過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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鯉たち、いつかまた大空に泳げ…

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物置にぎゅうぎゅうに詰まっていたものを一つづつ取り出していくと、最後に鯉のぼりと兜(かぶと)が出てきた。
両方ともうちの子供たちが小学生の頃に、日本の叔母が送ってくれたものである。
鯉のぼりは黒の真鯉の全長が3メートルもある大きなもので、アルミ製の支柱やロープなどが一式になっていて、突端に付ける矢車も別箱に入れられて送られてきた。
あれは僕らがボストンからオハイオへ越してきたばかりで、最初に借りた一軒家の庭に、毎年5月になるとこの鯉のぼりを立てたのを思い出す。 2階建ての家の屋根よりも高いところで矢車がカラカラと音を立てて回り、青空に悠々と泳ぐ鯉たちはいやでも近所の人目をひき、アメリカ人が街道筋に車を停めて写真を撮ったり、日本人が家族連れでわざわざ見に来てくれたものだ。 地域の新聞に写真入りの記事が載ったこともあった。

子供が成長してしまうともうその習慣も終わりになって(長女は今年35歳になる!)、長いあいだ物置に眠っていたこの鯉のぼりは、さてどうしたものだろうと考える。 小さな子供を持つ日本人家族に差し上げたいのはやまやまだけど、そんな家族はもう僕の周りにはいない。 そこで思いついたのが日本人補習校にでも寄付しようということだった。 そこで友人でもあり補習校の創始者でもあるH氏に電話をしたら、喜んで受領したい、子供たちがとても喜ぶだろうと言ってくれた。 それじゃあついでに兜もいっしょに、ということになった。

この兜も、ミニチュアなどではなくて実物大の立派なもので、端午の節句に息子の太郎へと叔母がかなりの金をはたいたにちがいないが、実を言うとそれを飾る場所がなくて困ってしまった。 それで黒いうるし塗りの箱から数回取り出しただけでそのままお蔵入りになってしまったので、日本の叔母には申し訳ないと思っていたのだ。 これで学校のたくさんの子どもたちに見られると思うとようやく罪悪感から解き放されてほっとする。
鯉のぼりも兜も、ちゃんとした行く先が決まりいつまでも大事に保管されるのは嬉しいことだった。


この叔母が兜を太郎に送ってくれたように、娘のマヤにと送ってくれたのは大小2セットの雛壇で、これは両方とも可愛いミニチュアでわが家のリビングルームの棚に1年中飾られてきた。 新しいアパートでどうなるかは、女房次第ということになる。

そういえば叔母はつい先月、元気に88回目の誕生日を迎えた。



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コメント:

* http://blog.goo.ne.jp/shirowani

私の知っている子供達も多く、その補習校に通っています。
きっと大喜びでしょう!
2016/07/20 [わにURL #LkZag.iM [編集] 

*

兜、こいのぼりは 5月5日の後もしばらく飾っていましたが
お雛様、3月3日が過ぎるとあっという間に片付けていました

実家でもそうしていましたから
出しっぱなしはいけません、迷信ですけどね
2016/07/20 [のほほん] URL #60nqeuCY [編集] 

* Re: http://blog.goo.ne.jp/shirowani

わにさん、

そうだ、日本の叔母にもそのことを知らせてやらなくちゃ。
でも、昔いろいろとアメリカに物を送ったことなど
とっくに忘れちゃってるかもしれない。(笑)
2016/07/20 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: タイトルなし

のほほんさん、

その迷信は知らなかったのでネットで見たら
お雛様を仕舞い遅れると女の子が婚期を逃す
と出ていたので
あ、それだ! あの子がいまだに独身なのは
と納得しました。(笑)

女房に話したら彼女もびっくり。
もっとも
アメリカ人にもこの迷信は効くのかなあ。
2016/07/20 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

こんな立派な染の鯉のぼりはめったに目にしなくなりました。
私が子供の頃、東京の小さな庭にも小さい鯉のぼりが泳いで、
この家には男の子がいるんだなってすぐ分かったものです。
男の子が男らしく元気に育て!の願いですね。

お雛様は室内飾りだから外からはわからないけど、
お雛様を飾り男の子を呼んでご馳走を食べる。
日本的な子供のパーティーですよね。
そう、4日を過ぎて飾りっぱなしにすると婚期が遅れると言いました(笑)

