過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

Profile

September30

Author:September30

Visitors Counter

Search form

昭和を恋う - 日本の旅(5)

T17japan-030-blog.jpg

伊藤足袋店


アメリカに暮らしながら遠い日本を思う、という生活をもう何十年と続けてきた。
そんな時に思い出す日本というのは、当然ながら自分が20代の終わりごろまでを過ごした昭和の時代の日本だから、時々実際に帰国して現実の日本を目の当たりにすると、そのギャップの大きさにびっくりし、そして混乱してしまう。






T17japan-037-blog.jpg

咲い地蔵


今回の帰国でも、犬のようにクンクンと鼻を鳴らして昭和の匂いを嗅ごうとするのだけれど、東京のような大都会で、しかもわずか数日の滞在では、どうしても探し当てることができなかった。






T17japan-043-blog.jpg

トップスター


その点、自分の郷里である山陰の田舎ではどうだったか、というと…
そこでは町中いたる所に昭和を見ることができたけれど、それら前時代の遺物たちは死体となって遺棄されているか、生きていても息絶え絶えに死を待っているかのどちらかだった。






T17japan-032-blog.jpg

出現地蔵


にも関わらず、なぜかホッとする自分をそこに見出すのは、かつてここに確実に自分が生きたという実証を見るからに違いない。
それは今の日本に住む人々にはまず理解できない感覚なのだろうなあ。 笑われてしまいそうだ。






T17japan-039-blog.jpg

おなじみや


今日の1連の写真は朝日町通り。
その昔、ここは夜の盛り場だった。 酔客やバー勤めの女たちが狭い町筋を右往左往する中を、少年の僕は胸をときめかせながら好奇心の目をいっぱいに開いて通り過ぎたものだった。






T17japan-042-blog

沖縄酒場 ゆんたく


バー、クラブ、レストランが軒並みに延々と続くこの町並みは、今では見る陰もなく衰退したとはいえ、それでも数年前よりはいくらか活気を取り戻したように僕には思えた。 その印象をタクシーの運転手が確証する。
「そうです。 少しずつ息を吹き返して来ているようです。 まあ昔のようにはならんでしょうけどね。」

ひょんなことからこの町に僕が住む家もできた今、住んでみてもいいという気持ちが強い。
よしどうなるか見届けてやろう。
そう思った。





ブログランキング→にほんブログ村 写真ブログ 一眼レフカメラへ
スポンサーサイト

コメント:

*

「3丁目の夕日(September30さんはご存じないかも?)」の世界も遠い昔になってしまいましたが、地方の街に行けば当時の面影はまだ残っているんでしょうね。でもその時代を生きてきた世代も昭和から平成に変わり、だんだんと少なくなりつつあります。時代の流れとはいえちょっと感傷的な気分になります。
2017/05/23 [川越] URL #uvrEXygI [編集] 

*

パッと見た時TVドラマのセットのようだと思いました。
昭和に育った私でもそう思うんだから昭和は遠くなりました。
でもよく見ればこいう路地裏って東京にもいくらでもある。
写真に切り取れらているからセットのように見えたのかもしれません。
それにしてもゴミ一つ落ちてませんね!
日本てそこんところが素敵!って思います。

見届けに来ますか?

2017/05/23 [ムー] URL #qiVfkayw [編集] 

* Re: タイトルなし

川越さん

「3丁目の夕日」 と言われてもツーカーで投げ返せない所に
異邦人であることを痛感する。
だって川越さん
僕は日本を47年留守にしてきたんだよ。
47年だよ!
これは我ながら凄いと思う。

もう1度言う。
47年だよ。


2017/05/24 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: タイトルなし

ムーさん

日本に住むようになったら僕がまちがいなくやるだろうと思うのは
路地裏巡りだね。
こんな庶民の生活の匂いがぷんぷんする場所を歩いていると
ああここは日本だ。これは昭和だ。俺は日本人だ、と
失われた時間が少しでも取り戻せそうな気がする。
笑ってくれてもいいけど
これは僕のセンチメンタル・ジャーニーなんだよね。
2017/05/24 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

