過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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自殺の季節

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わが家の兵馬俑(へいばよう)


僕のまわりでつい最近、二人の男が相次いで自殺するというショッキングな事件が起きた。
この二人はもちろんお互いにはまったく無関係で、その一人など息子の親友の父親というだけで、僕にはつい会う機会さえなかった人だ。 しかし息子にとってみればその人はただの知り合い以上の人だったようで、彼の家庭でいっしょにテレビのスポーツ観戦をしたり、親友と3人で何度か釣りに行ったりしたそうだから、その衝撃度は僕とは比べものにならなかったに違いない。
退役した警察官だという60代のその人は、家族が外出したあとの自宅の地下室で拳銃で頭を撃ち抜いた。

自殺したもう一人はスティーブだった。
スティーブは妻の弟がまだ大学生だった若い頃からの仲間の一人だったから、僕は彼をもう30年以上も知っているということになる。 僕が初めて妻の実家を訪れた時に、僕らはまだ結婚前で妻の実家には泊めてもらえず、当時スティーブと義弟がシェアしていたアパートに2週間ほど世話になったのが始まりだった。 電子機器の製作所に勤める彼は結婚して子供もあり、50代になった今では部長に昇進していた。 彼の顔をしょっちゅう見るというわけではなかったけれど、僕らの一族の集まりにはよく出席する常連の一人だった。
そういえば、つい数か月前のマイケル(僕の甥)の大学卒業のパーティでたまたま彼と隣り合わせの席に座り、久しぶりにあの頃の昔話をして懐かしんだばかりだったのに。
そのスティーブは先日、自宅のガラージで首を吊って死んでしまった。

話を聞くとこの二人とも鬱病気味で、医者に薬を処方してもらっていたそうだけど、それほど強度の病状ではなく、家族の人達にさえその深刻な苦悩は伝わっていなかったらしい。
現に、数か月前にスティーブと親しく話した時にも、そんな危険な気配などまったく感じられす、飲んで笑って一晩をいっしょに過ごした。 その彼の、誰にも見せない心の奥深くは大きく病んでいたのかもしれない。


世界保険機関(WHO) の資料によると世界中で1年間に約80万人が自殺している。 40秒ごとにどこかで誰かが自殺するそうだ。
自殺の理由は 「精神病」 というのが圧倒的にダントツで多く、その下に 「愛情問題」 「最近の危機感」 「健康問題」 の順で続き、それからずっと低いところに 「仕事上の問題」 「財政困難」 があるようだ。 自殺は男性が圧倒的に多く、女性の3 ‐ 4倍にもなるという。

理由が何であるにしろ、自分の命を絶つほど切羽詰った状態になったことが無い自分のような人間は、ラッキーだと言えるだろう。 僕の人生はもちろん順風満帆というようなものではなく、むしろそれからはずっと程遠く、山あり谷ありの繰り返しだったから、時にはギリギリまで追いつめられたことも数知れずあった。 それでも本気で自殺を思ったことはなかったような気がする。 もっとも、 「もう死んでもいいや」 と絶望の状態に陥ったことはあったけれど、その時でさえ自殺を考えたことはなかった。
「何とかなるさ」 という楽観というか諦観というか、そんな気持ちが常に自分の中にあって、そのおかげで周りの人たちに迷惑をかけながらも、いつのまにか難局を切り抜けていた。

精神的に病んでいない限り、自分で自分の命を絶つには恐ろしいほどの勇気と決断力が必要なのだと思う。
根が怠け者の僕はその勇気も決断力も持ちあわせなかったことを、ありがたいと感謝している。 第一、自分が突然いなくなってしまったら、それを悲しむ人がいると思えばそれだけでも自殺を思いとどまる理由になる。 いつか必ずまちがいなく死はやって来るのだから、それをことさら早めるのはもったいなさすぎる。 どんなことがあっても生きてさえいれば、「いつか良いことあるさ」 と思いたい。



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コメント:

* 私、脱いでもすごいんです

ってコピーが昔テレビのコマーシャルで流れていたような気がしますが、Septemberさんのアイドル、ケイト・ブランシェットさんもそうなんです、今でも。

オハイオで撮影があった期間、Septemberさんの股間の落ち着きを失わせた新作「Carol」ついに公開です。またも、オスカーの主演女優賞にノミネートされてますから、新作の封切りを見ないとかいうSeptemberさん、今回は劇場に足を運ばれるのでは。

で、「いつか良いことあるさ」との締めくくり、中学生のころ読んだ筒井康隆の短編小説を思い出してしまいました。

主人公は、外見はぱっとせず、スポーツも勉強もできず、全く女の子に相手にされない高校生の男の子。若くして、すでに人生切望しているのですが、唯一の生きている楽しみがゴージャスなハリウッド映画を見ること。でも、それもばかばかしくなって、映画なんか見るのをよそうと思ったところで、突然映画の神様が現れ、一つ望みをかなえてくれるから、映画を見るのをやめないでくれとのこと。

男の子が望んだのが、無条件で自分を愛してくれるガールフレンド。しかも、グラマー女優のクラウディア・カルディナーレや初期のボンドガールのアーシュラ・ アンドレス、その他の外国映画のそうそうたる美女を足して割ったような。のび太のアイドル、エマニエル夫人はエロすぎたせいか、まだ一世を風靡する前だったか、入っていませんでした。

そうですね、生きていれば、ブランシェットも自分の街に来るかもしれないし、原節子ともお寺ですれ違うかもしれませんし。

のび太も、前にいた会社で過労死になりそうな辛い毎日が何か月も続き、すっかりよれよれになってしまった時期があります、2011年。

慣れているはずの帰り道で、一方通行の道を逆走したり、駐車場に歩く途中で走ってくる車の前にふらりと出てしまいそうになったり。どうも、行動が普通じゃないと、会社に通報されたようで、自殺防止のカウンセラーを充てられ、翌日から二週間の休養を命じられました。

そういう状態の時って、なにか楽しいことがあるさって気分になれなかったですね。本は読めるのですが、映画館などへは行く気はせず。で、思いついたように、急きょ日本に帰り、宮城県の震災ボランティアに二日間参加してトンボ返り。ほんの少し自分を取り戻せたように思えます。当時の日記(絵日記か)があるのですが、ページを開くと暗い、とても。

仕事には復帰したものの、結局、翌年退社、日本に戻って、また宮城に行ったり。アメリカに戻って就職活動を開始しようとするまで、随分かかりました。その間、カミさんが自分の医療保険に入れてくれようとしたのですが、費用は月に500ドル近く、これはさすがに払いきれませんでした。今だったら、オバマケア(皆保険制度)がありますが、当時大病してたらどうなったことか。


2016/01/25 [November 17] URL #- 

* Re: 私、脱いでもすごいんです

November さん、

ケイト・ブランシェットの「私、脱いでもすごいんです」 というシーンが映画 「Carol」 に出てくるとしたら
これはもう僕としては見ない訳にはいかないじゃない。
劇場に来るのを手ぐすね引いて待ちましょう。

ケイトの出演するフィルムはどんな役を演じても次から次と話題になるんだけど
中でも忘れられないのは2006年の 「Notes on a Scandal」。
中学校でアートを教える家庭持ちで貞淑な女教師が
15歳の男生徒を誘惑してセックスに狂ってしまい
それが発覚して町中大騒ぎとなり、夫と子供に逃げられるだけじゃなくて
裁判で有罪になって入獄する、というショッキングな物語だったね。
確かあの時のケイトもアカデミーの主演女優賞にノミネートされてたと思う。
またその相手役として上司を演じるジュディ・デンチ(これがまた僕の好きなおばあちゃん女優)との競演は
2大女優同士の一騎打ちという凄みがあったのを覚えています。

そういえば、僕が中学生の時の音楽の先生が女優みたいに美しい人で
僕は秘かに、というよりあからさまに身も心もこの先生に捧げていたのに
あの映画のようなことは何も起こらなかったなあ。


以前ののび太くんが無意識でやったという自殺行為とまったく同じことを
実は僕はごく最近やってしまいました。
つまり、慣れているはずの町中の道路で一方通行の道を逆走したり
駐車場で走ってくる車の前にふらりと出てしまいそうになったり、です。
ただ僕の場合は、のび太くんのように働き過ぎて精神的によれよれになったわけじゃなくて
歳を取り過ぎてボケてきてよれよれになってしまっただけですけど。
2016/01/25 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* おっぱいぽろりに背を向けて、カッコーの巣の上でを見る

Septemberさん、

うちの前の道も一方通行なのですが、週に一度くらい誤って逆走する車を見かけます。一方通行は結構長く続くので、対向車がなかったとしても、大概の運転手は道の両端に路上駐車している車が皆自分に顔を向けていることですぐに気づきます。そして皆さん、一様にスピードを上げ、一方通行が終わるまで(正確には一方通行の起点まで)走り抜けようとするのです。

