過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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暗流

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Lady in the Water
Photo by Toni Frissell (1947)



暗い日曜日。
梅雨を思わせるような雨が昨夜から降り続いていて、その雨は冷たかった。 しかも強い風が吹くなかを葉が落ちてほとんど裸にされた木々が、寒さに身震いをするように揺れている。 家の中は暖かい。 僕は朝のコーヒーを飲みながら先ほどから聴いているのは、ビル・エヴァンス (ピアノ) とジム・ホール (ギター) の二重奏 《Undercurrent》 (暗流)である。
40年も昔に東京の片隅の、万年床を敷きっぱなしのあまりきれいではない四畳半の下宿で、ヘッドホーンを耳に当てて毎晩のように聴いていたアルバムだった。 そのころの自分は、泣きだすほどの強い悲しみというのではなく、、自分でも理由のわからない、意識下にうっすらと流れる見えるか見えないかの薄い煙のような哀しみを、常にかかえて生きていたような気がする。 若く孤独だった自分の心に、この音楽はしっとりと吸い込まれていった。今朝のこの冷たい雨のように。

このアルバムの 『暗流』 というタイトルとジャケットの写真がまた、音楽の内容と憎いぐらいにマッチしている。 ビル・エヴァンスとジム・ホールの二重奏は、これは演奏というよりも対話と呼ぶべきだろう。 ふたりともジャズメンらしくなく見るからに哲学者のような風貌 (ビルは痩身で、ジムは太め) を持ち、両者のあいだで交わされる、感情を極端に抑えた内省的な対話は、実に絶妙なコラボレーションを生みだしている。
そしてアルバムのジャケットになっている、水面下に浮かぶ白い女性の映像はこの40年のあいだ僕の脳のどこかに、まるで古い牡蠣の殻ようにこびりついていたようだ。

つい最近のことである。
僕が今まで名前を聞いたことのなかった幾人かの古い写真家をインターネットで訪ねていて、Toni Frissell という、40年代から60年代にかけてのアメリカ人の女性写真家を見つけた。 あまり多くはない彼女の作品を次々と見ていてこの写真にめぐりあったときに、僕はあっと声を出して、そこでいきなり時間が止まってしまったかのようだった。 そのとき僕は瞬時にあの 『暗流』 の世界に流し戻されていた。
白いドレスの女の体が、浮きつ沈みつ、緩(ゆる)い速度で暗流にのって流れてゆく象徴的な情景は、まず僕にハムレットのオフェリアの死を思い出させる。 そしてさらに見つめていると、その映像はゆらゆらとメタフィジカルな世界にまで流れついて行き、人間の心の深い底にいつも流れ動いている 「生と死」 の意識のようなものにまで辿りりついてしまうのである。
(もともとこの写真はそんな哲学的な意図は無くて、ファッション雑誌、ハーパーズ・バザールに女性ファッションの広告として載せられたものである)。

芸術家の作品が、創造されたずっとあとになって作者を離れてこうやって一人歩きしてゆくのは珍しいことではない。
上の写真は、オリジナルの映像を僕の勝手な解釈でうんと変えてしまっている。 しかし作者の Toni Frissell はそんな僕を笑って許してくれそうな、そんな気がする。

冷たい雨の降る暗い日曜の朝は、人の思考も暗流にのってゆっくりと流れてゆく。


彷徨(さまよ)える夢



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コメント:

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いい写真ですね、と思ったらSeptemberさんの写真ではないんですね。

芸術というのは芸術家の手の内にあるうちは芸術ではなく、手を離れてから初めて芸術に昇華するのだと思います。
2010/12/20 [上海狂人] URL #wuZV7DPc [編集] 

* すごく好きです

この作品すごく好きです。Septemberさんの作品ではなくて残念だと思ってましたが、今日の記事を読むと、これも半分はSeptember さんの作品ということになりますね。それとこの曲と。でもいちばん好きなのは、文章です。
2010/12/20 [みん] URL #6moyDOY6 [編集] 

* Re: No title

上海狂人さん、
ひとの作品に手を加えることなどまずしない私ですが、この写真には抵抗できませんでした。
音楽にたとえれば、作曲がToni Frissell、編曲が September30 ということにしてもらいましょう。

『芸術というのは芸術家の手の内にあるうちは芸術ではなく、手を離れてから初めて芸術に昇華するのだと思います』
深い考察です。
2010/12/20 [September30URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: すごく好きです