東京にも横浜にも、もう少し時間があれば路地裏は沢山あるし、昭和はそこここにあるんです。
諦めないでこちらにもいらしてください。

私も路地裏巡りは大好き。
昔と違っているところと残っているところと。

でも、そんなことが新鮮な驚きだったりすることが、ある意味羨ましいです。

吉田類の酒場放浪記がSeptemberさんに見えて来ました。
ハンチング似合うかなあ。笑

2017/05/24 [みんURL #6moyDOY6 [編集] 

*

>September30さま
そう、47年もお留守にしていたSeptember30さんは、DNAは紛れもなく日本人ですけど、その内面にはアメリカ人の部分があるとこれまでのブログの所々から感じています。でもコアになるところはやはり日本人。そこで色々な苦悩が出てきてしまうんでしょうね。マザーグースの一般的な部分の事柄にさえ反応できない自分のようにこれはもうどうしようもないことだけど、この先25年のセンチメンタル・ジャーニーを経てまた日本人に戻っていくことになるんでしょう。
2017/05/24 [川越] URL #uvrEXygI [編集] 

*

>September30さま
上のコメントを出した後で写真を眺めつつ思ったのですが、自分の場合でも古き良き時代の名残りを目にしたり体験すると懐かしい空気に包まれますが、その空気の濃縮度がSeptember30さんの場合には数倍にも膨れ上がるんだろうなぁ。それは半異邦人になってしまった人だけの楽しみでもあるかも。もしそれを楽しんでしまえるとしたら、それはそれでより古き良き時代の痕跡を楽しみながら見届けることができるんじゃないかな。
2017/05/24 [川越] URL #uvrEXygI [編集] 

* Re: タイトルなし

みんさん

そうだね、路地裏は日本中どこでも無いところは無いだろうね。
人影のないひっそりとした路地裏もいいし
酔客の溢れる賑やかな路地裏も悪くない。

ああ早く日本へ帰りたい。

ハンチングといえば俺は似合わない。
コータローが愛用したハンチングをよければ貰ってください
と奥さんに言われたけど貰わなかった。


2017/05/24 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: タイトルなし

川越さん

僕の中のアメリカ人の部分とは何だろうな、と頭をひねって考えたんだけど
どうもうまく答えが出てこないんだ。
自分ではこれでも100%日本人だと思っているからね。
といっても47年付き合ったアメリカに影響されて、気付かずに染まっていないわけはない。
自分の中のアメリカを知ろうとすれば
サロンの皆さんみたいな純正の日本人に逆に尋ねるしかないかもね。

そういえば
ホンダもトヨタもアメリカで生産されてるからあれは日本車ではない
というのは今のアメリカでは常識になっている。
あ、これは関係なかったか。(笑)




2017/05/24 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

こないだお目にかかって違和感はまったく感じませんでした。
でも、47年ものあいだアメリカに順応出来たってことは、
川越さんのおっしゃるように何処かがアメリカンなのかもしれない。

47年もではないけど留学や長期赴任で海外が肌に合ったという人は自分を曲げないし自己主張がはっきりした人でした。
特にアメリカは他人の目を気にしないところが良いとか。
自立できていない人はかえって苦労しそうです。

言葉があいまいでもなんとなーく生きていける日本。
その場の空気を読んで態度を変えるなんてこと、
そちらでもありますか?

そうそう、日本で働くチャイニーズ達の自己主張の強さや負けん気は恐れ入るほどです。
彼らは多分アメリカのほうが楽に生きられるだろうなーと思ったりします。
2017/05/24 [ムー] URL #qiVfkayw [編集] 

* Re: タイトルなし

川越さん

そうそう、日本滞在中はあらゆることに驚いてそして楽しんだ。
このために飛行機に16時間乗って帰って来たんだと自分で納得しながらね。

僕も川越さんも 「古き良き時代」 とつい書いてしまうけど
それなら現在の日本は 「新しき悪しき時代」 なのだろうか?