正真正銘の自殺行為。慌てずにスピードを落とし、一旦止まって、車が来ないのを確認してから方向をかえようとすればいいのですが、パニックになると、レミングのように、より危険な方に向かって走っていくのはどうしてなのでしょうか。

で、ブランシェット演ずるCarolは、旦那に愛想をつかし、ルーニー・マラ演じる若いデパートの売り子との同性愛に走ってしまいます。ブランシェット、脱いでも、20歳近く年が離れているマラ相手に結構見劣りしないんですね、大したもんです。ちなみにマラもオスカー(助演)候補、若いころのオードリー・ヘプバーンにちょっと似ていなくもなく。でも、ブランシェットの前だと、なんかしょんべん臭くて。

のび太が中一の頃、「キングコング(70年代のリメイク)」を見に行こうと中洲の映画館に足を運んだことがあります。動機は、すでに見たクラスメートから、ジェシカ・ラング演じるボロりのシーンがあると聞いたから。

クラスの他の男と宝塚会館(当時福岡で唯一の、複数のスクリーンを有するシネマコンプレックス)に出かけたのですが、なんと切符売り場にクラス一人気があるシズカちゃん(仮称)と同じくクラス一人気がある出木杉くん(仮称)が先に並んでおり、青春ロマンス物の洋画のチケットを購入している模様。

二人が付き合っているって知らなかった我々は、急に寒々として気分になり、ジェシカラングのおっぱいボロリ見たさに喜び勇んだったのがむなしくなってしまいました。

なんか他の映画はないかと、何の映画かもよく知らないのに買ってしまった切符が「カッコーの巣の上で」(今思うと、R指定なので、中一だと見てはいけなかったはずですが、博多のか、その時代のか、いい加減なところで)。

「カッコーの巣の上で」、博多の洟垂れ小僧の僕ら、二人とも、すっかり打ちのめされてしまいました。それまで、怪獣映画やアクション映画しか知らなかったのび太に、映画オタクになっていくきっかけを与えてくれた名作。あのまま、キングコング見ていたら、映画に目覚めるのが5年か10年遅れたか、あるいは一生なかったかもしれない。そして、映画をきっかけに外国に興味を持つこともなくて、こうして今オハイオにいなかったかもしれない、、、

で、今日、ブランシェットが脱ぐからのどうのといってSeptemberさんをそそのかそうとしているのび太って何?
2016/01/26 [November 17] URL #- 

* Re: おっぱいぽろりに背を向けて、カッコーの巣の上でを見る

November さん、

へー、そうかあ。予期せず偶然に見てしまった 「カッコーの巣の上で」 が
のび太君を映画オタクにしたばかりじゃなく
その後の人生をも変えてしまったわけか。
これはなかなかいい話です。
「カッコーの巣の上で」 というのはたぶん
あのジャック・ニコルソンの "One Flew Over the Cuckoo's Nest" のことだと思うけど
中1の子供から見れば、綺麗だけど若い時は色気に欠けたジェシカ・ラングのポロリなぞより
はるかにショッキングだったと想像します。
あの映画はそれより前のニコルソンの "Five Easy Pieces" とちがって
大人でなければよくわからない、ということは無かったんじゃないだろうかね。


一方通行の話だけど
僕なんかそんななまやさしいのじゃなくて
ハイウェイに乗ろうとしてうっかり出口に進入してしまった。
カーブを曲がったとたんに目の前に数台の車がこちらをめがけて襲ってくる場面を想像してごらん。

あ、それからブランシェットが脱ぐというのは
あののび太のコメントの冒頭に
《「私脱いでもすごいんです」 ってコピーが昔テレビのコマーシャルで流れていたような気がしますが、Septemberさんのアイドル、ケイト・ブランシェットさんもそうなんです、今でも。》
とどう結びつくのか分からなくて
そんなシーンが映画 「キャロル」に出てくるのだろうと勝手に決めただけです。


2016/01/28 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* 淀川長治さん、サヨナラって何回くりかえしていたでせう

ああ、ジャック・ニコルソン!そして、「Five Easy Pieces」!

ニコルソンのことを話題が移ると、このままSeptemberさんとの交換日記が永遠に続くこととになるかもしれませんので、一旦仮止め。

交姦日記というと、うちのカミさんはのび太の三倍くらい映画を見ており、五倍くらい映画の知識があり(のび太はすぐ忘れる)、同じ映画を一緒に見ても十倍くらい楽しめる、オタクどころか淀川長治さんの生まれ変わりみたいな人です。

で、そんな彼女を映画に目覚めさせたのは、高校の授業で見た「Romeo and Juliet (いっぱいありますが、68年のやつ)」とのこと。当時のクラスメートが、皆一様に映画好きになっていったわけでもないでしょう。多分「One Flew Over the Cuckoo's Nest」を見ても、「Five Easy Pieces」を見ても、「隣のトトロ」を見ても、何も感じない人は感じないように。

しつこく、問題の「Carol」。ブランシェットがおっぱいボロりだったかどうか、さらには脱いでもすごかったかどうかはSeptemberさんのお楽しみに(のび太はすぐ忘れる)。

Septemberさんが書かれているよう、ブランシェットがデンチおばさんと競演し、ますます磨かれていったよう。今回の「Carol」の相手役のマラ嬢も今後期待できるかもしれません。しょんべん臭いと書いてしまいましたが。

マラ嬢は、「The Social Network」、ハリウッド版「The Girl with the Dragon Tattoo(ドラゴン・タトゥーの女)」と話題作に続けて出て一気にスダーダムへをかけあがると思ったら、ちょっと足踏み。そして今回、「Carol」。将来大女優(大マラ)になって、オスカーもちゃっかり取って、「昔共演できたブランシェットに今も感謝」なんて受賞スピーチするかもしません。

そういえばアカデミー賞まであと一か月。候補の男優・女優陣、去年に続き、みな白人で物議をかもしていますが、結構一つ一つ見ていくと、それぞれ候補になっているのがうなづけなくもなく。レオ様は、、、うーん?

でも、このところほぼ毎回、「ああ、この作品が最優秀作品賞になるのはどうかな」ってのび太が首をかしげたのが選ばれおり(選ぶのは会員)、遅くまで起きて、最後まで授賞式を見てしまったのを後悔したり。

アカデミー賞の歴史を振り返ると、最優秀作品賞を取った作品の多くが、その後時代の評価で廃れていき、落選作品の方が人の記憶に残り、影響力をもったりするのは面白いものです。

過去最優秀作品賞をとった作品では、のび太は「Midnight Cowboy(真夜中のカウボーイ)」が一番好きです。「One Flew Over the Cuckoo's Nest」もいい線いきますが。Septemberさんの一押しは、「Tinanic」でしたっけ?

そう、今年の候補作品(なんと、8本)、何かご覧になりましたか?のび太は、全部見たはずですがが、ほぼ忘れてしまいました。ちなみに「Carol」は、作品部門からはぎりぎり漏れたようで。
2016/01/28 [November 17] URL #- 

* Re: 淀川長治さん、サヨナラって何回くりかえしていたでせう

November さん、

「タイタニック」 を僕がひと押ししたなんて、ドナルド・トランプみたいないい加減なことをいっちゃいけない。
第一、あの映画は興味なくて1度も見ていません。
あと、のび太と違ってアカデミー賞レベルの映画で見てないのがけっこうあるのは
どうも僕は年々ハリウッド嫌いになってきているようです。
納豆と同じで食べず嫌いだとは自分でもよく承知してるんだけど
ハリウッドと聞くだけで一般の興行成功(だけ)を目当てに作られた映画だという偏見があるらしい。
それでも、歴代の受賞作品のリストを見てみると
いくつか好きなのがあったのを思い出しました。

West Side Story 1961
In the Heat of the Night 1967
Midnight Cowboy 1969
One Flew over the Cuckoo's Nest 1975
The Deer Hunter 1978
Schindler's List 1993
The Departed 2006
Argo 2012

もちろん受賞作以外には感激したフィルムはたくさんあるはずなんだけど
パッと思い出せないのは寂しいこと。


「ドラゴン・タトゥー」 はオリジナルのスェーデン版が大のお気に入りで
あの3部作は繰り返して何度か見たのに
ハリウッド版はまだ見てないよ。
あのブスでガリ痩せで自閉症のITオタクを演じるノオミ・ラパスの印象が強すぎて
美女のルーニー・マラのイメージがどうしても重ならないんだよね。
だけど両映画を比較した批評を読むと、マラの方に軍配を上げてるのは大いに不服なんだけど
何しろハリウッド版を見てない僕には何も抗議はできない。

のび太が指摘したように
最優秀作品賞を取った作品の多くがその後時代の評価で廃れていき
落選作品の方が人の記憶に残り、影響力をもったりする。というのはその通り。
そんなこともあって、毎年のアカデミーのお祭りは胸をときめかして待つ
というようなことは僕にはありません。
2016/01/29 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* ルーニー・マラは、綺麗なだけの小マラのままでも山本リンダさんはコマラない