私は親からもらえなくて鎌倉の古道具屋さんで100年前のお内裏様一対をを自分で購入しました。
毎年風化してきますがぼんぼりに浮かび上がる夜のお雛様はとてもいい。

アメリカの子供たちに寄贈するって素敵なアイディア!
鯉のぼりには歓声が上がるでしょうねー。
魚が空を泳ぐなんてねー(笑)
旧家にしか無いような立派なものですし。
アメリカで泳ぐ鯉のぼりの写真をおばさまに是非送ってあげてね。

2016/07/22 [ムー] URL #qiVfkayw [編集] 

* お雛様

立派な鯉のぼりですね。アメリカの広大な空の下で悠々と泳ぐにふさわしい大きさです。行き先が決まってほんとうによかった。
甲冑と兜はアメリカでも人気ですね。アメリカでのトレーニングが終わってから、デンバーミュージアムでのサムライ展にゆきましたけど、圧感のコレクションでした。個人でよくもまぁここまで集めて保存してくれたとありがたかったです。

人形が怖くてたまらない子どもだった私は、お雛様が大嫌いでした。
今でも怖くて箱から出すこともできません。大阪に越した時にはもちろん持たされましたが一度も開けることなく、今回また東京に私と共に出戻ってきました(笑)お雛様にはいろいろ申し訳ないなぁと思ってます…
2016/07/22 [nico] URL #- 

* Re: タイトルなし

ムーさん、

なにしろ鯉のぼりなるものを所有したのは初めてなので
立派なものかどうかさえ僕にはわからない。
思い出したのは
大学受験の準備に明け暮れる高校生の頃
近所の家の鯉のぼりの矢車の音が一晩中うるさくて腹が立った。
それで窓から空気銃で矢車を撃つことで気晴らしをしたこと。
もちろんそれで音が止まるわけじゃないけど。

お雛様は、旧家の長女であった母が受け継いだ巨大な1式を子供の頃に見た記憶があるけど
その母がなくなった時の形見分けで、まだ若かった叔母がどうしてもそれを欲しかったのに
欲深で有名だった親族の一家に持って行かれてしまった
と後々までこぼしてたのを覚えている。


ムーさん
アメリカの子供達に寄贈するんじゃなくて
アメリカに住む日本の子供達に寄贈するんだよね。
日本人補習校とちゃんと書いてるのに、もう…(笑)
ふだんしっかりし過ぎているムーさんのような人が
こんなところでポカッとするところが
僕は好きなんだ。

あ、それから
デイトンの空で泳ぐ鯉のぼりは、あの頃ちゃんと写真を撮って叔母に送っているはずです。
改めてまた撮りたいのはもちろんだけど
多分来年の5月まで待たなくちゃならないだろうな。

2016/07/22 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: お雛様

nico さん、

古い兜を見慣れていた僕には
この兜はキンキラ過ぎて、叔母には悪いけどどうも馴染めなかった。
そうでなければたぶん手放さないで持っていたかったと思うな。

お雛様が大嫌いな女の子っていたんだなあ。(笑)
(もっとも、花が嫌いな女性を僕は知っているけどね)

もし nico さんが子供の頃にお雛様を飾って
しかも雛祭りのあとも少しのあいだ出しっぱなしにしていたら
迷信通りに婚期が遅れて最初の結婚もひょっとしたら無かったのかも。
そのほうが良かったと思う?
それとも、あれはあれで必然だったからこそ
現在の新しい生活に辿り着くことができた、と言えるのかもしれないね。
2016/07/22 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

娘は、実家からお祝いに贈ってもらったお雛様は大好きなのです
実家で飾っていた私のお雛様は怖がっていました
それと祖母が誕生祝にもらったという市松人形ですが
目がキロンっと動くのをとても怖がって
実家に帰った時も、近づきませんでした

実家を処分する際、そのいちまさんは連れ帰ったので
私の部屋に鎮座しています
3歳の孫娘は、そのいちまさんに興味津々で
腕が無くなってしまっているのを見たくて
いつも着物を脱がせてしまいます

女の子もいろいろです

私は迷信をやはり信じてしまいます
でも、娘が幸せになるようにということで
婚期とは関係ないですよ

日曜日から7泊でマデイラ島にトレッキング旅行に行ってきます
クレタ島ではウサギを食べましたが、今度は何を食べようか・・
2016/07/23 [のほほん] URL #60nqeuCY [編集] 

*

うちにも可愛いお雛様がいます。

小さい頃には5段飾りはうちには無くて、立ち雛だけでした。

私が中学に上がって1年目の、あれはお正月過ぎだったかしら。
父が大きい箱を抱えて、ニコニコしながら帰って来ました。
お雛様、渋谷の東急で一目惚れしちゃったんだ。
ふーん、なんてシラっと対応したのですが、嬉しくってたまらなかったんです。
それはお雛様とお内裏様の対の木目込み人形でした。
優しいお顔の座り雛です。

