過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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性に目覚める頃 2

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蛸と海女
葛飾北斎



性の書斎

小学校も上級になると、僕の 「本屋通い」 が始まる。
町には新刊書の本屋が4軒と古本屋が1軒あったが、その頃もっぱら行ったのは古本の 「油屋書店」 だった。 間口の広い大きな古本屋で、その大部分は文学書や実用書、月遅れの娯楽雑誌などが並べられていて、そこを通り抜けて奥の方へ入って行くと、片隅に成人向けの書籍がひっそりと置かれていた。
『夫婦生活』、『あまとりあ』、『奇譚クラブ』 といった怪しげな古雑誌や、『外国ヌード集』、『春画全集』 などの画集や写真集が積んであるその一画が、小学生の僕にとって性を勉強するための書斎となった。 ただし、いつでも好きな時にそこへ入り込めるというわけではなかった。 店主である高齢の親爺が目を光らせている時は書斎へ入ることを諦めて、その辺の棚から白秋や啄木の歌集を取り出して読む振りをした。 それというのは以前、『あまとりあ』 の中の半裸の女性が縛られて脚を大きく広げた多角的な格好で、天井から吊らされた挿絵を、胸をどきどきさせて眺めていた時に、「◯◯君、そういうのを読むのはまだ早いから止しなさい」 と背後からそっとたしなめられたからである。 店主は僕の両親の知り合いでもあった。
幸運なことに、その老人が店に出る時間はごく限られていて、ふだんは若い女性の店員がそこにいた。 彼女なら猥本の立ち読みをする僕を見て見ない振りをしてくれたし (たぶん止めなさと言う勇気がなかったのだろう)、僕は僕で彼女の前で恥ずかしいと思う気持ちがありながら、それよりもはるかに強かった性への好奇心が打ち克ってしまい、それが僕を大胆にした。



『蛸と海女』

油屋書店で見たり読んだりしたものの中で、もっとも衝撃的だった本はというと、性風俗誌の名のもとに出版されていた月刊誌の 『あまとりあ』 だったのにはまったく疑問の余地がない。
それに比べればアンドレ・ド・ディーンズ (この著名な写真家の名は何十年後まで覚えていた) の外国女性のヌード写真集などは、綺麗すぎてつまらなかったし、春画コレクションの、明らかに誇張された性器や不自然な角度で絡み合う体位の描写など、子供心にも現実感が伴わず、ほとんど刺激を感じなかった。
ただ一つの例外が北斎の 『蛸と海女』 で、これを見た時には、ぬめぬめとした蛸の感触には自分にも経験があるだけに、今までにないほどもの凄く興奮した。 ああ、自分が蛸になってあの海女の、柔らかそうなあそこをグイグイと舐めたらきっと海の塩の味がするだろうか、と想像すると、股間がいきなり固くなってズボンの上からでもはっきりわかるくらいに膨らんでいた。
ふと本から目を離して顔を上げると、店番の女性と視線がピッタリと合ってしまった。 彼女は慌てて目を逸らせたが、その顔は赤く染まっていた。 ずっと前から僕のことを見ていたに違いない。 突起したズボンに気付かれたろうか、荒い息づかいまで聴かれてしまったかもしれないと思うと、恥ずかしさのあまり、春画集をそこへ置いて逃げ出すように店を出た。 頭の中で、さっき見た春画の海女の恍惚の顔と、女性店員の顔とが重なったり離れたりした。



『あまとりあ』

今から思うと、この月刊誌はただの猥褻本ではなかった。
洒落た色彩とデザインの表紙をめくると、中はエロチックな絵と文章で埋められていた。 他の同種類の雑誌のように時には汚さや嫌悪を感じさせるようなものはいっさい無くて、そこには僕が想像さえしたことのない美しい世界が広がっていた。 どのページにも性への賛美があり、快楽への誘惑に満ちていただけではなく、芸術の匂いさえ漂っていたと思う。 こんな素晴らしい雑誌を金さえ出せば自分のものにできる大人を、僕はどれだけ羨望したことだろう。

やがて僕は、自分自身の妄想や幻想をノートに書きつけるようになる。
それは一応は物語の体裁をとっていて、その物語の中で僕は美しい音楽教師のD先生にピアノのそばで抱きしめられたままズボンを脱がされたり、級長で美少女のk子が友達の万年筆を盗むところを男教師に見つかり、教室の椅子に縛られて折檻を受けながら小便を漏らしたりした。
そのノートはクラスの男の子たちの間に回されて、自分の手元に帰ってくるまでに何日もかかった。
「すごいよ。 思い出しながらゆうべ何度もしちゃった。 早く次のを読ませてくれよ 」
その言葉に小学5年生の僕は、創作者としての満足と報酬を感じていた。

(続)






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コメント:

*

こんにちは。
香港に住んでいたときに、男の子たちがみんな日本のAVを見ていたようで、
「日本人の女の子ってあんなに可愛いのに、なんでHなビデオに出るの?」
と私に聞いてくるのですが、
知るわけないだろこのぶぁーか。いっぺんしね。一回でいいから。
とは答えませんでしたが、報酬が魅力的なんじゃないでしょうかと取り敢えず返答いたしました。
で、そういう目で見られるのが嫌でワザとボーイッシュな格好をしてオッカナイ態度を取っていました。
あー迷惑。
2015/10/06 [micio] URL #O/XG6wUc [編集] 

* Re: タイトルなし

micio さん、

現代の若い人の 『性に目覚める頃』 は、コンピューターとインタネットですべてが変りました。
昔のほうがずっと良かった、などと嘆くほど僕の頭は古くはないですが
それでも時々その昔が懐かしくなります。