ははは、失礼しました。タイタニックにしたのは、Septemberさんが一番見ていなさそうで、なおかつアラン・ドロンのように眉間にしわ寄せてぼやかれそうに思えたからです。失礼と書いたのは、Titanicのスペルミスについてでして。でも、トランプ氏になぞらえられるとは、一本取られました。

僕も実をいうと、Titanicは見ておりません、いや正確に言うと、公開されてしばらくたって落ち着いてから見に行ったのですが、劇場内のガキどもがうるさくて、途中で出てしまいました。映画が始まってから、見るに値しない映画だったと気づくことはたまにありますが、普通は英語(あるいは他の言語でも)のリスニングの勉強と割り切って、あるいはひょっとしてそのうちポロリがあるかもしれないと、気を取り直して最後まで見る(あるいは寝る)のですが、環境が落ち着かない場合はどうしようもなくて。

繰り返し見たくなる、しばらくたってからまた見たくなるのが、本人にとっていい映画ってことなんでしょうね。まあこれは、他の分野にも言えますが。

「ドラゴン・タトゥー」のオリジナルは、僕も三部見終えてから、また最初のを見直してしまいました。ハリウッド版は、娯楽アクション映画としては楽しめましたよ。ただ、何も残らない、寒さが伝わってこない、もう一度みようとも思わない、第二部、第三部があるかどうかもどうでもいい。

随分前に、パリのメトロ風景で、乗客に扮したMさんご夫妻のことを書かれたブログへのコメントでちらっと触れたのですが、「Let the Right One In(邦題は、ぼくのエリ 200歳の少女)」って孤独な少年と吸血鬼の出会いを描いた素晴らしいスウェーデンの映画があります。ちゃっちゃくちゃらな邦題はいいとして、これもすぐにハリウッド版が作られました。うーん、どうもしっくりこないんですね、ハリウッド版は。特殊効果もずっとましなのを使い、ストーリーのおいしいところをマネしても、結果として平凡なものしかできない。

Septemberさんが嫌悪される、マーケティング重視が故のハリウッドの創造の限界、貧困なる精神。「七人の侍」の舞台を西部に移し、豪華スターを並べてMagnificent Sevenを作ってみせたころを思い出しても、ハリウッドの「オリジナルに対する勘違い」って変わらないのでしょうね。

あっ、ここまで書いたところで、今日は(博多の)父親の誕生日だったと思い出し、電話することに、、、

最近の運転免許更新の際、高齢者対象の講習をうけて随分プライドが傷ついたとか。で、怒りに乗じて、Septemberさんと同じメーカーの車をまた買うことに決めたとか。

父は運送会社に長く勤め、走り屋を自称しているのですが、こんなのが高速道路逆走してくると、いい迷惑ですね。のび太も、最近スバル号で21万マイル(33万キロ)突破し、公道で異音と異臭をまき散らしており、別の意味で、周りのドライバーにはいい迷惑。アメリカ経済にも貢献しておりません。
2016/01/29 [November 17] URL #- 

* Re: ルーニー・マラは、綺麗なだけの小マラのままでも山本リンダさんはコマラない

November さん、

「七人の侍」 のアメリカ版焼き直しを元祖として
オリジナリティに欠けたアメリカ映画界の外国映画からの盗作(彼らはそれを adaption あるいは remake と呼んでる)は
調べればかなりの数になるんじゃないだろうか。
リチャード・ギアが主演した 「Shall we dance?」 もその一つだし
たしか、初代の 「Star Wars」 も黒澤の 「隠し砦の三悪人」 の焼き直しだという話をどこかで読んだような気がする。
「Satar Wars」 といえば、70年代のは見たけど、それ以後ぜんぜん興味なくて
最近の封切りなんか、開演の初日にわんさと5時間も並んだというニュースを見て
バカじゃないか、と内心は嗤っていました。
SFもので関心したのは昔の 「猿の惑星」 ぐらいかなあ。


「ぼくのエリ 200歳の少女」 なるわけのわからない放題の映画は
さっき Netflix でサーチしたら、あった!
しかもスエーデンの原版じゃないか!
のび太のお薦め映画なら、これはもう襟を正してさっそく今夜にでも鑑賞しよう。
そのためには切れそうになってるマテニーのヴェルモットをこれから買いに行かなくちゃ。

僕のアウディは17万マイル(27万キロ) を達成したよ。
のび太のスバルほどじゃないにしても、異音も異臭もなく
まだまだ健在です。
だけどあちこちおかしな所はあって、たとえば
満タンにしても燃料計の針が3分の2以上は上がらないとか
温暖シートの電気回線が狂ったのか、尻に当たる1点だけが異常に火傷しそうに熱いとかね。
尻に火がつく、とはまさにこのこと。
あ、それから
エアコンが完全に死んでしまったので、猛暑の夏は全裸に近い格好で運転してた。(笑)



2016/01/30 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Let the Right One In の吸血鬼、エリが味方にいてくれたら

Septemberさん、

リチャード・ギアは、それにこりずに、他の日本映画「ハチ公物語」のハリウッド版にも主役で出てます。ギアは若い頃は、パンツはく暇ないんじゃないかって絶倫系の役が多く、ベッドシーンなんか、相手役は演技ではなく本当に昇天してんじゃないかというくらいエロかったのが、だんだん人格者風になってきて、憎めなくなってしまいました。

黒澤監督の「八月の狂詩曲」では、ハワイのおじさん(ということは日系人?)として登場し、日本語をしゃべっていたような。実際、本人は人道主義者ようで、ラマを支援したり、戦争に反対したり。よかったら、のび太の遠い親戚になってくれないかな。

昨日、走り屋の父親のことに触れましたが、ブログのテーマに戻すと、父も弟を自殺でなくしています。つまり、僕のおじなのですが、亡くなった時、僕は幼すぎて、本人の記憶は全くありません。

仏壇にある若い人の写真がおじだったということは知ってましたが、自殺だったとは死後10年くらいたってから、中学の頃まで知りませんでした。両親と姉と僕がどこかに出かけ、家に戻ると、同居していたおじがおらず、父が探すと、離れの納屋で首をつっているのが見つかったそうです。雨が降っていた日に、何か恐ろしいことがあったこと、僕は納屋から遠ざけられ、どこかに連れていかれたことだけは断片的に記憶しており、それがあの日の記憶だったと初めてわかりました。

何かの折に、祖母が泣きながら話してくれたことには、おじは頭の回転が遅く、中学を卒業してもずっと就職できず、気に病んでいたそうです。で、ようやく見習いで働けることになり(タイヤ屋さん?)、喜んで仕事に出かけると、親方から「見習いの間は、使い物にならず、こちらが時間を割いて仕事を教えるのだから、お金を払うように」と今日なら考えられないようなことを言われたそうです。

給与をもらえるようになれば、親孝行できると喜んでいたところに、逆にお金を要求されたおじは、人生を悲観し、死を選んでしまったという話を初めて聞いた時、僕はそのタイヤ屋がまだあるのなら火をつけてやりたいくらい怒ってしまったことを覚えております。父も祖父母も皆、どれほど怒り悲しみ、苦しんだことか。
2016/01/30 [November 17] URL #- 

* Re: Let the Right One In の吸血鬼、エリが味方にいてくれたら

November さん、

おじさんのかなしい話は胸を打つ。
その物語をを読んだのがまた、「Let The Right One In」 を見終わった直後だったこともあって
3杯のマテニーに痺れた僕の頭脳の中で
あのコペンヘーゲンの雪景色と、雨の降る福岡の風景が交互にフラッシュバックしたり
オスカー少年と幼いのび太のイメージが
まるでカメラのファインダーの中で2重画像がピッタリと重なった時にピントが鮮明になるように
一つになってしまったようです。

その 「Let The Right One In」 だけど、いいねえ!
まずその映像の美しさに舌を巻く。
ホラーが苦手の僕でさえ変わるシーンごとに見惚れてしまった。
そのくすんだ色調には寒々とした北欧の空気が肌に感じられ
クロースアップをふんだんに使った画面構成は、秀逸な写真の1枚1枚を見ているみたいだ。
そして音楽がいい。
出だしのシーンでワグナーの無限旋律に似た重厚なハーモニーを聴いたとたん
ああ、これはいい映画にまちがいない、と確信が湧いた。
そしてその通りだったよ。


リチャード・ギアの 「ハチ公物語」 は僕も日米兩版を見たけど、
「Shall We Dance?」 と同じでハリウッド版はつまらなかった。
それで思い出したのは、邦題はなんというのか知らないけどビル・マーレーが主演した 「Lost in Translation」。
あれを2度も見たということは、のび太流に言えば好きな映画ということになるのかな。
僕のまわりで初めて日本へ旅行するというアメリカ人がよく日本のことを訊いてくるんだけど
この映画を見るようにといつも薦めてる。(笑)
現代日本の雰囲気がほんのちょっとでも感じられるだろうと思ってね。
2016/01/31 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* 2月2日はグラウンドホッグデー、曇っていたら春遠からじ

