過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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わかれ道

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わかれ道
大山国立公園 米子市


わかれ道に立ったことが自分の今までの人生に何度あったのだろうかと考えてみる。 大きなわかれ道 (そのあとの人生を大きく変えてしまったような決定的なわかれ道) は二度とか三度しかなかったような気もするし、それ以外にはさほど重要には見えなかった小さなわかれ道は数限りなくあったように思われる。 しかし果たして、決定的でなく、運命的でもないわかれ道などというものが存在するのだろうか? それがどんな小さな道であっても。 
若いころはもし違う道を選んでしまったら、また引き返せばよいと思った。 そんな試行錯誤を繰り返しなが生きても、なおかつ充分すぎるほどの時間が自分の前には洋々とあったから。 それが今はちがう。 すでに僕に残された年月はそんなに無尽蔵にはないのだ。 失敗は許されない。 だからといってじわじわと壁際に追い詰められたような気分で生きて行くつもりはまったくないが、いよいよ本番はこれからなのだと思う。 コンサートのピアニストと同じで、長かった修練の期間はもう終わろうとしている。 そして僕にとって最後のステージの幕が上がろうとしている。 ピアニストは知っている。 この次に幕が下りて楽屋に引き上げて来たあとは、彼はもう二度とピアノを弾くことはないだろうということを。

「わかれ道のない道を行けばいいんだよ」 と自分の中でもうひとりの僕が囁(ささや)く。
「ほんとうのしあわせなんて、どこにもありはしない。 錯覚さ。 今の状態で満足することがしあわせなんだよ」 とその声は続く。 その声に正面から対処しなければならない時が来るような気がする。

雨の降る暖かい元旦の朝。 今年はその大きなわかれ道に辿りつくことになるかもしれない、と静かに思っている。



私は年をとるにつれて、幸福の反対を不幸だとは思わなくなった。
幸福の反対は怠惰というものではなかろうか。
亀井勝一郎  






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コメント:

*

私はこのブログを読んで、september30さんならしっかりと道を選んでゆける準備が整っているんだなと感じましたよ。本番を味わえる時が私にもいつか来るのでしょうか。怖いけど貴重な体験です。

今年もどうぞ宜しくお願い致します。
2011/01/02 [inei-reisanURL #rayiHRxo [編集] 

* Re: No title

inei-reisan さん、
大晦日の夜を人といっしょに過ごされたようで嬉しいです。
遠い厳寒の異国で新年をひとりで迎えるのはあまりにも寂しい。
今年もがんばりましょうね。
2011/01/03 [September30URL #MAyMKToE [編集] 

* 管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
2011/01/04 []  # 

* 富士山

初出勤の朝、バスから一瞬見える真っ白な富士山、そうしたら、なぜか、Septemberさんのこのページを思い出していました。
私も怠惰ではない人生を歩みたい、そう思います。
2011/01/05 [みん] URL #6moyDOY6 [編集] 

* Re: 富士山

みんさん、こんにちは。
怠惰でなく生きるってすごく難しいと思いませんか?
私なんか毎日毎日が怠惰の連続のような気がしています。
そこから抜け出すだけの勇気がないのです。
2011/01/05 [September30URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

鍵コメさん、明けましておめでとうございます。
私のコメントはそちらのブログへ送らせていただきました。
2011/01/05 [September30URL #MAyMKToE [編集] 

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