回しかありません。
もっぱらクリスマスのサンタクロースの通路としてだけ役に立っています。
薪の燃える匂いは大好きなのですが、セントラルヒーティングに慣れてしまうと、つい火を起こすのが面倒で…
そのかわり、外のポーチでグリルはしょっちゅうやります。
燃料は木炭ですが、網焼きにすると肉でも魚でも野菜でもなぜあんなにおいしいんでしょうね。
あの匂いにも郷愁があって
子供の頃、母が七輪に炭を入れてうちわでバタバタと扇いでいた光景が浮かびます。
2015/07/31 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

>September30さま
そういえばアメリカやヨーロッパには暖炉が多いですね。パリだったか、パリ郊外だった・・・昨年薪の使用が禁止されたようなニュースがありました。大気汚染や匂いの問題だったように思います。

日本でも最近は薪ストーブが人気で、住宅街で導入して匂いと煙りで隣人達といざこざを起こしている話しもあるようです。でも薪の匂いもはぜる音もいいものですね。私たちは火を起こすのも好きなんで、相棒とはいつも「どっちが火を点ける?」と取り合いをしています。(^^)

七厘はうちにもあります。アパートのときはときどき外に出してサンマを焼いたり、焼き肉をしたり。ガスや電気と違って、野菜も肉も魚もほんとに美味しくなりますね〜。水分を飛ばすからなんて現実的な理由じゃなくて、「火を起こしてモノを焼く」基本的な生きる行為が、脳みそのどこかを刺激して美味しさに繋がるんでしょうね。

2015/07/31 [川越URL #uvrEXygI [編集] 

* Re: タイトルなし

川越さん、

わが家のセントラルヒーティングは都市ガスを使うのですが、今年の冬は例年になく寒く、
ガスの請求書を見てびっくり仰天したのです。
考えてみると、使わない部屋がいくつもあるのに、そこへもガンガン暖房が入っているのは不経済だし、
第一エコロジーの点からも無駄だ、と気がついて
電気ヒーターを2台購入して、リビングルームと私の部屋に置いてみたのです。
電気ヒーターは今まで使った経験がないので、あまり期待はしなかったのですが
使ってみると驚くほど暖かい! 
ほかの部屋へ移動する時にも簡単に持っていけるし、少々の不便さはまったく気になりません。
そういえば日本の家屋はそうだったなあ、と思い出していました。
それでガスのヒーターはうんと低めに設定しておいて
もっぱら電気ヒータ―でこの冬を過ごしたというわけです。

おかげでガスの消費量が極端に減りました。
そのかわり電気代が上がったわけだけど、それはガスにくらべればずっと低い。

川越さんとのやりとりで、
あ、そうか。 リビングルームは暖炉を使えばよかったのか、と気がつきました。(笑)
2015/07/31 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

>September30さま
なんども書いてしまうのは申し訳ないような気分になりますが・・・。実は以前もこうして何度もやり取りしていたら、「チャットしているみたい」といわれてしまい、普通は一言で終わらせるものなんだなと教えてもらいました。まあ、ここはそんな無粋な決まり事はないはずなので、気にしないことにしましょう。

そうそう、アメリカは電気代が安いからいいですよね。日本はバカみたいに高額ですが、これに文句を言うとたぶん議員さんも無事ではいられないんでしょう。マスコミも財界も司法さえも裏で牛耳っているのは東電でしょうから。

なんて事を言っても始まりませんが、暖炉があるんだから使わない手はないですよ。でもたぶんですけど、ストーブとは違って暖炉の口を閉じるものもないわけですから、暖炉で暖をとるには相当量の薪を燃やさないといけないんじゃないかと想像します。倒した松は薪にして再利用すれば良かったですね。そうすれば二酸化炭素が大気中に還元されて、地球の生き物が生き永らえます。これこそエコじゃないかと思うのですが。

なんだか今回は変な事ばかり書いてしまいました。もう8月ですね。早くも今年の冬が気になり始めます。
2015/07/31 [川越URL #uvrEXygI [編集] 

* Re: タイトルなし

川越さん、

日本では電気も都市ガスも独占企業で (プロパンというオプションはあるとしても)
消費者には選択の余地がないのでしょうが
アメリカでは電気もガスも契約会社を選べるようになっています。

どういう仕組みになっているのか、そういうことに疎い私はちゃんと説明できないのだけど
「当社と契約すれば、お宅の場合は毎月これだけの節約になります」という実際の数字をあげた勧誘が
しょっちゅう来ます。
しかし電気の場合はどこを選んでもガスにくらべれば驚くほど安いです。

アメリカの家庭では暖炉は実際に暖を取るための手段というより
家族が集った時などにムードを出すための道具としての意味合いが強いようですね。
道を歩いていても薪の匂いが漂ってきたり、煙突から煙が出るのを見て
あ、暖炉をやってるな、とわかるわけです。

と思っていたんだけど、実際にはうちと同じで
ガス暖房が高価すぎるので暖炉にしている家庭もあるに違いない、と思い始めました。

それからコメントのやり取りに関しては、私は全然気にしません。
もっともチャットのように即座に対応できないのは仕方ないですけどね。
2015/08/01 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