2017/05/24 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

自分が感じたSeptember30さんのアメリカ人の部分というのは、元々持っていたものがアメリカの生活でより堅調になっただけかもしれませんが、まずは考え方や自分の意思を伝える言葉選び、そして一般常識の部類です。

この一般常識ってのはなかなか厄介ですよね。大多数の人が当たり前と思う考え方に、無意識のうちに慣らされてしまうわけですから。その一例がクジラじゃないかと思います。

September30さん、クジラは食べられないでしょう?世代的には日本にいた時には食べていたはずだと思うんですけど。それにチキンのような淡白なのは好きじゃないとか。

一つ一つ例に出すのは難しいですけど、そんなちょっとした部分から、日本人というよりはやはりアメリカ人の部分があるんだなぁと、たまに感じてしまいます。

でもこれは良い悪いというようなことじゃなくて、そこで生活する上で自然と変化していったことだと思います。


「古き良き時代」って改まって考えたことがなかったんですが、一晩おもむろに考えてみると、まさに自分の今の生活がその古き良き時代に身を置いているように思います。そう、少なくとも「生活」という意味では、まぎれなくここは消えつつある古き良き時代です。

そして現在の日本の姿はあらゆる物質が溢れかえり、一見すると文化が成熟した高度な都市が集まる国と評価されるかもしれませんが、ニンゲンが人として日々の生活に満足しながら生きていくことを目指すならば、自分にはやはり「悪しき時代」に片足を突っ込んでいると考えてしまいます。

でもこれはそれぞれの考え方、求めるもの、目指すところの違いがあるので、あくまでも個人的な感想でしかありません。それでも個人に限れば自由に進む先を決めることができるのは、当たり前のことですが悪いことばかりではないですよね。その意味では「新しき良き時代」なんでしょう。
2017/05/25 [川越] URL #uvrEXygI [編集] 

* Re: タイトルなし

ムーさん

違和感を感じさせなかった、というのはすごく嬉しい。
他の人達もそう思ってくれたのなら良いんだけどね。

海外生活が長い人は自分を曲げないし自己主張がはっきりしてる
というなら僕はそうじゃない。
どちらかというとちゃらんぽらんで
とにかく水が流れるように生きていきたいと思ってるのが自分。
これってどちらかといえば日本流じゃない? (笑)

ただ、他人の目を気にしないというアメリカ流は
僕がアメリカ人の中に認めている幾つかの特質のひとつ。
それとアメリカ人で好きなのは
日本人と違ってイエスとノーがはっきりしていて
自分の気持を伝えるのにあやふやなところがない
ということかなあ。

これは僕などうっかり日本でやってしまいそうでちょっと心配してる。


チャイニーズといえば
彼等が日本で敬遠されている理由は僕にはすごく理解できる。
僕自身が彼等をそんな目で見てる。
それがアメリカでは気にならないんだよね。
アメリカのほうが楽に生きられる
というムーさんも考察はその通りだよ。
2017/05/25 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

あのオフ会の最後に、September30さんがお金をテーブルに置いてさっさと出口に向かってしまったのは、自分としては「やっぱりね」って感じでした。(^^)

日本人同士だとなかなかそこまでの自己主張はできず、もっとなあなあの雰囲気に持って行き(それがいやらしいところでもあるけど)、自分が出す、いや割り勘にしようとそれぞれが曖昧な感じでやりとりする時間があった後に、じゃあ今日は●●にしようと妥協案に落ち着くってのが初対面の集まりじゃないかと。

こういうところが村社会の名残り、自己主張をせずに周りの雰囲気を察しながら事を進める日本人の特質なのかな(子供の頃からの教育の賜物かもしれないけど)。もちろんそれであの場がどうこうなったわけじゃなくて、その後の蜘蛛の子解散につながって、なんとなくさっぱりした感じに終わったわけだけど。
2017/05/25 [川越] URL #uvrEXygI [編集] 

*

難しかったですね。
そういえばSeptemberさんは何となくスパッとアメリカンな対応だったので、私達がワサワサしてしまったのかしら。
んータイミングが、、なんて思うこと自体、川越さんの解説通りですね。
あれが日本人ということなんでしょうか?

