過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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トシオとコータロー

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米子市 渡部邸にて 2002年 
撮影 古門吉郎



コータローが死んでしまった。
これには参った。

僕の引っ越しで住所や電話番号が変わったり、インターネットの接続がオフになったりしたために、しばらく彼との交信が途絶えたあと、ようやく連絡が取れるようになったのは9月に入ってからだった。
つい2週間前の彼からのこのメールはふだんより饒舌で、そこには忍び寄る死の影などまったく見られない。


トシオの近況がわかってホッとしてる。

我が家は父も母も妹も癌で亡くなっており、「わしも死ぬ時は癌だ!」 とカバチをたれていたら
案の定、癌に取り付かれてしまった。
3月の始めに、ホームドクターの紹介で労災病院に不整脈の検査に行ったら
「あなた不整脈どころでありませんよ」 と即刻入院させられた。
自覚症状全く無し。 その後検査するうちに内臓障害も見つかり色々治療を受けているが
一番参ったのは最初の1ヶ月半続いた水耕栽培 (24時間の点滴)で
その結果全身の贅肉、筋肉が落ちガリガリになってしまった。 70キロあったのが 55キロまで落ちた。

病気の話を書くと延々と続くのでこのくらいにして今日は引っ越しの話をしよう。
トシオの引っ越しが大変だったのはブログで読んで知っていた。
それに前回のメールで、コータローなんかこんな大きな引越はやったことがないだろう、とトシオが書いていたけど
実は大きな引越は所帯を持ってから2回経験している。
最初のは大阪から東京。 2度目は東京からUターンして米子だったが、この2度目の引っ越しが大変だったんだ。
夕方荷物を送り出したあと、家族は新幹線で京都へ、そこから夜行で米子に朝着いて荷物を受け入れる、という予定でいたのが
台風の接近でJRのダイヤはズタズタ、東名、名神の高速道路も海岸に近い所は波をかぶっていた。
そこで予定を変えて明け方に岡山まで汽車で行き、岡山駅でタクシー運転手とさんざん交渉して
切符の払い戻し金でやっと米子にたどり着いたと思ったら、トラックはまだ着いて無いし、やっと着いたと思ったら
荷物がビショビショに濡れていたり、と大変だったよ。

トシオの引っ越し話でこんな事を何十年振りに思いだしている。
何はともあれまず病気を治します。

9月16日
コータロー

このメールが届く前に僕はコータローの奥さんと電話で話しをしている。
久しぶりに聞く彼女の声が、思ったよりずっと明るいのにほっとする。
コータローは身体の痛みがまったく無く (それを聞いて嬉しくなる) 食欲もあって、なんでも好きなものを食べて良いと医者が言っているそうだ。 あまりにも痩せすぎたので人に会うのを嫌って面会はしないけれど、電話と携帯メールはやっているという。 そういえば同じ郷里仲間のY子さんの話では、コータローは電話の声も元気でひょっとしたら治るかも、と言っていたくらいだったのに。
上記のコータローのメールに僕は返事を書いたが、何日経ってもコータローからは何も言ってこなかった。



この数年間に僕は大学時代の仲間を二人失っている。
長い人生の中のもっとも華やかだった青春時代を共有した連中が、相次いで消えてしまった時、僕は身体中が寒々とするような寂しさを感じた。
しかし、コータローと僕が共有したのは青春だけではない。
物心ついた子供の時以来、事実上の全人生を分け合ってきた。 70年にわたるつき合いだった。



9月30日の未明に僕は、まるで墓場から蘇った死者のようにポッカリと目を覚ます。 こんなことは珍しい。 時計を見ると午前4時半である。
どうしても眠りに戻ることができないままに、僕は起きだしてキッチンへ入るとコーヒーの豆を挽く。 フレンチプレスのコーヒーができるあいだに仕事部屋の PC のスイッチをオンにする。
メールが1通入っている。 郷里のY子さんからだ。