「Let the Right One In」、気に入っていただいたとのこと、うれしいです。「ソドムの市」を字幕なしで見られ(二年前の今頃のブログ)、大概の人が目をそむけてしまうおどろおどろしさに惑わされることなく、その芸術性の高さを分かっていただけたSeptemberさんに認められるってのは、相当な映画。

「Lost in Translation」は邦題でもそのまま(片仮名)。日本人に対するステレオタイプの描き方は、戸惑ってしまいそうになりますが、孤独なビル・マーレーを中心においてみると、それもソフィア・コッポラ監督の計算に入っているように思え。この映画のモヤモヤした浮遊感って独特なものがあります。のび太は見ていて、パリを舞台にした、80年代のフランス映画「Diva(放題、ディーバ)」をちょっと思い出しました。

マーレーというと、この時期、「Groundhog Day」って映画を思い出します。毎年2月2日にペンシルベニアの田舎町である、グラウンドホッグ(大きなネズミのような?)を使って春の訪れを予想するというよく分からない行事を取材に来たマーリーが、その日の6時から、翌朝の5時59分までの24時間を何度も反復するという奇怪なストーリー。

僕の近所の映画館は、「Groundhog Day」の24時間マラソンを今晩からやっており、参加者は同じ映画を12回繰り返し見る、スマホの類の持ち込みは禁止。完走(?)すると同映画館の無料鑑賞券を24枚もらえるという耐久レース。さっき始まった際は、満席に近かったようで、よくやるなあ。で、「Groundhog Day」の邦題は、「恋はデジャ・ブ」、これもよくわかりません。

日本を訪れた外国人を描いた映画でのび太が一番好きなのは、昔のフランス映画「Hiroshima Mon Amour(24時間の情事)」は名作すぎて別格として、ドイツ映画の「Kirschblüten – Hanami(花見)」かなあ。小津監督の「東京物語」へのオマージュのようで、Lost in Translationの影響を受けていそうな。そんなことはいいとして、この映画には泣いちゃいました。のび太は毎年三月にあるクリーブランド映画祭で見たのですが、小品すぎて、市場には出てないかもしれません。日本で公開されたかも不明。

でも、Septemberさんのご友人の方々が、Lost in Translationでしっかり予習した上で日本に行かれても、今日の日本だとさらに混乱されるかもしれません。暮れに二年振りに一時帰国したのですが、外国人旅行者が多いことにびっくりしました。

京都の祇園、着物姿の若い女性があちこち歩いており、それを旅行者が「ゲイシャさーん」とか声をかけて写真におさめているのですが、着物ガールの大半は、レンタル着物をきた、アジアからのお客さん。上野のアメ横、食べ物屋をやっているのも、食べているのも外国人。80年代のSF映画Blade Runnerの舞台にトリップしたかのよう。下呂温泉では、小マラさんも大マラさんも、体を洗わずにお湯に飛び込む人がたくさんいましたし。
2016/01/31 [November 17] URL #- 

* Re: 2月2日はグラウンドホッグデー、曇っていたら春遠からじ

November さん、

同じ映画を12回繰り返して見るイベントなんて、アメリカ人ならではの奇抜なアイデアで呆れてしまう。
そしてそんなイベントに参加するのび太もクレージーな日本人といえる。
「Groundhog Day」 は見てないと思うので調べてみると、Netflix でも Amazon でも見せてないのは残念。

そんなわけで昨夜見た映画は英国のテレビ映画 「The Lost Honour of Christopher Jefferies 」(2014)。
Jason Watkins という初老の俳優が、変人というか奇人というか学校の教師を演じていて
思わぬきっかけで殺人事件の容疑者にされてしまう、という話。
難しい役柄を見事に演じていて、役者の演技に惚れてしまうことのあまりない僕も
さすがシェークスピアの伝統を受け継ぐ英国だ、と感心した。
見ていて気付いたのは、cinematography が昨日見た 「Let the Right One In」 にすごく似てる。
あれはひょっとしたら、現代ヨーロッパ映画のトレンドなのかもしれないなあ。

僕が読むいくつかのブログにも映画の話はよく取り上げられていて
よくまあそんな時間があるものだ、と思うくらいに新しい封切りを次から次へと見てるのには感心する。
ところがその批評のほとんどが自分の好きな出演俳優が適役かどうか、とか
演技の良し悪しに冠することが多いみたい。
僕の場合、どちらかというと個々の俳優よりも
物語性、全体の構成、カメラワーク、音楽などを含めた総体を一つの作品として見てるんだと思う。
(といいながら、ブランシェットが出る映画だと
他のことはそっちのけで、ぽかんと口を開けてよだれを垂らしながら彼女だけを見てる)(笑)
どちらがいいとか悪いとかじゃないんだけど。
のび太の場合はどうなんだろうね?、
2016/02/01 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* 2月2日はグラウンドホッグデー、晴天で自分の影にびっくりしたら春遠し

Septemberさん、

貧乏性なせいか、「タダ券もらえるなら、金を使ってでも取りにいく」「健康のためになりそうなことは、死んでもいいからやってみる」ってのが、モットーののび太ですが、同じ映画を12回も続けて見るという、拷問のような24時間マラソンには参加しておりません。

イベントを主催している映画館にはスクリーンが8つあり、この24時間でカミさんと三本違う映画を見に行き、その際に300人近くの映画好きというか、暇人というか、物好きが集まっている様子をのぞいてみただけでして。

毎年のイベントなので、参加者も対策を立てており、はほとんどが毛布持参。スクリーンと最前列の間には結構スペースがあり、のぞく度、30人くらいは寝てました。僕らは、10年前くらいまでは、24時間ホラーマラソンやSFマラソンに参加したことがありますが、さすがに同じ映画を繰り返すこのイベントには参加したことありません。第一、その映画館の年間会員(映画見放題、ポップコーン食べ放題)なので、無料鑑賞券をもらう意味がないですし。

映画を見る際は、素直にストーリーを追うだけです(気にいったり、気になったりした場合は日をおいて一人でもう一度見るかな)。カミさんの背景知識や詳細部の理解にはかなわないので、帰り道は見たばかりの映画についてあれこれ聞いたり。中学生のころ、淀川長治さんの映画の部屋とかいうラジオ番組を毎週聞いていたのび太としては、淀川さんと結婚してしまったような気分もたまに。

映画の話になると、どこか自慢話(しかも長い)になってしまうのでこの辺で。もう一度、ブログのテーマに。

いつからか、日本からのニュースで、子供たちのいじめを苦に自殺が目立つようになった気がします(井上陽水の「雨が降る」では、都会の若者でしたっけ)。ちょっとネットで検索すると、自殺した子も、死に追い詰めるまでいじめた(らしい)子や親、担任、校長、教育委員長の画像まで出てきます。

数年前、(同伴者なしで)一時帰国した際、大昔つきあったことがある女性(ジャイ子(仮称)、既婚、中学校で英語の教師、博多の女ではない)と連絡を取り、食事したことがあります。失業中でしたが財布のひもも緩み、ついでに下半身のタガも緩みそうな雰囲気に。

で、話のはずみで、ジャイ子が勤務している中学校でその年に男子学生が自殺し、それが大きく報道されたことを話してくれました。うまく相槌がうてなくなっていると、

ジャイ子は、「でもね、のび太さん、そういうことがあると学校は大迷惑なんだよね。だいたい、あの程度のことで自殺するなんて誰も思ってなかったし、そんなに弱い子だったら、(自殺しなかったとしても)将来もねえ。私たちの学校を卒業するまで我慢してくれさえしてくれたらねえ、、、」

自殺した男子学生が担任した子ではなかったとはいえ、ジャイ子がそうはき捨てるように言ったのには、びっくりしました。昔は繊細で、ちょっとしたことで涙を見せていたのが。

もしかすると、自分のところさえ守られたら、あとはどうでもいいってのがどんどん普通になっているのか。いじめられたこと(肉体的なものだけに限らず、パシリにされたり、カツアゲされたり、シカトされたり、と精神的にも)が一度でもあれば、簡単にやめることができない学校や職場でのいじめや孤立がどれほど辛いことか分かるはずですが。一度も標的にならなかったとしたら、標的になる状況を徹底的に避け切って生きてきたとしたら、人の痛みなんて。
2016/02/01 [November 17] URL #- 

* 自殺の季節

このタイトルがなんとも気になって、自殺と季節をかけることができるなんて、そんなこと、当の本人は考えもしなかったのだろうと。
そこまで思いつめている人は、季節なんて、二の次で大事なのは、いざ自分の顔を鏡で見つめることができるか、じぶんで手を強く握ったら、
何から 刺激を感じることができるか。本当に必死な人は、自分以外の世界をみる余裕なんてないはずだから、季節の変わり目なんて気にしている余裕すらない。