とにかく、nicoさんいてくれて良かった。
何だかゆったりとしてて気持ちの良い方でした。

私はあの日絶不調の中、厚いガラス板の向こうから皆さんを見てるようでした。
だから、申し訳ない。
また皆んなで飲んで下さい。


2017/05/25 [みんURL #6moyDOY6 [編集] 

* Re: タイトルなし

川越さん

なるほど
自分の無意識の言動の端々にアメリカ人ぽいところ、というより
日本人らしくない部分が顔を覗かせている
というわけですね。
それもブログという特殊な環境の中でそれが現れたとしたら
実際に日本での生身の付き合いになれば
それはもっとハッキリ出てくるのだろうなあ。


「古き良き時代」 はいつの時代でもあって
昭和の時代には明治がそうだった。

ふる雪や 明治は遠く なりにけり (中村草田男)

急変する新しい時代への恐れや失望や驚きなどが人々に
古き良き…を懐古させるのだろう。

おっしゃるように生きて行く先を決めるのは
人それぞれが選択できる社会だから(外国ではそれができない国がまだまだ多い)
良きにするか悪しきにするかもそれぞれの個人次第
というのが正解でしょうね。
2017/05/25 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: タイトルなし

川越さん

だんだんと飲み込めてきましたよ。

同じ目的に達するのにアメリカ式にストレートで行ってしまうと
日本では 「ん?」 と思われる可能性があるわけだ。
これは良い勉強になった。

将来もし日本に住むことがあるとすれば
川越さんを僕の私的コンサルタントに雇いたい。(笑)
2017/05/25 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

どの写真も雰囲気いっぱいですね。この街にいつか住むことになるのですか?だとしたら、Septermber30さんの日本暮らしにも興味があります。:)
2017/06/02 [inei-reisan] URL #pNQOf01M [編集] 

* Re: タイトルなし

inei-reisan さん

たぶん住むことになると思う。
といってもしばらくのあいだだろうけどね。

それより inei-reisan さんこそオランダでがんばってる。
あのあたりはいろんな言語が入り混じってるから
頭の切り替えに大変だろうな。
英語ならどこでも通じるのだろうか?
2017/06/02 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* そうですよ

オランダ人はとっても器用な人種で英語だけではなく、ドイツ語も結構話せたりします。
最近ブログが旅行の話ばっかになっているのは、オランダの魅力がいまだ見出せてないのが大きくて、もっとこの国に深く入って行ければいいのにと思っています。
2017/06/04 [inei-reisan] URL #pNQOf01M [編集] 

* Re: そうですよ

inei-reisan さん

オランダは僕には凄く興味がある。
なぜかと訊かれてもはっきり答えられないんだけど
子供の頃から童話の世界でさんざん想像してきて
風車やチューリップのメルヘンの世界がそのままそこにあるような
そんな気が今でもしている。

僕にとってはちっとも現実的じゃないところが魅力です。


2017/06/05 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* 昭和の雰囲気を伝える宣伝動画あり

9月さま
 無沙汰しております。米子市の路地裏に、昭和の残り香を求めて暫し逍遥したとの由、幸福な時間を満喫されたものと推測します。
 この種の「昔日の、古き良き日本が記録に残された宣伝動画」が、例のサイトに在ります。これは、地元の商店街が作成した宣伝映画ですが、その昔、9月氏が大学時代に下宿していた地域から電車でも簡単に行ける距離に在ります。
 多分、其処で買い物を楽しんだ体験もあるのではないか?----と勝手に推測し、こちらの動画を紹介します。御関心あれば、以下の要素にて検索なさってみて下さい。ご不用の節は、削除なさって下さい。