            トシオ、さっき、午後5時半にコータローが死んでしまった。 悲しい…


その文字を凝視しながら、深いため息をつく。
あいつ、俺の誕生日に死にやがった。
そうか、日本時間の午後5時半といえばこちらの午前4時半だ。
コータローは俺を呼んだんだ。
「トシオ、起きれや。 わしゃ先に行くで」。


***





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2016/10/05 []  # 

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*

本当に忘れられないお誕生日となりましたね。
私自身、今年初めに父を亡くし(看取ることができました/父も癌でした)、そして、大切にしていた猫が他界。本当に、命ってあっけないものなんです。だから、今を大切に生きていきたい。

お写真、どちらがコータローさんで、どちらがトシオさんなのか、わからないのですが、リラックスされていて良いお写真ですね。
コータローさんのご冥福をお祈りします。
2016/10/05 [キャットラヴァー] URL #mQop/nM. [編集] 

*

September30さん、
なにか心が重くてというか、なぜかHapy Birthdayを言うのを阻まれているような気がして、今年は失礼したのですが、もしかしたら、このことが原因だったのではと思っています。なにかを感じていた。私もこの一年で、大学時代の友人を3人亡くしました。ふたりが癌でひとりは心臓発作でした。50代でも死は身近なことなんだな、と改めて思ったことでした。学生時代の仲良しがもしいなくなってしまったらと思うと、胸が締め付けられます。それは外国にいても日本にいても同じことなのに、それなのに寂しさを余計に感じる気がします。身内を亡くすのに近い感じ。親友のお誕生日に亡くなるなんて、すごい絆を感じます。September30さんは、コータローさんの分も長生きして世の行く末を見届けてたくさんのいい写真を残してくださいね。コータローさんのご冥福をお祈りします。
2016/10/05 [けろっぴ] URL #ok7oinrE [編集] 

*

忘れられない誕生日というのはこの事でしたか。
思い出してくれる人がいるうちは無ではない。と私は思う。
誰かの胸の中で生きていますから。

私もこの数年毎年のように仕事関係の知り合いが亡くなりました。
あの人もこの人も早々とあちらの世界に行ってしまい、
寂しくなったのはこの世。
あちらはさぞかし賑やかだろうと思います。

写真の横顔がトシオさんですね。
コータローさんあっという間だったけど、
私もこんなふうにあっという間に死ぬのが理想です。

先日夢を見ました。
連れていかれた店はぼんやりと暗く顔がさだかではないけど、
夢だから誰がいるか分かるのです。
隣の人が「ここへはあまり来ないほうがいいわ」と言います。
一人で店を出るとそこは地下鉄の出口。
振り返るといつもの駅です。
そこで店にいた人たちがみんな死んだ人だったと気付いて目が覚めました。
そんな場所がどこかにあって死者達がモソモソ居るというのも面白い。

胸の中に生きている人がどんどん増えてしまい、
思い出す私もなかなか大変なのです(笑)






2016/10/05 [ムー] URL #qiVfkayw [編集] 

*

浮かれた催促などしてしまい、後悔しています。

かけがえのない友に先立たれるというのは、ある意味、親より配偶者より、精神的にはショックかもしれません。

私は親はもういませんが、親友は健在です。

ただ、病気の知らせを受けて、目眩がしたことはあります。

トシオさん
コータローさんのご冥福を心よりお祈りいたします。







2016/10/05 [みん] URL #6moyDOY6 [編集] 

*

こういうことがあるものですね。ワタシが、その年代になった時、そう言う関係でいられる友人が果たしているのかどうか。
誕生日は今後は御祝いに、なりませんね、困りました。
2016/10/05 [上海狂人] URL #ks8IdFps [編集] 

* Re: タイトルなし

川越さん、

迷信や心霊などまず信じない僕が
今回のコータローの呼びかけは、そうに違いないとすんなり認めたのは
不思議なことでした。
2016/10/05 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: タイトルなし

ペッシェクルードさん、

そう、実は僕もあの新宿の夜を思い出していました。
伊勢丹前のイル・バーカロで3人で落ち合って軽く飲み、そのあとアカシアで食事。
(懐かしい豚の生姜焼きを食べたら、50年前と比べて味がずっと落ちていたので失望)
それから栄さんのカヤで夜中まで酒を飲みました。
ペさんにはあれがコータローを見た最後でしたか。
彼が久しぶりに会うというぺさんに、彼が勤めた菓子舗のおみやげを差し出したのを忘れません。
そういうことに、実によく気のつく男でした。
2016/10/05 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: タイトルなし