逆に病気などで死を覚悟した人の季節への繊細な捉え方は、常人以上でなんとも言えず、深い感情。

なぜかここで、梶井基次郎の檸檬という小説をなぜかここで思い出しました。あの文章表現は今でも素晴らしい出来だと思います。
2016/02/02 [inei-reisan] URL #pNQOf01M [編集] 

* Re: 2月2日はグラウンドホッグデー、曇っていたら春遠からじ

November さん、

「Lost in Translation」 は、どう見ても美男とはいえない中年男のビル・マーレーが
東京で孤独な滞在をしていて、アメリカ人の若い人妻に会い
なんとなくホンワカとした雰囲気になりながら
そのチャンスがあったにも関わらず、そういう関係にはならない。
というところが、なかなかよかった。
男と女のあいだにはもっとこんな関係があっていい、というのが僕の持論です。

この映画、とくに秀逸と思ったわけじゃないのに印象に強く残って2度も見てしまったのは
実は僕自身、身につまされる経験があったから。
といっても、女性とのロマンスとかじゃなくて
主役のビル‐マーレーが次々に遭遇する東京でのさまざまな経験が
僕が22年ぶりに日本へ帰国した時の、(そう、僕は長いあいだ日本を捨てていたんです)
めくるめくような東京の印象を僕に思い出させたからだと思う。

あの時、新宿の雑踏で次から次へと眼の前に現れる顔がみんな知人のように思えて
「おっ、久しぶり!」 とか 「あれ? どこかで会ったっけ?」 とつい声が出そうになって困った。
あれはまさにホモジーニアスの日本人ならではの同胞感覚とでもいうのだろうね。

そのあと何度も日本へ行くようになってからは
あの異邦人のような感覚は薄れてしまった。
そのかわり、街中に溢れるアジア人観光客の粗野な挙動を見て眉をひそめるんだけど
彼等のおかげで日本の経済が大いに潤ってるようなので
僕なんかが文句の言える筋合いではないのだろう。

ああ、昭和が懐かしい…
2016/02/03 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: 自殺の季節

inei-reisan さん、

自殺の季節、なんて無責任なタイトルを付けてしまったんだけど
実際には自殺は春が圧倒的に多いらしい。
なぜなのだろう? と僕には納得がいかない。

暗鬱で冷たい冬が去って、暖かく陽光眩しい春の季節になって花にも風景にも色がついてくれば
死のうと思っている人の心にも、生きる力が湧くような気がする。
ほら、こんなに素晴らしく気持ちの良い風景なのに
死ぬなんてもったいない。
もう少し生きていよう。
せめて夏が終わるまでは。

と、僕なら思うでしょうね。


自殺じゃないけど、恋の終わりなら僕にも数限りなく経験があって
いつも決まって冬だったような記憶がある。

梶井基次郎が本の上にそっと置いたレモンを
今夜の僕は輪切りにしてアールグレイに浮かべたのを飲みながら
そんなことを思っている静かな夜のこと。
2016/02/03 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

いや、私にはわかるような気がします。

あたりが光りはじめる気配がする。
うずくまっていたもの達が起き上がり始める。
そんな中、自分だけは穴の中から這い出る気力がわかない。
周りの明るさが絶望を際立たせるんだと思います。

冬季うつ病というのがあるそうです。
病気までいかなくても動物の本能は冬籠るようにできているとか。
それはある意味自然の形で春になれば元へ戻るから大丈夫。

今回のタイトルで自殺した幾人かの知人が思い出されコメントをなかなか書けなかった。
自殺。しなかったら良かったんだろうか?
大概の人は早まったことを。と言います。
そうだったかもしれない。
けれど私は、やっと楽になれたんだろうなー。と思えるのです。
幸せな人にとって死は絶望ですが、
不幸の真っただ中に居る人に死は希望でさえあります。

最後の最後に反転する。
皮肉なことだけど、ひょっとして神の配慮なのか?
という気さえするのです。







2016/02/03 [ムー] URL #qiVfkayw [編集] 

* 鬱の季節

私の周りには、鬱の人が幾人かいて、
春はやっぱり辛い季節みたいです。

そう、ムーさんが書いたように、周りの明るさが余計辛さを際立たせるみたいです。

あと、気候の変化もあるのかもしれません。

鬱の人は、本当に悪い時は自殺はしないそうです。
治りかけが危ないと聞きました。
死の衝動を、現実に移すにも体力も気力も要るから。

そういう時、1人にはしないように、と言われました。

ただ、寄り添うことくらいしかできないけれど、それでも何かの力にはなれるかもしれないと思ったことはあります。

一番言ってはいけないのは、頑張って!の一言。


それから、私は誰にも頑張ってとは言わなくなりました。

だって、もうすでに限界まで頑張って、追い詰められているのですから。



2016/02/04 [たま] URL #6moyDOY6 [編集] 

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2016/02/04 []  # 

* リチャード・ギアと北九州のボーソー君の相違点

自殺はしたことはないのですが、自殺防止のカウンセリングを受けたころのことはSeptemberさんのブログのおかげでいろいろ思い出してしまいます。内科にも通わされ、うつ病の薬も処方されました。

服薬前の説明書には、副作用のケースがいろいろ書いてあって、胃腸障害から、超継続的勃起などなど。自殺も書いてあったように記憶しますから、たまさんの解説にもうなずけます。眠れるようになったのはいいのですが、朝は大概吐き気で目覚め、トータルでいうと、ハッピイになったというより、病気の烙印をおされてしまったように思い出されます。

春が辛かったかどうか。アメリカには夏時間があり、三月半ばに始まると急に日が長くなります。仕事は続けておりましたので、日本との電話会議やらテレビ会議からは解放されず、会議は時差のせいで、冬時間だと六時半開始だったのが、七時半。日本との連絡とか関係ない同僚が帰宅した後、夕食を取って、会議。日本との会議はだらだら続くことが多く、おのずと帰る時間は遅くなる。これは今の会社でも時たまあり、アメリカで、日本と関わりのある仕事をする上で避けられない苦痛の一つ。うつだったら、なおさら。

前述のリチャード・ギアの若い頃の映画に、「An Officer and a Gentleman(放題、いや邦題は、愛と青春の旅だち)」という、海軍士官養成学校を舞台にしたのがあって、ギアは士官候補生。学校で知り合いになり、一緒に厳しい訓練に耐えるうち、ギアの親友になっていく男がいます。ギアと違って、男はエリートなのですが、学校の近くのバーで知り合った女にほれてしまい、あっさり学校をやめて、求婚するのですが、「士官のあなたと結婚したかった」と断られてしまいます。

失恋のショックで失踪したその友人を、ギアは町中オートバイに乗って探し、泊まっているモーテルに見つけ、ドアを開けると、シャワールームで首を吊ってました(全裸で)。泣きながら、友人を抱きあげ、下におろしてあげようとするギア。ギアの「パクリ映画」に感心しないというSeptemberさんでも、涙腺が刺激されるであろう名シーンかと。

ここで突然、北九州にいる親友(ボーソー君(仮称))のことを。昔、一緒に暴走していた仲間で、職を転々とした挙句、ひょんなことから警察学校に入り、現在は交通機動隊の巡査部長かなんかをやっております。のび太はバブル世代なので、日本の知り合いには、会社で出世した連中が多く、一時帰国しても連絡を取ろうとも思わないのですが、ボーソー君は別。彼の話は、職業柄、人間のダークサイドについてが多く、震災直後に東北に警備の応援に行った時の話などは、ボランティアにいってどうのこうの言っているのび太にとっては後ろから頭部を殴られるほどショックものでした。

警察学校を卒業後、ボーソー君は数年間交番勤めをしたのですが、自殺の通報を受け、何度も現場に駆け付けたことがあるそうです。多いのは、首つり自殺、手遅れでぐったりした自殺者の体を抱えるのは、新人の役割。そう、ギアと違って他人の体を、ギアがやったような体勢で抱えて下におろす。

人間、生きている間は、無意識のうちに、体中の神経と筋肉が、液体物を体内にとどめているそうです。死んだ瞬間、神経と筋肉は弛緩され、(首吊りの場合)すべてのものが引力の作用で下に流れ出る。ボーソー君もあの映画を見たそうで、こう言います。「のび太、実際の首つり自殺の死体はあんなんじゃなかとよ。ギアの友人、単に血の気を失っただけの、綺麗な体しとったばってん、ありえんばい。観客は飯が食えんごとなるけんね」

父には、弟が別に二人います。一番下のおじはちょっと不良っぽい雰囲気があって、昔は、無邪気だった僕にエッチな話や悪いことたくさん教えてくれました。僕が小学生だったころ、何かで長期院していたことがあり、学校帰りに見舞いによると、「のび太、ランドセルの中に定規はいっとらんかあ、いま、ちょっとアレがすごかっちゃけん、計っとかな、ちょっと貸して、こらあ逃げんな’」とか。