子供のころ秋になると落ち葉を集めて庭でたき火をしたものでした。
煙がまっすぐに青空へ登り、
あ~秋になった。と感じるあの匂いが好きでした。
今じゃ東京都は条例で原則たき火禁止です。
落ち葉はゴミで出します。
なんでもダイオキシンが出るからいけないとか。
内緒でやると近所から通報されます(笑)
火事の心配や匂いや灰や、狭い東京じゃしょうがない。

燃えてる火を見てると心の中がシーンとして、
とてもいいものなんだけど。
2015/08/01 [ムー] URL #qiVfkayw [編集] 

*

>ムー さま
東京だけじゃなくて、いまでは田舎でさえたき火ができないんですよ。こっそりやるやっぱり通報されるようです。ジャガイモにしろ他の野菜にしろ、ゴミとなる部分は多いんですよね。それでどうするかといえば、有料ゴミに出すなんて無理だし、山に捨てに行くんです。畑で燃やして灰をまた畑にまけばいいんですけど、どうしちゃったんでしょうね。ダイオキシンは害がないと分かっているんですが、それで予算が降りて潤うってこともあるんでしょう。火事は困りますけど、たき火ができないのも困ります。焼き芋できないし。(^^;
2015/08/01 [川越URL #uvrEXygI [編集] 

* Re: タイトルなし

ムーさん、

たき火の記憶というのが私にはありません。
日本で庭のある家に住んだことがないから当然なんだけど
子供のころどこかでたき火を眺めた、という経験さえ無いです。
それとも忘れちゃってる? (笑)

たき火はこちらでもご法度です。
かき集めた落ち葉が道端に山のように積まれたのを、市の専用トラックが拾っていきます。
ふだんのゴミは、ドライブウェイに置いた3種類の容器、(普通のゴミ、リサイクルのプラスチック、紙類)を
週に1度、市の車が回収に来るし、大掃除などで緊急に出たゴミなどは電話をすれば取りに来てくれるのは
さすがにアメリカだと言っていいのでしょうか。
いや、アメリカでも大都会ならそんなことはしない。
小さなコミュニティだからこそでしょうね。
2015/08/01 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

川越さま

私へのコメントをくださってありがとうございました。
野菜の廃棄部分をわざわざ山へ捨てに行くのって、
それは想像するだけでも大仕事だと思います。

私事ですがバラをかなり沢山育てているので、
剪定時期にはトゲトゲの枝を可燃ごみに出しています。
年に一度、数歩の距離でブツブツ言うのはもうやめます(笑)

役に立たないバラでさえ苦労が報われる年ばかりではなくて、
これを始めてから農家の方のご苦労が身に沁みるようになりました。
川越さんはたしか自家用に野菜を?ではなかったでしょうか?
とれたての野菜はたまらなく美味しい。
お肉や魚は金さえ出せば。ですが、
野菜は手塩にかけて作った人の口にしか入らない。
いちばん贅沢してるのは川越さんです(笑)






2015/08/05 [ムー] URL #qiVfkayw [編集] 

*

>ムーさま
バラを育てているんですね。お隣では菊を育てていますが、花の手入れは野菜とはまた違ってそうとうに手間が掛かるように見えます。ムーさんのところでもたくさんの廃棄する枝がでるんじゃないですか?

この辺りではゴミになった野菜クズなどは、耕耘機に乗せて山奥まで捨てに行っている人がほとんどのようですが、昔はお米も天日干しで、藁は冬のために家の中に持ち込んでいたらしいです。

その藁でむしろを作ったり、わらじを編んだり、藁紐を作ったりして過ごしていたようです。なので雪が多いこの地域では、藁など(もちろん食べるための野菜や米、ミソ、漬け物なども)をしまうために大きな家でないと生きて行けなかったといいます。

障子などを閉めていても藁ホコリはどこにでも入ってしまい、藁とともに寝ていたといい、「あんな生活は当時は当たり前だと思っていたけど、今は誰もできないだろう」ってジジババが言ってます。

でも大きな屋根の家は雪下ろしが大変で、昔はなんでも大変だったんだろうなぁと思います。うちの小さな家でさえ、雪の始末はほんとに大変ですから。

ただそのぶん地域の繋がりは今以上に強くて、隣組などもずっと強力な関係だったんだろうなと思います。田植えにしても稲刈りにしても、回りの人達の力を借りなければなにもできなかったでしょうし。

それにしてもSeptember30さんがたき火の記憶がないのは不思議な気もしますが、たき火ができないとはいえ、ゴミの始末に関してはかなり優遇されているように思いますよね。日本でも臨機応変にいろいろやって欲しいものですが、そういうのは苦手なんでしょうね。

あっ、そうそう。野菜は周りの人にさんざんいわれて少しだけ作っていいるだけですが、とれたの野菜は甘みがあってほんとに美味しいです。この点はいつも相棒と「こういうのは贅沢だね」って話しています。まあ、贅沢と言うにはあまりに些細な贅沢かもしれません。
2015/08/06 [川越URL #uvrEXygI [編集] 

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