キャットラヴァーさん、

そういえば写真の二人はどちらがどちらと明示しなかった。
横顔を見せているのがトシオです。
この写真は以前に出版した僕の写真集の
裏表紙の著者紹介の欄に載せたもの。
おしゃれだったコータローが歳に似合わない派手なセーターを着ている。
2016/10/05 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: タイトルなし

けろっぴさん、

優しい言葉をありがとう。
おっしゃるとおり、もうこうなったらうんと長生きしてやろう
と心に決めています。
いつか、ニューヨークで逢いましょうね。
2016/10/05 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: タイトルなし

ムーさん、

僕はムーさんと違って交友の幅がうんと狭いから
この歳になっても居なくなった友達の数は多くない。
これはいいことだ。

そういえば、むかし僕はアメリカへ渡ってから22年間
親類にも友人たちにも電話1本、手紙1本せずに沈黙をまもっていた時代がある。
ずっと後になって僕が少しづつ日本へ回帰した時に
大学の仲間が以前の同期会のビデオを送ってくれたその中で
「あいつは死んでるよ。絶対死んでる。だって、手を伸ばせば電話が取れるこの時代に
20年以上それをしないなんてあいつらしくないもんな」
と勝手に殺されちゃってるのを見て苦笑したことがある。

だから
僕はすでに1度死んでるんだよね。

それにしてもムーさん、シュールな夢を見たね。
その映像は強烈に僕に迫ってくるような気がする。
まるで絵かフィルムを見るように。
2016/10/05 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: タイトルなし

みんさん、

いやいや後悔することなんて何もないよ。
何も知らずにおめでとうと言ってくれる人たちに説明するには
あまりにも複雑な気持ちだったから
コメントには単純にありがとう、と返信するしかなかったんだよね。
僕の責任です。
2016/10/05 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: タイトルなし

上海狂人さん、

「そういう関係でいられる友人」 が僕にはかなりの数あるのは
ラッキーなことです。
誕生日が今後はお祝いにならない?
そんなことはありません。
乾杯してうんと飲む立派な理由ができた、と思ってる。(笑)
2016/10/05 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* http://blog.goo.ne.jp/shirowani

あの、コータローさんが逝かれたのですか
わざわざ親友のお誕生日に挨拶をして。
ただ、先に行っとくわ、だけではなく、先に行って、お前がずーっと遅れてきた時のためにパーティーの準備しとくわ、と、でも、仰ったのではないかと夢想しています。

ご愁傷様です。
2016/10/06 [わにURL #LkZag.iM [編集] 

*

良い友に死なれるのは辛いですね。心にぽっかりと穴が開くような。
お洒落な、親友と話をして寛いだコータローさんの写真が残っていて、良かったです。
2016/10/06 [yspringmind] URL #UOM.WK7I [編集] 

* Re: http://blog.goo.ne.jp/shirowani

わにさん、

ありがとう。

ところでわにさんの夢想がまったくピッタリなので驚いてしまった。
そうなんだ。
コータローはイベントの設定には昔から天才的なところがあって
あいつが動くとパーティも同期会も新年会も、それから葬式や結婚式など
すべてトントンと進んでしまう。
人脈の多さや友人知人間の情報の豊富さでは僕らの仲間内ではずば抜けていて
僕は彼にCIA米子支局長とニックネームを付けていたくらいです。

2016/10/06 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: タイトルなし

yspringmind さん、

日本へ帰って撮る写真には当然コータローはあちこちに顔を出しているんだけど
ただ撮るのはいつも僕なので、いっしょに写った写真というのはほとんど無いんだよね。
この写真はたまたまテーブルの向かいで飲んでいた、これも仲間の一人である友人が
ついと手を伸ばして僕のカメラを取り上げると撮ってくれたものです。
2016/10/06 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

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