自殺したおじが生きていたら、同じように僕と仲良くなれたのかなとか、どんな思い出を与えてくれただろうかと思うこともあります。何もない、あまりに若くして命を絶ったから。実家に帰って仏壇に手を合わせると、小さな写真の中で、全く覚えていないおじが照れくさそうに笑っています。ただ、それだけ。
2016/02/05 [November 17] URL #- 

* Re: タイトルなし

ムーさん、

なるほど、それで春に自殺が多い理由がわかるような気がする。
冬の間は冬眠するというのは僕がそうで、ほとんど非活動的になって
自分でも呆れるような怠け者のになっちゃう。
それが春の到来とともにわけもなくうきうきして家にじっとしていられない。
外に出れば何か良いことがいっぱい待ってるような気がする。
そんな人間だから自殺なんて考えたこともないのだろうなあ。

のび太のように家族の誰かがいきなり命を絶ってしまうというのは、
誰にでもあることのないもの凄い衝撃だと想像できる。
彼の場合は本人がまだ幼くてよかった。

ムーさんのまわりでも幾人かの人が、自分の手で一生を終えてしまったようですね。
ギリギリまで追い詰められて他に選択がなかったのだろうか?
それぞれの心の中を推測すれば自分の心もまた痛む。
軽々しくコメントなど書けなかった理由がよくわかります。
楽になれたんだろうなー、と思うのはあとに残された人達の心情で
死んだ本人にはすでに楽も苦もない無の世界て帰ってしまってると思うと
せめて生きて、あー楽になったと本人に実感して欲しかった。
なんて思うのは、健康なわれわれの傲慢さかもしれません。

2016/02/05 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: 鬱の季節

たまさん、

実は僕も鬱の気のあるひとと長年いっしょに暮らしてるんだけど
本人が鬱とは思っていないようなので、まだましかもしれない。
医者に相談するようにそれとなく薦めても、断固として断ってる。

鬱病というのは高齢者には避けて通れない状態のようで
僕自身も薬を服用していた時期があったけど、それほど酷くなかったせいか
なんだ、これなら自分で制御できるといつのまにか飲まなくなった。
そのかわり、「あ、おれ落ち込んでるな」 と自分で感じる時は
やみくもにテニスをやったり、映画を見たり、周りの人と話をしたりするようにしています。
でも写真に熱中するのが何よりも最大の効果があるみたい。
音楽を聴くのはだめ。本を読むのもだめ。
身につまされるものがあってますます深みに落ち込んじゃう。

「頑張って!」 と励ますのが良くない、とたまさんは言うけれど
落ち込んだ時の僕は 「頑張れよ、おまえ。そのうちいいことあるさ」 と自分を叱咤しています。(笑)
2016/02/05 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

あのね、鬱と鬱病はちがうの。
気分がめいって落ち込んでるときそう鬱っていうけど、病気ではないんです。
鬱病は脳の中のセラトニンだかなんだかが不足?するちゃんとした病気です。
検査の方法は脳だから無くて、
先生の判断で薬を飲んでひと月ぐらいで効いてきたら病気ってことになる。
大好きだった趣味とかにまったく興味が持てなくなったら病気を疑うそうです。
Septenber30さんのはどう聞いてみても鬱病ではないです(笑)

「眠れない」「どう頑張ってもとにかく動けない」「食べられない」「めまい」「気持ちの悪さ」「座ってることもつらくなる」
ぐらいの症状なら立派な鬱病です。
気分障害だけじゃないんですよ。
薬はちゃんと効くはずです。
効かないのは病気じゃないからです(笑)


2016/02/06 [ムー] URL #qiVfkayw [編集] 

*

実は鬱病だったのは母でした。
夫も鬱病です。
姑もそうです。
伯母は、とうとう自ら手をかけて亡くなりました。
実の姉を自死させてしまった姑は、ショックで認知になりました。
母も姑も伯母も、ある程度の年齢で発症した人は一生治らない。

夫は、そんな人々を見てきたので、早めに治療をして、それなりになんとかやっています。

息子は、夫を見ているので、体質を自分で受け継いでいるのを自覚していて、その分したたかに、ひどくなる前に相談してくれて、病気にはなってません。
ああはならないという強い意志を感じます。

なんでこんなに私の周りにはうつの人が多いのかと感じた事はあります。
友人がジョークで、お前が明るすぎるからだといわれたことはありますが。

体質もあるし、そういうものを誘導してしまう社会というものもあるのかもしれません。

私だって鬱っぽくなるときはありますが、それはSeptemberさんと同じで、一時的なそういう気分という事だと思います。
誰でもあると思います。

這い上がれない病気の人たちの本当の哀しみは私にはわからないと思っています。

病気と一時的気分は決定的に違うから。

だから、頑張らないでね、と言うのです。

でも、分からなくても、適切に診察に寄り添う人が居るかいないかは、違うと思います。

鬱病の人は、人との関わりは苦手なのですが、それでも1人は怖くてたまらないみたいです。

できたらみんな、なんとかそれなりに幸せに生きて欲しい、心からそう思います。

2016/02/06 [たま] URL #6moyDOY6 [編集] 

* Re: リチャード・ギアと北九州のボーソー君の相違点

November さん、

人には内向的な性格の人と外向的な人との2種類がある、
なんて勝手に無責任に分類してしまうと
僕といっしょに働いていた頃ののび太は、どちらかといえば内向的な青年だったように思える。
僕自身はその逆だったから
それで僕らは気が合ったんだと思っているけれど
のび太にしてみれば不満や反撥も多いにありながら、それをじっと内に溜め込んでいたのかもしれないね。
それでもあの仕事は、日系企業の激務にくらべればずっと楽だった。
僕らのクライエントは例外なく日本の会社だったから、付き合っているうちに
そんな会社の内情も自然とこちらに伝わってくる。
それを知りながらのび太が後年になって日系企業への就職を決めたのは
まさかあそこまではと中に入るまではわからなかった、のだろうか。

その結果、のび太は頭が少しおかしくなってしまったというのは
僕は今回のコメントの応酬で初めて知った。
あの頃、不満をポロポロとこぼしてたのは覚えてるけど、病気になるほど酷かったとは思ってもみなかった。
なぜあの、人も羨む超一流経理会社をいきなり辞めて今の会社へ移ったのだろう、という長年の僕の疑問が
それで解明したわけです。
今の会社はそれほどの激務じゃない、と言ってるけど鬱病の方はもう良いの?
薬は今でも飲んでるの?




「An Officer and a Gentleman」 の自殺現場の名シーンは実はぜんぜん僕の印象に残っていないんだよね。(笑)
もしかしたら、「自殺」 という自己破壊的行為に対して僕はのび太ほどの共感を持てなかったのかもしれない。
僕の子供の頃から高校生にかけての友達の幾人かが自殺をしている。
しかしそのどれもが、ずっとあとになってその話を聞いただけで
自殺を目撃したり、その日にそれを知ったというわけじゃないので
へーっと驚くだけで、誰かが病気で死んだというニュースを聞くのと変わらなかった。


おじさんのことをあれこれと思い出したようだね。
ところで僕は一人っ子だとふだんは言ってるけど
実はうんと年の離れた腹違いの兄がいて、子供の僕にとってはおじさんのような存在だった。
のび太の故郷、九州大学の大学院在学中に事故?で死んでしまった。
この兄がもし生きていたら
両親をすでに亡くしたあとの僕が、完全に日本を捨ててしまうことはなかったかもしれない
とは、今でも時々思う。
この兄のことは前にも書いてます。

http://blog1942.blog132.fc2.com/blog-entry-84.html

2016/02/07 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: お久しぶりです。

鍵コメさん、

お父様のこと、急な話で大変でしたね。
でも最後までちゃんと看取ってあげられてよかった。
未公開コメントへの返信なので、内容に触れるのを恐れてあまり書けないのですが
20年近くも帰国しなかったというのもすごい。
それをした日本人は僕ぐらいしかいないと思っていたので、びっくりしました。
なぜそうなったのかいろいろ訊きたいんだけど
それは今度のことにしましょう。
2016/02/07 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: タイトルなし

ムーさん、

そうかあ。
僕は鬱病になるには健康すぎるのかあ。
たしかに、子供の頃からずーっと病気というものをしたことがなくて
小学校の卒業式ではただ一人の6カ年皆勤賞を貰ったぐらいで
これはいまだに自分でも信じられない。
何しろ高校では授業をサボりすぎて落第しそうになったのを思えば
6年間、忌引以外は1日もかかさず学校へ行ったなんて、自分がやったこととは思えません。

でも健康なのは身体の方で
精神的には自分は病んでるのではないか?
という疑問は長年抱えていた。
それが今回、精神的にもごく健康ですよ、とムー先生に判断して頂いたのが嬉しくて、
今夜はどんどん酒がすすむ。(笑)

鬱病とは気分障害だけじゃなくて、肉体的な病状もあるのだ、
と初めて知りました。

ありがとう。
2016/02/07 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* 徒然草 第117段