その後うちには女の子は生まれなかったので、私の代でおしまいです。
それでも、春浅い2月に、早春の光の中で毎年飾ります。

誰も嫁ぐ人はいない我が家ですが、3月3日の翌日にはしまってしまいます。
これは迷信というより日本人の習慣かもしれません。

Septemberさんが知らなかったのは驚きですが、日本で生きた時間よりそちらでずっと長く生きてきたのですから、当然かもしれません。

鯉のぼりもうちには一尾だけいます。
黒い手染めの鯉のぼりで、夫が長男だったので貰い受けたとか。
でも手染めの綿の鯉のぼりは今時の鯉のぼりのようには風に乗って泳がないんです。
それでも毎年うちのベランダに吊るしておりました。

あの鯉のぼりもうちの屋根裏のどこかにあります。

もう少ししたらうちも屋根裏を片付けなくちゃ。

この頃こちらを覗くたびに思います。

いろいろなことを始末をつける歳になるんですね。




2016/07/23 [たま] URL #6moyDOY6 [編集] 

* どうかしら

お雛様は毎年母と祖母が飾ってくれました。私はそれを離れたところからしんねりと見ているだけで、人形に触れることさえ怖くてできませんでした。3月4日にはお雛様はあっという間にしまわれて、私はやっとそこでホッとくつろげたものです。
そんな母と祖母の奮闘も虚しく、私は立派に嫁き遅れの年齢(31)で結婚したわけですけど(笑)一度はやってみたかったことだからいいんじゃないかな?
離婚したから結婚が失敗だったとは思わないんですよね。
2016/07/24 [nico] URL #- 

* Re: タイトルなし

のほほんさん、

返信が遅くなりました。

旧家の長女であった僕の母も巨大な雛壇一式を受け継いでいて
子供の頃にそれを見た記憶があるのは
若い叔母のために飾ったのだろうな。
母が亡くなったあとずっとわが家に置いてあったのが
父が死んだ時の形見分けで、欲深な田舎の叔父一家に持って行かれてしまった。
と、悔しがった叔母が後々までこぼしていました。

新しく越したアパートではミニチュアのお雛様を飾ることはもうないに違いない。
2016/08/08 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: タイトルなし

たまさん、

優しかったお父様の顔と姿が目に浮かぶようだね。
そういう子供の頃の思い出の品は少ないとはいえ僕もいくつか持っていたのに
アメリカに渡った時にそういういっさいの私物を妻の実家に預けたままアメリカで離婚をしたので
すべてを失ってしまった。
離婚後、せめて写真のアルバムだけでも、と妻の実家に送ってくれるように頼んだのも無視されてしまい
僕の日本での過去は完全にそこで途切れてしまった。
でも心のなかのアルバムを取り去ることは誰にもできません。
2016/08/08 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: どうかしら

nico さん、

離婚したから結婚が失敗だったとは思わない。
というロジックは大抵の人には通じると思うけど
僕らの場合はそうじゃなかった。
結婚する時点で 「僕らは結婚すべきじゃない」 と二人ともまちがいなく感じていたような気がする。
周囲のお膳立て(とくに彼女の両親の)に逆らう勇気を持たなかった僕らは卑怯だった
と、これは今考えても悔しいことです。
2016/08/08 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

立派な鯉のぼりですね♪
眺めているだけで不思議と力が湧いてきます!
処分されることなく、第二の人生を歩むことになって、
読んでいた私もホッとしました。

2年間、日本に置き去りになっていた娘のお雛様を
この夏の帰省でやっとパリに連れてきたところでした。
そんな時に偶然こちらを拝見して…。

もし飾る時には早くしまわなければ、と思うけれど
私の母ものんびり派だったのでどうなることやら。。。(笑)
2016/09/01 [tony] URL #mQop/nM. [編集] 

* Re: タイトルなし

tony さん、

鯉のぼりなど気にしたことのなかった僕なので
このブログの写真を見た読者にこれは、立派なものだと口々に言われて
へーっ、そんなものだったのかと今さら、送ってくれた叔母の気持ちに感謝しました。

tony さんの娘さんが着々とパリジェンヌに育っていくのが目に見えるようです。
日仏両語を話すパリジェンヌに。
実に素晴らしい…
2016/09/02 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

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