[haroTV, 板橋商店街の昭和30年代のCM]

 背景に使われている音楽ですが、
 (1) 名曲喫茶店の入りでは「アンリ・ビニャフスキー作曲、バイオリン協奏曲第二番第一楽章の導入部」、
 (2) それからかなり後の洋品店では「ベートーベン作曲、ロマンス、ト長調の冒頭」が、これまでの処、夫々判っています。

 出演者は殆どが地元の在住者なのでしょうが、一部、喫茶店などで俳優のペアが参加。この女優さんに雅やかな気品があります。
 お口に合う宜しいのですが----。お元気で。
 
2017/06/21 [Yozakura] URL #Y2lB8pKc [編集] 

* Re: 昭和の雰囲気を伝える宣伝動画あり

Yozakura さん

ご紹介いただいた動画は楽しみました。

僕が板橋区の清水町に住んだのは大学浪人中の10ヶ月ほどで
大学に入ると新宿区に越してしまったにも関わらず
なにしろ東京で暮らした最初の場所なので忘れられない地域です。

板橋の僕の下宿に帰るには
山手線の巣鴨駅から志村坂上行きの都電に乗り換えるのと
東上線の大山駅から歩くとの2通りがあり
動画の大山銀座はしょっちゅう通った道です。
もっとも店名などには記憶はまったく無いけれど。
なにしろ50年以上昔のことだから。(笑)
2017/06/23 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* 板橋区の下宿は短期滞在地との由、納得です

9月さま
 返信を拝見。少しは思い出に繋がった模様で、何よりです。

 「板橋区の清水町に住んだのは、浪人中の10ヶ月程で、入学後は新宿区に越してしまった」との由、やはり、あの地域は「住み続けるには、余りあまり愛着を覚えない----」そんな場所柄ですよね。小さな図書館が、その界隈になかったですか?

 実は、私も大学入学前の数ヶ月、板橋区の東武鉄道・常盤台駅から少し離れた場所に住んだ経験があるのです。時期はかなりズレている筈ですが、「板橋区の下宿が仮の住居だった」のは、類似した体験です。

 「巣鴨駅から志村坂上行きの都電に乗り換える---」との記述には、若干驚きました。
 私が東京に住みだしたころには、都電はほとんど撤去され、その路線も廃止され、代わりに「都営地下鉄・三田線」が既に運行されて居たからです。数年の違いで、街の風景も大いに異なっていた訳です。

 その気になって探せば、例の動画サイトには、「過ぎ去った時代の、平凡だが懐かしい風景」が、あちこちに沢山転がっています。
 お楽しみください。

2017/06/27 [Yozakura] URL #Y2lB8pKc [編集] 

* Re: 板橋区の下宿は短期滞在地との由、納得です

Yozakura さん

板橋の清水町の下宿は友人がすでに入っていて、その階下が開いていたのですぐその場で借りることにしたのです。
借りてからわかったのは周りに大小の工場が建ち並び、近所に見るのは工員ばかり
活気と生命力に溢れた下町だったけど
お世辞にもきれいな場所とは言えなかった。

ところが下宿のおばさんと、会社勤めのそのご主人がすごく良い人達で
彼等の夕食後は居間に招かれて二人の小さな娘さんもいっしょに
テレビを見たりしたものです。
灰色と言ってもいい浪人時代の思い出がこの一家のお陰で
明るいものとなったわけです。

都電の撤回なんて簡単な作業じゃないと思うので
Yozakura さんと僕との時代のズレはけっこう大きいのじゃないかな。

2017/06/27 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

コメントの投稿

:
:
:
:
:

:
: ブログ管理者以外には非公開コメント