Septemberさん、

上のムーさんのコメントに対するご返答を読まれた100万人の読者、その大半の方は、次の文章を思い出されたことと思います。

友とするにわろき者、七つあり。一つには、高くやんごとなき人。二つには、若き人。三つには、病なく身強き人。四つには、酒を好む人。五つには、猛く勇める兵(つわもの)。六つには、虚言する人。七つには、欲深き人。

他の五つは分かりませんが、Septemberさんは「わろき者」の三つ目と四つ目をそのまま堂々と書かれていますから、兼好法師が読まれたら苦笑しているかもしれません。まあ、鎌倉時代と違って現代の価値観だったら、この七つすべてに該当する人は案外社会で成功しているかもしれませんが。

ちなみに117段は、「よき友三つあり。一つには、物くるる友。二つには、医者(くすし)。三つには、智慧ある友」と続き、これは現代でもうなずけるようです。

Septemberさんの会社(こう書くととオーナー?と語弊がありますが、重役)を辞めてから、今の会社はすでに三つ目です。Septemberさんに出会い、採用してもらわなかったら、今こうしてアメリカにいることはできなかったと思います。また会社にいた間に、Septemberさんの口添えやご助力がなかったらグリーンカードも取れていなかったでしょう。グリーンカードのあるなしでアメリカに住む外国人の立場は雲泥の差でしょうから、どんなに感謝しても感謝しきれません。

僕にとっては、学生ビザでアメリカに渡り、卒業後のアメリカでの最初の仕事。コロンバスのオフィスでは外国人は僕だけでしたから、社内でどうふるまい、会社の人たちとどう付き合うかについては本当に苦労しました。今なら多少知恵もつき、「内向的でも、仕事でプラスになるよう、外交的に見えるよう振る舞ってみせる」こともできなくもないのでが、当時はSeptemberさんの体験を聞き、Septemberさんを見習うのに必死でしたし、社長からもそう助言されてました。結局、Septemberさんにはなれませんでしたが。

小学生の頃、いじめられるのが嫌で、登校中に腹痛を起こし、家に引き返したことが何度もあります。昭和一ケタ世代の父は、家に戻った僕に対し、「腹痛くらい正露丸飲めば直る」って言い、そのまま休むことを許しませんでした。ついには、毎朝、朝食の後、腹が痛くなくても、正露丸を飲むようになり、(糖衣錠はなく)あのまずさはこれを書きながら思い出します。で、学校に行くと正露丸臭いとまたいじめられる。遅刻しそうな僕を父親がトラックで送ると、トラック通勤とまたいじめられる。腹が痛いからと休み時間に、トイレに入ると、外からドアを押さえられて出られなくされる。

敵は常に複数、こちらは常に一人。前述の「Let The Right One In」の中に、オスカー少年が夜一人ぼっちで、反撃を妄想しながら、木にナイフを刺す痛々しいシーンがあります。オスカー少年は、自殺したおじであり、ジャイ子が教えている中学校で自殺した男子学生であり、死ななかった僕であり、もしかするとSeptemberさんの100万人の読者の中にもおられるのかもしれません。

「人も羨む超一流経理会社」ってのには、吹き出してしまいましたが、志望者に対する入社競争率は今でも50倍くらいだそうで、そんな会社に、ええ年こいて大学に入り直し、会計学専攻卒の新入社員として僕が入れたのは、「顧客といて日系企業を扱える」プラスアルファを期待されたに違いません。そのキャリアを得たのは、Septemberさんのおかけです。

経理会社、正確にいうと「会計監査法人」ですが、そこを辞め、医療保険が切れ、病院にもいかなくなり、処方箋が切れてからは、うつ病の薬は飲んでおりません。説明書にあった勃起が四時間以上継続するという副作用はついにおこらず、大抵は小さく収まったままでした。

就職活動が始められるまで精神的に復活できたのは、休養、その途中で東北にまた行けて何かを感じたこと、両親とゆっくり話ができたこと、カミさんが一度も文句を言わなかったこと。そういえば、その頃、オレゴン(太平洋岸)まで老体のスバル号で海岸清掃(東北からの瓦礫も)ボランティアに行き、その帰りにデイトンでSeptemberさんに会ったってのもありましたっけ。
2016/02/07 [November 17] URL #- 

*

September30さんが大好きなケイト・ブランシェット主演の「carol」が日本でも公開されます。
アメリカは2015年に公開されているからもうご覧になりました?
1950年代のニューヨークを完璧に再現した映画だそうですね。
撮影はオハイオ州でされたとか。
衣装も美術も素晴らしいらしい。
ケイト・ブランシェットの大人のエレガンスを見てこようと思っています。
とうていお手本には出来ないけど、
映画館を出るときはちょっと気分はケイト・ブランシェット(笑)
2016/02/07 [ムー] URL #qiVfkayw [編集] 

* Re: タイトルなし

たまさん、

周りに鬱病の人がそんなにいて、ことに自分の家族がそうだとしたら
せめて自分だけでも明るくしなきゃ
とその中心にいるたまさんが 「便所の100ワット」 と呼ばれるほど明るく振舞うのはよくわかる。
それが逆効果になるのかどうかはわからないけど
周りといっしょになって暗く落ち込んでしまうのでは、あまりにも悲惨すぎるもんね。
幸いにも鬱病は薬で確実に抑えることができるらしいので
僕の女房もぜひ医師に相談して欲しいと願うのだけど
こればかりは、息子さんのように本人がその気にならなければどうしようもない。
力づくで引っ張っていくわけにはいかないしね。
それに、この欄でムーさんが、鬱病は精神障害だけじゃなくて身体的な障害もある、と教えてくれた時に
そういえば、女房は頭痛や筋肉痛やそのほか身体のあちこちがしょっちゅうおかしくなるのは
それかもしれないと頷いたのでした。

それと鬱病は遺伝すると知って、ああやっぱりと思ったのは
息子の太郎がそのようだから。
学生時代に医者に薬を処方してもらって飲んでいたようだけど
これもこの欄でのび太君が書いていたように、副作用がひどすぎて長続きしなかった。
現在は仕事やスポーツに身を入れたりすることで、なんとか自制ができているようです。

女房にも息子にも、もっと優しくしてあげよう。
たまさんのコメントを読んでそう思いました。
2016/02/08 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

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2016/02/08 []  # 

* Re: 徒然草 第117段

November さん、

吉田兼好が唱える 「わろき者」 の7つの条件を
自分の周りの人達にあれこれと当てはめてみると、最低1つは条件を満たしている。
いや1つどころかほとんどの人は3つも4つも当てはまる。
この世界には悪人しか存在しないんだなあ、と
最後にのび太を診療台に乗せてみると…

なんとのび太はこの7つのどれにも見事に該当しないではないか!
世界最後の善人はのび太だったんだ!
びっくり仰天した僕は思わず小便をちびってしまった。
時代が時代なら兼好法師が 「I love you, honey」 と叫んで着ている袈裟をバッタと落とし、フンドシも振りほどいて
のび太に抱きついてくるシーンが鮮明に目に浮かぶ。


それでかんじんの僕自身なんだけど
この7つを完全に満たしてるんだよね。
1.の高くやんごとなき人、というのに引っかかるかもしれない。
でもね、百姓、というより豪農だった父方の祖先は、実は山陰に落ち延びた平家の末裔だった、という話を聞いている。
世が世なら今ごろ僕は大殿と呼ばれていたはず。
いやこれは、6つ目の 「虚言する人」 としての虚言じゃなくて、本当の話です。

2つ目の 「若き人」 だって、身体は老いても心はやっと20代になったばかり。
下手をすると 「あなたってまるで子供みたい」 なんて女性によく云われる。ひひひ

あとの5つは今さら説明するまでもないよね。
のび太にはもうとっくに分かってることばかり。
こうしてみると、のび太と僕はどうも両極端にいるらしい。
善と悪、正と負、陽と陰、白と黒、共和党と民主党(これは違うか)



話は違うけど、のび太のグリーンカード取得は
感謝するなら僕じゃなくて社長のB氏にすべきだね。
たしかに提案したのは僕だったけど、あっさりオーケーしてくれた彼の腹の太さには
感激したことを覚えてるよ。
彼が亡くなった時に、家族連れで日本へ帰国していた僕は葬儀に出られなかったことを
今でも後悔している。

現在は信じられない程の大企業になってしまったあの会社だけど
その歴史上で、社員のグリーンカードのスポンサーになったのは
後にも先にものび太一人だよ。


あ、それから…

正露丸は今の僕には、それなしでは1日も過ごせないほどの大切な常備薬です。
ラッパのマークの純正品でしかも糖衣錠じゃなくて昔ながらの臭いやつ。
だけど飲んだあと、周りの人に匂うということは考えてなかった。
本当に匂うのかなあ。
2016/02/08 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

「わろき者」やってみました。
なーんと私もNovemberさんと同じで、該当するものナシ。
ここにも一人善人がいましたよ。
わろき者のほうが魅力的なのに残念(笑)