今と違ってセックスがひっそりと影に隠れていた時代
ミステリーであり驚異であったものが、現代では最初から白日の下に曝されているような気がします。

日本語の 「身も蓋もない」 とはこのことですね。
2015/10/06 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

何故かパタッとコメントが止まった(笑)ので、
えーいじれったいねー、とここは江戸っ子の私登場です。

今東京目白台の永青文庫美術館で春画展を開催中です。
12月23日までです。
ここは細川家秘蔵の文化財を収めてあるところだそうです。
意外なことに女性のお客さんがたくさん来ているらしい。
Tシャツグッズなどポケットで危ういところを隠したデザインのがあったりして、
若いお嬢さんが「かわいい~~」と買っていくとか。
そもそも春画は人が集まって「バカだねー~っ」と笑いあってみるもので、
男が一人で見るエロ本とは違うのだとか。

ところで私の疑問にどなたか男のかた、答えてもらえますか?
ほら、アブノーマルな趣味を持ってる男の人って奥さんにもそれをするのかどうか?
長らく疑問でした。
聞くところによれば奥さんには「しないよ~~」だそうなんです。
なんでなの?

2015/10/08 [ムー] URL #qiVfkayw [編集] 

* Re: タイトルなし

ムーさん、

江戸っ子の義侠心からコメントを書いてくれてるというのもちょっと淋しい。
前にもどこかで書いたように
コメントのあるなしは僕にはほとんど影響しないので、気にすることはありません。

さて質問への回答だけど…

愛しあう男女間ではアブノーマルな趣味というのは存在しません。
外から見れば信じられないような異常なことでも
その趣味を双方で共有していればもちろん、それはごくノーマルな行為となるだろうし
(これは実は昔 『あまとりあ』 で学んだ)
もし共有していなくても、愛する相手を喜ばせようと、
少なくともそれを喜んで(あるいは気が進まないながら)実行してみるんじゃないかな。
数回(数十回)の試みのあと歓びを見い出せればめでたしめでたし。
どうしてもそうならなかった場合はパートナーの方でそれを察知して
その趣味を撤回するかしないかは
彼の方にどれだけの愛と思いやりがあるかにかかるのでしょう。

ところが奥さんは別
というケースもあれば、全然別じゃない、というケースもある。
別というケースが多いのはそれぞれの理由があって
たとえば、そんなことをしたら軽蔑されるとか、叱られる(笑)とか、お小遣いをもらえなくなるとかね。
実際やってみればそんなことはないばかりか、逆にそれが大好きになった、ということもあり得ます。

ただし奥さんの方にも責任があるのは確か。
でーんと死んだマグロみたいにそこに転がって
早く終わりにしてくれればいいのに、と念じながら
演技の嬌声を機械的に発するような奥さんならこれはもう救いようがない。
もっとも、演技を見抜けないご主人も同罪ですけどね。


2015/10/09 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* アブノーマルについて

我が師は、愛人を3人囲っていました。
師から結婚相手を紹介され、6ヶ月付き合って式を挙げることになりました。
師は仲人として聞くが、「初夜を心配なく迎えられるか」と。・・・「ハイ」と答えた返事に、師は我の心を見抜いたようだった。
ある日、師に連れられて、あるアパートに連れて行かれた。アパートの主は、師の愛人であることが後で分かったのだが・・。
3人で囲んだ夕餉の後に、驚愕のアブノーマルな世界が繰り広げられて、逃げ出したい、いや、もっとのめり込んでみたい、衝動に駆られた。
男女の秘めごとも、正常でありながら、アブノーマルな行為なのかも知れない。
2016/08/02 [孤独老人] URL #- 

* もしかすると、博多の洟垂れ小僧に永遠の妄想癖を与えてくれた「エマニエル夫人」、

それに出てくる、股間の哲学者、官能道のシェンシェイ(純粋な博多っ子は、さ行の一部がうまく発音できない)マリオさんのモデルは、この「師」さんではなかろうか。

まだ開花途中のエマニエルをあちこち連れまわし、キックボクシングの勝者の前によつんばにさせ賞品として差し出したり、奇数でのまぐわいが正道と説いたりと。フェリーニ監督の「甘い生活」とかに出てた名優アラン・キュー二が演じてましたが、顔立ちがちょっと東洋人のエロエロシェンシェイ風でもあり。なつかしかねえ。

性に目覚める頃シリーズ、Septemberさん真夏の引っ越し中、じっちゃんのコメントが追いかけておりますが、このまま暑気払いに「師」さんの話もっと読みたくもあり。
2016/08/04 [November 17] URL #- 

* Re: アブノーマルについて

孤独老人さん、

性の世界は食の世界と同じで、それぞれ好みが違うのは当然で
ゲテモノ好きが立派に通用すると思えば、食べず嫌い、というもったいないこともあります。(僕の納豆嫌いのように)
前のコメントで書いたように
男女の双方が受け入れればアブノーマルは存在しない、と思うのですが…
2016/08/09 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: もしかすると、博多の洟垂れ小僧に永遠の妄想癖を与えてくれた「エマニエル夫人」、

November さん、

引越し後のゴタゴタの中でいきなりエマニュエルが出てきて
おいおいこちらはそれどころじゃないんだぜ、と思ったけど
読者にとってみればブログ主の引っ越しとか離婚とか葬式とかはまったく関係ないことだから
まあしょうがないか。

映画エマニュエルを見たのはもう40年位前のことで
たぶん僕は2、3本しか見てないんじゃないかな。
物語の筋(もしあったとしたらけど)もセックスの詳細もまったく覚えてない。
でもはっきりと今でも思い出せるのは
初代エマニュエルを演じたシルヴィア・クリステルの顔(身体じゃなく)と
それからピエール・バシェルが歌うあのシャンソン風のメロディ。

https://www.youtube.com/watch?v=vioUBVULBKs
2016/08/09 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

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