みんさん、素敵なコメントをいただいてとても嬉しいです。
写真と音楽と文章の三つがぴったりと合ってお互いを刺激し、補強し、高めあってひとつの私だけの世界を創りあげる、そんな記事がいつか書けるようになりたいと毎日思っています。
2010/12/20 [September30URL #MAyMKToE [編集] 

*

わぁ、素敵な曲を紹介してくださってありがとうございました。このアルバムもとってもいいですよね。Jim Hall、10月に、ソニー・ロリンズのコンサートに来ていましたが、たった二曲しかひいてくれませんでした。でも、80歳というのに、このメロウな音は健在でしたよ。

私も、ジャズというのは、対話をしているように思えるのです。特に生演奏は。コンサート・ホールではなく、昔のように、小さなジャズのクラブで聞きたいですね。

この音楽と写真、そして文章が、読者を、哲学の世界にまでひきこんでいってくれるようです。
2010/12/20 [けろっぴURL #- 

*

september さん、こんにちわ。
このジャケットはあまりにも覚えているので、喋らせて下さい。MJQ で始まった私のモダンはジムのこのギターに夢中になりました。そのためビル・エヴァンスにのめり込むことになりました。ビルは自分を抑えてジムのギターによく溶け込ませていると感じます。
先日、秋吉敏子のTV の人生談を聞いてから、彼女のYou TubeにあるLong Yellow Road を毎日聞いています。東京公演のトリオのベース、Gene Cherico のスーベに狂っています。
2010/12/20 [ペッシェクルード] URL #- 

* Re: No title

けろっぴさん、最近ジム・ホールを聴かれたのですね。やはりニューヨークではそんなことができるのが羨ましいです。
考えてみると、最後にニューヨークへ行ったのが十年も前になってしまいました。ボストンに住んでいたときは月に一度は必ず行っていたのに。
距離の違いではなくて、自分の生活様式が変わったのがその理由だと思っています。
2010/12/21 [September30URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

ぺさん、こんにちは。
秋吉さんも若いころ一時は日本に住むつもりで帰って来たのでしたね。それをあきらめてまたアメリカに帰っていった理由は何だったのか、私には分かりません。それと似た話はあの小澤征爾さんがやはり60年代に日本に帰ってきて、これはあの有名なN響のボイコットに事件で、そうそうにまたアメリカに逃げていった。
日本の何がそうさせるのか?
その「何か」は昔私が日本を逃げ出したものと同じものなのか、と思ってしまいました。
2010/12/21 [September30URL #MAyMKToE [編集] 

*

September30さんにとって、もうインプットはあまり必要なく、アウトプットの時代なのでしょう。だってSeptember30さんは、Artistですから。地球上のどこにいても、きっといつでもクリエイトしていけるのでしょうね。というより、クリエイトせずにはいられないのでしょうね。私は、いつまでもそういうArtistの表現されたものを受け取る側です。それも楽しくってそれなりにいいものですよ。
2010/12/21 [けろっぴURL #ok7oinrE [編集] 

*

september さん、こんにちは。再度です。
小澤征爾があなたのボストンで活躍していたのはよく知っています。かつて私の社の先輩が大連の彼の近所に住んでいて、N響のボイコットの時には、彼を救えと立ち上がった事を覚えています。以来彼のフアンです。
彼が癌を克服してから、このところ日本では何度もTVに彼が登場します。実は彼の桐朋の後輩に私の娘も属しています。
2010/12/21 [ペッシェクルード] URL #- 

* Re: No title

けろっぴさん、インプットが必要なのは前と変わらないのですが、どうも最近怠け者になったようです。
シンシナチ・バレーやデイトン・フィルのシーズン会員もやめてしまったし、映画にもほとんど行かなくなったし。
PCの前にいるときにいつもパンドラの音楽プログラムを聴いて、古いものや新しいものを見つけては改めてyoutube で聴いてみるぐらいになってしまいました。よくないです。
来年はもっと積極的に外に出てみるつもりにしています。
2010/12/22 [September30URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

ペさん、そういういきさつがあったのですね。
実はあの時小澤さんの指揮するN響を大学のときの私はテレビで見ていたのをはっきりと覚えています。
そばでいっしょに見ていたジャズの仲間のひとりが「あの棒の振り方、まるでジャズじゃないか」と言ったのを忘れません。
2010/12/22 [September30URL #MAyMKToE [編集] 

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