で、正露丸は、匂います(大笑い)
2016/02/08 [ムー] URL #qiVfkayw [編集] 

* Re: タイトルなし

ムーさん、

2015年の11月に全米公開されたこの映画
実は僕は見てないんだ。
封切り映画を見るという習慣を止めてからもうずいぶんたつ。
止めた理由というのは
ああ見てよかった、と思う映画が何十本に一本しかなくて、そのたびに
金と時間を浪費したと後悔する、という貧乏人根性に支配されるから。

でもそれはハリウッド映画のことで
「Carol」 はブリティッシュ‐アメリカンの作品だから見よう見ようと思いながら
ついチャンスを逃してしまったようです。

あの映画の大部分はシンシナティでその大部分が撮影され
その北部のレバノンという小さな小さな町のホテルでその一部のロケがあったらしい。
このレバノンは僕の住むデイトンからは真南に30キロほどの位置にあり
以前仕事で飛び回っていた頃はしょっちゅうこの町を抜けていた。

映画に出てくる 「Golden Lamb」 という小さなホテルは
1803年に始業したオハイオ州では最古のホテルで
過去にジョージ・ワシントンをはじめ12人の大統領がここに泊まったということです。
現在もホテルは操業していて、階下のちょと洒落たレストランで食事をしたことが数回ある。
歩くと音を立てて軋みそうな木の床が少し傾いていたのを覚えてる。
ムーさんこの映画を見る時は
この町のすぐ近くに September という日本人がひっそりと暮らしてることに思いを馳せてください。(笑)

2016/02/08 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: タイトルなし

鍵コメさん、

そういう訳でしたか。
20年ぶりの日本からまたアメリカへ帰って来た今
カルチャーショックがさぞ大きかったことでしょう。
僕もつい思わず家族に日本語で話しかけたりしたことを思い出します。
2016/02/08 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: タイトルなし

ムーさん、

ええっ? 本当? 該当するものナシ?
どうりで善悪両極端の僕らはお互いによくバランスが取れて仲良しでいられるんだ。

ところで少し言い訳をさせてもらうと
「嘘言する人」 というところは、僕は嘘つきということじゃなくて
妄想と現実がいつもごっちゃになってる、ということだし
「欲深き人」 というのも
物欲や金銭欲も無くはないけれど、何より「色欲」 に溺れている
ということなのです。(笑)


そうかあ、正露丸は匂うのか。
たぶん臭うと書くべき?
これからは気をつけようっと。



2016/02/08 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re Re: リチャード・ギアと北九州のボーソー君の相違点

Septemberさん、

そうそう、しばらく消える前に、、、お兄さんの亡くなられた時のことを読んだ際、思い出してしまったオーストラリア映画にちょっと触れてから。

日本人のステレオタイプを誇張した点など「Lost in Translation」と似てますが、オーストラリアに仕事でやってきた日本人サラリーマンと、ガイドを頼まれた地元女性の珍道中、「Japanese Story」。

向こう(オーストラリア)ではかなり評価された作品らしいのですが、日本人でこれを見たことあるって人には出会ったことありません。

なんで、珍道中とお兄さんが関係あるか、それともエッチなチン道中かといぶかるかもしれませんが。Netflixにあるようですので、雪に閉ざされて、他に見るものがないような時にでも。では、新年快乐!
2016/02/09 [November 17] URL #- 

* Re: Re Re: リチャード・ギアと北九州のボーソー君の相違点

November さん、

日本から来たサラリーマンにガイドを頼まれた地元女性というのが、日本人なのかオーストラリア人なのか
のび太の説明に書かれてないのでわからない。
もし日本女性だとしたら、彼女はK子さんのことじゃないかな。

K子さんというのはほら、のび太も知っている、昔僕のアシスタントをやってくれてた人。
彼女は若いころ日本で壮絶な失恋をして、傷ついた薄い胸を癒やす目的でオーストラリアへ旅行をし
そのまま何年かいついてしまったという。

つい先日、マーケットのレジで列に並んでたら
すぐ隣りの列にいた彼女とバッタリ顔が会い
「あーら」「おお!」 と大きな声で挨拶をしたあと、ふたりで大日本語大会を開始してしまった。
周りのアメリカ人がみんなニコニコして僕らを眺めてたよ。
あとで僕の後ろにいたアメリカ人のおばさんに
「あなたたち、中国から来たのねえ。懐かしかったでしょ」 なんて云われてしまった。


ところで 「Japanese Story」 は Netflix に無いんだよね。
2016/02/10 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Kさんは、精神的に向上心のないものはばかだ、なんて言わない

Septemberさん、

「しばらく消える」なんて書いてしまったのは、連日帰宅が深夜過ぎになる季節に突入したからでして。ブログのテーマに準じて、草葉の陰に隠れようとしているわけでもなく。そうなると、「しばらく」にはならないのですが、そんなことはどうでもよく。

オーストラリア映画「Japanese Story」について語弊があったようなので、目はしょぼしょぼですが、寝る前にちょっとだけキーボードを打つことに。

地元の女性ってのは、失恋の末流れ着いた日本人女性ではなくて、ブランシェット同様オーストラリア出身でアメリカでも活躍している女優ト二・コレットが演じております。僕はNetflixで映画を見たことはないのですが、サイト上で検索したらヒットしたので、てっきり見れるのかなと思った次第で、すつれいすました。

外国(日本人監督が外国で撮ったのではなく)の映画で、「日本人男性が海外の出張先や留学先でなんかで地元の女性(客商売はのぞいて)とすったもんだの末どうのこうの」ってストーリーの作品もめったにないかなってのと、映画の後半部がSeptemberさんのお兄さんとだぶる部分があって触れてしまったわけです。

そういえば、前出のAn Officer and a Gentlemanで、ギアの友人がバーで知り合った女性にふられてとか書いてしまいましたが、お相手は地元のオープンパーティに参加していた女性でした。数か月だけ滞在する士官候補生たちと、生まれ育った街の工場で(親の代から)働いている地元の女性たちとの関係ってのも、An Officer and a Gentlemanが提供する興味あるテーマの一つなのですが、ここでは触れず。

Kさんというと、漱石の「こゝろ」のKさんを思い出し、彼もブログのテーマのように自死し、いやあれは、K。そういえば僕も。でも、SeptemberさんのKさんは、秋田美人のKさん。真冬の酷寒の週に開かれたSeptemberさんの個展(六年前?)でお会いしたのが最後。そういえば、アルルの女のMさん、いや「アルルにて」のMさんとお会いしたのもそれが最後。

昨年12月に、久しぶりに秋田に足をのばし、山に囲まれた乳頭温泉の古い古い旅館に泊まりました。部屋の中の囲炉裏でイワナを焼いてもらい、芋鍋をすする美しい夕食で、名物きりたんぽも出てきました。きりたんぽ、これもK。僕にとっては32年振りでして、懐かしく、癒される味。Septemberさんの会社で働いているころのことを思い返すと、辛かったことが次々出てくるのですが、Kさんに関しては100%肯定でき、Kさんによって僕のささくれた気分が癒されたってことが何度もあります。

きりたんぽのようなKさん、何年たってもいいから、僕もどっかでばったり会いたいなあ。周りに、何国人の再会って思われようとも。Septemberさん、久しぶりに個展開かれませんか?
2016/02/13 [November 17] URL #- 

* Re: Kさんは、精神的に向上心のないものはばかだ、なんて言わない

November さん、

秋田のきりたんぽは実は、僕もK子さんの作ったのを食べたことがあるんだよね。
あれは一時代前、デイトンの3長老といわれていたHさん、Sさん、それと僕の3人が発起した
デイトン日本人会のピクニックで彼女が卓上コンロを会場の植物園へ持ち込んで作ってくれた。

あの日本人会はシンシナティやコロンバスのそれと違って
職業も年齢も関係無し、アジェンダも無し、デイトンに住む人なら自由に参加できるという楽しい集まりで
3ヶ月に1度のわりでパーティを開いていた。
唯一の条件は、参加者は料理でもデザートでも、そのへんで買ったものでも構わないから
少量の食べ物を持参する、ということで
最初は10人足らずだった会員が会を重ねるごとに増えていき
デイトンだけじゃなくて周りの町からはるばる来る家族もあったりして
最後の頃は60人以上もの参加者があったりした。

3長老の引退とともに後を継いでくれる若い世代の人が出てこないままに
この日本人会も消えてしまったのは残念なこと。
それとともに日本人同士の横のつながりもプッツリと切れてしまった。
それを回復するために僕が個展を開く、というわけにもいかないしね。

つながりが切れてしまったといえば、あのK夫妻とも疎遠になってしまい
彼等が越していったサウスキャロライナの家には3度行ってるけど
それももう最後に行ったのが3年前になってしまった。




「Japanese Story」 は Netflix にも Amazon にも見当たらないのはなぜだろう。
著作権の問題かなあ。
2016/02/14 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

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